ギ・ギーの帰還
【種族】ゴブリン
【レベル】72
【階級】キング・統べる者
【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《戦人の直感》《冥府の女神の祝福》《導かれし者》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv36)オークキング《ブイ》(Lv82)
【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》
「む……やはり最初から上手くはいかぬな」
広がる眼前の光景に、俺は腕を組んで失望の気持ちを抑え込んだ。深淵の砦の周囲に作った耕作地で試しに赤果実の種を植えてみたが、見事に全て枯れている。
種を植えてから芽を出すのに3日。随分早いものだと思ったが、そこから5日で全ての芽が枯れているという結果なのだ。成長が早い植物に期待していたが、やはりそう上手くはいかないらしい。
「原因は分かるか?」
俺の前で小さくなっている亜人の監督官に尋ねてみるが、震える声で分からないとしか言わなかった。
「そうか」
俺自身、この世界の農耕に知識があるわけではないのだ。適切な助言など出来る筈もない。とりあえず、条件を付与しての実験的なものに切り替えるしかないだろう。
「ならば、今後は色々な条件を付与した後、少数の栽培のみ実施せよ」
「条件……ですか?」
「そうだ。かの植物が何故枯れたのか? 土が合わなかったのか、それとも栄養が足りなかったのか。水なのか、或いは気候なのか。それを調べるのが第一だな」
「はっ……」
「仔細は任せる。今後とも頼むぞ」
頭を下げる亜人の監督官を残して、俺は次の案件に向かう。魚鱗人の動向を探らせていたゴブリンが戻ってきたので、その報告を聞いたのだ。更にリザードマンたちの活動が活発化しているようだった。
八旗の長尾の一族、タニタを呼び寄せた甲斐があったというものだ。
「ギ・ガー・ラークス! 幼生達を率いて従え!」
「御意!」
タニタが到着すると同時に、ゴブリンの幼生達を連れてリザードマンが暴れているという湖畔へ向かう。幼生達を伴ったのは、彼らに実戦経験を積ませる良い機会だと思ったからだ。
俺とて、生まれてから直ぐに餌を探していたのだ。この程度の冒険はさせて問題ない筈。念の為にギ・ガーの忠実なる配下である“傷モノ達”を同伴させる。
進軍速度は遅くても構わないから、道行で狩りというものを教える為だ。
「……うむ。同朋の臭いがするが、これはまた」
そういったきり、遥々亜人の居住地から来たタニタは絶句した。
「湖の形が変わっているな?」
「はい。確か、前に見たときはもっと大きかったような……」
俺の問いかけにギ・ガーが答える。上流から流れてくる水量が減っているのか。或いは他に原因があるのか。豊かな水量を誇っていた湖は以前より一回りも小さくなっていた。
「──グギャァ!」
耳を劈くような鳴き声と共に、リザードマン達が泥を掻き分けて湖から這い出してくる。怯える幼生達を背後に庇いながら、ギ・ガーと“傷モノ達”が前に出る。
「ルゥ──、ゥルルゥゥ────、ル、ル──!」
殺気立つ両陣営の半ばで、奇妙な声を上げたのはタニタ。二つの頭で俺達とリザードマン達を見比べ、視線で行動を止める。
「王……」
いつでも動けると視線を寄越すギ・ガーを待機させる。
今、タニタは奴らを説得しようとしているようだ。ならば招いた手前、それを見守る義務がある。
「幼生らに被害の及ばぬように」
失敗した後でも、奴らを殲滅できる力はある。
頷くギ・ガーを確認して、タニタに視線を移す。双頭二尾の長尾の一族の族長が、泥に塗れたリザードマン達に視線を向ける。
「西の果て、雨と土の眷属なりし長が来た。族長を出せ」
静かに、だが力強く感じる言葉を左の頭が喋る。リザードマン達は互いに顔を見合わせているばかりだったが、痺れを切らした右の頭が声を張り上げた。
