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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
楽園は遠く
194/371

強者との対峙

【種族】ゴブリン

【レベル】72

【階級】キング・統べる者

【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《戦人の直感》《冥府の女神の祝福》《導かれし者》

【加護】冥府の女神(アルテーシア)

【属性】闇、死

【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼ガストラ(Lv20)灰色狼シンシア(Lv36)オークキング《ブイ》(Lv82)

【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》






 暗黒の森の地図に必要な情報を加えていく。深淵の砦の俺の部屋にある石造りの地図は、シューレから手に入れた世界地図や、各地に派遣したゴブリン達からの情報を集めて改変が加えられていた。

「南に、蟻人(キラーアント)甲殻虫人(スカラベ)……」

 群狼のギ・グー・ベルべナからの情報によれば、南の地には未だに大きな勢力を持ったオークやキラーアント、スカラベなどの諸種族がいるという。

 それらを上手く懐柔し、対人間での非主力戦力として使えないだろうか。

 個体数が多く、南のゴブリンと同等の勢力を誇るキラーアント。活動時間は限られるものの、ゴブリンよりもかなり高い戦闘力を有するスカラベ。

 どちらも容易に利用できそうもないのが欠点と言えば欠点か。調査をしてみたいが、戦いが予想される以上、かなりの規模の人員を派遣しなければならないだろう。

 壁に描かれた地図を見上げて四周を伺う。

 古獣士ギ・ギーの情報では、北側に脅威となる種族はいないらしい。多種多様な魔獣と様々な植物の繁殖した鬱蒼とした森、そして沼が広がっているそうだ。

 西側は亜人と妖精族の勢力圏である。同盟を結ぶ各種族との関係は良好で、今のところ揉め事はない。順調な滑り出しと言って良いだろう。

 東側の人間勢力は、今のところ大人しくしている。防壁と諜報を兼ねたオーク王ブイの集落と、それに寄生するようにコボルトのハスの集団が東側に根を張っている。

 加えて、旧ギ・ゴーの集落跡に建設した狼煙台もガンラの氏族と獣士ギ・ブー、水術師ギ・ビーを派遣している為、問題なく運用できている。

 では南側だ。狂い獅子ギ・ズー・ルオを派遣したきり、音沙汰がない地域ではあるが、概ねギ・グー・ベルべナの勢力下に収まっていると言って良い。

 だがそれも、森の中に点在するゴブリンの集落を線で繋いだ範囲を支配領域として考えているからだ。このやり方は速度を重視して支配領域を広めるには有効だ。ギ・グーがやったように、僅かな期間でその支配を飛躍的に広げることが可能だ。

 しかし、ゴブリンの集落が存在しない地域においては影響力が及んでいないということに他ならない。ギ・ズーに任せた地域は別として、南の砂漠地帯付近はゴブリンの集落が存在せず、キラーアントとスカラベの勢力が蔓延っている。

 今のところ、周囲に脅威となるような者は存在しないのも事実だ。

 人間との偽りの平和がどこまで続くかは分からないが、それを加味しても南への派兵を考えてもいい頃合いかもしれない。

 話しの通じる相手なら交渉の余地があるだろうし、話の通じない相手なら、力を以って俺の配下に降ってもらう。

 問題はキラーアント、スカラベの勢力が俺の考えている以上に大きく、調査に手間取った場合だ。2種族を同時に相手取るのは危険が大きい。人間側との再戦までの時間を考えても、やはり早期の調査が望ましいが……。

 では、誰を派遣するか? 手元の戦力から考えていく。

 南の領域を支配するのは、あくまでギ・グーだ。彼に与えた領地で他のゴブリンが調査をし、大きな顔をするのを喜びはしないだろう。

 となれば、長に据えるのはやはり、ギ・グー・ベルべナ。だが、ギ・グーだけではキラーアントと交渉する間もなく、殲滅を開始しかねない。人間との戦いを考慮すれば、戦力の消耗はできる限り最小限に留めておきたいところだ。

