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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
楽園は遠く
192/371

幕間◇北方千里、黎明に逢う

【固体名】ギ・ゴー・アマツキ

【種族】ゴブリン

【レベル】2

【階級】デューク・流浪の剣士

【保有スキル】《剣技A-》《紫電の剣》《見切り》《気配察知》《洞察》《剣豪の証》《静寂の天地》《歴戦の戦士》

【加護】剣神(ラ・バルーザ)

【属性】なし

【状態異常】《不殺の誓い》《剣神の侵蝕》







 ヒカリゴケの繁殖した洞窟を抜けると、火の神(ロドゥ)の胴体が煌々たる輝きを持って瞼を焼く。洞窟を抜けた先に複数の気配を感じた元奴隷戦士のヨーシュは、立ち止まるようにと前を進むギ・ゴー・アマツキに言葉を駆ける。

「心配は無用だ」

 さしたる警戒もなく進むギ・ゴーの様子に、最悪の場合の対処法を考えながらヨーシュは後ろに続いた。

「ギ・ゴー殿!」

 見れば幾多の魔獣と共に、ノーブル級と思わしきゴブリンの姿。

 確かギ・ギーさんだったよなと朧気な記憶の糸を辿り目の前のゴブリンを観察すると、魔獣達が戯れ付くようにギ・ギーの周囲で寛いでいる。

 危険はないのかと警戒をするヨーシュ。微かに視線を感じて目を転じれば、ギ・ゴーが安心しろと言う風に目で語ってくる。

「やれやれ、普通はびっくりする筈なんですが……」

 溜息をつくと、頭を掻いて照れを誤魔化す。よくよく観察してみれば、魔獣達の中には幼生に餌を与えているものや、互いに背中を掻いている猿のようなものもいる。

 魔獣という、人に害を為す凶暴な獣という括りを除いてみれば、随分と平和な光景に見えなくもない。

 ギ・ゴーがギ・ギーから何かを手渡され、挨拶して別れる。

 ヨーシュとしては、さして親しくもないギ・ギーと一緒にいる理由もないので、足早にギ・ゴーの後に続いて行った。

「随分と親しそうでしたね」

 森の中にくっきりと残る獣道。恐らく先程の魔獣達の踏み固めた道だろう。それを逆に辿って北側へと歩む。

「そうだな。一歩間違えば、殺し合う間柄なのだがな」

「とても、そういう風には」

「……昔、俺が王を知らぬ頃。灰色狼という魔獣に縄張りを荒らされたことがあった」

 互いに左右の警戒をしながら、一人と一匹が歩を進める。

「群れは半壊し、餌の取れない我らは飢えて死ぬか、互いに食い合うかの二択を迫られた。そんな時、現れたのが王だ」

 ギ・ゴーの語る声は重い。後悔か、或いはそれ以外の感情か。ヨーシュには、その真意までは分からなかった。

「腹の膨れぬ俺は、ギ・ギーとギ・グーに叩きのめされた。王に立ち向かうことすら、許されなかったのだ」

「悔しかったんですね」

「……そうかもしれん」

 歩む内に、段々足元がぬかるんで来ていた。

「それ以来、俺の胸には鬱屈としたものがある。ギ・ギーが親愛の証として食を差し出すのも……」

 ギ・ゴーの迷いに、ヨーシュは意外なことを聞くような心持ちだった。

 剣にこそ、己の生きる道がある。

 ヨーシュの見たギ・ゴーというゴブリンは、他には何もないと感じさせる程、剣に固執していたように思えた。

 だが、話しを聞けば聞く程、人間に近い感情の振れがあるのだと思い知らされる。生きてきた道程が、感情の重なりとなって身動きが取れなくなっているのだ。

 或いはそれこそが、彼が剣神の狂気に身を任せる原因なのではないだろうか。

「沼か」

 ギ・ゴーの言葉に、視線を下に向ける。日中尚暗い森の中で異常に水草の繁殖した沼地の姿は、一度足を踏み込めば決して抜け出せないような印象を受ける。

「迂回しましょうか」

 北へ向かう経路が、この道だけとは限らない。

 暫く歩いて森を抜ければ、北に雪の神(ユグラシル)の山脈が、天を覆うかのように聳え立っていた。


◆◆◇


 未だ火の神の胴体が西に沈まぬ内に、野営の準備をする。暗くなってからではゴブリンならともかく、人間であるヨーシュには些か作業が難しい。普段なら赤き月の姉妹(エルヴィー・ナヴィー)夜の神(ヤ・ジャンス)の闇を照らすところだが、生憎と重く垂れ込めた曇天。

