富強への道
【種族】ゴブリン
【レベル】72
【階級】キング・統べる者
【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《戦人の直感》《冥府の女神の祝福》《導かれし者》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv36)オークキング《ブイ》(Lv82)
【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》
さて、何から手を付けて良いものか。目の前にある課題は膨大だった。つい先日積み上がった書類に埋もれそうになっているシューレを横目で眺めていたが、それがまさか他人事でなくなるとは。
妖精族と亜人と同盟を結び、後背地の安定を確保した俺は、ゴブリンを率いて根拠地である深淵の砦へと戻ってきていた。
妖精族の地には、呪術師ギ・ザー・ザークエンドを始めとして、祭祀系のゴブリンを勉学の為に残し、亜人達の土地には、灰色狼のシンシアを残してきた。今やシンシアも立派な成獣である。俺の手元に置いておくだけでは更なる成長を望めない。
シンシアの為を思えばこその判断だが、後ろ髪を引かれる思いがないわけではなかった。
妖精族の地からゴブリンの本拠地までの日数は、ある程度道が出来上がっているという事情もあり、来る時よりは大分短縮されていた。
約200から為るゴブリンの大群と、妖精族や洞窟の小人、人間の客人達を含めた集団での大移動は、難事と呼ぶに相応しいものだった。
食料確保の為の狩猟を新たにレア級になった者達に任せ、彼らへの兵の割り当てなどを考えつつ、根拠地へ向かう。
暗殺のギ・ジー・アルシルは自身の領地を望まぬという。戦鬼ギ・ヂー・ユーブも同様だった。ならばこそ彼らに報奨を与えねばならない。領地を持つということは、その地域の責任者となり兵力を拡大することを意味している。無論、一番は報奨という意味が大きいのだが。
だから、彼らにもその責任と戦力の増強の一助を担ってもらわねばならない。
「ギ・ジー・アルシルは手勢を直属の兵とし、斥候を担え。今後補充は本拠地の兵をもってする」
定数を100と決めたギ・ジーの部隊を俺から贈る。
その部隊を彼自身が徹底的に鍛え上げ、少数精鋭の斥候部隊として用いさせることにする。
「ギ・ヂー・ユーブについては、本拠地の兵の修練を任せる。今後はギ・ガー・ラークスと協力して兵を鍛えよ」
生まれたばかりのノーマル級ゴブリン達を、今はナイト級ゴブリンであるギ・ガー・ラークスが一人前の槍兵とすべく鍛え上げている。だが、これからは身体的な能力の向上だけでは足りない。戦術面での連携を強化するなら普段からの訓練が必要不可欠だった。
それを担わせるべく、ギ・ヂーには“教官”をしてもらおうというわけだ。
ノーブル級に進化したハールーに家名を望むかと聞いたが、彼は首を振って否定した。
「パラドゥアの槍は忠誠と共に王に捧げられております。我らにとっては、それこそが誉れ。家名まで望んだとあっては、先代のアルハリハ様に強欲者と謗られましょう」
謙虚に頭を下げるハールーに、俺は頷くことで返す。
氏族伝来の土地を持つ彼らには、あまり家名の有り難みは無いようだった。遠慮するものを無理に強いたとなれば弊害も出るだろう。
「見事な心掛けだ。これからも俺の為に力を尽くしてくれ」
「御意」
途中亜人達“八旗”の治める地域に立ち寄り、久しぶりに本拠地に戻ってきたのは、妖精族の集落を出発してから11日後だった。
「王様、お帰りなさい!」
「我が王よ、到着をお待ちしておりました!」
砦に入ると早々に、クザンとギ・ガーの歓迎の声に迎えられる。
「今帰った。苦労を掛けたな」
「……早速だが、移住者達がいる。彼らに区域を割り振るのを頼めるな、クザン?」
「お任せください!」
小さなクザンが飛び跳ねんばかりに、俺の命令に従う。
「ギ・ガー・ラークス。長きに渡る俺の代理、ご苦労だった」
「いえ。我が力が足りず、王にはご不便をお掛けしました」
膝を折って首を垂れるギ・ガーの肩を叩く。