「短尾ども、貴様らでは話にならぬと言っている!」
タニタの二尾が、彼の怒りと呼応するかのように激しく地面を叩く。
その様子に恐れを為したのか、リザードマン達の何匹かが湖に潜っていく。それを見送って、タニタは威圧の視線をリザードマン達に向け続けていた。
やがて、より一層巨大な一匹が湖の中から這い出てきた。タニタの姿を認めると、そのリザードマンは膝をついて頭を下げる。
「……固き肌の戦士、勇敢なる二尾の勇者。お初にお目に掛かります。大なる尾のデッドの子、ビッドでございます」
手にした曲刀と楯を地面に置くと、ビッドと名乗ったリザードマンは首を垂れる。ビッドに従うようにリザードマン達が武器を置いて地面に膝を折る。
随分と流暢に話すものだと感心しながら事態を眺める。
「大なる尾のデッドの子、ビッド。会えて嬉しく思う。来意は分かっていようか?」
「分かりかねます」
ちらりと俺達の方に視線を向けると、ビッドと名乗った巨躯のリザードマンは再び首を垂れる。
「まさか偉大なる勇士タニタ殿が、ゴブリンの為に動いたなど仰られるのですか?」
疑念と困惑を含んだその言葉に、俺は苦笑する。
「……大なる尾のデッドの子、ビッド。今や彼らの勢いは、火の神の胴体を追う夜の神の如くに盛んなのだ」
「ご冗談を。彼らはゴブリン。それ以上でもそれ以下でもない」
再び俺達に視線を移す。
「我が二尾に誓って、真のこと」
驚愕の表情を浮かべ、俺達を凝視するビッド。彼の後ろに控えるリザードマン達も互いに顔を見合わせていた。
「今日は彼らに頼まれ、お前達一族との調停に来た次第」
固まったままのビッドを横目に、タニタの言葉は続く。
「我が裁定、受けるか否か」
「一族に名高き、双頭二尾のタニタ殿の裁定……受け入れましょう。ですが、やはり自身の目で真実を見極めたく! 一対一での決闘を挑ませて頂きたい!」
タニタが諦めたように溜息をつき、俺に目配せをする。
普段なら俺がやりたいところだが、今回は後ろにゴブリンの幼生らがいる。普段から接する機会が多いギ・ガーに花を持たせるのも悪くはないか。
「ギ・ガー・ラークス!」
俺の傍に控える忠実なる混沌の子鬼の騎士に声を掛ける。
「御前に!」
「俺の忠実なる騎士にして、ゴブリン一の槍の遣い手! お前なら、あの猛者に勝てるか?」
「王の命とあらば、必ずや!」
「良し! 往け!」
「王命、しかと承りました!」
騎獣に跨り、発達した片腕で槍を携えたその雄姿がタニタに並ぶと、声を張り上げる。
「我が名はギ・ガー・ラークス! 混沌の子鬼の王の第一の部下にして、ゴブリン一の槍の遣い手! 我らの力を見たいとの心意気や良し! 存分に掛かって来るが良い!」
その声に応えて、ビッドが前に出てくる。
「ほざけゴブリン! 我が名はビッド! 大なる尾のデッドの子、ビッドだ!」
一際大きな曲刀と円楯を持ったビッドが頭上で刃を振り回し、ギ・ガーに突き付ける。
「裁定は神に委ねるものとし、遺恨無きようにせよ。双頭二尾のタニタが立会人を務める」
「望むところ!」
「無論!」
タニタの合図と共に、ギ・ガーとビッドの決闘が始まった。
振るわれる曲刀に、ギ・ガーが槍を合わせる。射程が長い筈の鉄槍だが、それを苦にしない技の冴えがあのリザードマンにはある。中々の強敵だ。
8合打ち合って、ギ・ガーが距離を取る。随分と巧みに騎獣を操るようになった。俺の欲目かもしれないが、これだけ騎獣を上手く操るのはパラドゥア氏族の中でさえ数える程しかいないのではなかろうか。
熟練を感じさせる騎乗の技術と組み合わせたギ・ガーの槍術は、間合いを離す時でさえビッドに追撃を許さない。荒く息を吐き出すビッドに比べ、ギ・ガーは息一つ乱さず冷静に敵の出方を見極めている。
徐々に地力の差が出始めているのだろう。
「往くぞ!」
