宴Ⅰ
【種族】ゴブリン
【レベル】71
【階級】キング・統べる者
【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《戦人の直感》《冥府の女神の祝福》《導かれし者》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv36)オークキング《ブイ》(Lv82)
【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》
引き渡されたセレナと妖精族の男……こいつがフェルビーだろう。燃えるような敵意を瞳に宿して俺を睨む。そして瞼を閉じたままのプエル・シンフォルア。
和睦の会議の場に参加したのは各族長達と、ゴブリン側からは俺と呪術師ギ・ザー・ザークエンド、亜人の代表としてニケーアが参加していた。
「……俺の要求は跳ね除けられたようだな」
「な、何を言う!? しっかりと戦の首謀者を引き渡しただろう!?」
怯えるフェニトというシンフォルアの族長の言葉に、思わず視線が鋭くなる。
「俺は、傷一つ付けずに引き渡せと言った筈だ」
「それは……抵抗されたのだ。やむを得ないだろう」
ナッシュと言う細身の男が口を挟む。
「……貴様等は立場というものが分かっていないようだな」
ギ・ザーの言葉に、族長達が俺とシューレを見比べる。
「降伏した者に抗弁する機会を与えるだけ寛容なのだ。対等だなどと、勘違いをしてもらっては困る」
音がする程に歯を噛み締めるナッシュに満足したのか、ギ・ザーは再びだんまりを決め込んだ。
「セレナを殴り、そして……かの者の目はどうしたのだ?」
「……彼女の目はもう開かない。ここにいる全員の同意で、彼女の目を潰し追放刑に処することが決まっていた。賢人会議の決定だよ。その後に、君の要求が来たんだ」
シルバという小柄な妖精族の言葉に、思わずその襟首を掴み上げる。
「貴様らは、どこまで……! この者はお前達の命の恩人だろうが!」
竦み上がる妖精族の族長達を睨みつけ、背負った大剣を抜こうと手をかける。
目の前の族長達が、悲鳴を上げる中。
「ゴブリンの王よ。お怒りは最もですが、この者達の罪は貴方が裁くべきではない」
だが、冷徹とすら思える言葉で俺を止めたのは、シューレだった。
「だがな!」
「貴方は、確かに妖精族にとって大恩ある人であり、ゴブリンの王で在られる。だが、妖精族の王ではない。それをお間違えにならないよう」
強い信念を感じさせるシューレの視線に、俺は掴み上げていたシルバをその場に降ろす。
「この者達には、法の裁きが降るのだな」
「無論。必ずや」
力強く頷くシューレに免じて、俺は引き下がる。
確かに理屈では、シューレに分がある。少なくとも妖精族は王を必要としないと、出会った当初から彼が主張していたことだった。シューレ以上に王が相応しい者がいないとしても、この男は決して王位には登らない。
その信念がある限り、俺が妖精族の上に君臨することを良しとしないのだろう。
「おお、さすがは英明のシューレ──」
「黙れ!」
俺を止めたシューレに擦り寄ろうとしたフェニトを一喝して、シューレは鋭い眼光を向ける。普段静かな印象を与えるシューレにしては珍しく、声を荒げていた。
「本当なら、今すぐにでも八つ裂きにしてやりたいぐらいだ! 何度我らの顔に泥を塗れば気が済むのだ! 貴様等はそれでも族長か!」
シューレが胸に溜まる鬱憤をぶち撒ける。
あまりの剣幕にたじろぐ族長達を前に、シューレは宣言した。
「ナッシュ・ジラド、プリエナ・シンフォル、シルバ・シェーング……そしてフェニト・シンフォルア。貴様等の族長としての権と責を今日限りを持って剥奪する」
「な、なんの権限があってだ!?」
「気付かないのかね? 君達が敗戦の責をプエルに負わせたからだ。最も我らと激しく争ったということは、最も集落の為に働いたということ。それは本来、君らが負うべき責任だったろうに……」
冷然と告げるシューレが、追い打ちをかけるように族長達に宣言する。
「妖精族の面汚しめ。今すぐ獄を抱いて裁判を待つがいい」
フェイ率いるフォルニの戦士達が、彼らを拘束し連れて行くのを俺は黙って見ていた。
「さて、お前たちの処遇についてだ」
一連のことを見守っていたフェルビー、セレナ、プエル。彼らに俺は向き直る。
「はっ、ゴブリン風情が何を偉そうに」
フェルビーの言葉に俺も嘲笑を返す。
「まさに負け犬の遠吠えだな」
「何だと!?」
「我らに敗れ、同朋に裏切られ、今まさにお前達の命は俺の手に握られている。これを敗北と言わず、何と言う?」
顔を伏せるフェルビーに、俺は短く言い放つ。
「一度、機会を与えよう」
「何?」
「俺を殺す機会だ。だがもし失敗したなら、フェルビーという男は死ぬ」
「決闘でもしろというのか?」
「そうだ。我らは闘争より生まれた。ならば、己の生きる道は闘争により見出す」
フェルビーに玉鋼鉄製の長剣を渡すと、俺は大剣を構えた。
「後悔しても知らんぞ!」
握りを確かめると、風を切り裂くように長剣を振る。
「互いにな!」
振るわれる長剣が、受け止める大剣と火花を散らす。