「お前の他に担える者の居ない役目だった。自らを誇れ、ギ・ガー」
「御意……お言葉、有り難く」
その足で玉座に進む。
目の前にはギ・ガーを始めとして各ノーブル、レア級ゴブリン達が首を垂れていた。
◆◆◇
女神は玉座に座りながら、魔鏡を通じて事の成り行きを見守っていた。四肢を包むのは純白のトーガ。艶めかしくも瑞々しさを失わないその肌艶は、万人が羨望して止まぬものだ。
「概ね思惑通り、というわけね」
「御意。……ガウェインの使徒も役目を果たしたようです」
女神の問いに答えるのは、一つ目の赤蛇。
「風の神は何か言ってきたかしら?」
「精霊の乱心などにあまり興味を示されないようです。元々が気侭な御方故」
「ふふ、哀れなものね。主の気を引こうと狂乱を装ってみても、結局彼の御神は気に掛けることすらなかった……」
「……主様」
憂いに満ちた視線の先にあるのは、過去の自分の姿か。
「……それで、その精霊は?」
風の神は膨大な眷属を有する。その性は奔放にして気侭。生み出す精霊の数は最も多い。その塵芥のごとき中の一つが狂おうとも、気にかけるような性質の神ではなかった。
「ガウェインの使徒が宥めております。ですが、本物の狂乱に陥るのは時間の問題かと」
「そう」
「お許し頂けるのなら、彼の者の手下に風を良く詠む者が居ます。それに憑かせてみては?」
一つ目蛇が魔境の中、玉座に座るゴブリンを見る。
「成功すれば大きな戦力となりましょう」
「面白いわね。精霊を従えられるような者がゴブリンに存在するか否か、試す機会にもなるでしょう」
「仰せのままに」
妖精族の集落に残ったギ・ザー・ザークエンドの下に黒き羽虫が現れるのは、それから直ぐのことだった。
◆◆◇
本拠地に戻った俺は、ゴブリンの数を把握すると同時に、階級ごとの役割を与えて運営することにしていた。少数で多数を支配するという対人間後を考えれば、少ない数で如何に効率よく組織を運営するのかという点に全てが掛かってくると思うからだ。
新たに本拠地で生まれたゴブリンと今まで遠征に加わっていたゴブリンの数を合計すれば、その数は戦士だけで380を数えることになった。
母体となるゴブリンの数が更に140程いる。幼生として戦士と認められない者達が50程。生まれるゴブリンに雌が一定数混じることにより、一定の数が一度に生まれるというよりは、間断なく生み続けているという印象を受ける。
僅か500と少しの群れだが、500もの腹を満たし続けるのは容易ではない。魔獣の骨まで残さず食うゴブリンとはいっても、やはり狩猟生活は獲物が取れるかどうかに全てが掛かっている為、安定しない。
先ずは数が増えるに従って起こる食糧の問題を、片づけてしまわねばならないだろう。
妖精族の集落の一つジラドの森出身の亜人をシューレに頼んで伴ってきたのは、その為だった。妖精族の集落を発つ前に、大族長となったシューレから持ちかけられた相談──ジラドの隠し森の案件に、俺は亜人を使えと提案したのだ。
元々妖精族にも、俺達ゴブリンにも、そして亜人達にも農耕をするという文化はない。恵み豊かな森を住処とする俺達は、狩猟こそが生きる糧という種族なのだ。
だが、対人間の脅威を感じていたジラドの森のナッシュは、自身の抱える亜人達を使って隠し森に畑を作っていた。対人間の為の食料の備蓄。その知識はナッシュが持っているが、彼は俺達に非協力的だ。
ならば、その手足となって働いていた亜人達にナッシュの知識を再現してもらえばいい。試行錯誤は必要だろうが、その知識は今後必ず必要になってくる。今の内から食糧を蓄えておかねば、戦になった時が心配だった。
森中の魔獣を喰い尽くし、飢えを紛らわす為に人間へ戦いを挑むなど考えたくもない。
カラッドと名乗った亜人達のリーダーをジラドの隠し森に残し、そこから幾人かの亜人を農耕の指導者として借り受ける。
以前調べた深淵の砦の周辺の地理を元に縄張りを引いて、その部分の木々を切り倒し、畑作の為の土地を作っていく。伐採した木材は深淵の砦を改修する為の資材として活用する。
