強者達の思惑
【種族】ゴブリン
【レベル】72
【階級】キング・統べる者
【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《戦人の直感》《冥府の女神の祝福》《導かれし者》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv36)オークキング《ブイ》(Lv82)
【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》
放牧場。
僕らオークが生活していく上で欠かせない食料の確保を、より安定させる為に考えたものだ。丈夫な木の柵で周囲を覆い、その中に比較的弱い草食の生き物を入れておく。彼らが勝手に植物を食べ、増えた所で僕らが頂く。それも美味しく。
そればかりでなく、柵の中で身動きのできない生き物を狙って来る魔獣を僕らが仕留めることにより、その魔獣までも美味しく頂ける。
という、2重の意味で美味しいものなのだ。
ドラリア曰く、彼らの全てが自分の養分になるんだから愛おしくて仕方ないのだそうだ。
最近、彼女に譲る骨は砕いて根元に集めている。その方が彼女が喜ぶからだ。吸収が早くて、彼女の養分に為り易いみたい。
それはそうと……彼女の知恵と僕の発案で作った放牧場。
集落の北側の地域を利用して、かなり大きなものをゴブリン達に秘密にしながら作っていたのに!
よりにもよってこんな時に!
気付かれないようにギ・ジーさんを伺ってみるけれど、腕を組んで思案をしているようだった。
こ、このまま丸め込んでしまえば何とかなるかな? 儚い希望に縋るしかない僕に、知恵の女神様は微笑んでくれない。
「ブイ、どうする!?」
グーイの問いに、声を張り上げる。
「戦士は全員戦闘準備! 誰がそんなことしたの!?」
「余所者だ! 最近やたらと多い北側からの流れ者だ!」
思わず頭を抱える。オークは大きな群れを作ることは殆どない。僕が知っている限り、近隣に大きな群れは居ない筈なのだ。食糧の確保が大変だったり、縄張りを維持するのが大変だったりと理由は沢山あるんだろうけど。
それこそゴル・ゴル様のような、強力な指導者でも存在しない限り。
それが最近、北側に異変が起きてるみたいだった。以前なら、僕も把握しきれない小さな集団が数多く暮らしていた筈なのに、土地を失っただの、魔獣に襲撃されただので住む場所を追われたオーク達が僕らの縄張りに入り込んで来ている。
「数は?」
「15匹だ!」
「全員で袋叩きにしちゃって! 但し殺しちゃ駄目だよ!」
「勿論だ!」
「ギ・ジーさん、ちょっとだけ席を外します。ゴブリンの方々は休んでいてください」
「いや、俺も手伝おう」
いやいやいやいや! ダメだよ! 放牧場がバレちゃう! 北のオークはゴブリンの怖さを知らないから、ギ・ジーさんが来たら素直にこっちに降伏してくれないよ!
「だ、大丈夫です! 15匹ぐらいなら、ほら! 僕らでも十分に対処できますし!」
「以前俺はお前達に世話になった。こういう機会でもなければ借りを返せそうにない」
善意が、重い。
そんな善意は要りません。いや、嬉しいけど要りません! もっと別の、別の機会に発揮してください! 例えば僕があの黒いゴブリンに絡まれた時とか!
その時、知恵の女神様の恩恵が僕の脳裏を疾る。
「でも、ほら、ゴブリンさん達はこれから王様の大事な任務があるんでしょう? 大事にも大事を重ねないと!」
ギ・ジーさんの表情が苦悩に歪む。
「……む、確かにそうだ。王からの命令には全力で向き合わねばならん」
よ、良かった。何とか乗り切れそうだ。
「だが……」
「本当に大丈夫ですので! では、失礼します!」
逃げるようにギ・ジーさんの前から飛び出すと、一路放牧場へと走った。
放牧場に着くと、そこでは既に余所者のオークを取り囲んで、グーイ達が罵詈雑言の嵐を浴びせていた。
