南よりの風
【種族】ゴブリン
【レベル】72
【階級】キング・統べる者
【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《戦人の直感》《冥府の女神の祝福》《導かれし者》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv36)オークキング《ブイ》(Lv82)
【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》
哨戒と食糧の調達を兼ねたゴブリンが、泡を食って俺の前に駆けつける。
「王! テキ、みナみ、ゴブリン大勢!」
南側からゴブリンの大群が押し寄せて来たとの報告に、黒炎揺らめく大剣を携え、駆け出す。
「ギ・ガー! フェイ! 兵を率いて従え!」
深淵の砦に残る兵力を率いて、先頭に立つ。氏族にも連絡を入れねばならないと考えて、南側にあるパラドゥアとガイドガの集落を思い出す。
ガイドガのラーシュカなら徹底して抗戦し、連絡を忘れることがありそうだが、パラドゥアのアルハリハが一報を入れるのを忘れるとは思えない。
素通りさせたとは思えないから、不意打ちを受けて包囲されているか、連絡を入れる間もなくやられたのか。
無事で居てくれと思うと同時に、走る足に魔素を込めて加速する。やがて見えてきた大軍勢に、大剣の柄を握り締めた。
俺から50メートル程の距離を隔てて大群は立ち止まり、一匹のゴブリンが大群を割って出て来る。
その姿を認めた俺は、驚きと共にゆっくりとそのゴブリンに近づく。デューク級であろうそのゴブリンは腰から長剣を抜いて、地面に突き立てる。
そしてその場で片膝をつくと、頭を垂れて、腕を胸の前に持ってくる。握った右手を左手で包む独特の礼をして、俺に首を垂れた。
「只今戻りました。我が王よ!」
片膝をつくギ・グー・ベルベナに習って、一斉にゴブリン達が膝を突く。
見渡す限り頭を垂れるゴブリン達の姿に、ギ・グーの成し遂げた成果の大きさが伺える。正に一大勢力を築き上げて、俺の前に戻ってきたのだ。
俺に追い付いてきたフェイや妖精族の戦士からは驚愕の声が上がり、ギ・ガー率いるゴブリン達からは懐かしさと共に歓声が上がる。
「ギ・グー・ベルベナ」
「はっ!」
「南を征したか」
「王の命のままに!」
ギ・グーの成し得た戦果に思わず目を細める。
「望みはあるか?」
「王の覇業の一助となれば、これに過ぎたることはありません」
「そうか。ならば……来たるべき戦の第一軍の指揮をお前に任せることにする。より一層、力を尽くせ」
「王の御名を汚さぬよう、尽力いたします」
頷く俺に、そのままの姿勢でギ・グーは言葉を継ぎ足す。
「つきましては、王に献上したきモノがございます」
「ほう?」
ギ・グーが合図をすると再びゴブリンの大群が割れ、簀巻きにされた人間が地面に転がされる。
「南の領域にて発見した人間です。王のお役に立つかと思い、連れてきました」
複数の人間が地面に転がされる。猿轡代わりの丈夫な蔦で口元から体までを巻かれた人間は、男が3人と女が1人。見たことのない顔立ちだ。それに着ている服も旅をするには些か華美なものだ。
人間の金持ち……いや、商人にしては色が白過ぎるか?
「この者達は、何か荷物を持っていなかったか?」
「いえ……蟻人という種族を駆逐した際に手に入れたのですが、それらしい物は何も」
もう一度、捕まった人間を観察する。
青白い顔には恐怖の色がありありと見て取れる。ローブの下を探ってみれば、腕輪などのそれなりに手間のかかった装飾品。そして本を隠し持っていた。
生憎と文字は読めないが、本人達の抵抗具合から、その本が最も大切な物なのだと知れる。
埒が明かないな。
「その者の猿轡を外せ」
一番服装が立派な線の細い男の縄を外させると、俺の前に座らせる。
「さて、貴様らは──」
「──貴様ら、私にこんな真似をして只で済むと思っているのか!!」
俺の質問を遮るようにして爆発した怒りの声に、目の前の男を囲むようにして立っていた腕の長いゴブリンが、男を抑え付ける。
「私は、クルティディアンの枢機卿ベネム・ネムシュだ! 神を恐れぬ魔物どもめ! 貴様らの罪深さを──」
聞くに堪えない罵声を、ゴブリンが力を込めることにより黙らせる。途端に悲鳴に変わったベネムの声に溜息が出る。
ネムシュを抑えるゴブリンに視線で力を緩めるように指示すると、恐縮したように頭を下げる。
「貴様が誰であろうと俺には関係ない。ここは我らの領域。貴様らの法も理も通らぬと覚悟せよ」
俺の声に、ネムシュ以下が恐怖に身を震わせる。だが、先ずは……。