妖精族の内、深淵の砦に来ている者はフェイ、フェルビー、プエル、セレナと彼らに従う妖精族の戦士が30程だった。
彼らに頼み、なるべく森を傷付けないように木々を動かして畑を作る。
「やはり祝福が足りない為に本来の力は発揮できないようですね」
「出来る範囲で構わん。俺としても改変は必要最小限に留めたいと思っている」
妖精族の集落から遠く離れる程、森の植物を操る彼らの力は落ちていくようだった。フェイの言葉に頷きつつも、作業を続けてもらう。
やはり森を畑にする行為に、森の住人たる妖精族は良い顔をしない。だが、実際にゴブリンの繁殖力を目の当たりにし、必要なことだと納得してくれたフェイ達は協力的だった。
ゴブリンにとっても森は防御の要であると共に、生活の場だった。新たな段階に差し掛かっているとはいえ、今まであったものを急速に変えるのは反動が大きいだろう。
作業には主にノーマル級のゴブリンを駆り出すと共に、俺自身が縄張りを引き、フェイや亜人の意見を織り交ぜながら畑作りを進めていく。
植える植物の種類、果樹園として利用する地域、水を引く経路。それらを全て決めて実行していく。その作業の多さに、目が回りそうだった。
何しろ全員が初めてに近いのだ。合っているかどうかなど分かろう筈もない。その中で最善と思える選択を重ねて、俺が判断を下していく。
以前俺の集落にいた、マチスやチノスのことが思い出される。手元に協力的な人間がいればもっと作業が捗るのだが……。
愚痴を言っても仕方がない。とにかく出来ることから始めねばならない。
◆◆◇
食糧問題と並行して進めねばならなかったのが、防衛の問題だ。
森との境界から離れているとはいえ、人間の力があれば踏破できない距離ではない。差し当たって最も警戒をしなければならないのは、強力な個人による暗殺。
森との境界はオークとコボルトらが跋扈しているのだから、大軍が攻め入ってくれば容易に分かる。ただ前回のように、予めそのオークとコボルトを無力化されてしまっては意味がないので、何か手を打つ必要があるが。
この世界には、一騎当千をやってのける化け物じみた強さの個人が存在している。それらが深淵の砦に侵入し、戦う力のない雌や幼生を殺し尽くしてしまったら俺の野望は半ばにして潰えてしまう。人間と戦うに当たって最も有利な点は、繁殖力の高さなのだ。
深淵の砦の中を差配するクザンを呼ぶと、その部屋割りを工夫するように指示する。具体的には雌や幼生らの分散だ。少なくとも、一か所に纏めて置くよりは被害を最小限にできる筈。
深淵の砦は地上2階程度の高さしかないが、地下は非常に広大だ。その全容は俺も把握していない。恐らく最も詳しいクザンでも知らないのではないだろうか。
「はい、王様!」
元気良く返事を返すクザンに、ゴルドバの一族を使っての砦内の探索を命じる。彼らの住処は地下で深淵の砦と通じているのだ。護衛の為にレア級になったばかりの《神域を侵す者》ギ・アーを筆頭として、クザンに従うように指示する。
「王ノ御意志ノまマニ」
ギ・アー以下、ノーマル級ゴブリンを30程つけて、この件は終わりにした。危険はないと思うが、念の為だ。
前回の戦でオークとコボルトが無効化されて奇襲を受けたと俺は結論付けている。少数で彼らを瞬く間に蹴散らす猛者の存在と、監視網の綻びを縫うように進軍してきた大軍。
監視体制の更なる強化をせねばならない。
具体的には、狼煙台の設置と旧ギ・ゴーの洞窟を前線基地として復活させることだ。総勢500を超えるゴブリンの群れだ。多少群れを分散させて運営させても良いだろう。問題は誰に任せるかということだった。
レア級のゴブリンなら余裕があるが、役目が役目だ。その任を全うするのは難しいだろう。となればノーブル級以上となる。ギ・ヂーやギ・ジーは本拠地でそれぞれの活動に従事してもらわねばならない。同じくギ・ガーにも俺の代理を頼むことがあるだろう。
ならば……氏族の協力を得ねばならんな。
俺はラ・ギルミ・フィシガを呼び寄せると、前線基地の建設を命じて兵を与える。獣士ギ・ブー、水術師ギ・ビーらの他に60のノーマル達を率いさせる。対人間の戦で同時期に階級を上げた者達だ。