その日より七日に七度の敗北を経て、ついにフェルビーは俺の前に兜を脱いだのだった。妖精族の戦士として戦ったフェルビーという男は死に、ただの戦士として生まれ変わったフェルビーを、俺は配下に加えることができた。
◇◆◇
ゴブリンの王がフェルビーと決闘をしている頃、シューレは、今では唯のナッシュとなった妖精族の男に執務室で会っていた。手枷をされて入ってきたナッシュに、シューレは無表情に応じる。
「態々私をこのような所に呼び出して、何の用かね? 賢人会議の議長ともあられる方が」
皮肉気に口元を歪めるナッシュに、シューレは変わらぬ無表情で、一枚の書類を机の上に投げた。
「……ジラドの隠し森で何をしていたのかね?」
シューレの質問に、先程までの皮肉気な口元を引き攣らせてナッシュは黙り込む。
「……」
「答えたくなればそれでも良い。私が言い当ててみようか」
なおも無言を通すナッシュに、シューレは口を開いた。
「耕作地……それも人間の真似事をしていたな? 亜人達を使って」
「っ!」
僅かに歪んだ表情にシューレは確信を得ると、質問をぶつけた。
「誇り高き君達が何故に人間の真似事を? いや、質問するまでもないか」
「……そうだ。人間どもに対抗する為だ」
今までの沈黙を破り、ナッシュは手枷を鳴らして笑う。
「人間どもと戦うならば、森は焼かれ、我らの糧は採れぬものとなるだろう。故に、安定した食料の生産を可能にする作物に目をつけたのだ」
「人間の脅威が分かっていながら、何故隣人たる亜人達を奴隷などに」
シューレの言葉に、ナッシュの口が嘲りに歪む。
「先見に富む者がいくら将来を憂い、危険を説こうとも、民衆などというものは決して自分達に不利益となることを承知せん。森の生活こそが全てだと言い張るだろう。故に、亜人を使ったのだ」
「……念の為聞くが、隠し森の耕作地を指導する役職として我らに協力するつもりはないのかね?」
「馬鹿なことを。あれは我らの誇りを守る為に私が作ったものだ。貴様ら裏切り者に仕える為のものではない」
「そうか、よく分かった……退出せよ」
鼻で笑って退出するナッシュが扉の向こうに消えると、シューレは深い溜息をついた。
「惜しいかな、その先見の明……」
放っておけば荒れ果てるに決まっている耕作地をどうするか、ゴブリンの王に相談せねばなるまいとシューレは考えた。
◆◆◇
フェルビーを新たに陣営に加えることになった俺は、シューレの勧めもあって大々的に宴会を開くことになった。妖精族の領地でゴブリンが出来ることはあまりない。
学ぶべきことは多くあり、ギ・ザーなどは暫くこちらに残って魔素の研究に励むとのことだ。だが、俺としては今すぐにでも東へ戻りたい。
西への開拓は、概ね終了したと言っていい。
亜人と妖精族との友好を取り付け、何匹ものゴブリンが階級を上げることに成功している。対人間の同盟の滑り出しとしては、上々といったところだろう。大きな収穫は世界地図を手に入れたことだろうか。シューレの持っていたものを譲り受ける形で手に入れたのだ。
妖精族の森を中心として描かれた世界ではあるものの、地図の切れ目まで続く大陸と海。山岳地帯の北側、熱砂の大砂漠広がる南側。未だ見ぬ世界に胸が躍る。
東へ戻りたいのは、ギ・ガー・ラークスに任せた深淵の砦から東側、対人間の最前線となっている地帯の動向を確認したい為だった。オークとコボルトを楯にしているとはいえ、決して安心できる程の戦力ではない。
ゴブリン側の本拠地から西側に兵力を送れという無茶な要求を度々してしまっていたのだ。手薄になっていないか心配だった。
宴は盛大だが、決して豪華なものではなかった。出される食事はゴブリンに合わせて肉が多く、回される酒は妖精族特製の清水酒だった。
俺はそれを持って新たに幕下に加わった男の前に行き、杯に並々と酒を注いでやる。
「意外だな。ゴブリンがこんなことをするとは」
驚いたフェルビーが、注がれた酒をまじまじと見つめる。
「俺は確かにゴブリンだが、妖精族から学ぶべきものは多いと思っている。地図も、文字も、高度な計算技術も。そして、お前のその力も……人間を倒す為、お前達には協力してもらう。その為に相応の礼儀は払うつもりだ」
口笛を鳴らすフェルビーが、盲目のプエルに向かって声をかける。
「どうも不思議な気分だな。族長達のところにいた頃より待遇が良いってのは」
その言葉にプエルは困ったように笑う。
「先日まで殺し合っていた者同士が杯を交えるというのは、確かに不思議な感じがします」
閉ざされた視力を聴力だけで補って、プエルは俺の方に顔を向ける。寄り添うセレナが、心配そうに俺とプエルを交互に見る。
「これからは助け合う仲間というわけだな。まだお前はそこまで割り切れていないようだが……徐々に慣れればいい。お前の話は多少なりとセレナから聞いている」
曖昧に笑うと、プエルは注がれた盃を置いて立ち上がる。
「少し、風に当たってきます」
そう言って立ち去る彼女の背中に俺は目を細めた。
──人間との再戦まであと232日。
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ラーシュカのレベルが上がります。
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ラーシュカさんのレベルアップ追記。
次回の更新は、4月8日を予定。