「ワレ、ここ誰の土地や思うとるんじゃ!」
「いてもうたるど、コラァ!」
「喰ろうたもん、耳揃えてきっちり返しぃや!」
うぅん、聞いてるだけで怖い。
15匹程の余所者のオークは既に武器を取り上げられ、包囲されている。こういう時、声を掛けて良いのか迷うけど……今ゴブリン達が集落にいるから、早めに対処をしないと。
「グーイ!」
「お、ブイのお出ましだ」
オークリーダーのグーイの声に、オーク達が一斉に僕を振り向く。
「大将! 大将!」
「いてまえ、大将!」
ノーマルのオーク達が熱狂し、地面を踏み鳴らす。取り囲まれたオーク達が一層小さくなる。よく見れば彼らは地面に膝を折って座らされている。所謂正座というやつではないのだろうか。
「しばき倒せー!」
「ブイ様抱いてー!」
何か変な声援が混じってる気がする。意識しないようにしながら、流れ者の15匹の前に立つ。緊張するなぁ。
「その、この度は……」
意を決したのだろう。流れ者のリーダーと思わしきオークが口を開いて平謝りをし出す。まぁ、そりゃそうだろう。自分達の3倍以上の人数に囲まれ、口々に罵詈雑言を浴びせられ続ければ、普通は弱り切ってしまう。
今にも泣きそうな目で見上げてくるオーク達の視線を、僕は黙って耐える。
個人的には直ぐに許してしまいたいのだけど、そういうわけにもいかない。何せオークは反省という言葉を、どこかに置き忘れてきたんじゃないかと思う程に直情的だ。
ある程度、きっちりしっかり、それこそ身体に刻み込むぐらいまで厳しくしないと、中々僕の言うことに従ってくれない。
特に、戦士で流れ者という二つの要素が絡んでくるとその傾向が強い。
僕が黙っていると、周りのオーク達が更に声を上げる。
「具体的にどうするんじゃ! オノレらがワシらの餌になるンか!? あァ!?」
同族食いはしません。念の為。
「いや、でも……北側は魔獣が凶暴に」
「知ったことか! 言い訳せんと、オノレらが食ったもん返しィや!」
弱り切って細くなってしまうんじゃないかと思う程に、肩が落ちる流れ者のリーダー。
もう、そろそろいいかなと思ったところで、僕は正座するオーク達の後ろにある影を発見する。
あ、あれは……。
「オーク、ニク」
目を爛々と輝かせ、オークを処罰するのを今か今かと待ち構えているハスさんと、その一党。コボルト達がぞろぞろと集まってきていた。それこそ70匹以上はいるんじゃないかと思う。
「コ、コボルト!?」
「おう、ワレ……あれは大将のペットじゃ。悪さした仲間の肉を喰っちまう怖ぁ~いペットだ──」
「──返事を聞こう」
不味い! ハスさんが腹を空かせて今にも噛み付いてきそうだ。僕は全然平気だけど、最近育ち盛りの子供らが間違えて食べられると怖い。
仲間のオークの言葉を遮って、僕は口を開いた。
「選択肢は二つ。この集落で働くか、それとも……」
コボルトを指差す。
「どうか、ブイ様の配下に加えてください」
泣きそうになりながら頭を下げるオーク達に頷くと、グーイに視線で合図する。
後でコボルトに餌、お願いね!
了解との頷きをグーイが返して、流れ者達を連れて柵を作り直しに向かわせる。逃げてしまった放牧場の動物を捕まえて来なくては。
頭の痛くなる問題ばかりを抱えて、僕はギ・ジーさんの待つ集落へ戻った。
◆◆◇
ギ・ジー・アルシルが、手下のゴブリン達を連れて戻ってきた。彼らの報告を聞く内に、俺は自然と腕を組んで考えなければならなかった。
俺の身の丈を越えて尚高い石壁。そしてそれが延々と森を囲むようにして伸びている。ギ・ジーの足で歩いて半日も掛からぬというが、その距離が問題だった。本格的な城壁を想像した方が良いかもしれない。
往復で半日掛からないという報告。
尺度が掴み辛い。物事の基準となる単位。例えばメートルだったり、時間であったり。そういうものを決めておかなかった俺のミスだった。
だが、今からゴブリン達に長さや距離の単位を教えて実行できるだろうか?
