同盟者たちの蠢動
【種族】ゴブリン
【レベル】72
【階級】キング・統べる者
【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《戦人の直感》《冥府の女神の祝福》《導かれし者》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv36)オークキング《ブイ》(Lv82)
【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》
珍しく俺の元に洞窟の小人が訪ねて来ていた。以前洞窟から鉄製武具の材料となる黒鉄石の掘り出しを進めていたが、その作業が軌道に乗り、試作として武器を打ってみたらしい。
「先ずはゴブリンの王に献上したく」
代表の者が頭を下げ、恭しく長剣を捧げてくる。捧げられたそれを手に取って、一振りしてみる。
俺が扱うには多少重さが足りないが、中々の出来栄えだった。光沢のある刃に、重心もしっかりしている。
「良い出来だ。量産するとして、日に何本打てる?」
小人達が相談すると、眉を顰めて頭を垂れる。
「恐れながら、2本が限度かと」
その返答に思わず考え込んでしまう。だが、その製造過程と鍛治に携わる小人の数を考え合わせれば、2本という数は現実味のある数字なのだろう。
いや、寧ろ多いとさえ言える。
「ならば、日に1本を日課として打ち上げてもらおう。余った時間で、人馬族とガンラに技術指導を頼もうか」
ガンラと人馬族で同じ質の物が作れるようになれば、産み出される武器の数は倍増する。
単純な計算だが、その際採集される鉱石と燃料とが間に合うようなら、量産体制が整うと考えて良い。
「要請とあれば……」
小人達が頭を垂れて、協力を約束してくれる。
彼らにしてみれば、秘伝の技術を供与させられるのだ。中々喜んで協力するとはいかないだろうが、先日の妖精族の主催する学び舎への留学が上手い具合に飴の役割を果たしているようだった。
今まで小人で学び舎へ入った者は居ないというのだから、多少の不利益には目を瞑ってくれるということだろう。
「宜しく頼むぞ」
そう言って彼らを解放すると、次の案件で来たギルミを迎える。
「お久しぶりです、王。今日は以前命じられていました、烽火台の完成の報告に参りました」
ゴブリンで最も手先が器用なガンラの氏族。その英雄たるラ・ギルミ・フィシガには、敵の侵入を知らせる為の烽火台の建設を命じていた。
「出来栄えは?」
「深淵の砦からでは確認が難しい為、勝手ながらガンラの集落にも一つ、作らせて頂きました」
以前ギ・ゴーが居を構えていた洞窟に烽火台の建設を命じたが、深淵の砦からでは見通すのが難しかったか。
俺が指示したことだけではなく、その意図を汲み取っての行動は、流石に優秀なギルミらしい。
「良くやってくれた。ガンラには引き続き、力を振るってもらおう」
「王の御為、微力ながら力を尽くします」
退出するギルミの背を見送ると、次は以前、集落を作ることを許した筈の古獣士ギ・ギー・オルドの姿。
何か問題でも起きたのかと眉を顰めていると、ギ・ギーはどこかばつが悪そうに膝をついて願いを口にする。
「我が王よ。どうかこのギ・ギー・オルドの願いをお聞き届けください」
俺が先を促すと、集落に雌のゴブリンの幼生を分けて欲しいとのことだった。何でも集落に連れてきた魔獣の匂いに怯えて、成人した雌達が近寄らないのだそうだ。
そこで最初から集落に住まわせて馴れさせてしまおうと考えているらしい。
確かに、新たに加わった魔獣は珍しく馴れていない雌ではストレスを感じるかもしれん。それが原因で出産率に影響を与えてしまっては元も子もない。ギ・ギーの案は、至極最もだ。