 ならばギ・グーと同格か、或いはギ・グーに意見できる者を同道させねばならないだろう。

「ギ・ドー・ブルガを呼び寄せるか」

 妖精族の集落で研鑽を積む2匹のシャーマン級ゴブリン。ギ・ザー・ザークエンドとギ・ドー・ブルガ。彼の2匹を呼び寄せて南へ派遣し、他種族との交渉に当てる。

 しかし、この2匹には今それぞれに割り当てていることもある。

「ふむ……些か不安だが」

 別の者を派遣してみるか。確かキラーアントは砂漠地域に蟻塚を築くのだったな……。

 俺はファンファンを呼び寄せ、南への派遣にギ・グーと同行することを要請した。


◆◆◇


 暗黒の森から遠く離れ、西都を抜けてゲルミオン王国の王都まで至ったシュメア達は、冒険者という職業に就きながら情報を集めていた。

 人間の世界というものに不慣れなフェルビーと、人間の世界の悪意しか経験したことがないセレナを補うように、盲目のプエルは人間社会での立ち居振る舞いを2人に教える。

 深くローブを被り、一見して妖精族とは分からないようにして彼女達は酒場に入る。

「ん~〜! 芳醇な酒の香りだねぇ……!」

「冒険者の宿でよく出される安酒ですが……」

「アタシは気分良く飲んで酔えればそれで十分なのさ。値段の多寡は気にしないよ」

 シュメアの軽口にプエルが突っ込むが、豊かな胸を強調するようにシュメアは胸を張る。

 シュメア以外は深くローブを被っている為、顔を伺うことは出来ないが、見る物が見ればその立ち居振る舞いだけで相当に腕の立つ者達と分かる。その為、熟練の冒険者ほど一見して怪しい彼らに関わるのを避けていた。

 テーブルに並べられる各種の料理と麦酒。適当に食事をしながら、妖精族の3人は付近の会話に耳を澄ませる。

 元々耳の良い風の妖精族である。指向を絞り、冒険者達が交わす会話に耳を傾けることなど、造作もなかった。

 情報収集も一段落したところで、本格的に食事を摂り始める。

「しっかし、人間は美味いものを作るんだな……。侮れん」

 フェルビーが焼いた鶏肉をフォークで刺しながら感心したように言う。

「口にものを入れながら喋るのは下品ですよ。フェルビー」

 ぴしゃりと言い放つプエルの言葉に、セレナがくすりと笑う。

「おう、気をつけよう。だが、美味い物の食い方は人それぞれだと思うがな」

 熱々の肉を口の中にいれたまま麦酒を飲み干すと、ぶはっと息を吐き出す。

「だから、下品だと」

「こうした方が美味いのさ。セレナもやってみろ」

 嬉々として真似をするセレナの様子に、プエルは雰囲気だけでフェルビーを睨む。

「……まったく」

 溜息をついて、プエルも同じものを口に運ぶ。丁寧に切り分けたそれを小さな口に運ぶ作法は、貴族の令嬢と言われても納得できるものだった。

「何を見ているのです? 早く食べないと、この大食らいが全て食べ尽くしてしまいますよ」

 にやにやと笑いながら3人の妖精族の様子を見守っていたシュメアは、食事の手が止まっているのに気付いて厚切りのパンをスープに浸して口に運ぶ。

「んー、やっぱり自由ってのは良いねぇ」

「何がです?」

 不思議そうに首を傾げるプエルに、シュメアはパンを口に運びスープを飲み干して朗らかに笑った。

「笑ったり、食事したり、会話したりできるってのは、やっぱり良いね。奴隷は物だから、そういう自由もなかったって訳さ」

 成程とプエルは頷く。一度として奴隷の身に堕ちたことのない彼女では、シュメアの語った“自由”という物の価値が本当の意味では理解できない。

 自由を満喫するシュメアの言葉は、徐々にプエルの考えに変化を齎していた。

 少なくとも、あのゴブリンの王の下には奴隷は居なかった。

 それは厳然たる事実だ。

 だが、と彼女は考える。それは世界の広さの違いなのではないか。人間が大陸の普く場所に進出して400年は経つだろう。その広い活動領域は埋め切れない貧富の差を齎した。

 仮にゴブリンの王が人間の広大な地域を支配しても、同じことが起きるのではないか?

