幕間◇ギ・ギーの百鬼夜行Ⅱ
【固体名】ギ・ギー・オルド
【種族】ゴブリン
【レベル】35
【階級】ノーブル
【保有スキル】《追尾》《投擲》《斧技C-》《雑食》《怒声》《以心伝心》《古獣士》《調教師》《連携》《群れの仲間》《蟲喰らい》
【加護】なし
【属性】なし
【使役魔獣】大角駝鳥
数多の魔獣を引き連れ、一つの集落を乗っ取った古獣士ギ・ギー・オルドは彼を取り囲む魔獣を確認し、僅かに溜息をついた。
「ワォン?」
棘犬という、体毛が茨のように周囲を傷付ける犬型の魔獣が気落ちしているギ・ギーの様子に気が付き、首を傾げる。小柄な雄だが、周りには大柄な雌を3匹程侍らせ、子供らが足元で気持ち良さそうに寝転がる。
「ぐえごー!」
大目鳥という、羽毛に目玉の模様を持つ極彩色の鳥は、寂しそうなギ・ギーの背中に気付くと元気づけようと求愛の歌を歌う。
その求愛の歌に釣られた雌の大目鳥が、羽を広げて踊る。
森の中の景色に溶け込むようにして生きている見えず猿が何事かと飛び起き、大目鳥の声に、何だいつものことかと再び雄と雌が抱き合って眠る。
危機を感じると針のような体毛を仰け反らせて身を守る針狐は、円らな瞳でギ・ギーの足元に寄り添う。番で、一緒に。
硬い甲羅を持つ竜亀の幼生は、魔獣の子どもらを乗せた甲羅を揺らさないように微動だにしない。眠そうな視線だけでギ・ギーの方を確認する。
「うぬ、何故だ……」
ゴブリンの集落を占拠し、魔獣の世話などの苦労が減った分、ギ・ギーには魔獣と触れ合う時間が出来た。そして今の現状である。
ゴブリンの雌が寄って来ない。
周りを見渡せば居ないわけではないのだ。ギの集落では、決して不自由しなかったのに。
だが、ギ・ギーとて馬鹿ではない。原因は分かっている。
先程、何故かと呟いてしまったが、思わず口に出たのはそれを解決する術がないからだ。
これほど強力な魔獣に囲まれていれば、ゴブリンの雌も怖がって寄ってこない筈だ。無理矢理などと、ノーブル級ゴブリンであるギ・ギーの矜持が許さなかった。
須らくゴブリンの雌とは、強い雄に擦り寄って来るものだった。少なくとも、ギ・ギーはそう考えていた。
何故、俺が求めねばならんのだ。
内心の葛藤を抱えながら、また溜息をつく。
だが、魔獣の羽毛に埋もれているだけでは満たされないのも事実。新たに軍団に加えるべき魔獣を探しながら、食料を確保。周辺の地理を同時に確かめるノーブル級ゴブリンのギ・ギー・オルドは、ここ数日を悶々と過ごしていた。
ギ・ギーが偵察に出ると、彼を慕う魔獣達はどうしても付いて来る。
敬愛する主が行くというのだ。過酷な戦場でも、煮えたぎる溶岩地帯であろうと、潮風沁みる海岸地域だろうと、付いて行く気は満々だ。ただし沼地だけは近寄らないが。
悶々と考えるギ・ギーは、今度の方針をどうしたものかと考える。
王に与えられた命令は、ゴブリンの戦力拡大。
命令の範疇でなら、自由裁量を与えられていると考えて良い。憂さ晴らしにオークを追い払ってみたり、気に入った魔獣を配下に加えても問題はない。占領した集落のゴブリン達に魔獣の世話の仕方と、三匹一体の技を教え、連携を仕込むのも忘れない。
充実した食料事情と、魔獣の餌となる草木の確保。その過程で、この集落には非常に沢山の植物が植えられていく。
だがギ・ギーの心を慰めるものではない。
ギ・ギーが深淵の砦に戻ろうと決心するのに、そう時間は掛からなかった。
「そうと決まれば、急がねば」
一度戻ると決めてしまえば、その足取りは軽い。
「これより本拠地へ戻る!」
占拠した集落のゴブリン達を集めて、ギ・ギーが宣言する。彼らが顔を見合わせる中、棘犬が一声吠える。仲間に知らせるその一声は、遠吠えの声。
翌日から始まった彼らの移動準備は、集まる魔獣の数と合わせて相当な規模に上っていた。
