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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
楽園は遠く
189/371

南方遼遠

【種族】ゴブリン

【レベル】72

【階級】キング・統べる者

【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《戦人の直感》《冥府の女神の祝福》《導かれし者》

【加護】冥府の女神(アルテーシア)

【属性】闇、死

【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼ガストラ(Lv20)灰色狼シンシア(Lv36)オークキング《ブイ》(Lv82)

【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》





 条件付きの苗の作付けによって、作物が出来ない理由が判明した。

 土が悪い。

 至極簡単なことだったが、かなりの時間と労力を割いて得た結果だった。原因が分かれば、後は対処をすればいい。手に入る限りの広範囲の土を運ばせ、畑にしてみる。

 恐らく深淵の砦周辺に生えている草木には耐性があるのだろうが、実験に用いた赤果実の種(プラーヤ)には無かったようだ。

 深淵の砦から流れ出る瘴気は大分減ったが、未だその影響が周囲に残っているのだろう。

 だが、その対処にしても思っていたよりも障害が大きい。

 各地から運ばせた土は数十日程深淵の砦付近に置いておくと、その影響を受けて使い物にならなくなってしまうのだ。

 赤果実の種の耐性が弱過ぎるのかとも考えたが、深淵の砦から離れた場所で最も食べられている果物だ。繁殖力は強いと考えて間違いない。

 ならば、やはり土壌の問題なのだろう。

 頭を悩ませる担当の亜人達と俺の悩みを解決したのは、偶然だった。

 ギ・ギーの連れてきた土喰い(モール)がギ・ギーの集落ばかりでなく深淵の砦の周囲でも繁殖し、各地から運ばせた土を食べて、直ぐに排泄物として出していたのだ。

 知恵の女神(ヘラ)の閃きというのは雷に似ていると言われるが、俺が感じたのも事実それに近かった。

 土ならば影響を受ける。では、排泄物ならば?

 早速亜人の担当者に試させてみると、赤果実の種は驚く程の速さでもって成長した。

 土は大地の神(ンマロゥ)の所有物であるが、排泄物の神は存在しないからだろうか? 少なくとも俺は聞いたことがない。

 未だに続く神々の宿縁の影響なのか、面倒なことこの上ない。

「お前達の主は、中々に人気者らしい」

 左右の腕に宿る真の黒(ヴェリド)と双頭の蛇の宝珠に皮肉を言う。

『死を厭うのは、生くるが故の偏見。理を知らぬ無知蒙昧が故の所業。取るに足らん』

 ヴェリドの言葉に、この世の理のような覗き見ることが出来ないものを信じろと言う方が難しいだろうと思う。概念としては理解できるとしても、それは社会が発展し、食うに困らない人々が集積した知の結晶あってこそだろう。

「食うに困らん者の御高説という事か」

『我が為の生は、既に終えている。後は我が主が為の死があるのみ』

 それきり口を噤むヴェリドに、俺も口を閉じる。

 だが、これで食料の自給は第一関門を突破したわけだ。どの程度の収穫が見込めるのかは分からないが、耕作面積を拡げればある程度は見込めるだろう。

 後はゴブリン達に、食生活の改善を求めればいい。

 ……かなりの難題だな。溜息が漏れそうだった。


◆◆◇


 ギ・グー・ベルべナは王の命令を受け、南の地域へその侵略の指先を伸ばしていた。王の下にあって統率に優れるこのゴブリンは、南の攻略に際してデューク級への進化を果たしていた。

 現地で従えたゴブリンに自ら命名をし、子飼いの部下を従える彼は、漂う風格から一見王と見紛うことすらある。

 だが、彼自身王の称号を用いることはせず、“大兄”などと部下に呼ばせるなど、王への配慮は欠かしたことはない。

 レア級となった三兄弟グー・ビグ、グー・タフ、グー・ナガを従え、南のゴブリンを率いて真っ直ぐ南方へ進んでいた。

 手の長い南方のゴブリン達を率い、その数は戦士だけでも500にも上る。中には南方独特の魔獣を連れた獣士やドルイド達も交じっていて、小さな王国を形成できるだけの力を蓄えつつ、急速に勢力を伸ばしていた。

