成人の儀式
【種族】ゴブリン
【レベル】72
【階級】キング・統べる者
【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《戦人の直感》《冥府の女神の祝福》《導かれし者》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv36)オークキング《ブイ》(Lv82)
【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》
ガイドガの集落を出て、南方地域を通りクシャインの枢機卿ネムシュを暗黒の森の外まで送り届ける。途中出現する魔物は群狼のギ・グー・ベルべナ率いる南方出身のゴブリンに任せ、俺はフェイとともにもっぱら情報収集に終始した。
枢機卿ネムシュが向かうのは、自由都市群北部の都市国家バーネン王国。国王が選挙で選ばれるという国らしい。クシャイン教の総本山もあり、特に宗教の色が濃いとのことだ。
ネムシュの言葉を借りれば、クシャイン教徒でなければ人ですらないと言われる程にその権勢は揺るぎないのだとか。
「国王がいるのだろう?」
俺の質問にネムシュは蔑むように笑うと、問題にならないと言う。
「国王もクシャインの教えに帰依しているのだ。おいそれと教皇に意見できる筈もない! それ程に偉大な教えなのだよ!」
俺が知恵無き魔物と侮っているのか、それともそれが地なのか。ネムシュは饒舌だった。これが口から出まかせの嘘という可能性も零ではないが、ここまで得意げに人間は嘘をつけるものだろうか。
《一つ目蛇の魔眼》でも嘘を見抜くことはできない。
他人の嘘を見抜くには、あくまで自身の眼を信じるしかないのだ。不便と言えばそれまでだが、スキルだけでは決して辿り着けぬ境地があるのだと考えれば気持ちを引き締められる。
俺はまだ、人間に対して勝ちを収めてすらいない。どの選択肢を経れば勝利を手繰り寄せることが出来るのか。手探りで少しずつ進んでいくしかないのだ。
ネムシュからの情報収集に終始すること10日程。やっと南の森と砂漠の境界に出る。礫砂漠というのだろう。荒地に陽炎が立ち上り、熱砂と太陽が岩と大地を焼いている。
薄らと遠く視界に映るのは、自由都市群のどこかの都市国家だろうか。
「我らが送れるのはここまでだ」
森の中をすら完全に掌握できていないのに、砂漠に進出するのは早過ぎる。今は未だ地盤を固めねばならない。
「餞別だ。旅費とお前の神への供え物とするがいい」
知恵無き魔物の王を演ずる為に、尊大な言い方を心がける。
「クシャインの教えは、魔物に道すら教えるか……。おい、今のはきちんと記録したろうな?」
ネムシュが供の一人に声をかけると、ひょろりとした男が壊れた人形のように頷く。恐らく日記だろう。羽ペンで本に何やら記入している。
「お前がまた森へ来るなら、宝物を与えよう。俺はお前の神に敬意を払っているからな」
心にもないことを口にするのは、腑が煮え繰り返りそうになる。だが、人の国を落とす為には耐えねばならない。この目の前の男が力を得て南を荒らせば、一気に人間の力は落ちる。
「クシャインの崇高な教えを魔物が理解できるとは思えぬ。だが、せめて貴様らが安らかに死ねるように祈るとしよう」
「では、さらばだ」
安らかなる死か。思わず自嘲に口元が歪むのを抑えきれず、ネムシュに背を見せる。
そんなもの、誰が望むか。
俺が望むのは、苦痛の上に苦痛を重ね、血反吐を吐いて進む棘の道だ。
自ら選んだその道に、安らかなる死など要らん。
苦難を越え、戦い抜いたその先にあるのは、恐らく……。
◆◆◇
再び同じ日数をかけて南から深淵の砦へ戻ると、待っていたのはクザンの代理として深淵の砦を差配するイェロだった。クザンが妖精族の集落へ向かってからは、イェロが深淵の砦の探索と部屋の割り振りなどを取り仕切っている。
老ゴブリンもイェロと共に仕事をしているらしく、二人並んで俺の帰還を出迎えていた。