槍を振り上げると、騎獣が急加速しギ・ガーが前に出る。そのあまりの速度にビッドの反応が遅れ、防ぎに回った曲刀を槍が打ち据える。距離を取ろうとするビッドを、更にギ・ガーが追撃。
息もつかせぬ三段突きを放つ。ビッドが何とか防ぐものの、態勢が崩れた所に掬い上げるようなギ・ガーの一撃。
槍の穂先がビッドの足を切り裂き、勢いを失わぬまま曲刀を天高く弾き飛ばす。
「ぐ、ぬ……」
槍の穂先を突き付けられたままビッドは呻き、リザードマン達は茫然とその光景を見守っていた。
「審判は下された!」
双頭二尾のタニタが両手を広げて宣言する。
その後リザードマンとの話し合いの場で、ゴブリンを襲わないことなどが決められた。水場での争い防止の調停をした後にビッドらリザードマンの一部を深淵の砦に招く交流も取り決め、周辺の安定化を図る。
何故急に湖の水位が下がったのかという俺の質問に、ビッドは年に一度ぐらいはこのようなことがあるという。この後厳しい冬が来るという話を聞いて、俺は初めて、この世界にも季節があるのかと妙な関心をした。
少しずつ季節は移ろい、時の神は顔色を変えて俺を魅了する。
この冬を越えれば、人間との戦いが待っている。
それまでに奴らを超える力を得なければ……。
◆◆◇
北方へと勢力拡大の旅に出ていた古獣士ギ・ギー・オルドの帰還は、魔獣の大群来たるという報告と共に俺の元へ齎された。あわやギ・ガー率いるゴブリン達と激突するかと思われた時に、ギ・ギーから名乗りがあった為に回避されたのだ。
「良く戻った」
大剣を携え出迎えた俺に、ギ・ギーは首を垂れる。その後ろには、少数のゴブリンと数えきれない程の魔獣が控えていた。これだけの魔獣を従えて戻って来るとは完全に予想外だった。
だが、立派な戦力には違いない。
信賞必罰は、国として成り立つ為に必ず必要な柱だ。
「深淵の砦北西にお前の集落を作ることを許す。配下の獣士達を連れ、そこで一つの集落を成せ」
「はっ! 畏まりました」
ギ・ギーが承知するのを確認して、俺は先のことを教える。
「人間と戦う際には一つの正面を受け持たせる。そのつもりで獣士達と魔獣を鍛えよ。良くやったぞギ・ギー・オルド」
「重ね重ねも有り難く!」
居並ぶゴブリン達の前で称賛され、ギ・ギーは緊張しているようだった。未だ人間との再戦時期には間がある。その間に手下にした魔獣を飼い慣らし、レア級の獣士達を鍛え上げれば、一大勢力になり得るだろう。
嬉しい誤算というものだ。
しかし、色々な種類の魔獣がいるものだな。これだけの魔獣が喧嘩もせずに一緒にいるなど、普通では有り得ないと思われるのだが、そこはやはりギ・ギーの手腕の優秀さ故か。
何にせよ、十分な土地を与え、獣士達の力を発揮する場所を設けてやらねばな。
だが、これだけの魔獣を引き連れて来て、北の生態系は問題ないのだろうか? 草食と思われる魔獣ばかりではなく、棘犬などの肉食獣もいる。
これだけの数を率いて、生態系に影響を与えないのなら驚きだが……。念の為、北方の調査にギ・ジー配下のゴブリンをある程度割かねばならんだろうな。
一番早いのはギ・ギーだったが、ギ・グー・ベルべナを始めとした他の者達は今どのような状態なのか興味が沸く。
上手くやれていればいいが……。
◆◆◇
シルフ統一戦争を終えた妖精族の集落では、復興の準備が着々と進んでいた。焼かれてしまったシンフォルの森を中心として、死者の埋葬。青銀鉄製の武具を放置していては森に悪影響を及ぼすとして、それらの回収作業。
亜人達との関係修復。更には奴隷として生かされていた彼らの生活の改善。新たに風の妖精族を組織する賢人会議の長となったシューレには、それこそやることが山積みだった。
「各集落の人口の調査結果になります」
フェイの提出した書類に目を通し、人口に応じた労役を課していく。殆ど無条件で亜人達を解放させたものだから旧敗戦集落を中心に不満の声が上がっていたが、それを抑える為の戦士の派遣。
「精が出るな」