「良かろう。今まで気が付いてやれなくて不便をかけたな。10匹程、連れて行くといい」
ギ・ギーが勢い良く頭を下げて足早に去ると、やっと一息つくことができた。
◇◆◇
ラ・ギルミ・フィシガはガンラの集落に戻ると、ナーサ姫に謁見する。レア級ながらガンラの集落を纏める女族長は、ギルミの幼馴染である。
ナーサの父であるギランに多大な恩義を感じるギルミは、常に彼女を立てることを心掛けていた。
「王からの使命、無事に果たし戻りましてございます」
幼馴染であり、尊敬すべき英雄であるギルミに弟妹の情以上のものを覚えているナーサ姫は、内心を隠して鷹揚に頷いた。
「この度も見事な働きだったと聞いた。大儀である」
傅く彼が、王からの言葉を伝え頭を上げると、左右に居並ぶガンラの有力者に視線を向ける。
族長たるラ・ナーサの一族、戦士を中心としたル・ロウの一族、そして最近力をつけてきたレ・ローエンの一族。
3つの一族がガンラゴブリンを形成し、ゴブリンの弓の製造によって一大勢力を成していた。
有力者達の中から声が上がる。製造に力を発揮するレ・ローエンだった。
「王からの命で小人達に師事し鉄製武具の研鑽を積めとのことだが、人選はどうしたものだろう?」
ギルミとナーサ姫に向けられる問いに、ナーサ姫は暫く考えて口を開く。
「偏りは無くしたい。各一族から、2名を選出して当たらせよ」
頷くギルミに僅かに安堵して、ナーサ姫が他の有力者を見下ろす。
頭を下げるローエンとロウを確認して、彼女は会議の解散を宣言した。
会議の後、幼馴染の2匹は暫くぶりの再会を喜び合う。
近況の報告と王の付近の動向。気になることを互いに話し、ガンラの行く末を考えていく。
「王の決定ですので、従わねばなりません」
話題はガンラが独自に研鑽を積んでいた石造りの鏃と、革の鎧に移る。
「王にはいつも驚かされる。私達の考えの遥か上を行かれるのだから……。我らの準備したものは無駄になってしまったな」
ナーサが少し寂しげに言うのを、ギルミは訂正する。
「いえ、恐らくそのようなことにはならないでしょう」
目を見開き、疑問を浮かべたナーサにギルミは言い含めるように説明する。
「鉄製武具の製造には時間が掛かります。王が望まれる開戦の日取りまでに全軍に行き渡るのは不可能でしょう。何より鉄製武具は重く、扱いが難しい」
後方からの支援を第一とするガンラは、鉄製武具をあまり必要としない。そうなれば、必然的に軽く扱いやすい革製武具が求められるだろう。
「それでは……!?」
ギルミの予想と、自分達の考えにナーサは顔を綻ばせる。
「小人の人数とガンラへの普及を考えても、暫くは革製武具が望まれるでしょう。姫のお考えが正しいと思われます」
ナーサ姫が族長として初めて王の為に命じたガンラの方策。自身の判断の成功に、ナーサは喜ぶ。
彼女の様子に笑みを浮かべながら、ギルミは鉄製武具の製造と普及の進捗具合を見て、王に打診せねばならないと心に決めたのだった。
◇◆◇
亜人の共同体“八旗”において商人として知れ渡る女族長ユーシカは、翼有る者の一族の族長として、共同体に提案をしていた。
王から提案された旅人の宿の建設。では、それをどこにという段になって、集落を結ぶ街道の敷設を思い付いたのだ。
彼女の一族が最短ルートを上空から示し、人馬、長尾、牛人らが木を伐採し運搬する。道を整えるのは土鱗が主導し、蜘蛛足と甲羅の一族は、切り出された木材で宿の建設。牙とゴブリンには護衛としての役割を担ってもらう。
各種族に向いた役割を振り分け、熱心に必要性を説く姿は、いつもは気怠げな雰囲気を纏う彼女の本気を伺わせた。
「この街道の建設は集落同士の交流を促進させ、私達の国の建設に大きく役立つ筈!」
