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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
楽園は遠く
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幕間◇ギ・ドーの苦悩

読者様からのリクエストに基づき影の薄いギ・ドーのお話です。



【個体名】ギ・ドー・ブルガ 

【種族】ゴブリン

【レベル】1

【階級】呪術師(シャーマン)

【保有スキル】《魔素操作》《飛翼錬理》《風の守り》《風槍》《三節詠唱》《知の神の導き》《探究者》

【加護】風の神

【属性】風





 偉大なる王は仰られた。妖精族には学ぶべき点が多々あると。

 至極、最もな意見だ。

 師匠とも言うべきギ・ザー・ザークエンドと共に、私は今彼らの集落に居住を許されている。

 一昔、いや殆どつい最近と言っても良いが、それまで我らは彼らに侮られるだけの存在であった。

 今、私はシルフの西の大集落ガスティアにて、“授業”というものを受けている。

 師匠曰く、王に全てを任せるなど、それは臣下としてあるまじき怠慢であるという。王の為に何ができるかを考えて動かねばならない、とのことだ。

 私もその意見に賛成だった。王の命令に伏するだけなら、それは魔獣と同じではないか。

 王は人間を倒そうとしていらっしゃる。倒した後、統治までも考えていらっしゃるらしい。とは言っても、これは妖精族から聞いた話だ。

 ファルオン老が言うには、王は国を……ゴブリンの王国を樹立なさろうとしているらしい。

 そして国を作るあらゆるものを必要となされていると。

 だが、国とは何だ。

「国とは人が生きる場所、それ自体だ」

 ファルオン老の言葉に、更に首を捻る。

 では、森は国ではないのか。その質問をファルオン老にぶつけたところ、にやりと意地の悪い笑みを浮かべた。

「お前達の王は、より大きな国を望まれているのだろう」

 成程。大国というものか。

 では、国には何が必要なのだ?

「そうさな、“法”、“民”、そして“力”だ」

 先日習った文字というものを使って、砂の上に記していく。

「法とは、統治の基本。これを定めることにより税を取り立て、裁判をし、人の生きる指針ともなる」

 税……確かこれを取り立てることによって、国に富が集まる。つまり肉が豊富になるということだ。

 裁判……王とギ・ゴー殿との間で交わされたやりとりだろう。王に刃を向けば殺されても文句は言えないというものだ。

 指針……つまり、王に刃を向けなければ良いということだろう。

「先日聞いた話だが、お前達の幾人かは王から家名を貰い、領地を貰うことが出来たらしいな?」

 ファルオン老の質問に頷く。

「それは契約の関係に似ている」

 何を言う。あれは王の命令だ。

「いや、あくまで似ているだけだ。全く同じではない」

 む、む?

「王は、お前達に褒美として家名と土地を与える」

 砂板に王という文字が書き込まれ、土地と家名の文字が書き加えられる。

「お前達は、働きに応じて王から土地と家名を貰ったわけだ」

 土地と家名が私の名前の横にも書き加えられる。

「お前達は働く。王はそれに応じて褒美を与える。お前達は労働力を提供し、王はそれに対して対価を与える。このように置き換えれば、契約関係と似ているだろう?」

 う、うむ……た、確かに。

 だが、王と契約関係とは不敬ではないのか。

「それ程に、契約というものは神聖であると考えよ。つまりは約束だな」

 約束……王と契約関係だというのか。命を懸けて仕える我らの関係が契約だと?

 納得はいかない。だが、間違っているとも思えない。

「その色々な約束事を集めたものが、法と呼ばれるものだ。だから法を定めたなら、それに従わねばならん」

 確かに、王との約束を破るわけにはいかない。

「だが、破る民もいる」

 それは許せない!

「そう、その為に力が必要なのだ。それは王でもあり、また軍でもある。それら全てが合わさったものが、国と呼ばれるようになるのだ」

 何だか国というものが王を飲み込んでしまっているような気がするが……。王は何人の下にも付かぬ存在だ。

「それは暴君の理だ。名君とは呼べん」

 王を愚弄するのか!

