旅立ち
【種族】ゴブリン
【レベル】72
【階級】キング・統べる者
【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《戦人の直感》《冥府の女神の祝福》《導かれし者》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv36)オークキング《ブイ》(Lv82)
【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》
“聖騎士” ゲルミオン王国で7人しかいない武の頂点。
性格は様々だろうが、互いに意識せずにはいられない力の到達者達。
破壊の騎士ツェルコフ、鉄腕の騎士ゴーウェン、嵐の騎士ガランド、双剣の騎士ヴァルドー、両断の騎士シーヴァラ、隻眼の騎士ジゼ、そして今は亡き雷迅の騎士ジェネ。
神に愛された狂人、長く戦場を渡り歩いた歴戦の猛者、冒険者上がりの実力者、東方からの流れ者……理由も出自も身分さえもバラバラな彼らには、だが最後の一線で共通点があった。
自分こそが、国の平和の担い手であると。
彼らの双肩には率いる兵士と、守るべき民の命が確かに掛かっていた。
その意識があるからこそ、アシュタールは彼らを聖騎士に任じ、国を守る盾として名誉と財産を与えるのだ。
「……気に入らんな」
宴の席から出たガランドは動物的な勘の良さで、先程レシアに絡んでいた商人の姿が見えないことを察知する。
舞踏会場を後にすると、夜の神の静寂と月光の女神の赤い光が、ぼんやりと周囲を照らす。
ガランドが足を向ける先では、段々と宴の喧噪は遠のき、僅かな物音さえも聞こえてくる。
その中にガランドの意識に引っかかるものがあった。
草を擦る僅かな音。抑えられた声が空気を揺らす音。普段雪原という環境で戦うことの多いガランドには、音を吸収しない城の中という環境が酷く雑音に満ちたものに感じる。
総じて、争いの音を敏感な聴覚で感じると、その現場に向かって足を進めた。
「貴女様が、いけないのですよ。聖女様……私の心に気付いていながら」
荒い息を吐きながらレシアに迫るのは先程の商人。レシアを羽交い絞めにしているのは黒い衣装で全身を覆った護衛の者だろうか。
ガランドの足音に黒い方が気づく。だが商人の方は気付かず、レシアに伸ばす手を引こうとはしなかった。白い陶磁のように肌理の細かなレシアの頬に手を伸ばす。
「あぁ……あぁ……」
か細い歓喜の声は商人のもの。レシアの頬を蛞蝓が這い回るように愛おしげに撫でると、欲望に突き動かされるまま、レシアを抱きしめようとし──。
「そこまでにしておけ。糞野郎」
突如後ろから聞こえた低い声に動きを止める。ぎょっと振り返った先には、悠然と腕を組んだガランドの姿。
「こここ、こいつを殺せ! ジクムント!」
黒い護衛がレシアを放り出すと、短剣を抜く。意識がないのかその場に崩れ落ちるレシアを確認すると、ガランドは舌打ちしつつ目測を測る。
「下らんことに巻き込みやがって」
ガランドが呟いた間に、黒い護衛はガランドとの間合いを詰める。手にした短剣が一閃。ガランドの喉笛を断ち切るべく振るわれた。
「ふん」
僅かに、それこそ髪の毛一本分だけガランドが短剣の間合いから外れる。同時に掴まれ、動かせない腕に黒い護衛は目を見開く。
「温いぞ」
逃げ場のない状況から振るわれるガランドの拳。予備動作も何もない、猛獣が戯れに振るったかのような一撃が、黒い護衛を壁際まで吹き飛ばす。ジクムントと呼ばれた護衛は黒い衣装に手をかける。
「何を……」
と、ジクムントは衣装をガランドに投げ付ける。一瞬だけ塞がれるガランドの視界から、ジクムントの姿は消えていた。
「逃げたか」
「ひ、ひぃ……」
消えたジクムントの影を探す商人を見下ろして、ガランドはレシアを抱え上げる。後退る商人の顎に一撃を入れて意識を奪うと、踵を返す。
「……面倒なことだ」
レシアを彼女が捕らわれていた尖塔に運ぶと、ガランドは溜息をついた。
「ガウ、グウウウ!」
足元で吠えるガストラを無視して寝台に彼女を横たえると、不機嫌そうに眉を顰めて外に出る。
「……聖騎士殿か」
下らん感傷だと思いつつも、扉を閉めてその前に座る。
今更、宴に戻る気分にもならない。
ガランドは目を閉じて、夜の神の静寂に耳を澄ませた。
◆◆◇
暗殺のギ・ジー・アルシルらを調査に向かわせ探らせていた敵の情報が入ってきた。
人間たちの築いた城壁の長さは、凡そ10km。これだけの長大な石壁を短期間にどうやって作ったのかと思うが、更に驚くべきはその高さだった。