志半ばで果てた人馬族のグルフィア。そして妖精族の恩義に殉じたダイゾス。亡き友人の悲願を叶えるのは今しかないと、ユーシカは力説する。
彼女の熱意に押され、八旗は共同で街道の建設に着手する。それはゴブリンの本拠地から妖精族の集落までへと至る、大規模な土木工事だった。
「随分、力を入れているな」
会議が終わり、熱弁を振るっていたユーシカに蜘蛛足人のニケーアが話しかける。戦の際には最もゴブリンに協力的な種族であり、彼女自身、先の妖精族との戦いでは先頭に立って妖精族とゴブリンに味方した。
「そうかしら?」
恍ける友人に、揶揄うような口調でニケーアが問いかける。
「ゴブリンの王に感化されたのか?」
「かもね」
苦笑するユーシカに、ニケーアも苦笑で応じた。
「一族の繁栄の為というのは本音だし、共同体の為というのも本当よ……」
「亡き友人の為、というのは?」
ニケーアの問い掛けを誤魔化すようにユーシカは笑い、沈黙を答えとした。
「ダイゾスが生きていたら悔しがるでしょうね」
代わりにユーシカは亡き友人のことを語り、ニケーアもそれに同意する。
「死んだのを後悔するぐらいに、な」
2人は苦笑を交わし合い、邪魔をしたとニケーアが席を立ち、話を終えた。
「後悔なさい、ダイゾス。死んでしまった貴方には、私達を見ていることしか出来ないのだから」
ユーシカは悪意のない非難を亡き友人に投げ付けた。
◇◆◇
妖精族の西の大集落ガスティア。妖精族の中でも、英明を高く評価されるシューレと双璧を成す老ファルオンの治める大集落だ。
妖精族の一大事業である“学び舎”政策の中心でもある。
嘗てはシルフの大小の集落から留学生を募り、他の種族を受け入れることがなかった学び舎もファルオンの意向を受けて、その門戸を広く開け放っていた。
妖精族、亜人、小人を始めとして、ゴブリンに至るまで希望する者は全て受け入れていた。
運営にはファルオン自らが指導に当たり、語学、地理、歴史、数学、魔法学を教える。妖精族の中から、ファルオンが直々に選んだ教師と妖精族の集落中から集積された書籍を教材として、教育を実施する。
食事は各人で用意することを除けば、個人の部屋まで設えた恵まれた環境である。
滞在期間は各人で決めて良いとされ、学ぶ事に関しては最高の環境を整えていた。
妖精族の集落を初めて目にしてみれば、自分達の住んでいたのがどれ程田舎なのかが分かる。華やかなりし文化の中心。花咲き乱れ、水飛沫が陽光に煌めく。それが妖精族の大集落だった。
「凄いものですね〜」
無論、洞窟から殆ど出たことのないクザンでも途中立ち寄った集落に比べて、そこが圧倒的に発展しているのが理解できた。
「すっごいね……クザンちゃん」
道中を一緒することになった小人の少女も目を丸くして驚き、もう一人の小人は声もなく大集落を見上げていた。
フォルニやシンフォルアなどと比べても、桁が一つ違う発展具合だった。長きに渡りファルオンが心血を注いで統治してきたガスティアは、シルフの中で最も繁栄していると言って良い。
他の妖精族の集落から来る者も驚くのだから、他種族に関しては言わずもがなである。
「うむ、到着したか」
クザンを始めとした留学生を出迎えたのは、老ファルオンその人だった。
「深淵の砦より参りました、クザンです!」
余りの驚きに言葉も出ない2人の小人とは対照的に、元気良く自己紹介をし、ぺこりとお辞儀をするクザン。
そんな彼女の様子に、ファルオンは目を細めて笑う。
「ファルオン・ガスティアだ。一応君達の教育を担当することになっておる。よしなに」
「こちらこそ、宜しくお願いします!」
ファルオンに案内され、彼女らの学び舎での生活が始まった。
──人間との再戦まであと、152日。