 夜の神と夜の眷属闇の女神(ウェルドナ)は思う存分、その羽を広げている。

 圧迫感すら持って頭上を覆う雲を、ヨーシュは少しだけ恨めしそうに眺めた。

 雨が降らない内に森と平野との境目に野営地を決め、雨対策として木と木の間に布を張る。いつもは頭上から襲い来る夜鳴大鳥(ナイト・バード)の目を誤魔化す為のものだが、雨を凌ぐ為に更に1枚余計に被せる。

 即席の天幕を作ると、その下で拾い集めておいた枯れ木に火を付けて辺りを見渡す。

 草木が生い茂って分かり難いが、ある程度傾斜のついている場所を野営地に選んだ。寝ている間に雨水が流れ込んできて飛び起きるなど、目覚めとしては最悪だろう。

「間取りは概ね良し、と」

 ヨーシュが野営の支度を終えると、まるで示し合わせたようにギ・ゴーが茂みを掻き分けて現れる。手にしているのは、未だ生きたままの大目鳥(ビッグ・アイ)が2羽。

 羽根に描かれた巨大な目が威嚇するようにヨーシュを見ているような気がしたが、無視してギ・ゴーに声をかける。

「大物ですね」

「この辺りには、大分多くいるようだな」

 ギ・ゴーから獲物を受け取って、一気に絞める。

 他の生き物を殺すことを随分とすんなりできるようになったとヨーシュは淀みなく進む解体作業の中で思った。自分の考えと全く関係ないように手が動いていく。

 首を切って血抜きをした後、羽を毟って、内臓と胃を切り出す。

 大目鳥の内臓には毒が蓄えられており、人間が喰らえば二、三日は高熱で魘されるという危険な代物だ。ゴブリンやオークが毒に当たったという話は聞いた事がない。自然と耐性がつくのだろう。

 冒険者が大目鳥を狩る最大の理由。それは稀に胃の中に、魔素の結晶たる魔石が育っていることがある為だ。

 他の生き物や暗黒の森なら木々の中にすら純然として存在する魔素を、野生の魔獣はその幾らかを体内に蓄えることが出来る。その中で大目鳥は、比較的容易に魔石を採ることが出来る獲物だった。