ガンラの英雄ギルミに前線基地の建設と狼煙台の設置を命じたのは、かの一族がゴブリンで最も器用であるからに他ならない。弓を使い、物を作るのに長けた一族なのだ。俺の構想を聞いたギルミは瞬時にその意図を悟ると、首を垂れた。
「王の望みの為、力を尽くしましょう」
「ガンラの平穏はお前の双肩にあるぞ。励め!」
「御意」
◆◆◇
「王様、お呼びだとか?」
「ぬぅ、ここは暗くて心地良いのぅ」
俺の呼び出しに応じて広間に来たのは、亜人の代表としてゴブリンの本拠地を訪れていた翼有る者のユーシカだった。背に生えた白き羽と鳥の足。腕に袋を抱えているその姿は、明かりの乏しい深淵の砦の中では非常に目立つ。
もう一人、親善の目的で訪れているのは、眠たげな眼と苔むした甲羅を背負う甲羅の一族の代表ルージャーだった。
「稀代の商人である翼有る者の長に頼みがあってな」
「お世辞は要らないわ。私たちの立場はいつでも同じ。得る物があるなら、どこででも誰とでも商売をしましょう」
要件を悟ったユーシカが妖艶に笑う。
俺が依頼したのは妖精族、そして亜人との交易である。
「報酬を聞きましょうか」
「交易路での食料の供給と基地の設置」
俺の持ち出した条件に、ユーシカは笑みを引っ込める。
「本気?」
「無論」
間髪入れず答えた俺の言葉に、彼女は暫く考え込む。
彼ら商人にとって最も恐ろしいのは、その商売の種を失うこと。俺が求める妖精族との交易には、森の中を経由するより速い速度が求められる。
交易路の基地の設置は、空を飛ぶ彼女らに重要な休憩所を提供することになる。いくら地上を走るより速いからといって、彼女らも常時空を飛んでいるわけにはいかない。休息や眠る為には安全な家屋が必要だし、天候の急変や脅威となる生物の襲来もあるだろう。
俺が提案するのは、彼女ら商人の保護だ。
ゴブリン、亜人、妖精族の各集落に同盟関係を構築した俺になら集落や街道にゴブリンを配置し、彼女らの旅の安全を格段に上げることが出来る。もしもの時に逃げ込める場所があるだけでも、安全性は随分と向上することになるだろう。
これは戦が始まった後の補給のことも視野に入れてのことだ。
森から遠く離れ、人間の世界に討ち入っていく際に、欠く事の出来ない補給をどうするか。その為の一助として、彼女ら商人の力を借りたいのだ。
「……翼有る者は、王様に最大限の感謝を」
妖艶さを取り戻した彼女の微笑みに頷くと、今度はルージャーに依頼をする。
「木工を得意とする甲羅の一族に頼みたい。商人の利用する“旅人の宿”の整備の為に尽力して貰いたい」
「共同体の為なら、喜んで受けよう」
伐採する木々の調達はゴブリンがやるとしても、その加工はガンラの氏族辺りでなければ不可能だろう。だが、今ガンラの氏族は東の前線基地の建設に使ってしまっている。
手が足りないのだ。
宿の建設をルージャー率いる甲羅の一族に頼み、ゴブリンの兵士を配置する。宿の建設の護衛と、その地域に常駐する為の兵士達だ。
無論、これには俺の思惑も含まれている。
これから後方に広がる亜人と妖精族の動きを、俺が握る必要がある為だ。
確かに同盟は結んだ。
だがそれが永遠のものであるとは俺は思っていない。今、俺達が強勢を誇るから彼らは従っている面もあるのだ。人間との争いで不利になった時に裏切られてしまうということも絶対にないとは言い切れない。
その為に各所に兵士を配置し、彼らの同行を見張ると同時に、彼らの過剰な戦力拡張を抑える。
「ギ・ベーよ。鉱石の末達の護衛、確かに命じる。しっかりと果たせ」
「はッ……」
片腕のギ・ベーを始めとして、ギ・ガーの下で訓練を重ねた“傷モノ達”。体のどこかしらを欠損した彼らは、人一倍俺への忠誠心が高い。その半ばを派遣して、護衛と監視の任務に就かせる。
《人食い蛇》のスキルを持つこのゴブリンは、対人間の戦線に出れないのが不満そうではあるが、未だ人間と戦いを始めるには時間がある。それまでに更なる実力を備えてもらわねばならない。
──人間との再戦まで、あと215日。
内政パートですね。
作者の苦手とするところ……。