経済への挑戦
【種族】ゴブリン
【レベル】72
【階級】キング・統べる者
【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《戦人の直感》《冥府の女神の祝福》《導かれし者》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv36)オークキング《ブイ》(Lv82)
【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》
「ゴブリン達に経済を理解させるにはどうしたらいい?」
俺の発した質問に、恐らく俺の幕下で最も知性的であろう面々は首を傾げた。
妖精族のシューレの名代として参加しているフェイとフェルビー。
ゴブリン側からは老ゴブリンと戦鬼ギ・ヂー、ナイト級ゴブリンのギ・ガー、クザン。
亜人からはの土鱗の一族ファンファン、牛人の一族ケロドトス。
そして人間からはシュメア。
「ゴブリンの王様。無理だ諦めろとファンファンは思うのだ」
考えることを最初から放棄したような発言はファンファンのものだった。
「そう言わず何か考えて貰いたいな」
俺の言葉に、頭を掻きながらフェルビーが苦言を溢す。
「俺も難しいと思うが……そもそも物々交換すら知らないんだろう?」
「まぁ、そうなのだが」
「王よ。そのケイザイとは何なのですか?」
ギ・ヂーの発言に、ゴブリン以外からの視線が俺に刺さる。そう諦観を漂わせる視線を俺に向けるな。
「……何と説明したらいいのか。例えばギ・ヂー殿。貴方は槍が欲しいとします。そこで洞窟の小人に依頼し、槍を作って貰います。ですが洞窟の小人も食べ物がなければ仕事が出来ません……ここまではお分かりか?」
丁寧に説明するフェイの言葉に、ギ・ヂーが頷く。
「では続けます。貴方は槍を作って貰う代わりに彼らに食料を提供します。貴方からは食料を、小人達からは槍を。これが物々交換というものです」
ギ・ヂー、ギ・ガー、老ゴブリンらは互いに頷き合って賛同を示す。
「大変良く分かりました」
ギ・ヂーの発言に、フェイが胸を撫で下ろそうとし。
「つまり食糧を用意すれば良いのだな?」
ギ・ガーの発言に、眉間に皺を寄せる。
「いいえ。小人が違う物を欲しがれば、貴方は違う物を用意せねばなりません」
「……むっ、むむ? 何故だ?」
頭を抱えるギ・ガーに、フェイが困惑したような視線を俺に向ける。
「俺のほしぃものと~、お前のほしいものをぉ~交換しようというのだ」
妙に間延びした声を発したのは、牛人の一族のケロドトス。
「では相手が望む物を持っていない場合は?」
老ゴブリンの発言に、ケロドトスが答える。
「成り立たねぇなぁ~」
「成程。では例えばこちらの欲しい物と、相手の欲しい物が釣り合わない場合はどうでしょう? 例えば、こちらが双頭駝鳥を1頭丸ごと、あちらは薬草を一束などという場合ですが」
「確かに釣り合わん!」
ギ・ヂーの発言に、ギ・ガーが怒り心頭という風に頷く。
「だったらぁこっちから断ればいいぃ~」
「不当だと思えば、断っても良いものなのですね」
ギ・ヂーの発言にケロドトスが頷く。
困惑する3匹だったが、物々交換のことは分かったらしい。
「で、我が王、このような話をされる真意は……」
「うむ。これまでの話は前提だ。これを分かった上で聞いて欲しいのだが」
人間は最もこの大陸で経済の発展している種族だと言っても間違いではない。シュメアから聞いただけの話だが、貨幣経済は大分浸透しているようだった。中規模の都市でも、物々交換は殆ど行われていないらしい。
小さな村落では未だ物々交換が主流を為しているようだが、それでも貨幣経済の浸透は著しい。
もしゴブリンが人間を支配するとしたら、あらゆる分野に通じねばならない。まぁ芸術を理解しろとまでは言わないが、彼らの戦う理由や強さの秘密、こちらよりも勝っている点をしっかりと理解した上で戦う必要があるのだ。