「ギ・グーよ。面白き者を貰った。この褒美は、何れ取らせる」
「……はっ!」
若干小さくなったギ・グーに苦笑して、俺は人間達を近くの集落に運ぶよう指示をする。深淵の砦に連れて行くよりは、この近くのゴブリンの集落に立ち寄って話をした方が良いだろう。
こちらの情報を、態々奴らに渡す必要もない。
ギ・ガーに深淵の砦の留守を任せる旨を伝え、同時に動員令を解く。その後、俺はフェイとギ・グーを伴ってガイドガの集落へ向かった。
◆◆◇
尋問、と言えるのかどうか……俺が黙っていれば勝手に喋り出す自称枢機卿によれば、彼らはクシャイン教の司教達らしい。南部自由都市群において広い支持を集めるクシャイン教の教皇を決める選議会に参加する途中だったのだとか。
何故こんな森の中を歩いていたのかと問えば、信仰厚き彼らには森の魔物は寄って来ないだろうと他の枢機卿に唆されたらしい。
伴の者から一人ずつ話を聞いていけば、意外にもネムシュはクシャイン教の教皇の地位に近いらしく、強力なライバルとなる他2名と競っている現状なのだとか。
自由都市群の諸都市、或いは王制を取る都市国家等にクシャイン教の熱心な支持者が多いらしい。特に、農耕をして生きる北部の都市国家には……。
「お前は教皇の地位に就いたなら、何を望む?」
「本来魔物になど聞かせる話ではないが、まぁ良かろう! 聖戦だ!」
聖戦と来たか。
恍惚とした表情で話し出すネムシュを、冷ややかな視線で眺める。
「我らがクシャイン教を認めぬ南部諸都市に、我らの力を認めさせねばならん!」
一週間に渡り、彼らから話を聞いた。
俺に恐れを為して決して口を開かない者でも、フェイら妖精族の者を介すれば意外と素直に口を利く。つくづく、容姿の大事さを感じさせられる出来事だった。
この人間の言っていることが全て本当だということはないだろうが、お陰で南部にある自由都市群の情勢が大まかにだが分かった。
自由都市群は、耕作地の豊富な北部諸都市と交易をもっぱらとする南部諸都市に分かれている。それぞれが同盟を組み、大きな枠組みの中で自由都市国家郡と呼ばれているが、未だ嘗て彼らが一致団結したことは無いらしい。
王制の多い北部と、共和制や民主制の多い南部諸都市。北部はクシャイン教が幅を利かせ、南部では熱砂の神を信仰しているという。
そもそもクシャインとは嘗て存在した聖人の名前であり、一神教であるという。北部諸都市はゲルミオン王国からの圧迫を受けているが、南部はシュシュヌ教国経由でゲルミオン王国と交易をし利潤を得ている為、最近は特に不穏な空気が流れているという。
「成程」
俺は、フェイの纏めた報告に頷いた。
頭の中に地図を描いて、暗黒の森との位置関係を把握する。選議会の時期には、未だ間に合うか。
「フェイ……妖精族の生み出す貴金属は、人間達にとっては貴重品だな?」
「ええ……ですが、それが何か?」
策謀など性に合わないが、種は蒔いておいて損は無かろう。
「俺個人に、貸してもらえないだろうか?」
フェイの眼が細まる。
「どうなさるので?」
「あの人間達に与える」
顰めたフェイの眉が一層深い谷を眉間に刻み、視線は疑問に凝り固まっていく。
「……賢明なゴブリンの王とは思えぬ判断です。彼らは他者を認めるような寛容さを持ってはいない。与するのならば、我々としては付き合いを考え直さねばなりません」
賢明と来たか。ゴブリンに付くべき形容詞ではない気がするが、まぁいいだろう。
「直言痛み入る。だがな、獲物が態々首を差し出しているのに、それを狩らないのは狩人ではないだろう」
「彼らが、役に立つと?」
「さて、無能な者が上に立つ程、俺の道は容易となる。険しきを望む心はあるが、フェイよ。目の前の壁を打ち崩すのに、俺は全力を尽くすつもりだ」
「……分かりました。妖精族は変わらぬ支援をお約束しましょう」
頭を下げるフェイに、俺は頷く。
さて、愚者を遇するのは、面倒なことだが……。
◆◆◇
広い敷地内に設けられた練兵場。
立錐の隙間なくそこに居並ぶ兵の数は500を数える。2か年計画でゴブリンらとの再戦に備える西方領主ゴーウェン・ラニードは農家の次男や三男、或いは奴隷までも掻き集めて、西方領主軍の再建に取り組んでいた。
部隊を分ける式典の中、ゴーウェンは眼下に見下ろす少年兵達に聞かせるように声を張り上げる。
「昨年、我が西方領主軍は数多の犠牲を払い、森の侵攻に失敗した!」
驚愕に揺れる少年兵達の視線が、堂々と立つ西方領主に注がれる。
「森には予想を超えて恐ろしき魔物が住み、未だ我らの進出を妨げている。もし、我らがここで妥協すれば奴らは森から溢れ出し畑を焼くだろう。友人を殺し、姉か妹か、或いは母を攫い、お前達の父や兄弟は殺される!」