高さは3mを越え、その上を人間が歩いているとのこと。
城壁の上を人間が歩くということは、それなりの幅を備えていなければならない。ならば石壁の厚さも相当なものとなるだろう。
夜陰に紛れてその城壁を探り、また森に戻ってきたということだったから、恐らく円状に配置されているのだろう。中には防御施設か、或いは都市機能が備わっているのだろうか。
人間の領域へと至る出口に、悠然と構えられた楯に似ている。
視界を塞ぎ、こちらの一撃を防ぎ止める堅牢な楯。先ずは、これを攻略せねばならないのか。
ゴブリンと同盟種族達の実力を引き上げると同時に、敵となる者達の力を探らねばならない。
だが、現実は俺の予想を超えて厳しいらしい。
高さ3mの石壁。更にはいざ戦となればその周囲には様々な防御施設が付加される筈だ。正面から攻めるのは苦しいが……。
森を出れば周囲は草原地帯になっている。小高い丘程度のものはあっても、城塞都市を見下ろせるような場所はない。
「目の前に突き付けられた楯か」
百の屍を越え、千の負傷者を覚悟して攻略できるかどうか。
いっそ、その楯の攻略は無視してしまうのはどうだろうか。
俺の目的は人間の国を倒すことであって、その都市を攻略することではない。
思い付いたその考えを吟味する。人間の町がどの程度の規模で作られているにせよ、全てがその規模である筈がない。
「……シュメア、聞きたいことがある」
傷も癒え、フェルビー相手に打ち込みの訓練をしていたシュメアを借りる。
「ん? 人間の町のこと?」
俺の質問にシュメアは首を傾げる。
「先程ギ・ジーから連絡があった。森の目の前に巨大な城塞が築かれているとな」
「それはきっと、植民都市って奴だねぇ」
有名なものなのだろう。
シュメアからの説明を聞いて納得する。侵略の為の拠点ということか。後方の都市との連動によっては、確かに脅威だ。
俺は直感的に楯だと思ったが、それ自体がこちらの消耗を誘う矛にもなっているわけか。
一番良いのは奴らが内部分裂でも起こして自滅してくれることだが、そう簡単にはいかないだろう。何せ、彼らは対魔物という大義の下で纏まっている。
ましてや、率いる将があの人間の騎士であるなら、敵のミスはそう多くは望めないだろう。
ならば、だ。
やはりこちらは奇襲で奴らの裏をかくしかない。
奴らの想定外を突く。その為には奴らの考えていない方法を使い、考えていない経路を通って……。
……そうは言っても直ぐに妙案が浮かぶ程、俺は知恵の女神に祝福を受けているわけではない。まぁ、じっくり考えるさ。
情報を集めるのとは別に、彼らを出し抜くものが必要だった。
「シュメア」
「何だい旦那?」
「お前は、森の外に出たいか?」
呆れたように俺を見返すと、シュメアは難しい顔で唸った。
「難しいこと聞かないどくれよ」
「何故だ? 難しいことではないだろう。出たいか、出たくないか……それだけだ」
「簡単に言うけどね、旦那。あたしら奴隷は」
「元、奴隷だろう」
元、を強調してやると、シュメアが頭を掻いて唸り声を上げる。
「まぁ、そうなんだけどさ……ええい! はっきり言うと出たいけどさ! ちょっと怖いかなって思ったりもしてる、かな」
最初の勢いはどこへやら、最後は蚊の鳴くような小さな声になったシュメアは拗ねたように顔を明後日の方向に向けている。自分の弱気を吐露するのが恥ずかしいのだろう。頬には薄らと赤みが差している。
「ふむ……」
確かに、元奴隷という彼女らの身分を忘れるわけにはいかなかった。彼女から聞いた話では、解放奴隷は元の主人の証明がない限り、捕まえた者の所有物として扱われるらしい。
「ならば、形式だけでも新しい主人と共にあればいいわけか」
「ちょ、ちょっと旦那? ゴブリンは不味いよ?」
当然だ。シュメアも俺が望むことを薄々感づいているのだろう。話が早くて助かる。
「無論だ。それに形式的な奴隷ということなら、主人はある程度身分のある者でなければならんだろう」
「まぁ、そうだけど……そんな人いたっけ?」
「ああ、いる。本人が了承するか、したとしても些か不安は残るがな。後はお前次第だ」
「……旦那にはでっかい借りがあるからねぇ。引き受けるさ。多少の危険があってもね」
そう言って、彼女は笑った。
後は主人を決めねばならんな。
そうして依頼者の元へ赴く。
「……本気で私を?」
盲目のプエルはセレナと二人、深緑の森に差し込む光を浴びていた顔を俺に向けた。何でも秘薬の治癒には、光を浴びることが効果的なのだとか。
「ああ」
頷く俺にプエルは顔を向けたまま、静かに考える。