そこを知ることによって、意外な弱点が見えてくることもあるだろう。
知らないでいて良いことではない……とは思うのだが、中々前途は多難である。
「徐々にだが、レア級以上のゴブリンには経済のことを覚えていってもらうぞ」
「王のご命令とあらば」
素直に頭を下げるギ・ガー達に頷く。
最終的には貨幣経済を理解させるところまで持っていきたいものだ。
◆◆◇
妖精族の集落から主にジラド、シンフォル、シンフォルア、シェーングなどの敗戦集落から洞窟の小人達を本拠地に連れて来ていたのには、幾つか理由がある。
一つは、妖精族の技術を本拠地で少しずつでも再現できないかと思ったからだ。聞けば洞窟の小人らは、自ら鉱石を選び、加工して武具を作る術を持っているそうだ。今のゴブリンの力では、どの鉱石から鉄が取れるのかすら分からない。
少なくとも、その鉱石をゴブリンに覚えさせることにより掘り出す量が増えれば、物資を気にする必要は無くなってくるだろう。
もう一つはガンラとの技術交流だ。これには亜人達も加えたいと思っているが、各種族の技術のレベルを統一……とまでは行かなくとも、新たな刺激作りの場を設けることが目的だ。
より切れ味の鋭い剣を。多用途に使える槍を。軽く防御力の高い防具を。
ゴブリンを始めとする戦士の生存率を上げる為に必要な装備の充実。それを彼らの力を利用して行いたいのだ。
妖精族の集落は確かに森の中にあって安全だろう。だが3種族の交流という点で考えれば些か遠い。人間との戦いを考えれば、やはりゴブリンの本拠地にまで来て貰わねばならない。
◆◆◇
シューレから貰った地図を広げる。
無論、これは妖精族を中心とした地図なのだから、ゴブリンの本拠地は少し東へずれる。
北方には高い山々の連なる山脈が続き、中央には森林地域。右に行けば限りない平原と点在する森が。南へ行けば砂漠地域に次いで海があり、更には群島が存在する。そして西にはまた平原と、遠く離れた大陸の姿。
俺の征服すべき対象。山脈より北側は雪神の山脈。少数の人間と雪と共に生きる者達の住処だ。彼らが森へ入ってくることはまずない。敵対しているわけでもないが、味方とは言い切れないらしい。
シューレの話を思い出しながら地図をなぞる。
南は熱砂の神の大砂漠。住むのはやはり少数の人間と、熱砂に生きる者達だ。こちらも我らの領域を侵すことはほぼない。
東側には劣るが西側にも平原が広がっており、海とその先に大陸がある。平原に点在する森には、もしかすると他の風の妖精族達が住んでいるかもしれない。
火の妖精族達は西側の一角火山地帯に居を構えている。水の妖精族達は、ずっと東に水の都を構えている。
土の妖精族達は北方の山脈に根を張っている。しかも我らの居住は、人間の領域を跨いだ場所にあるらしい。
目下最大の脅威である人間の国ゲルミオンは、深淵の砦から丁度真東にあると言っていい。北は雪の神の山脈。南は熱砂の砂漠との境界付近。西は俺達の暗黒の森。東はシュシュヌ教国と境を接する。
ギ・ジー・アルシルが確認したところでは森との境界付近に石壁を作っているそうだが、その範囲はどの程度のものだろうか。
奴らの狙いは概ね見当がつく。
こちらを侵略する拠点を作り、人員を送り込むことを目論んでいるのだろう。後方に安全な補給基地を作ってから侵略するというのは俺も考えることだが……敵に同じことを悠然とされるのは面白くないな。
だが、この侵略拠点たる砦……まぁ仮に城塞都市としようか。この城塞都市の規模はどれ程になるのだろうか。まさか森と平原との境界全てに石壁を設置するわけでもあるまい。
都市を囲むように配置し、そこから部隊を送り出してくる筈だ。
だとすれば、その範囲を確かめる必要があるな。
「ギ・ジー・アルシル、特に命じる。オークらと連携し、人間の作った城塞都市の規模を調べよ。その石壁の範囲、高さや出来具合……ただし外から見るだけだ。決して侵入しようとは思うな」
「仰せのままに」
自身の預るゴブリンに声をかけて、ギ・ジーは東へ向かう。