 体内に蓄えられる魔素の量は小さく、それ故に得られる魔石は微々たるものだが、それでも駆け出しの冒険者には貴重な収入源だった。

「生憎と、僕は冒険者じゃないですが……」

 取り出した魔石を綺麗に拭いて、袋の中に入れておく。下手に地面に置いておくと、他の魔獣が寄って来ることがあるからだ。

 ナイフを骨に沿って走らせ、肉ごと切り取る。柔らかい肉を削って細く尖らせた木の棒に刺して火で炙る。香ばしい肉の焼ける匂いが漂い、耳を撫でる脂の爆ぜる音。

 炙られた肉から落ちた脂が炎の中に落ちて、ジュッと音を立てる。食欲を唆る光景に、ヨーシュは満足そうに頷いた。

 先日村で貰い受けた岩塩をナイフで軽く削り、肉に振りかけてギ・ゴーに差し出す。

「頂こう」

 受け取ったギ・ゴーが勢いよく齧り付くと、バリッという香ばしく焼き上げられた皮の音と共に溢れ出る肉汁がギ・ゴーの口元を汚し、更に勢いよく飛んで地面にまで溢れる。

「旨いな」

「お口にあったようで」

 軽く微笑み、ヨーシュは自身も肉を口に運ぶ。パリッとした表面とは裏腹に、噛み締める内側の肉はあくまで柔らかく、程良い抵抗の後に噛み千切られる。

「うん、我ながら良い出来です」

 美味しいものを食べると人は笑顔になると言うが、自然と浮かぶ笑みに、ヨーシュは満足そうに頷いた。

 腹も膨れ、人心地付いたところでヨーシュはギ・ゴーに歌を教える。以前からの約束なのだが、魔窟(ダンジョン)の中では流石に不味いので、今まで延期になっていたのだ。

「どのような歌が好みです? やっぱり戦いの歌?」

 歌にも沢山ある。故郷を想う歌、季節を喜ぶ歌、愛の歌、勇気を讃える歌。そして戦いの歌。

 珍しく考え込んだギ・ゴーは、故郷を想う歌を教えて欲しいと口にする。

「意外、ですね」

「そうだろうか。戦いは常に身近にあるが、我らが帰る場所というのは一つしかない。今まではそれすらもなかったのだが……そう思えば、故郷というものに少しは興味も湧く」

「帰るべき場所、か」

 自分にそのようなものがあるだろうか。瞼を閉じて少し考え、脳裏に浮かんだ姉の姿に苦笑する。

 ──大丈夫ですよ、姉さん。驚く程上手くやってます。

 心配していそうな姉に苦笑し、咳払いしてヨーシュは歌を歌った。

故郷の大地を(キャンマロルード)覚えているか(リーンバァル)大空の風よ(ハーベカストーリィア)この思いを(ヴェスジーニ)連れて行っておくれ(チウケルー)川に流れるこの水は(ハーベイレリーア)あの故郷の山に(キャンラシルード)降った雨だろうか(チウケインレェ)母なる山(ディーナラシル)雪の降る山(ユーグラァンシル)霧煙る北の山(イリュノシスラシル)

 響く歌声に、ギ・ゴーは黙って聞き入る。

後ろを振り返れば(ハァドメリエッド)故郷へ続く道(キャンロロード)どうか(ラオ)異郷の同朋達よ(イシュネユーガ)私の灰は故郷の山に(ラギーラキャンミィ)撒いてくれ(バディア)帰れる筈(ノンムゥ)のない故郷へ(キャンドゥ)あの風を吸って(カトゥラ)私は育ち(ラギールン)あの雨で泣き(ウァウワ)あの雪を蹴って駆けた(ユーグェリン)母なる山(ディーナラシル)雪の降る山(ユーグラァンシル)霧煙る北の山(イリュノシスラシル)

 響き、漂う哀調は、涙を流すことのないゴブリンの心にも僅かに爪痕を残す。

「……良き歌だな」

「ええ、本当に」

 焚火の向こうに姉の姿を思い浮かべ、ヨーシュは柔らかく微笑んだ。


◆◆◇


 森と平原の中間を進んでいく内に、肌に感じる温度は随分と下がっていく。雪の神(ユグラシル)の山脈の威容はますます大きくなり、それに伴ってぐんと気温が下がっていくのだ。山に吹き付けられた風が方向を変えて下に向かって来る為に、実際の気温より体感温度はぐっと下がる。

 ユグラシルの息吹と呼ばれる吹き下ろしの風が夏でもこのあたりの気温を下げる為に、冷温でも育てられる作物の宝庫だった。左右に並ぶ畑を見回して、その面積の大きさにヨーシュは目を見張る。

