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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
楽園は遠く
176/371

宴Ⅱ

【種族】ゴブリン

【レベル】71

【階級】キング・統べる者

【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《戦人の直感》《冥府の女神の祝福》《導かれし者》

【加護】冥府の女神(アルテーシア)

【属性】闇、死

【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼ガストラ(Lv20)灰色狼シンシア(Lv36)オークキング《ブイ》(Lv82)

【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》






 プエルの後を追って、宴の明かりに背を向ける。

 彼女の後を追えば森の木々が妖精族とゴブリンとの和平の明かりを覆い隠し、鬱蒼とした枝々の向こうには双子の月明かりが赤々と輝いていた。

「……悪酔いでもしたか?」

 森の中に開けた広場。

 赤い姉妹月の光を浴びて、プエルは俺に背を向けて待っていた。

「自分でも信じていないことを言葉にするのは無粋です」

 その手に握るのは、月明かりに輝く白刃。長い金色の髪が夜の風に揺れて、その横顔を晒す。未だその眼は閉じられたままだが、俺を確実に捉えているであろう妖精族の勇敢な戦士は一分の隙もない程、研ぎ澄まされていた。

「今更俺を倒して、妖精族の復権を望むか?」

「今更などではありません。私はただ、魔物などに膝を屈することができないだけ」

 ゆっくりと、だが確実に何かしらの力を感じさせるその白刃が振り上げられる。

「第二幕と行きましょう。勝負です、ゴブリンの王!」

 言うや彼女の姿が掻き消えた。

 勘に任せて、背の大剣を抜き振るう。

 プエルのいた位置から俺との直線上に、火花が散って消えた。彼女の立っていた位置から俺の所まで約10mはあった筈だ。その距離を一瞬にして詰めてきた。

「っ!?」

 防がれたことに驚いたのか、プエルが一瞬だけ気配を漏らす。それに殆ど無意識に反応して大剣を振るう。

 初撃が防がれたことに驚愕したのか、今度は受けに回るプエルを捉える。

 月明かりに再び、火花が散る。

「くっ!」

 悲鳴を押し殺したプエルが態勢を崩し、そこに更に追い打ちを掛ける。上下から繰り出す一撃は、妖精族の青銀鉄でさえ真っ二つにできる程の威力が込められている。

 無理に俺の大剣を弾き、プエルの白刃が頭上に流れる隙を狙って、全力をもって大剣を白刃に叩き付ける。威力の上に速度を重ねた一撃はプエルの耐えきれる限度を超え、その手から白刃を弾き飛ばした。

 目を閉じたまま怒気を俺に向ける彼女の首元に、大剣の切っ先を突きつける。

「……何故、一思いに、殺さないの、ですか」

 肩で息をつくプエルの問いに、俺は大剣を仕舞いながら答える。

「お前の剣には殺気がない。俺を殺したいのなら、もっと本気になって来い」

 俯き、唇を噛み締めるプエルに更に言葉を投げる。

「何故そう死にたがる? 俺がお前を殺した所で、最早ゴブリンと妖精族との同盟は崩れることはない。フォルニを中心としたお前達との同盟は、この戦でより確実なものとなった」

 それが理解できないプエルではないと思っていたが。或いは、理解したくないだけなのか。

「全て、お見通しですか」

 黙って頷く俺に自嘲気味に笑って、プエルは崩れ落ちた。がくがくと震える足に耐えかねたかのように膝をつくプエルが俺を見上げる。

「私は、貴方が憎い……何故、貴方のような者がゴブリンにいるのです? 貴方は、強い……恐ろしい程に」

 歯軋りが聞こえてきそうな程悔しげなプエルの様子を見守りながら、俺は気配だけで周囲を窺う。頭上に呪術師(シャーマン)ギ・ザー・ザークエンドの気配を感じて苦笑する。

 心配性だな。

「貴方が、このまま力を付ければ……何れ私の友人たちを傷付ける。貴方は、平和の敵でしかない」

「平和? 平和だと? 笑わせるなよプエル・シンフォルア」

 今が平和だと考えているなら、それは大きな考え違いだ。

「人間が大陸に覇を唱え、他種族を辺境へと追いやり、今またその辺境までも奪おうとしている。そして力を以てそれを為す世を指して、乱世と呼ぶのだ」

 今は、乱世だ。

 シューレから手に入れた地図に記されている人間の国々。辺境と呼ばれる地域に跋扈する亜人、魔物、魔獣、そして未開の部族。海を越えた大陸でさえも意志ある者たちで溢れているこの世界では、皆が互いに覇権を争い、鎬を削っているのだ。

 乱れ立つ夢のように争い合う種族達。神話のように、人間の覇権を認めて大人しく辺境へ去るなどと綺麗事が通用するのか?