極端なことを言えば、この城塞都市を無理に攻める必要などないのだ。人間達がどの程度の国を築いているかにもよるが、複雑な構造を持つ組織程、頭を穿てば瓦解する。西方領主さえ葬ってしまえば城塞都市は無視して構わない。
確かに中央集権というのは効率よく国家を運営できるが、逆に集めた権能を一撃で葬り去られてしまうという危険も孕んでいるのだ。
まぁ、推測でしかないが、西方領主などというものが存在する以上、彼らの国家はゴブリンと同様に地方に領主を配置して権限を与え、統治させている形態なのだろう。
その場合は地方領主と国王との親密さにもよるだろうが、ある程度は独立性を有している筈。もし戦うのなら、そこが狙い目だ。
問題があるとすれば、人間がゴブリンに対してどの程度の脅威を抱いているかという点だな。もし国王レベルで危機感を覚えられているようなら、俺達が森から出た途端、激烈な反応で以って対応してくることが予想される。
そうなれば厄介極まりないが……。その辺りも一度確かめねばならないだろう。
本格的に戦を仕掛ける前に、欲しい情報はそれこそ山のようにある。
南へ派遣したギ・グー・ベルべナ、北へ派遣したギ・ギー・オルド、南西へ向かったギ・ズー・ルオ。彼らの動向も気になる。
半年に一度ぐらいは使者を遣わせと、命令しておけば良かったな。
◆◆◇
「オークの王。少しの間世話になる」
頭を下げる青いゴブリン……確かギ・ジーさんというらしいけど、その人の後ろには100近いゴブリン達が勢揃いしていた。
「うわー……」
どこか遠く聞こえるグーイの声。うん、諦めに似た感情が混じるのは仕方ない。僕もそう思わないでもないから、できるだけ小さな声でね。
見なくてもどうするんだという視線が背中に突き刺さるのが分かる。
「まぁ、歓迎します。いつまでいる予定ですか?」
「人間の砦の規模を測って来いと王に命じられた。それが終われば直ぐ帰るつもりだ」
「そうですか……まぁそんなには掛からないってことですね」
「恐らくは」
頷くギ・ジーさんに僕は僅かに安心する。しかしこの人数、僕らが食事を用意しなきゃ駄目なのだろうか。出来れば早々にお引き取り願いたい。あまり見られたくないものもあるし……。
ゴブリン達は夜になれば出掛けて行くらしい。昼の間に一食を取ってからは昼寝を決め込むようだ。夜を友とする僕らの特性とでもいうのか。でも、オークの隣にゴブリンが寝ている光景というのは複雑なものがある。
配下のゴブリン達が寝ている中、ギ・ジーさんが食事をしながら僕に話しかけてくる。
「オークの王。小さな村を作る計画はどうなった? 上手くいっているのか?」
そういえば、ギ・ジーさんが居るときに最初の分村を起こしたんだっけ? 純粋に興味で聞いてくれているんだろうけど、あの怖いゴブリンに直接伝わると考えた方が良いかも。
さて、どう答えようかな。
「そうですね。順調と言って良いと思います。オークの数も増えていますし、外敵の侵入も上手く防げてますので」
「それは良かった」
うんうんと頷くギ・ジーさんに探ってくるような様子はない。ただ単純に、こちらの成功を喜んでいてくれているようだった。
「でもやっぱり問題が無いわけじゃないんですよね。村の守りはこちらの本村に比べると弱いですし、水に関する問題とかもあるし……」
水、そう水の問題だ。ドラリアの加護のあるこの村ならともかく、分村までは彼女の加護が届かない。他の植物の勢いが強いのだ。小さな彼女の苗木を貰って植えてみたけれど、育つには時間が掛かるし。
「水がどうかしたのか?」
「飲料水の確保というのが難しくて……」
ふむ、とギ・ジーさんが首を傾げる。
「た、大変だブイ!」
その時、食事をしていた僕らの間にグーイが駆け込んで来た。
「放牧場が襲われてる!」
僕は二重の意味で眩暈がしそうだった。
──人間との再戦まであと、209日。
次回はオークのブイ君パートから始まります。
次の更新は24日あたり。