「王、外に放った妖精族のフェルビー殿から連絡がありました」
頭を下げて告げるのは、老ゴブリンだった。雌のゴブリンや幼生のゴブリンの身の回りの世話を引き受けてくれる老ゴブリンは、ゴブリンの一族に不釣り合いな程の知恵者だった。
詳しく話を聞いたところ、フェルビー、プエル、セレナ、シュメアの一行は無事西都に侵入を果たしたらしい。旅費を稼ぐ為に冒険者となり、プエルの導きで各地を巡る旅を継続中だそうだ。
人間の国の西方を治めているのはゴーウェン・ラニードという武人であり、森の入り口で俺と不可侵の盟約を交わした相手だそうだ。
だが、盟約を守るつもりがあるのかと言えば、その意志は甚だ怪しい。ゴーウェンの下には続々と兵士が集まり訓練に余念がないとのことだ。身元のはっきりしない冒険者でも、実力次第では士官として取り立てると言うのだから徹底している。
広く人材を求め、戦力の拡充を図っているのは何も俺だけではないということだな。
「盟約を無視して、攻め入ってくるつもりか……?」
思わず口に出した言葉に、フェイが確認するように声を出した。
「やはり戦は避けられませんか」
「二つの強者が生きるには、この土地は狭過ぎるのかもしれんな」
覇権を望めば他者との対立は避けられない。仮に俺がここで森を守ることに終始しても遠くない未来、数を増やした人間の勢力は己らの食い扶持を得る為に森へ入る。
ならば、やはり俺の進む道は決まっている。
人間の国を乗っ取り、世界の覇権を争い、この世に俺自身の存在を刻み込むのだ。
「他にもございます」
続いての報告は、世間話に近いような話だった。東方シュシュヌ教国で魔道騎兵の新たな騎兵長が決まったということ。北方雪の神の山脈付近で、伝染病が流行し始めたこと。ゲルミオン王国が、回復魔法を使える者を高額で召し抱えていること。
そしてその中の一つに、自由都市群でクシャイン教の撰会議が開催されることがあった。ネムシュの言葉を完全に信じるわけにはいかないが、嘘を言ったわけでもないらしい。これがどんな結果を齎すかは、種が芽吹いてみなければ分からないが。
「敵に回復を司る者が多くなるのは厄介だな」
レシアが敵に奪われた後は、回復はもっぱら自然治癒に頼っているのが現状だ。いくらゴブリンの繁殖力が高く、回復力も人間より優れているとはいえ、回復魔法を使う者達が数多くいる陣営とでは、その差は歴然だろう。
あれが標準なのかは分からないが、レシア程度の力を持つ者が多数居るとしたら、それだけで戦局を動かしかねない事実だ。
「かといって、ゴブリン側に味方する癒し手がいるとは思えません」
フェイの指摘に黙って頷く。妖精族に癒し手は居ないのかと聞けば、自然治癒を上昇させることはできても、瞬時に回復とまではいかないようだ。
「水の妖精族ならば、或いは居るかもしれませんが」
風の妖精族と水の妖精族の交流は人間勢力に遮られ、絶えて久しいそうだ。今度の戦までに彼らを引き込めるのかと言えば、かなり難しいと思っていいだろう。
人間は肉体的に劣っているからこそ、回復の魔法が発達したのだろうか。或いは母体の大きさ故のものか。どちらにしろ人間の持つ大きな利点だ。
地図で確認すれば、ウィンディ達の住処はシュシュヌ教国よりも更に東だ。地理的距離が情報伝達の速度とほぼ比例するこの世界では、連携することは難しいだろう。
奴らの情報が分かれば分かる程、俺達の苦戦する未来しか思い浮かばないが、対処を取る暇もなくやられるよりは遥かにマシだろう。
「フェルビーには、引き続き情報を送れと伝えてやれ」
「御意にございます」
老ゴブリンとイェロは頭を下げて退出していく。
「王よ。先日から示されておりました牧場が形になったと報告がありました」
魔獣を使役する古獣士ギ・ギー・オルドと、亜人の中で魔獣を飼う事に慣れた甲羅の一族。彼らに命じてオークが作っているという放牧場を真似て作らせたのが、牧場というものだ。