 混在する戦力を上手く使い熟すところは彼の尊敬する王を彷彿とさせるが、これも彼が統率に優れるが故に可能なことだった。

 服属させた集落は20にも上り、それぞれから精鋭の戦士を選抜して戦士団を組織する。それを勢力拡大の先駆けとして、ギ・グー自ら率いて南の地を駆け巡っていた。

 だがある時、すっかりと森を抜けてしまった。

 遥か前方に見えるのは、荒涼と広がる砂漠だった。礫砂漠とでもいうのか、天に輝く火の神(ロドゥ)の体が輝きを増し、灼熱の大地は一陣の風に吹かれ朦々たる砂煙を巻き上げる。

 森から出たことのないギ・グーは、その光景に思わず唸った。

「ここは、我らの住む土地ではない……」

 ギ・グーにとっての住める土地とは鬱蒼とした森の中であった。洞窟などに住むことはあっても、森の中にある洞窟だけだった。鬱蒼とした森が陽光を和らげ、肌を撫でる風は優しい。生き物の気配が濃厚に漂い、足の踏み場もない程の植物達が生い茂る。

 それが、ギ・グーが考える住処の姿だった。

 砂漠を初めて目にしたギ・グーの感想は、あまり良いものではない。

 だが、一種の感慨はある。

「森の果てに辿り着いた。最早充分だろう」

 実際には砂漠の中にさえ人間は営みを成し、これ以後も大地は広がっているのだが、ギ・グーにしてれみれば分かる筈もない。

 王の下への帰還の時期を考えるギ・グーにとって、これは丁度良い区切りとなった。

「王の下に帰る時期だ」

 南の砂漠を見て踵を返すギ・グー・ベルべナに従い、南のゴブリン達も続々と北へと戻っていく。

 ギ・グーは、北上する途中でも勢力拡大の為の侵略を止めることはしなかった。

 彼の戦い方を一言で言えば、数の暴力。

 ゴブリンの繁殖力とギ・グー自身の統率力が揃えば自然に辿り着く戦い方ではあったが、その戦い方は末端まで徹底されていた。

 1匹で戦えば負けるが、3匹で掛かれば互角。ならば6匹で掛かれば倒せるという単純な数の論理と共に、敵に襲い掛かるのだ。

 南方ゴブリンの特性でもある木を登るのに適した長い手も、この戦い方と合致した。地上から、頭上から、ほぼ同時に襲い掛かってくるゴブリンの群れ。

 一度捕まってしまえば、後は挽肉になるまで彼らの武器で引き裂かれる。その戦い方は魔獣であろうと魔物であろうと、容赦なく殲滅していく。

 あまり最前線に立たないギ・グーの立ち位置もあって、この群れに襲撃された獲物は、正に無限に続くゴブリンの波状攻撃に晒されているような錯覚を覚えるだろう。

 屈強なオークの集落を滅ぼし、逃げる残党を更に追撃。その容赦のない攻撃に、普段の狩る側と狩られる側の立ち位置は完全に逆転していた。南の森の強者である牙象(デイノ)──長い鼻と牙が特徴的な象──すらも多数のゴブリンに群がられ、狩られていく。

 王の住まう場所を森の中央とするなら、南方には多種多様な魔物が住んでいた。

 砂漠と森を行き来する、蟻人(キラーアント)

 屈強なるオーク。

 固い甲殻を持つ、甲虫人(スカラベ)

 代表的なこの3種族は、かなりの勢力と規模を誇っている。

 だがその3種族についても、弱点がないわけではない。屈強なオークは大規模な集落を形成することがなく、固い甲殻を持つスカラベはその行動範囲が狭く、夜間にしか活動しない。

 最も厄介だったのは、一匹一匹は弱くとも膨大な数の兵隊蟻達を保有する蟻人(キラーアント)だった。北上するギ・グー達の前に立ち塞がったのも、その厄介な敵だった。

「前に、蟻人。数、多い」

 悲鳴のような報告に、ギ・グーは凶悪な顔を歪めて笑う。

「丁度良い。王の下へ帰還する手土産に、奴らとの決着をつけてやろう」

 腰に差した長剣を引き抜くと、威圧の咆哮を上げて部下達に檄を飛ばす。

「戦士達よ、進め! 我らの行く手を遮る者は何人も許すな!」

 ギ・グー直轄のレア級の三兄弟が咆哮を上げて応えると、他のゴブリン達の目にも闘争本能の火が宿る。

 進むギ・グーの前に、湖とその近くで戦闘を繰り広げる蟻人とゴブリンの姿が見て取れる。陣形という程のものはない。

 数は概ね互角程度だろうか。

 何かを捕獲したらしい蟻人達は、それを中心に円状で交戦している。それを見たギ・グーは咆哮を上げて指示を下す。

「攻撃を集中させろ! 反対側になど回る必要はないぞ!」

 円状になっている一部にのみ戦力を集中させ、蟻人達の群れを突き崩そうとしたのだ。この時のギ・グーの戦術眼は正しかった。元々、一匹一匹はゴブリンよりも弱い存在である蟻人達は、一点集中された攻撃に耐え切れず、徐々に後退していく。