普段から彼の近くにいる棘犬、見えず猿、針狐、大目鳥、竜亀は当然として、戦闘には向かないと判断して置いてきた筈の鳥猫、その名の通り土を食べて生きる土喰い、草の根を両腕の鋏で切って食べる大鋏、強敵が来ると石に擬態する石蟹、急いで逃げるときは羽根を使って逃げる羽兎……。
「うぬ……」
徐々に集まってくる様々な魔獣のあまりの多さに、ギ・ギーでさえも面喰らってしまうが、逆に考えればそれだけ戦力の拡充が成ったということ。
気を取り直すと、王への良き報告が出来ると自分を納得させた。
ギ・ギーが帰還を発表してから3日後。彼らは深淵の砦に向かって歩を進める。大角駝鳥の背に跨るギ・ギーの後ろには、長い長い魔獣の列が出来ていた。
その中に埋もれるような形で、占領した集落のゴブリン達が魔獣を引く。彼らとしても、新たな実力者であるギ・ギーの命令は絶対だった。
集落総出での大移動。竜亀の広い甲羅の上に少ない財産を乗せて移動する彼らには、初めて見る南の森は平穏の地と映る。強力な魔獣がいないのだ。
槍鹿、或いは巨大蜘蛛辺りが脅威となるが、それ以外にめぼしい魔獣はいないようであった。
突然その魔獣の行進は止まることになる。
止めたのは先頭を進むギ・ギーで、目の前の洞穴を訝しげに見つめていた。
「こんな所に洞穴などあったか?」
近くにいた元集落のボスのレア級ゴブリンに話を振るが、彼も首を傾げる。
「はテ?」
「ふむ……だが、気になる臭いだ」
「なんだカ、誘わレルよウな」
眉を顰めるギ・ギーと、どこか浮ついたレア級ゴブリンの言葉。立ち去った方が無難かと考えた時、その洞穴から足音が響いてくる。
「誰かいるな?」
大角駝鳥を促し距離を取るギ・ギー。その彼に向かって、洞穴から出てきた人物が声を掛ける。
「ギ・ギーではないか」
聞き覚えのある声に、ギ・ギーは目を瞬く。
「その声は、ギ・ゴー・アマツキ殿!?」
王に自らの放逐を願い出たゴブリン一の剣士。青色だった筈の肌の色は茶色くなり、額には天を目指す一本角がある。以前よりも、彼の体は一回り大きくなっていた。
「……力を得られたのですか?」
「うむ。王の示されるままよ」
「ギ・ゴーさん、先に進んじゃ……っわ!?」
腕を組むギ・ゴーの圧倒的な存在感に、ギ・ギーの背後にいる魔獣達も震える。遅れて洞穴から出てきたヨーシュが、洞穴の前に屯する魔獣の群れに思わず怯む。
「それにしても、随分と集めたな」
「いえ、ギ・ゴー殿こそ……そうだ。我らはこれから王の下に馳せ参じる考えですが、ご一緒にいかがでしょう?」
「ふむ……いや、俺は未だこの旅の目的を果たしていない。申し出は有り難いが、これで失礼するとしよう」
「ギ・ゴー殿が、そう言うなら」
ギ・ギーは皮の袋に詰まった植物の種と、以前沼地で見つけた月見草を差し出す。
「何かの役に立てば良いのですが。魔獣達を集める内、食べられる草の種を集めました。そこな人間なら上手く使うでしょう。どうぞお持ちになってください」
少し考えた後、ギ・ゴーはギ・ギーから両方を受け取る。
「有り難く頂こう。だが、良いのか?」
「王へ持参するのは、戦力となる魔獣達がいます。ギ・ゴー殿に今差し出せるのが、これしかないというだけのこと」
「律儀だな」
その後二、三言葉を交わすと、ギ・ゴー・アマツキとは別れた。彼らは更に北に向かうという。
その背を見送って、ギ・ギーは再び王のいる深淵の砦へと向かう。
「王に良き報告が出来そうだ」
満足そうに笑い、ギ・ギー・オルドは大角駝鳥の腹を軽く蹴った。
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ギ・ギーのレベルが上がります。
36⇒40
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ギ・ゴーさんの進化については、ギ・ゴーさんの幕間で書かせてもらいます。
次の更新は2日です。