そんな彼を尋ねてきたのは老ファルオン。彼の盟友であると同時に、学問の師である老人だった。
「何分、先達が早々に引退を決め込んでしまわれたもので」
ちくりとした嫌味も言いたくなるシューレに、ファルオンは快活に笑う。
「なになに、若い内は苦労をせねばな」
軽く溜息をついて、フェイが差し出した香草茶を口に運ぶ。
「今日来たのは他でもない。貴様に預けられたゴブリンのことだ」
「何か不始末でも……?」
勉強をしたいと妖精族の集落に残ったギ・ザー・ザークエンドと、ギ・ドー・ブルガの2匹のシャーマン級ゴブリン。彼らは今、西の大集落であるガスティアで、ファルオンに文字を教わっていた。
「いや、何。やはり儂は教師が天職かもしれぬな。種族に関係なく、学ぶ意志がある者を指導するのは実に楽しい」
「宿題を出すのが楽しい、ではなくてですか?」
「無論、それもある。出されるより、出す方が楽しいに決まっておろう」
ファルオンの豪放磊落な発言に、シューレは口元に笑みを刻む。自身の過去を思い出して苦笑してしまったのだ。苦笑できるまでに、かなりの年月を要したが……。
「そこでだ、シューレ」
片眉だけをピンと跳ね上げて、シューレはファルオンを見る。こういう時、師は決して良い思い付きをしない。少なくとも、シューレ自身にとっては決して良い思い付きではない。
「長らく封鎖されていた“学び舎”を、また復活させてみてはどうかと思ってな」
長年の財政難を理由に封鎖されいていた学び舎制度。それを復活させるとファルオンは言う。確かに今、敗戦の責任を問う形で各族長の蓄えていた資産を没収し、ジラドの隠し森などの隠れた資産も洗い出している。
その中で財政は健全化している。学び舎制度を復活させることは可能だろう。
「国の基本は教育だ。これは変わらぬ儂の信念じゃよ、シューレ」
教育水準が高ければ、より効率的な運営が出来るだろう。今やっと、纏まりを見せている妖精族の集落全体に教育という価値を浸透させて、篩に掛ける。
東にはゴブリンという強力な種族が繁栄をし始め、その勢いは、今尚衰えるどころか更に勢いを増している。遠からず人間と雌雄を決する戦いに発展するだろう。
では、我ら妖精族はどうする?
人間と手を組んでゴブリンを殲滅するのか?
ゴブリンと手を組んで人間を倒すのか?
どちらとも手を組まずに、独自の道を探るのか。或いは、どちらとも手を結んで橋渡しを考えるか。
確かにゴブリンと同盟を結んではいる。だが、種族として彼ら全体が信用できるだろうか。例えば、あのゴブリンの王が何らかの理由で死んだとき、ゴブリン達は今と同じ態度で我らと接するのか?
今の同盟は、シューレとゴブリンの王の個人的な友誼によって支えられている部分が非常に大きい。
「……舵を切るのはお前じゃぞ、シューレ。だがどちらにせよ、力は必要じゃ」
「仰ることは、御最もです」
誰と手を組むにしろ、妖精族の力を結集しておく必要がある。
そしてもう一つ。異なる勢力の中に味方を作っておくことを忘れてはいけない。
つまり、共通の価値観を有する者をだ。
その一手段として、ゴブリンの中でも知能の高い者達を集落に留学させ、妖精族の価値観を共有できる教育を施し、優秀な官僚として送り返す。
学び舎制度は、嘗て大集落が小集落の族長の子弟を平和裏に服属させる為に作られた制度だった。
互いに研鑽を積むという主目的と同時に、平和裡の侵略という側面もあったのだ。
「良き案でしょう」
考えを纏めつつシューレが発言すると、ファルオンが嬉しそうに頷く。
「では、委細頼むぞ」
「……は?」
思わず間抜けな声を出したシューレを振り返りもせず、風のようにファルオンは立ち去る。
「……くっ」
心に浮かんだ罵詈雑言を封じ込め、再びシューレは手元の書類を片付け始めた。
彼の安眠は未だ遠い。
──人間との再戦まで、あと185日
次の更新は3日です。
これからは連日更新だッヽ(`Д´)ノ