比較的大人しく肉食に適した動物をとの注文に、彼らが導き出したのは三角猪だった。
「魔獣ではないか」
思わず出た俺の言葉にギ・ギーは神妙に頷き、苔生した甲羅のルージャーは満足そうに頷く。甲羅の一族の代表を務めるルージャーが説明するところによると、三角猪は決して凶暴な部類ではないと言う。
トリプルボーアの活動する、ある程度の広さの地域を牧場として確保し、幼生に手を出さなければ飼育も容易とのことだ。
確かに初期のゴブリンの獣士が使役できるぐらいなのだから、決して難しい魔獣ではないのだろうが……。
尚も心配する俺に、ギ・ギーが意を決したように口を開く。
「王よ。我ら獣士は魔獣と接してこそ己を磨くことが出来ます。我ら獣士はその中で命を懸けますが、そうでなくては自身の成長は有り得ません」
深く首を垂れるギ・ギーに、俺は一つ教えられた気持ちになった。
確かに、俺は多少過保護過ぎたのかもしれない。俺も他のゴブリンも、成長と経験は自らの命を懸けて学んできた筈だった。その中でしか見出せないものも確かにあった。
それが獣士の場合、魔獣を使役することなのだろう。
失敗することも視野に入れて試行錯誤を繰り返し、自身で考える術を身に付ける絶好の機会かもしれない。
「良かろう。ギ・ギー、ルージャー、存分にやれ」
彼らを退がらせて、次の案件を聞く。
斥候部隊を指揮するギ・ジー・アルシルから近辺の情報収集の結果。ナイト級ゴブリン、ギ・ガー・ラークスから幼生達の訓練状況。翼有る者のユーシカから旅の宿建設と、それに伴う街道の開設状況。一から十まで俺が全てを見るわけにはいかない為、状況報告を受けることが多いが、それだけでもかなりの量がある。
真剣に家臣団の組織を急がねばならんな。
横目でフェイを見れば、疑問の表情を浮かべて首を傾げる。
「何か?」
「シューレの苦労が身に染みて分かる気分だ」
「自ら望んだことでしょう」
「言われるまでもないな」
苦笑して次の案件を報告させる。
そう切り返されては元も子もない。愚痴を言う暇があれば、他の案件を片付けるとしようか。
◆◆◇
ナイト級ゴブリンギ・ガー・ラークス率いる幼生ゴブリン達は、深淵の砦から東へ移動していた。ゴブリンの王が出現して以来、それまで生まれた後は運に任せて生き残りを懸けていた彼らの生活は一変したと言って良い。
生まれ落ちてから直ぐに行動することが出来るとは言っても、その能力は並みのゴブリンと比べても遥かに低い。生まれてから三日程は与えられる食べ物を食べ、動き回れるようになったと判断された後、ギ・ガーが基礎を叩き込む。
三匹一体。非力なゴブリンが生き残りを懸けて己の血肉とした技術である。1匹目が獲物の注意を引き、攻撃を受け止める。その間に2匹目が敵の態勢を崩し、3匹目が攻撃をするという具合だった。
相手をするのは、体を欠損した歴戦の“傷モノ達”だ。
ギ・ガーの配下であり、王への忠誠が特に高い彼らに、当初幼生達は我武者羅に向かって行く。如何にギ・ガーの威風が高く、他のゴブリンから尊敬されていようとも、生まれたばかりの幼生達にはそれを理解するだけの頭が無いのだ。
当然、歴戦のゴブリン達によって散々に打ちのめされ地面に這いつくばることになる。そこでやっと彼らは自分達の非力さを思い知るのだ。
従順になった幼生達に、ギ・ガーの指導によって三匹一体を身を持って教えていく。3匹に1匹が付くという割合で教えるのだから、個人指導と言っても良い。
綿に水が染み込むように従順に教えを吸収する幼生達は、一週間もすると他のノーマルゴブリンと遜色のない体格へと成長する。
ここまでが第一段階とギ・ガーは考えている。そして第二段階は、訓練から実戦へと移り変わる。外で魔獣を狩るのだ。
深淵の砦付近は比較的巨大な獲物が多く、幼生達が相手するには不適当と言って良い。故に人間の領域に近い前線基地の辺りまで進み、彼らに難易度の低い獲物を狩らせる。