俺にしても、殆ど概算で見積もっているだけなのだ。これが1mだと彼らに分からせるにはどうしたらいいだろう。
数の認識にしてもそうだ。
レア級以上なら、数を数えることはできる。1から10になり、100がある。その上には1000があり、1,000が10,000となる。これを何とかゴブリン達に覚えさせ、距離にも応用したいものだ。
ギ・ジーには以前100までの数を教えたことがあるが、逆に言えばそれ以上は教えていない。
長さを測るにも、歩数を応用すれば凡その長さは分かるというものだ。
それを踏まえた上で、もう一度ギ・ジーに偵察を任せる。俺が行くことも考えたが、俺自身が何でも前に出てしまえば、他のゴブリン達の成長の妨げになる可能性もある。
人間と戦をするにあたって、ゴブリン達の質の充実は緊急の課題だった。危険の少ない任務なら、俺以外のゴブリンや亜人達を積極的に使って行き、彼らの質を高めていかねばならないだろう。
腕力や魔素の強さだけで勝敗が決まる程、戦は簡単ではない。
今度の人間の作り上げた石壁も、遥かに俺の想像を超える速さで作り上げられている。対人間へ向けてゴブリン達はやっと第一歩を踏み出した所だが、人間は遥かに先にいる。
その肩に手をかけ、振り向かせ、殴り飛ばすにはまだまだやることは多くあった。
それはそうと……。
「放牧場か」
ギ・ジーの話によれば、オークの集落に立ち寄った際にそのようなものをオークが作っていると聞いたとのことだったが……ふむ、良いかもしれないな。
魔獣の中でも大人しいものを捕まえ、飼育し、可能であれば品種の改良……そこまでは高望みか。だが、飼い慣らせて食用になるものなら探してもいいかもしれない。
獣士達と、甲羅の一族の代表ルージャー、古獣士ギ・ギー・オルドが戻れば、彼らの知恵も借りねばならんだろう。今のところ、最もその類の知識を蓄えていそうな苔生した甲羅のルージャーに放牧場に放す魔獣の捜索を依頼する。
人間と戦うまでにどの程度形になるか……。
◆◆◇
「城壁は概ね形になったようだな」
落ち着いたその声に、現場の工事長は振り返った。銀色の髪を後ろに撫でつけ、口髭を撫でる老紳士。その姿を確認した途端、工事長は最敬礼をもって彼に挨拶する。
「これは、ご領主様!」
今にも下手な世辞を並べ始めそうなでっぷりと太ったその男に一瞥だけくれると、ゴーウェンは手でその行動を制した。
「良い。で、作業の進捗状況は?」
「は、はい。外観は概ね出来上がっております。城壁の上を人が通れるようにとのご注文の通り、通路を設置し、楼閣には長槍と弓を蓄えています……」
ゴーウェンは説明を聞きながら足を進めて、その城壁の全容を確認する。この間はゴブリンどもにしてやられた。夜の闇と森の地形を味方に付けた奴らに、まんまと己の部隊を半壊させられてしまったのだ。
長年戦場を渡り歩いてきた彼にしても、ここまで一方的にゴブリンなどに敗戦を喫したのは初めての経験だった。
だが、それだけに慎重にならざるを得ない。
普通ではないゴブリンだった。今まで存在すらしていなかった強大なゴブリン。あれをキング級と呼ぶのなら、討伐できなかったのは痛恨の極みだ。数年後にはどれ程の力を蓄えているか、分かったものではない。
「油断ならんな」
「はっ……?」
工事長が疑問の声を上げるが、そのまま説明を続けさせる。
そして、ゴーウェンは再び城壁を見上げながら考える。王の配慮で呼び寄せた魔法使い達の力を使い、早期に完成させた城壁。
今度はこの城壁を挟んでの戦いとなる。
では、城壁を破られたなら?
有り得ないという己の常識を振り払う。あると考えて策を用意せねばならないだろう。城壁から続く耕作地域。これを抜ければ植民都市の心臓部ともいうべき都市区画がある。城壁の東西に城門を設けた外壁から、馬を使い二日で西都に辿り着く為の街道の整備も続けている。
ここが落ちれば、西都まで平坦に作られた街道を通じて敵は来るだろう。風渡る草原には遮るものも無く、西からの侵略に対処する術を持たない。
街道の両脇を固めてみるか? 確保した兵力は、未だ新兵の域を脱しない若者しかいない。数を揃えればある程度の戦力にはなるが、民を兵として取り立て過ぎれば税収に影響する。それではアシュタール王が納得しないだろう。得策ではあるまい。
冒険者の活用は? 彼らの行動を制限するのは困難だ。こちらの態勢が整うまでは、極力森を刺激したくはない。だが、植民都市の外壁が整った今なら、ある程度の態勢が整ったと判断していいのではないか? 不確定な要素は排除すべきだが……。
ならば、平地で弱卒を率い、魔物を打ち破る策を考えねばなるまい。
地図を脳裏に浮かべ、今までの戦を思い出しながら、都市区にも防壁を作るべきかと考える。ゴブリンらに攻め込まれた時、西都から援軍を差し出すとして……。
「あの、ご領主様……何か、不都合な点でも?」
恐る恐る聞いてくる工事長に視線を戻し、口を開く。
「いや、私は少し城壁を見て回る。工事に戻って良いぞ」
「は、ははっー!」
工事長を下がらせると、自ら城壁の上へ上り、戦の際は兵士達がすれ違うことになるであろう通路を見て回る。
雪の神の山脈から吹く風が、ゴーウェンの服をはためかせる。遠い戦場の記憶に、僅かに口元を歪めて笑う。
「ゴブリンどもに、戦の何たるかを教えてやるとするか」
西方領主は一度森を睨むと、振り返ることなく踵を返した。
──人間との再戦まで、あと199日。
ブイさんが迷惑してるのは、勿論古獣士ギ・ギー・オルドさんが北で暴れているためです。
作者は関西弁、広島弁をよく知らないため間違っているところがあればご容赦を。あくまでオークが喋っているだけですので、実際のものとは異なる可能性が(ry
次回の更新は、27日予定です。