ゴーウェンの気迫に、少年兵達は身を固くして聞き入る。
「誇りを持て! 肩身の狭い思いをしてきたお前達は、今! 国を守る為の英雄となるのだ! 食事も支給しよう! 武具も与えよう! これらは全て、お前達の父母が納めた税によるものだ! 故に、お前達は戦わねばならん!」
中には涙を流している者もいる。生活は決して楽ではない。苦しさを知っているからこそ、彼らは軍に志願したのだ。
「魔物を倒せ! 我らに勝利を!」
「「我らに勝利を!!」」
部隊を分けた後、彼らは古参兵に率いられて訓練に向かう。
その姿を見送り、瞳に冷ややかさを取り戻したゴーウェンは執務室へと向かう。
積まれた書類は驚く程の速さで処理されていくが、その内の一通がゴーウェンの手を止める。王の印璽を押された機密書の類である。
その書類に目を走らせると、ゴーウェンは僅かに頬を歪ませた。
「王都で約400」
準備が出来次第、来年にこちらへ向かわせられる援軍の試算である。確約は取れていないが、南部を守る聖騎士シーヴァラからの支援もある。両断の騎士とも呼ばれる彼の騎士は好戦的で、戦いとあらば先陣を切らねば気が済まない猛者でもある。
更に北部のガランドには、先の侵攻の際の借りを返して貰わねばならない。
「最上で2000近いか……」
植民都市、そして西方の全ての都市から兵士を引き上げれば可能な数だが、あまりに現実味がない。良くて1800程だろう。
守るには、些か多い。
となれば、やはり攻めるしかないだろう。だが、今度はどう攻める? 拠点とするべきは、やはり以前占拠した廃村。あそこを区切りに、一気に森を削ってしまうのはどうだろう。
或いは魔物どもを挑発し、森から出た所を植民都市で足止め。その隙に、援軍と合わせての包囲殲滅戦。
いや、魔物を統べるあのゴブリンは戦の機微を見誤らないだろう。こちらの思い通り動いてくれるとは限らない。
前回の夜襲を見る限り、注意をしてし過ぎることはない。ならば、植民都市を一旦放棄してでも奴らを領地に引き込み、撤退できないようにした上で殲滅するべきではなかろうか。
その際の損害に、西方の民は耐えられるか?
広い草原での戦いでは機動力が武器となる。騎兵隊長コルセオ亡き後、未だゴーウェンの片腕となるべき人材は見つかっていない。本来なら十全に活躍させたいが……。
熟練の騎兵が居ない今となっては、職人達に作らせている兵器が要となる。
その数が揃うまでは防御に徹するべきだろう。幸い王から差し向けられた魔法使い達のお陰で、植民都市は早期に完成しつつある。
彼らが直臣であるのなら東方シュシュヌにいる魔道騎兵のような用兵も有り得るのだろうが、生憎彼らは王の抱える魔法使い達だ。
現状では本来の用兵しか出来ないだろう。
「領主様、失礼致します」
顔を上げるゴーウェンの下に、官吏の一人が訪れる。
「何だ」
「その……また、例の」
ゴーウェンの視線が鋭くなる。ここ最近、領内を徘徊している宗教家どもだ。無知な領民に教義を説いたり、挙句の果てには領主たるゴーウェンに対してクシャインの教えに寄与すれば万事が上手くいくだのと説教をしに来る始末だ。
「……構わぬ。通せ」
ゴーウェンの声が一段と低くなったのを感じて、官吏が背筋を震わせる。やがて現れた宣教師は、ゴーウェンの言葉も待たず情熱的に語り出す。
如何に彼らの神が素晴らしいか、如何に他の神が無能であり、罪悪的ですらあるのかを。
彼らの主張を一通り聞いたゴーウェンは、短く彼らに告げた。
「我が領内を彷徨くこと罷りならぬ。もし次に貴様らの無為無用な主張を我が前で披露するなら、その首を刎ねる」
憤慨した宣教師が立ち上がりゴーウェンに詰め寄り抗議しようとした瞬間、ゴーウェンの手に握られていた長剣が鍔鳴りの音を立てた。
「何を?」
疑問に首を傾げる宣教師が懲りもせずゴーウェンを指差そうとして、自身の指が無くなっていることに漸く気が付く。
「……はっ!? ひ、ひぃぃ!!」
疑問から、自らの手の惨状を理解し痛みに悲鳴を上げる宣教師が腰を抜かして床に座り込む。恐れ戦く彼にゴーウェンはゆっくりと近付くと、今度は非常にゆったりと剣を抜いて、喉元に突き付ける。
「二度は言わぬ。疾く失せよ」
宣教師を叩き出した後、官吏を呼ぶと落としていった指を片付けさせ、同時に布告を発する。
「クシャイン教なるは、邪教である。我が領内に流布させること罷りならん」
ゴーウェンの威風に官吏達は震え上がりながら頷いた。
「要らぬ世話かもしれぬが、王都にも報せを走らせよ。我が国に一神教など不要。我らには、幾多の神々が人たる我らを見守っていてくださるとな!」
──人間との再戦までは、あと142日