三角猪、双頭駝鳥、野犬、或いは槍鹿などでもいい。目についた獲物を狩るのが2段階目だ。その際には、ギ・ガー以下“傷モノ達”が念の為に付いて回る。
将来の貴重な戦力を些細なミスで失いたくはないというゴブリンの王の意向を受けての訓練だった。深淵の砦の外での実戦訓練。野宿をするのも初めての幼生達。
初めて見る木々の碧さに、見上げる空の高さに、瞼を焼く火の神の胴体に、彼らは常に目を奪われ続ける。
4日程を掛けて必ず3匹で1匹の獲物を倒すことを条件とし、森の中を彷徨い歩く。宛のない彼らの行く手には、命を懸けて立ち向かわねば勝てないであろう巨大蜘蛛や、頭上から獲物を狙う腐肉喰い鳥などがゴブリン達の命を狙っている。
ギ・ガーも彼らの行動範囲を絞り、巡回を徹底するようにしているが、決して全員が生き残れるわけではない。特に歴戦の“傷モノ達”を付けていても巨大蜘蛛に襲われてしまった場合は、1匹や2匹は必ず犠牲になる。
見事獲物を狩り終えた者だけが、ゴブリンの成人として認められるのだ。
その日もギ・ガーの指導の下、18匹のゴブリンが獲物を狩り、成人したゴブリンとして認められ、深淵の砦へと戻って来た。
今後成人と認められた彼らは王との面談の後、個人の資質を判断されて、ある者は暗殺のギ・ジー・アルシルの斥候部隊に組み入れられ、ある者は古獣士ギ・ギー・オルドの魔獣部隊へと組み入れられる。
極々一部の者が、今は妖精族の集落で研究に勤しむギ・ザー・ザークエンドのドルイド部隊へと配属される。
そして大部分の者は、戦鬼ギ・ヂー・ユーブの下で槍兵として訓練を積むことになるのだ。
彼らが平原の覇権を賭け、人間勢力と雌雄を決する日は近い。
◆◆◇
地図を広げて考えに耽る。
森の入り口に突き付けられた楯のような植民都市。そして北は雪の神の山脈。南には自由都市群の諸都市。情報によれば、ゲルミオン王国と南部諸都市は互いに国境線を巡って争っているとのことだ。
ネムシュが教皇の地位に就くことになれば、事態は動くかもしれない。だが、できればもう一手南に何か仕掛けたいものだ。最もネムシュが教皇の座に就いて聖戦などというものを引き起こしてくれるなら、それに越したことはない。
敵の団結に罅を入れるのが俺の目的である以上、彼らが相争う──または、その可能性を残しておいてくれれば、いざゴーウェンと相対する時、南側からの増援を考えなくていいからだ。
視線を転じて北側へ。
雪の神の山脈には疫病が蔓延しつつあるとのことだったが……。衛生観念が発展していないが為に起こる病気が殆どだろう。ゴブリンが病気に罹ったという話は終ぞ聞いたことがないが、人間の町を占拠した時にゴブリン経由で伝染病などが運ばれてしまっては元も子もない。
俺の目的は支配であって、殲滅ではないのだから。
今の内から川などで体を洗う習慣を身に着けさせるべきか……?
病気というものは、国としての体力を急激に弱らせる。どの程度で収まるかが問題だが……出来ればこちらに割く戦力を抑える手駒が欲しいものだ。
確か、魔獣が多く存在しているんだったか。ギ・ギーに魔獣を追い立てさせ、北を混乱に陥れることは出来るだろうか。
どこまでギ・ギーの魔獣が従順になるのかにもよるが、獣士達の力を向上させていけば、100匹やそれ以上の単位での運用も考えられるだろう。
北側は、明確にゴブリンと魔獣を使っても問題はない。
再び視線を南側に向ける。
一応、ネムシュに見せた友好の姿勢。これをどの程度まで保持する?
人間の領域を荒らしたいと考えても、折角手を打ったネムシュの立場を悪くしては意味がない。ゴブリンを前面に出さず、混乱を齎すことは出来ないだろうか……?
一度、ギ・ギーとギ・グーから話しを聞いた方が良いだろうな。
地図を睨んで見えない敵と、駒を差し合う。
深淵の砦の外は、冬を迎えようとしていた。
──人間との再戦まで、あと112日。
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