 村というよりは、街とした方が良いのかもしれない。それほどの規模の大きさの畑だった。

 大きな街なら人も多く、露店に並ぶ商品の数も多い。旅人には有り難いのだが……ギ・ゴーのことを考えれば、小さな村の方が望ましい。

 そのことを考えて隣を見ると、先程から横を進むギ・ゴーが不思議と白い息を吐き出しては、目を見開いている。

「どうかしたのですか?」

「俺の口から、白いものが出ている」

 首を傾げるヨーシュに、ギ・ゴーは息を吐き出して見せる。

「奇怪な……俺の体はどうなってしまったのだ」

「別に不思議なことではないと思いますが……」

 そう言ってヨーシュも息を大きく吐き出せば、低い気温と暖かい体温に挟まれた吐息は、白く曇って消えていく。

「だが、今までこんなことはなかった」

 首を傾げるギ・ゴーに、初めてヨーシュは納得した。

「ああ、もしかしてギ・ゴーさん、寒い地方へ来るのは初めてで?」

「寒い……うむ。冬よりもなお寒いな」

 頷くギ・ゴーに苦笑して、ヨーシュは肩を叩く。

「大丈夫ですよ。寒い地方に来ると自然と息は白くなるのです」

 この分では雪にも触ったことがないだろう。初めて雪を見た時どう反応するのか楽しみだと心密かに思いながら、ヨーシュは足を進める。

「ふむ」

 一方のギ・ゴーも、息が白くなっただけで特段変わったことがないのに納得すると、ヨーシュに続いて足を進める。

 そろそろ今日の野営地を決めねばならないという時刻になって、ヨーシュは目の前に村を発見する。広くはありそうだが、決して護衛の兵士が駐留するような街ではない。

 となれば、豊かな村ということなのだろう。

「運が良いですね。交渉すれば、泊めてもらえるかもしれません」

「ふむ……」

 ギ・ゴーは視線を周囲に転じるが、やがて先を行くヨーシュに追い付くように村へと向かった。


◆◆◇


 一泊の宿を求めたギ・ゴーとヨーシュは無事に村長宅に泊まることが出来た。交渉はいつものようにヨーシュが行い、ギ・ゴーは正体を隠す為に深くローブを被り、沈黙を持って答えとしている。

「やはり、俺はどうも人間の家というのは好かんな」

 村長宅の馬小屋に入り、敷き詰められた藁の上に横になると、ギ・ゴーは深くローブを被り直した。怯える馬達を横目に、剣を抱いて眠りにつこうとする。

 昼夜問わず活動の場を拡げられるゴブリンだが、眠りと無縁というわけにはいかない。一日中歩き詰めである。元々頑健な体をしている為人間のヨーシュよりは疲労の色が少ないが、決して疲れがないというわけではない。

 疲れた体を休める為には、睡眠は特に効果的である。

「……ふむ」

 眠ろうとして目を閉じるが、いつもなら直ぐに襲ってくる睡魔が今日は何故か遠い。疲れは確かにあるのだが……。そう考えて、村に入る前に気になる点があったことを思い出す。

 村を囲むように幾つかの気配があった。まるでオークが獲物を狙うかのような、貪欲な気配だ。人間の村だ。そのようなこともあるのだろうと考えて、放っておいたが……。

 それでも安眠の邪魔になるのなら、片付けねばなるまい。

 胸騒ぎとでもいうのか、狙われているのが分かっていて黙って待っているのはゴブリンとしての本能に反する。

 相手が強いなら逃げる。

 相手が弱いなら倒す。

 それだけだ。待つというのはゴブリンの性に合わない。

 だが、この相手は逃げるに値しない。

 のそりと立ち上がると、ギ・ゴーは夜の神(ヤ・ジャンス)闇の女神(ウェルドナ)の支配する暗闇の中をゆっくりと歩き出した。

「どこへ行くんです?」

 幾許かもしない内に、ギ・ゴーの後ろから声がかかる。

「……起きていたのか」

「まぁ、あまり寝つきが良い方ではなくて」

 苦笑するヨーシュだったが、既に背に楯を背負い、手には長剣を携えている臨戦態勢だった。

「敵がいる。丁度良い。少し付き合え」

「やれやれ」

 肩を竦めると、ヨーシュはギ・ゴーに続いて夜の闇を歩き出す。

 見れば前方には松明を持った集団の姿。耳を澄ませば馬の嘶きも聞こえる。

「盗賊団ってところかな」

 50は居るであろうその松明を数えて、ヨーシュは薄く笑う。

「数が多いな」

「ええ、でも盗賊なんて物の数じゃありませんよ」

 楯を構えると、長剣を手にする。

「強者の気配はない、か。だが、数を熟すには手頃な相手だな」

 闇を友とするゴブリンには、松明の火など無くとも相手の姿がはっきりと見える。一方のヨーシュにしても、盗賊達の持つ松明が丁度良い目印となっていた。

「素人ですね」

 酷薄に笑うと、ヨーシュは建物の陰に隠れながら楯の後ろを探る。短剣を握り締めると、柵を飛び越え侵入してきた盗賊に向かって、正確無比な一投を繰り出す。

 飛来する短剣は盗賊の喉を突き破り、断末魔の悲鳴を上げることすらも許さずに馬上から射落とす。続いて村へ入ってきた盗賊に対して、続けざまに2投、3投と短剣を投擲する。