 ゴブリンの攻勢に耐え切れなくなった後方の蟻人達が逃げ始めるのを目敏く発見したギ・グーは、追撃に移る。余程捕獲したものを手放したくないのだろう。守っていたそれを中央へと移動し、運びながら逃げようとする蟻人達を足の速い者達に追わせ、左右からの突撃を織り交ぜての追討戦は熾烈を極めた。

「大兄、蟻、逃げタ!」

「逃げタ、逃げタ!」

「獲物、奪っタ!」

 小躍りする三兄弟にギ・グーは満足そうに頷く。戦利品を確かめるべくギ・グーの前にそれが運ばれてくる。

「ぬぅ……これは扱いに困るものだな。或いは王へのまたとない献上品となるだろうか……?」 

 顎を撫でて一瞥すると、それを丁寧に運ぶように指示を出し、再び北を目指した。


◆◆◇


 ゴルドバ・ゴブリンの巫女であり、長であるクザンに探索を頼んだ深淵の砦の地下表層部分。粗方その探索を終えたクザンに俺は話を切り出した。

 “学び舎制度”という妖精族からの誘いに応じると。伝えると同時にクザンに誘いをかける。

「……私には、未だお仕事がありますっ!」

 背伸びをして俺に意見する様子は微笑ましい限りだが、俺は必要だから言っているのだ。

「お前達には、こんな所で満足してもらっては困るのだ。ガイドガは数を増やし、パラドゥアは個々の武技に磨きをかけ、ガンラは新しい技術の開発に余念がない。……俺の言いたいことが分かるな?」

「……ゴルドバも、更なる高みを目指せと?」

 頷く俺に、クザンは俯いてしまう。

「王よ、発言を許可して頂けますでしょうか?」

 イェロの声に、俺は視線を上げる。

「ああ、構わん」

「我らゴルドバの長、クザンは不安なのです」

「何がだ?」

「王が我らを必要としなくなるのではないかと」

 ゴルドバは矮小な一族だ。4氏族の中で他とは一線を画する。戦うことに特化した他の氏族とはあまりにも異質で異端。

 力無き彼らは、故に一族の数自体が少ない。

 今は深淵の砦の管理を任されているがゴルドバよりも秀でた者達がいるのなら、その地位は盤石とは言えない。戦う事の出来ない一族が生き残る道を探さねばならないのが現状だ。

 故に今俺の保護を失えば、その地位は一気に失墜する。

「クザンは優しい子。一族を思えばこその抗弁です。どうぞお許しを」

 首を垂れるイェロ。

「王よ、不遜を承知でお願い申し上げます! どうか今ここでお言葉を頂きたい! 貴方様は我らを必要として下さるとっ!」

 縋るようなイェロの言葉に、俺は視線をクザンに落とす。

 俯いていた彼女は、普段は隠している不安を瞳に覗かせて俺の言葉を待っている。

「クザン。本当か?」

「私達は、脆弱な一族です」

 力を増す他の氏族の様子に、彼女が一族の長として何かを成さねばならないと考えてはいたのだろう。だから俺から与えられた役目を途中で降りることを拒み、背伸びをして仕事を背負い込む。

 再びしょんぼりと俯くクザン。彼女の不安は時間と共に大きくなっていたのだろう。ただでさえ信仰していた双頭の蛇が消滅し、今は俺の保護下で生きていると言って良い現状だ。

 俺の配慮不足ということか。

「案ずるな。ゴルドバ氏族を見捨てるなどある筈がない。少なくとも、俺が王である内は決して。お前達の忠義を示す道は、常にある」

 宣言する俺に、クザンとイェロは首を垂れる。

「王様からのお誘い、是非受けさせて下さい」

 この日、学び舎へ留学させるのはクザンと、元々妖精族の森にいるギ・ドー・ブルガに決まった。



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