 ゴブリンの王の下に奴隷が居ないのは、彼の者が支配する地域が暗黒の森という狭い地域で、かつ民が同じ種族であるからではないのか……。

『貴様が見た人間の世界とは、本当に素晴らしいものだったのか? 飢え、貧困、差別。謂れのない罪を着せられ貶められる人々。持つ者と持たざる者の差は、弱肉強食の世界は、変わらず人間の世界を覆っていただろう?』

 ゴブリンの王の言葉が、脳裏を掠める。

 プエルは首を振る。そんな筈はない。自身の過ごした環境は決して劣悪ではなかったにしても、恵まれたものではなかった。

 金も人も、何もかも足りない中から東部で名を馳せる血盟(クラン)になった飛翔への翼(エルクス)

 仲間と力を合わせ、少しでも良くなるようにと築き上げてきた。人間の世界という枠組みの中で、少しでも良くなるようにと。

 あの輝かしい時間がゴブリンの王の治世に負けるなど、そんなことが……。

「プエル姉さん?」

 思考の海に沈んでいたプエルに、セレナが声を掛ける。

「え? あぁ、ごめんなさい。少し考え事を」

 食事を再開するプエルに、セレナも何事もなかったかのように食事を再開した。


◆◆◇


 妖精族のフォルニの集落から北へ向かって5日程。巨木の立ち並ぶ森林の中に俺は居た。背に負うのは黒炎揺らめく大剣(フランベルジュ)。鉄で補強した革鎧に投擲用の短剣を仕込んだ軽装だ。後ろには鍛工の小人(コロ・ドワルフ)のダンブル・ダビエ・ダビデの弟子が続く。