 悉く盗賊の命を奪った短剣だったが、盗賊も度重なる投擲に気付く。荒くれを自認する彼らが、仲間の命と引き換えに短剣を投げ付ける者の目星を付けると、一気にそこへ突入していく。

「死に晒せ!」

 馬上で長剣を振り回し、向かって来る盗賊に対して、更に短剣を投げて3人を打倒する。それでも屍を乗り越えて盗賊が迫る。馬の入り込めない小屋を利用し、騎馬突撃だけは避けたヨーシュだったが、周りを松明の火に取り囲まれる。

「梃子摺らせやがって!」

 体の大きな盗賊が喚くのと、ヨーシュが肩を竦めて長剣を構えるのはほぼ同時だった。

この炎を貴方に捧ぐ(バーニングソード)!」

 手にした長剣に炎が絡む。まるで電撃のように一瞬だけ刀身を走り抜けた炎が、長剣に万能の切れ味と不壊の強度を与える。

 迫ってきた盗賊の足を斬り付けて刎ね飛ばし、包囲網から脱出。更に背を向けていた盗賊に炎刃を叩き付けて命を奪う。

「おっと」

 左右から迫った攻撃を、ヨーシュは紙一重で躱す。だが、盗賊の方が数が多いのだ。連続する攻撃に、段々と対処が追いつかなくなる。

 ──不味い!

 躱し切れない態勢と敵の剣の軌道を見切り、痛みに備え覚悟を決める。

 だが、覚悟を決めたヨーシュの目の前に曲刀が差し出され、敵の刃を受け止める。

「ギ・ゴーさん、貴方の方の敵は?」

「もう全て片付いた」

 入り口から逃げようとしていた盗賊をギ・ゴーに任せていたのだが、全て無力化したらしい。

 乱戦の際に切り裂かれたのであろう。ローブの深くから覗いた顔に、盗賊達は悲鳴を上げる。

「ま、魔物じゃねえか!」

 驚く盗賊達の悲鳴を裂くように、ギ・ゴーとヨーシュがそれぞれの得物を振りかざして彼らの中へ突進していく。ギ・ゴーが剣を振るえば、腕と手を切り裂かれた盗賊が馬から落ち、ヨーシュが炎刃を振るえば、そのあまりの切れ味に鎧ごと彼らの命を切り裂いてく。

「た、助けてくれ!」

 一人が逃げ始めると、もう盗賊達を留めておくものはなかった。明け方までに彼らの大半は討ち取られるか、捕えられるかして、村人に引き渡された。

 ローブから覗くギ・ゴーの姿に悲鳴を上げる村人達に、ヨーシュが魔物使いの剣士なのだと実在すらも怪しい職業を告げて事なきを得ると、現金なもので村人はヨーシュ達を非常に歓迎した。

 雪の神(ユグラシル)の山脈へ向かうと告げると、防寒の為の毛皮の外套や靴、携帯用の食料、更には枯れ枝がなくとも火を起こせる火精石まで格安で譲ってくれた。

 村人に感謝しながら、ヨーシュとギ・ゴーは更に北へと向かった。


◆◆◇


 踏み締める大地の感触に、ギ・ゴーは戸惑っていた。生まれて初めて靴というものを履いた彼は、踏み締めると凹む雪原の大地に大いに戸惑う。

「うぬ……上手く踏み込めぬ」

 指先に力を込めて、曲刀を振り抜こうとしてみても雪に足を取られて上手く重心の移動が出来ない。力を入れれば入れる程、雪が彼の体を飲み込もうとしているようだった。

 真面に剣を振るうことが難しい条件の中で、常ならば大地をしっかりと掴んでいる筈の足が窮屈な靴の中に入れられているということにも不安を覚える。ゴブリンとて、極度に低い気温の中では凍傷にもなり、最悪凍死することも有り得るのだ。