 ──否だ。

 自分達の命を張り合って、互いの生存圏を拡大しようと虎視眈々と皆が皆戦い合っている。世界の地図を見た時の、俺が感じた例えようのない歓喜。

「巫山戯ないでください。貴方は……この世界を破壊しようというのですか」

「思い出してみろ、プエル。貴様が見た人間の世界とは本当に素晴らしいものだったか? 飢え、貧困、差別。謂れのない罪を着せられ貶められる人々。持つ者と持たざる者の差は、弱肉強食の世界は、変わらず人間の世界を覆っていただろう?」

 この思いをどうすれば目の前にいる妖精族の戦士に伝えられるだろう。

「停滞と、平和は違う。だが、もし平和などというものがあるとすれば……プエル、俺と共に来い。俺と共に来れば平和の何たるかを見せてやろう」

「それは傲慢以外の何物でもない! 貴方は本気でそんなことが可能だと思っているんですか!?」

「俺より相応しき者がいるのなら、何れ俺はその者に滅ぼされるのだろう。その時、お前はその者に首を垂れるが良い。だがそれまでは俺の傍で力を振るえ」

「……私は、ゴブリンなどに膝を屈したりは……」

 木々の向こうからプエルを呼ぶ声が聞こえる。僅かにそちらに意識を向けつつ、俺はプエルに語りかけた。

「俺の元に居れば、少なくともお前の守ろうとした一人の娘は守れる。忘れるなよ、プエル。あの娘を無残にも奴隷の身に落としたのもまた、人間なのだということをな」

「それはっ……」

「プエル姉さん!」

 何か反論しようとしたプエルの所に、勢いよくセレナが駆け込んできた。膝をついたプエルに抱きつき、涙で濡れた目で俺を見る。

「プエル姉さんが何かしたのなら謝ります。だからプエル姉さんを許してあげてください」

「……酒が過ぎて足元がふらついただけだ。何もお前の心配することはない。プエル、先程の話を良く考えておけ」

 問いは投げた。

 選ぶのはお前だ、プエル・シンフォルア。


◆◆◇


 宴席に戻った俺に、僅かにシューレの視線が刺さるが敢えて無視を決め込んで肉を喰らう。暫くすると、プエルと寄り添うセレナが宴席に戻ってきていた。

 それを確かめたのかシューレの視線が和らぐ。

 もう少し俺を信用して欲しいものだ。苦笑に口元が歪む。

「王、何故そんなに奴らを優遇するのだ?」

 青銀鉄製の杯を持ち上げて酒を飲み干そうとしたところに、ギ・ザーが肉を持ってきた。問われる声は小さく、他の者に聞かれたくないのだろう。その視線は鋭く、若干の苛立ちを感じさせる。

「……我らの敵は何者だ?」

「人間だろう」

「そうだ。では、奴らを屈服させる為に必要なものは何だ? 俺は再戦を誓ったあの日から、ずっとそれを考えている」

「……兵力だ。奴らを上回る兵力さえあれば、この前のように奴らを駆逐できる」

「確かにこの前の相手ならばそうだろう。だが、人間という奴らは思ったよりも強大だぞ。俺達の挑む国をゲルミオンというらしいが、その人間の数は俺達の何百倍かも想像が付かん」

 爆発的に多いということはないだろうが、想像がつかないのは事実だった。

「……それが妖精族の優遇だというのか」

「そうだ。俺が欲しいのは、彼らの高い統治能力」

 人間全てを敵に回したとて、その中で戦える者となればその数は限られてくる。そしてその戦える者達を破ったとして、圧倒的多数を誇る戦えない者達をどうやって支配するのか。

 その答えの一つが、家臣団の組織だ。

 少ない人数で大多数を支配するとき、必要になってくるのは合理、或いは効率だろう。単一種族による征服というのは中々に難しい。それこそ支配する種族が相当に弱り切ってでもいない限りだ。