「こ、この辺りになり、まます」

 怯えた声のダンブル・ダビエ・ダビデの弟子。

 俺が何故こんな所にいるかと言えば、ダビデから届いた一通の書状に端を発する。

 ──以前の約束を果たしてもらいたい。

 それだけが書かれた書状をフェイに読んでもらうと、留守をナイト級ゴブリンギ・ガー・ラークスに任せ、西へ足を向けた。

「この忙しい時期に、本当に行かれるので?」

 フェイの言葉に俺は頷く。

「時間というのは有限だ。だからこそ、一度交わした約束は守らねばならん。それでこそ信義だ」

 生き物は死ぬ。故に、出来る時に約束を果たさねば、その機会は永遠に巡って来ないかもしれない。

「……玉座の座り心地が悪くなっただけでは?」

「まさか」

 まぁ確かに、それが全く無いかと言われれば嘘になるが。

「まぁ、偶には宜しいでしょう」

 フェイの言葉を尻目に、俺は大剣を背に負うと、妖精族の集落へと足を向けた。

「おお、まさか本当に来るとはな」

 ダビデは訪ねてきた俺に向かって、髭に覆われた顔をくしゃりと歪ませて笑う。

「頼みってぇのは、他でもねえ。俺の弟子のことだ」

 ダビデの横で小さくなっているのは、未だ若いコロ・ドワルフの男だ。髭もそれほど伸びておらず、ダビデに比べると線が細い。

「腕は良いんだが、どうにも小心でな。こいつの護衛を頼みたい」

「確か約束では──」

「儂の為に一度だけ剣を振るってくれるのだろう? ならば、儂の頼みで弟子を護衛するんだ。文句はあるめぇよ」

 まぁ、良いだろう。

「で、お前の弟子は何を採りたいのだ?」

「ほれ、自分で言え!」

 ダビデに背中を叩かれ、ダビデの弟子は恐る恐ると言った風に口を開く。

「き、北の森にある黒輝石(ヴァーシェ・イェン)の原石と、風精石です」

 剣を鍛えるなら黒鉄石だった筈だ。俺の知識に無い原石の名前に首を傾げると、その様子にダビデが笑う。

「黒輝石ってのは、普段は脆くって使えねえんだがな。こいつがどうしても試したい製法があるってんで、だったら自分で採って来いと言ったのさ」

 余程信頼があるのだろう。鍛冶に関しては頑固と言われるダビデが、試しても良いと判断する程度には。失うには惜しい逸材ということか。

「良かろう。約束は果たさねばならんからな」

「頼むぜ、ゴブリンの王よ」

 腕を組んで満足そうに笑うと、ダビデは弟子を送り出した。

 それから5日程、フォルニの集落から北へと歩いている。偶には少人数での探索をこなさねば、勘が鈍ってしまうな。

 目の前にいる有角狐(ホーン・フォックス)の姿に口の端が吊り上る。体の大きさはそれほどでもないが、この魔獣は火を操る。今まで出会うことがなかった種類の魔獣だ。

 甲高い声で一声鳴くと、有角狐の長く伸びた角の先端に炎が灯る。さして長くもない時間で炎を凝縮し、俺に向かって放ってきた。

 凡そ4秒程度で次弾の装填が終わるらしい。悲鳴を上げる同伴者を片手で抱え上げながら、放たれた火弾を避ける。直線状に放たれた火弾を横目で見ながら、群れられると厄介だと考える。

 今は未だ1匹だから対処できるものの、これが集団になれば躱すのも一苦労だろう。

 草むらに弟子を放り投げると、足に魔素を流して加速。撃ち終わったばかりの有角狐に迫る。一刀の下に首を断ち切ったフランベルジュが一瞬だけ炎を纏い、刀身に付いた返り血を弾いて地面に落とす。

「ふむ……」

「あ、あのゴブリンの王様」

 新しい魔獣の発見に、こいつをギ・ギーに使役させられないかと考えていると、後ろから声が掛かる。

「あ、あそこに!」

 指差す方向には、木々を抜けた先に岩山のようなものが見える。どうやらあれが目的地か。

 まだ朝と言って良い時間だが、採取の時間も考えれば急いだ方が良いだろう。

「行くとするか」

 狐の角と体の一部を持って、俺達は岩山に向かった。


◇◆◇


 巨大な木から剥がれ落ちた木の皮などが目に入る。それに刻まれた大きな爪痕に、大型の魔獣でもいるのかと一応の警戒しながら、俺達は足を進める。岩山の周りは静かなものだった。

 暫く歩くと、岩山の麓に地下に通じるような穴が開いているのが見えてくる。

「こ、ここです!」

 勇んで駆け出そうとするダビデの弟子の肩を掴む。

 疑問に俺を見上げる小人を退がらせると、大剣を抜き放って構えを取る。

 やはり、政務にばかりかまけているのは駄目だな。

 岩山の穴から僅かに漂い滲み出る殺気に、思わず大剣を握る手に力が入る。これ程の強烈な気配を見逃すとは、我ながら不覚と言うしかない。

「グルウゥゥウゥウウゥゥウ……」

 低い唸り声を上げて姿を現したのは、俺の背丈の2倍はあろうかという大熊だった。

火斑大熊(レッドベア)……」

 茫然と口を開く弟子に、俺は声を張り上げる。

「離れてろ!」

 対峙しているだけで感じるこの威圧感。赤く長い体毛は鎧のように硬質な光を湛え、両手から伸びる鉤爪は、容易く俺の首をへし折ることが出来るだろう。

 正直に認めねばなるまい。魔獣程度に負けはしないと高を括っていた。先程の巨木に刻まれた爪痕も、こいつの縄張りを示すモノだったのだ。この周囲が静か過ぎるのも、コイツを恐れて他の魔獣が近寄らないからだ。

「ガァルアアアアァア!」

 後ろ足で立ち上がり俺を威圧する目の前の強敵の姿に、腹の底から沸き上がる震え。空気自体が震え、森全体に響き渡りそうな咆哮は──だが、俺の意識をも目覚めさせる。

 大地を踏み締めた足先で、地面の感触を確かめる。腕に籠る力に衰えはないか、腹の底から沸き上がる、この熱い猛りを忘れてはいないか。

 強者に挑む。

 唯一、それだけが今の俺にある。

 王という肩書すらも、今は不要。

 開けた口から漏れる息が、文字通り体内の熱を放出して白く後ろに流れる。

 かつて強敵であったオークと戦った時のように、巨大蜘蛛を討ち果たした時のように、灰色狼に向かって行った時のように、戦士としての心の躍動が蘇る。

「グルゥウウゥゥウァアアァ!!」

 火斑大熊の威圧を跳ね返すべく、腹の底から声を張り上げる。《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》を同時に発動。

 ──精神に対する攻撃の緩和(大)