「ぬぅ……」

 唸り声を上げて、もう一度剣を振る。

 とても納得できる剣筋ではない。だが、ここには自身の求める強敵たる雪鬼(ユグシバ)という蛮族がいるのだ。納得できる戦いをせねば、死んでも死にきれない。

「ギ・ゴーさん。夜は吹雪そうですから、洞窟で休憩しましょう」

 山を登り始めて、丁度火の神の胴体が中天にかかる頃、見つけた洞窟の広さを確認して、ヨーシュはギ・ゴーに提案する。

「その方がいいな」

 白銀の大地に黒い岩肌を見せる洞窟に雪山用の装備を置いて、ギ・ゴーは再び雪の上で剣を振るのに没頭する。今までで、これ程までに剣を振るうことが難しい環境があっただろうか。

 己の中で自問自答しながら、一心不乱に曲刀を空に舞わせる。

 吐き出す息が白く尾を引いて、流れ消える。

 木々は雪の化粧を纏い、春になれば岩肌を見せるであろう大地は雪の為に今やすっかりと平坦に見える。段々と日は陰り、強風に吹かれて雲が千切れながら飛んでいく。

 遠く西日が差す頃には、頭上の空には重く垂れ込めた曇天が広がっていた。

「ん……おぉ」

 空から舞い落ちる白いもの。ギ・ゴーは何だろうと手を伸ばすと、剣ダコだらけの手の上で白いものは解けて消えてしまった。

「これが、雪か」

 空から降る雪に、ギ・ゴーは暫し見惚れる。段々と風が強くなっていき、山頂から吹き下ろされるユグラシルの息吹と呼ばれる風が、ギ・ゴーに寒さを覚えさせる。

「ギ・ゴーさん、食事にしませんか?」

 穏やかに降っていた雪は、頬を叩く凶器となってギ・ゴーの体を打つ。

 吹き荒れる吹雪に背を向けて、ギ・ゴーは洞窟の中へ入って行った。

 翌日になると空は青さを取り戻し、一人と一匹は荷物を纏めて洞窟を去る。肌を刺す風の冷たさに、吐き出す息が煙って消える。

 雪の上の歩き方にも大分慣れたギ・ゴーは、急勾配な斜面を見上げて、ふっと一息つく。山頂まであと少し。そう思って山頂を見たギ・ゴーの視界に、人の姿が見える。

 仮面を被り、銀色の鬣を風に靡かせた人。体に纏った白い毛皮の外套が風に吹かれてはためく。手にするのは日光を反射して鈍く光る曲刀。ギ・ゴーのそれと同等か、或いは更に大きな得物を、その人型が逆手に持ち──。

 一気に斜面を駆け下りて来るのを見て、ギ・ゴーは声を張り上げる。

「上だ!」

 雪に足を取られる筈の雪原で、あまりにも速いその加速。山の頂から文字通り跳ぶように加速した人影が、曲刀を振りかざしてギ・ゴー達に向かって走ってくる。

 発する敵意を隠そうともせず、走る敵に──だが、ギ・ゴーは獰猛に嗤った。

 目の前の敵は強い。求めていた強敵の雄姿に、心が沸き踊る。

「ヨーシュ、頭を下げろ!」

 ヨーシュの前に出ると、ギ・ゴーも曲刀を抜き放って来るべき敵に備える。足を取られる筈の雪原を苦も無く跳躍。引き摺った曲刀が上げる雪煙を後ろに残して、天高く飛翔。

 同時に曲刀を振りかぶり、加速の勢いそのままにギ・ゴーに向かって振り下ろす。

「ロント、リィーオ!」

 北方の言葉で怒鳴る敵が、開戦を告げる。

「ぬぅぅおおお!」

 一方のギ・ゴーも、踏ん張りの効かない雪の大地に足を取られながらその斬撃を弾き返す。だが敵も弾き返された勢いを利用して空中でひらりと一回転し、あろうことか雪原に重さを感じさせることなく立ってみせた。

 雪原で舞うが如く立つ、強敵。

 どうしようもない程沸き立つ心に、自然と笑みが浮かんでくる。

 戦いに飢えた、獰猛な魔物の顔だ。

「良き敵だ。いざ、勝負!」

 その日、ヨーシュとギ・ゴーは北の雪鬼と出会った。


◇◆◆◇◇◆◆◇


ヨーシュのレベルが上がります。

58


◇◆◆◇◇◆◆◇

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[気になる点] ◇◆◆◇◇◆◆◇ ヨーシュのレベルが上がります。 58 ◇◆◆◇◇◆◆◇ 変化していないのですが。
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