 だからこその、亜人と妖精族だ。

 俺を頂点としてゴブリンを武官、妖精族を文官として俺の元で効率的に運用する。亜人達にはその間を繋ぐ者として、折衝役を果たしてもらう。

 あまりにも違うゴブリンと妖精族だけでは、何れ軋轢を生み出すのは目に見えている。

「つまり、我らにはできない事をやらせる為なのだな?」

「何れはゴブリンにも可能だとは思うが、それには時間がかかる」

 それはゴブリンと他種族との共存共栄が可能になった時に、じっくりと取り組めばいい課題だ。俺自身はあまり興味がないが、或いはギ・ザーのような男がそれを指導するのかもしれないな。

「そこまで考えての事なら何も言わん」

 若干拗ねたような口調だが、どうやら納得したようだった。

「俺はそこまで信用がないか?」

「どうかな。時々ひどいうっかりをするからな」

 ギ・ザーの言葉に苦笑する。それは酷いだろう。

「何にせよ、これからは戦力の拡充だけに力を注げるな」

 シューレに人間との戦の後は、統治の為に妖精族の力を貸してもらうことを約束してもらっている。後はゴブリンの量と質を高め、人間の国をどうやって落とすかだ。

 プエルが俺の傍で智謀を振るってくれれば言うことはないが、早々上手くは運ばないかもしれない。思っていたよりも人間への信頼が高いようだ。俺に靡くには時間がかかりそうだな。

「人間に借りを作った者も多い。戦うとなれば奮起する者は多くなるだろう」

 そうでなくてはな。

 先の戦では煮え湯を飲まされた。今度はこちらの番と行きたい所だが。

「お前自身はどうだ? 人間が憎くはないのか?」

「確かに水術師ギ・ゾーを失ったのは痛いが、だが後進は着実に育ってきている。ふむ……あまり憎悪は感じないな」

 感情よりも理性の光が強い為にそう思うのか。ギ・ザーの言葉に嘘はないようだった。

 あまりにも人間への憎悪が強いようなら部隊の指揮を任すのはどうかと思ったが、この分なら心配なさそうだった。


◆◆◇


「少しは酔いが醒めたか?」

 宴席に戻ったプエルにフェルビーが問いかける。彼が清水酒を飲み干す姿は戦場そのままに豪胆だった。小さな杯とはいえ、一気に喉の奥に流し込む姿をプエルは半ば呆れ気味に見た。