 ──上位種に対する攻撃力、防御力、与えるダメージ増大

 《叛逆の魂》の効果を最大限活用し、思考をただ戦士のモノへと塗り替えていく。握り締めた大剣に魔素を通す。

我は刃に為りゆく(エンチャント)!!」

 黒炎揺らめく大剣(フランベルジュ)の刀身に、真の黒(ヴェリド)から奪った黒の炎が纏わり付く。ダビデの打った合金の刀身は魔素を通し易く、それ故に切れ味は燃え上がるが如き炎のように上昇する。

「ガルゥアアァ!」

 火斑大熊が腕を振るう。

 俺はそれを真っ向から迎え撃つ。非合理な判断かもしれない。

 その一撃は躱せるなら躱した方がいい。強力な一撃を大剣で迎え打った俺の腕に、痺れるような衝撃が走る。

 ──あの爪は、危険過ぎるか!

 エンチャントを施した大剣でも欠けもしない敵の鉤爪。相当な強度なのだろう。

 地面に跡をつけながら、衝撃を耐え切る。

 致命的な精神侵略と引き換えに《猛る覇者の魂》を発動させる。

 ──喜べ、我が魂よ。目の前にあるのはただの闘争だ。先行きも、未来も、何も考える必要がない。誰も入り込む隙もありはしない。強者との戦いだ!

「グルウッゥウゥアアアァガアア!」

 ──腕から痺れが消えていく。大剣を握り締める指先に、大地を踏みしめる脚先に、今まで以上の力を感じる。

 ──目目、の目、目、の前の敵を、敵を倒すのだッ!

 再び振り上げられる鉤爪に、再度大剣を合わせる。

「ガァアア!」

 だが、それでも僅かに力負けする。

 その現実に、知らず頬が吊り上がる。狂った精神の成せる業か、はたまた俺の強者を求める魂が解き放たれているのか。相手が強いということに例えようのない歓喜が沸き上がる。

「グルゥウゥゥアアア!」

 僅かに力負けする分を《叛逆の魂》で精神の手綱を引き戻し《剣技A-》で補うことにより、互角にまで持ち込む。

 振るわれる鉤爪の一撃を大剣でもって捌きながら、互いに咆哮をぶつけ合う。

「ガァァアアア!」

「グルゥウアアア!」

 風圧を伴う敵の一撃を、振るう大剣の角度を変えることにより弾き返す。

 一撃、二撃、三、四……。

 力と力のぶつかり合いに思考が火のようになっていく。それは相手も同じようだった。相手を叩き潰そうとする意志を両腕に込めて、互いに相手にぶつけ合う。

 双頭の蛇の祝福を受けて容易になった《魔力操作》をもって、腕に、足に、瞬時に魔素を集中させ、繰り出す一撃に威力を上乗せする。

「ガァアア゛アァア゛ア!」

 力比べは、ほぼ互角。それに業を煮やしたかのように、火斑大熊は先程よりも一層強い咆哮を上げて鉤爪を振るう。

 ──威力が、上がった!?

 今まで互角だった筈の力の拮抗が僅かに、だが確実に相手に傾く。

「ぬ!?」

 一瞬でも遅れれば押し負けるのは当然の成り行き。僅かに傾いた力の天秤が、俺の大剣の一撃を僅かに遅らせる。

 不味いと思った次の瞬間には、掠った鉤爪の一撃で体が後ろへ吹き飛び、胸から腹にかけてドッと血が噴き出る。大剣は俺の手を離れ、地面に転がる。

 魔素を操って応急処置をと考えた次の瞬間には、咆哮と共に大熊の巨体が目の前にあった。頭から突進してきた大熊に、成す術もなく弾き飛ばされる。巨木に背中からぶつかり霞む視界。口からは血が漏れる。

 直後、俺は鎧から抜き取った短剣を火斑大熊の顔に向かって投げる。

「ガァアアア!?」

 鼻先を掠めた短剣に一時的に火斑大熊の動きが鈍る。その隙をついて跳躍。大剣を手に取る。

 軋む脇腹に、体の内側をやられたのだと思い至る。大剣を杖のように大地に刺して、立ち上がる。

 ──弱みを見せるな! 見せれば一気に来るぞ!