「良いかね、ギ・ドー・ブルガ。王は何故に、王なのか? これをよく考えてみたまえ。それが今日の宿題だ」

 にやりと笑ってファルオン老が授業の終了を告げる。

「王は何故に、王なのか」

 唸らざるを得ない。何故と問われても、王であるから王なのだ。


◆◆◇


「師匠、やはり国というものは容易には成りませんね」

 ファルオン老の授業を受け終わると、師匠と共に魔素の研究に勤しむ。

「あのファルオン老の言葉を真に受け過ぎるのは、どうかと思うがな」

 師匠は思案顔で、杖の先に風を集めている。

「ファルオン老は豊富な知識と経験を蓄えており、そこに申し分はないのだろう。だが、あくまで妖精族の理想を語っているに過ぎん。我らには我らの理想がある」

 確かに、王を暴君と呼ばれるのは良い気がしない。

「そうかもしれませんが……」

「それに、未だ実益の部分は何一つ学んでいないからな」

 師匠は難しい顔をして、杖の先に集める風を大きくする。

「実益ですか?」

「そうだ。ギ・ドー・ブルガ、お前は……例えば法だが、何か具体的なものを知っているか?」

 言われて気付いた。

 確かに、私は法というものを何も知らない。

「妖精族には王が居ない。シューレがもしやと思ったが、彼らは賢人会議を王の代理として置き換えているようだ」

 師匠の話も、ファルオン老に負けず劣らず難しい。

「王は王でしょう? 賢人会議が代理などと……」

「いや、間違ってはいない筈だ」

 師匠は思案顔になると、集めていた風を頭上に向かって放つ。放たれた風が裂けて全くバラバラな方向に散っていくのを見送ると、師匠は難しい顔を更に険しくした。

「駄目だ。集中力が維持できていない」

 あれ程の風を操りながら、それでも不満が残るというのか。師匠の飽くなき探究心に、私はただ敬服するだけだった。

「幻想と現実は違う」

 国は幻だというのだろうか。

 しっしと手を払う師匠に従って、私はその場から去る。


◆◆◇


 しばらく当てもなく歩きながら、王の為に出来ることを考える。

 師匠は魔法の探究と、亜人の血の研究を進めているようだ。ならば、私は違うもので王の助けにならねばならないだろう。

 だが、何を以って……。

 師匠と同じく風を操る私にとって魔法の探究はあまり意味がない。どうしても師匠の後塵を拝してしまうからだ。ならば、別の分野を取りたいものだが……。

 そうしながら歩いていると、日当たりの良い木の上で妖精族の姫が何やら本を読んでいる姿を見かける。あの方は確か、シュナリア姫だった筈。

 解決の糸口を求めて、私は彼女に声を掛けた

「ご機嫌麗しく思います。シュナリア姫」

 不機嫌そうに振り返った彼女が私の顔を見た途端ぎょっと驚きの表情になり、再び不機嫌そうな顔に戻る。どうにも表情豊かな人らしい。

「誰かと思ったら、ゴブリンさんじゃないですか」

 王の盟友であられるシューレ・フォルニ殿の御息女が、頬を膨らませ口を尖らせて文句を言う。

「どうもゴブリンの方にお世辞を言われるのは、くすぐった過ぎますね」

 お世辞など言ったつもりはないのだが。

「ギ・ドー・ブルガと申します。どうぞお見知りおきを」

「シュナリア・フォルニです。こちらこそ宜しく」

「先程から難しい顔で何を読んでおられたのですか?」

 私の質問に対して、彼女は苦笑しながら手にした本を掲げて見せた。

「歴史の本です」

「はぁ、歴史? とは何でしょう?」

「ご存じないのも無理ありませんね。年月の積み重ねの記録、或いは叡智の結晶とでも言えば良いのかしら」

 年月の積み重ねの記録……は分からないが、叡智の結晶だと!? 素晴らしいものではないか!

「これは、ある人間の国の歴史を纏めたものなのですが……読んでみますか?」

「宜しいのですか? 貴重な物だとお見受けしますが」

「ええ」

 軽く頷くシュナリア姫に一礼して、早速本を開いてみる。

 だが、これはっ!

「……アティ……、41……年? うぬ……」

 読めぬっ!

 つい最近文字を習い始めた私にとって、知らない字が多すぎる。

「あ、もしかして文字が?」

「申し訳ありません。折角お貸し頂けるとのことでしたが、如何せん難解な文字が多過ぎて……」

「そうですか……」

 残念そうな表情をするシュナリア姫に、こちらの方が申し訳なくなる。

「それなら、私が多少なりとお教えしましょうか?」

 何と!

「是非とも! そうして頂けるのなら!」

 思わず意気込んでしまう。叡智の結晶、きっとこれだ!

 王の為に私が出来ることを見つけたのだ!

「あ、でも一つお願いが」

「何でしょう!? 何なりと!」

「私達妖精族はゴブリンの盟友となりましたが、あまりにも貴方方のことを知りません。ですから、ゴブリンの事についてお聞きしても宜しいでしょうか?」

 何だ、そんなことか。全く問題ない。

「そのようなことで良いなら、喜んで!」

 大きく頷く私に、シュナリア姫は微笑んだ。

 この後、片手に歴史の書を持ち、片手に大輪の花を伴ったゴブリンの姿を妖精族の森の各地で見かけることになった。

 また、深淵の砦に帰還しこの話を聞いたギ・ギー・オルドは、見たこともないような暗い目をしてギ・ドーに詰め寄ったとか寄らなかったとか……。

 

これで5月GWの更新は終了します。

次回は19日に更新可能なら、更新したいと思います。



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