「貴方は少しも酔ってませんね。いつものことですが」

「そちらにいるのがセレナ嬢だな」

 プエルを支えるセレナが半ば斬られた長耳をピクピクと動かして、プエルの影から顔を出す。子犬を連想させるその姿に、フェルビーが笑う。

「取って喰いはしないぞ。歴とした妖精族だからな」

 いきなり話題を変えたフェルビーに意外と酔っているのかもと認識を改めつつ、セレナと共に酒宴の席に座る。

「大丈夫よ。信用の置ける人だから」

 優しく諭すプエルに、セレナはおずおずと頷いてフェルビーに挨拶をした。

「セレナです。よろしく」

「フェルビーだ。今はゴブリンの王の所で厄介になっている」

 また杯を重ね、手酌で自身の杯に清水酒を注ごうとし、瓶が空なのに気が付いて眉を顰める。そこに差し出されたのは、セレナが持っていた瓶だった。

「どうぞ」

「有り難く頂こう。差し出された酒を受けるのは礼儀。更に美人に注いで貰えれば、自然と酒の味も上がるというものだ。なぁプエル」

「セレナは未だ子供です」

 固い声と共に剣呑な気配を漂わせるプエルに、フェルビーは笑った。

 その時、プエルの前に一匹のゴブリンが立つ。

「ギ・ヂーさん」

 セレナの声に、フェルビーは首を傾げる。

 未だにゴブリンらの見分けが付きかねるフェルビーからすると、見分けがつくセレナのゴブリン達と過ごした日々の長さを感じてしまう。

「プエル・シンフォルア殿とお見受けする」

 まるで戦場で出会った時のような固い声に、セレナは思わず首を竦める。そのセレナの背中を撫でて安心させると、プエルは瞼を閉じたままギ・ヂーを捉え、頷く。

「はい、間違いありません」

「そうか」

 どっかりとプエルの前に座ると、清水酒が入った瓶を差し出す。

「俺はギ・ヂー・ユーブと申します。先の戦では幾度となく、貴女にしてやられた」

 杯に注がれた酒を軽く飲むと、プエルの口内に清水酒の甘い風味が広がる。

「目はもう開かないのか?」

 聞き辛いことをはっきりと聞くギ・ヂーに、プエルは苦笑を伴って返答する。

「恐らくは。私の目はシンフォルアの秘薬によって成されたものなので」

「そうか……」

 声を落とすギ・ヂーの様子に、プエルは首を傾げる。

「……また、指揮を取られることはあるだろうか?」

「それは……」

 困惑気味のプエルに、ギ・ヂーは溜息交じりに頷く。

「いや、済まぬことを聞いた。目が見えなければ戦場の指揮など出来る筈がないな……。貴君は強く、美しかった。これからは戦場を共にできると思って心躍っていたのだが……」

 気が付いたように顔を上げると、ギ・ヂーはまだ半ばも飲み終わっていないプエルに清水酒を勧める。

「愚痴を言う為に来たのではないのだ。許されよ。貴君の勇戦は素晴らしかったと言いたかっただけなのだ。もし、機会があれば話を伺いに行っても構わないだろうか?」

 盲目のプエルであっても、優れた聴覚によりギ・ヂーの姿形がゴブリンだということは分かる。だが、そのゴブリンから発せられる言葉は礼節に叶い、とても彼女の知るゴブリンのものとは思えない。

「何故、私なのでしょう? 貴方方には王と呼ばれるあの方もいらっしゃいます」

「確かに、問えば我が君は答えてくださるだろう。だが、我が君の貴重な時間を俺如きが無駄に浪費していいとも思えん。それに……我が君と俺とでは戦い方が違うように思うのだ」

 肉を頬張り、呪術師ギ・ザーと言葉を交わしているゴブリンの王に僅かに注意を向けて、プエルはギ・ヂーの話の続きを促す。

「そこで見たのが貴君のあの指揮だ。兵一人一人にまで己の意志が乗っているような、今まで頭の中で形を結ばなかった理想の形が、貴君の指揮の中にあったような気がするのだ」

「そんな大層なものでは……私のは独学で」

「何と! やはり貴君は素晴らしい……!」

 酒を酌み交わしながら話をするプエルとギ・ヂーの様子に、フェルビーは内心肩を竦めていた。酒に託けてプエルを口説くとは、ゴブリンも中々やるではないかと。

「これが酒の力か。うむ、侮れんな」

 少しも酔えない自分の体質を少々恨みながら、心配そうに酒を酌み交わす妖精族とゴブリンを交互に見るセレナの頭を撫でる。

「案ずるな。如何な厳しい冬と言えど、春は来る。雪解けと言うのはある日突然訪れるのではない。徐々に解けていくものなのだからな」


──人間との再戦まで、あと231日



◇◆◆◇◇◆◆◇


レベルが上がります。

71⇒72


【個体名】フェルビー

【種族】風の妖精族

【レベル】75

【保有スキル】《風の申し子》《剣技B+》《弓技C+》《鼓舞》《魔素操作》《知恵の女神の導き》《森の住人》

【階級】戦士長

【加護】風の神

【属性】風

【状態異常】《七度七戦の敗北》

【状態】《森の神の祝福》



 ──《風の申し子》風の力を借りて高速移動が可能になります。

 ──《七度七戦の敗北》七度の敗北により敗れた相手に忠誠を誓います。

 ──《森の神の祝福》森林を移動する時、木々が力を貸してくれます。

 森の中で戦う限り、剣技、弓技が1段階上昇。


◇◆◆◇◇◆◆◇

春よ~♪ 遠き春よ~♪ 瞼閉じればそこに~♪

カラオケは嫌いな作者です。

妖精族編完結になります。

次回更新予定は17日。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 謝れば許して貰えるって思われている王様ってどうなんだろう…。以前と比べると甘々度が増してきてますね。そのうち腹心に裏切られないといいのですが。
[気になる点] あとがきで口ずさんでいる歌詞の転載は小説家になろうでアカウントBAN対象ですので削除された方がよろしいかと思います。 https://syosetu.com/site/song/
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