 自分の内心を叱咤すると、足に魔素を集めて急加速。

我が命は砂塵の如く(アクセル)!」

「グルゥゥウウゥ……」

 様子を窺う火斑大熊が、向かって来る俺の姿を認めると再び立ち上がる。

 再度の力比べが始まった。

 だが、どうしても俺が劣勢にならざるを得ない。噴き出る血を止める間もなく、足、背中、腕へと魔素を集中させる部位を変えていく。この作業が無ければ敵の力に押し負ける。しかし魔素を集中させると、治癒に回すだけの魔素が確保できない。

 胸から流れ出る血をそのままに、大剣を振るい続ける。

「ガアァアァ!」

「グルウゥウァアア゛ぁア゛ア!」

 次第に朦朧とする意識の中で、それでも魔素の操作を続けようとし、魔素を集中させる部位を連続させてしまうミスをする。

 足先から足全体、そして腰へと流れる魔素に、失敗を悟り思わず距離を取る。

 瞬時に足先へ魔素を集中させ、離脱。魔素の集中を誤って体の一部が欠損する未来を思い浮かべ──だが、俺の幻視した未来は来ないどころか、常よりも遥かに遠くへ離脱した己が体を見下ろして、一瞬だけ茫然となる。

「グルゥゥウぅ……」

 ──何故だ?

 火斑大熊も一瞬にして距離を離した俺に警戒心を抱いたのか、仕掛けて来ない。様子を見ているのか……?

 ──俺は今、どんな操作をした?

 目の前の敵に注意を払いつつ、今自分自身が行なった魔素の操作を思い出す。

 魔素を集中させ、足から腰へ……まるで流れるように魔素を操作したのだ。

 ──流れるように体中の魔素を操作。流れるように、か?

 今までは必要な部位に魔素を瞬時に集中させるようにしていた。力を伝えるべき足先、剣を振るう為の腰、背中。そして最終的に腕へと。

 それを流れるように?

「ガルァアアアァァアア!」

 警戒を解いた火斑大熊が、咆哮を上げる。

 やってみるしかない!

 それしかないだろう。再び鉤爪の間合いの中へ身を躍らせる。当たれば潰れた果実のようになるであろうその一撃の一瞬の合間に、再び魔素を操作する。

 足から、腰へ、そして背中へ、最終的に腕へと至る魔素の流れを、初めて意識して行なった。

 流れるような魔素を操作し、大剣を振るう。

 すると、今まで互角であった筈の力の拮抗が今度は俺の方に傾いた。

「ガァアァ!?」

 驚きの声を上げる火斑大熊。だが驚いているのは俺も同じだった。

 鉤爪とぶつかり合って火花を散らす大剣。続けて振るうそれを、火斑大熊の方が何とか防いでいるように見える。

 驚きと共にその現実を受け入れると、幾分冷静になった頭で次の手を考える。力で負けるとすれば、奴が次に取るのは──。

「ガァアア゛アァア゛ア!」

 ──当然、押し返そうと更に力を込めて来るッ!

 僅かに大降りになった鉤爪の一撃の間に、体を滑り込ませる。

 敵の必殺の間合いの更に内側へ!

我は刃に為りゆく(エンチャント)!」

 《王は死線で踊る》を発動させると同時、足から腰、背中へ流れるように魔素を操り、腕から更に大剣へ! 三度の詠唱(サード・インパクト)を合わせた一撃は、火斑大熊の振るう致死の一撃を掻い潜り、鎧じみた赤い体毛を物ともせずその首から胸を切り裂いた。

 黒い炎を纏った一撃は、巨躯の敵の背中側をも切り裂き、斬撃の跡を岩山に刻んですらいた。

 崩れ落ちる火斑大熊の巨躯を見下ろして、俺はやっと息を吐き出し、傷付いた体を癒す為に魔素を回復に回すことが出来た。


 ──人間との再戦まで、あと89日


◇◆◆◇◇◆◆◇


レベルが上がります。


72⇒92


《魔力操作》が《魔流操作》へと変化します。


◇◆◆◇◇◆◆◇


王様の鬱憤晴らし回でした。

鬱憤がたまってるのは作者なのかもしれません。


次回更新は23日を予定

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