俺としても、迷いがないと言えば嘘になる。ギ・ガーを始めとするゴブリンらと違って彼女は俺に忠誠を誓っているわけではない。ましてや、シュメアのように自分の生き方の中で、俺を裏切れない者とも違う。
対人間という価値を共有する妖精族や、亜人達とも立場は異なる。
「……貴方の真意が分かりません。貴方は決して愚かではない。私は裏切りますよ」
プエルの発言に、セレナがぎょっとした顔で彼女を見る。
面と向かって宣言されると苦笑するしかない。
「妖精族のことも、私の足枷にはなり得ません」
「ああ、そうだろうな」
「ならば何故?」
間髪入れずに問いかける彼女に、俺は思っていることを正直に口にする。
「お前は俺達の姿を知って尚、俺達を殲滅すべき害悪だと思うか?」
「それはっ……」
「見聞を広めることにより、人はより広い視野を持てる。ならば、真実を確かめる機会を与えるのは王の度量というものだ」
迷いながらもプエルは、俺に問い返す。
「私に、時間と機会をくれるということですか?」
すんなりと俺の下で力を振るう気にはならないだろう。だが、シルフ統一戦争が終結した後、俺達の根拠地に連れてこられた彼女は間違いなく俺達の生活を身近で見ていた筈だ。
少なくとも、彼女が信じる魔物としてのゴブリンとは一線を画したその姿を見てどう思ったか。
フェルビーではないが、天地がひっくり返ったようだと感じたのではないか。
そこを梃子にして、目の前の軍才を俺の下へと引き込む。
「自信があるのですね」
口元に僅かに笑みを作るだけに止めた。
かなり分の悪い賭けではあるが、プエルの気持ちがこちらを向くまで待っていては、恐らく開戦には間に合わない。
プエル。お前は気付いていないのか、それとも気付いていない振りをしているのか。まぁどちらでもいい。
戦場で俺と殺し合いをしている時のお前は、笑っていたぞ。
軍という力を操り、命の取り合いに身を投じるお前は心底楽しそうに、な。
“魔物”を狩るのが愉しかったのか、それとも強大な力を振るう楽しみに溺れていたのか。俺は自身の眼を信じて後者に賭けることにする。
「無論、お前が断るならこの話は無しだ」
「少し、考えさせてください」
黙り込むプエルを、セレナは不安混じりに見つめていた。
翌日、プエルは了承の返事を俺に寄越した。同行者としてセレナが増えるとのことだったので、連絡要員としてフェルビーを推す。
都合4人の妖精族と人間は、俺の下から人間の世界へと旅立って行った。
◆◆◇
それは男が、未だ幸せなどという幻想を信じていた頃の記憶。
血塗られた赤と、屈辱の赤を重ね、尚も足りない悔悟の記憶。
泣き叫んでも、力を振るっても、決して届かぬ過ぎ去りし過去の記憶。
男の住んでいた村は、小さな村だった。
魔獣除けの柵に囲まれた100人前後の村。顔を見れば全員が知り合いと言う程度に付き合いのある、平和な村だった。
命の危険はあるが、実入りの良い冒険者という職業に就き、青年は手元に僅かばかりの財産を得る。
青年には婚約者がいた。
老いた母と、生意気だが可愛い妹。手にした財産は少なくとも、幸せという漠然としたものを手に入れた男。
だが、その幸せはある日突然、壊される。
村が魔物の群れに襲われたのだ。
持てる力を振り絞り、青年は必死に抵抗した。村の男達も必死に抵抗した。
だが、押し寄せる魔獣、魔物の群れに柵は破られ、男達は殺され、そうして女達は──。
伸ばした手が、血に塗れたその手が、届かなかったその手が……。
すっと、意識が切り離される。
何度も繰り返し見た悪夢が、切り離されていく。感じるのは春風薫る季節の日差しに似ていた。暖かく、優しく包まれるその意識は、やがて深い眠りへと誘う。
悪夢など見ない、深い深い眠りの中へ。
「っ……」
瞼の裏に感じる朝の陽光に瞼を開ける。
眠っていた自分に舌打ちすると、体に掛けられていた毛布に気付き戸惑う。
背後の尖塔の扉は既に開かれ、中はもぬけの殻。
足を進めて王城のテラスから街を見下ろせば、聖女の帰還を見送る観衆が沸いていた。
「聖女か、下らん」
舌打ちをして、北へ戻る仕度をすべく彼はその場を後にする。
このようなことで彼は揺らがない。彼は魔物を殺し、人間の国を守る聖騎士なのだ。
ただ視線だけが去り行く聖女を、僅かに追いかけていた。
群衆は聖女に歓声を送り、彼女は僅かに手を振ってそれに応える。
彼女の髪には安物であろうことが一目で分かる髪留めがあったが、街角の少年少女達以外、誰もそれを気に留める者はいなかった。
──人間との再戦まで、あと163日
次の更新は6日です。
5月5日はこどもの日。かわいい子には旅をさせろ。と言うことで旅立ちを……。