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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
楽園は遠く
174/371

シルフ統一戦争ⅩⅢ

【種族】ゴブリン

【レベル】71

【階級】キング・統べる者

【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《戦人の直感》《冥府の女神の祝福》《導かれし者》

【加護】冥府の女神(アルテーシア)

【属性】闇、死

【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼ガストラ(Lv20)灰色狼シンシア(Lv36)オークキング《ブイ》(Lv82)

【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》






 戦鬼ギ・ヂー・ユーブは暗殺のギ・ジー・アルシルと鬱憤を晴らそうと意気を上げる氏族達を率いて、逃げるシンフォルア側をシンフォルアの森まで追撃した。途中、シェーング、ジラドの森を攻略し、残すはシンフォルアの森のみ。

 シンフォルの森攻防戦でギ・ヂーを抑えた妖精族の戦士も、流石に数に勝るゴブリン側の攻撃に犠牲を出さずにはいられなかった。

 捕虜と死者を合わせて凡そ200もの犠牲を出しつつ、彼らはシンフォルアの森に撤退。以後固くシンフォルアの門を閉ざし、打って出てくることはなかった。

 俺はと言えば、新たに階級を上げたゴブリンの確認と、今後の戦略を練るのに時間を取られていた。

「出て来ない以上、こちらから攻めるしかない」

 基本的な構想はこれしかない。だが、迂闊に攻めてもプエルの戦術に翻弄されて終わるだけだろう。

「何も力攻めだけが戦ではない」

 占領したシンフォルの森の焼け残った家の一室で会議を開く。そう発言したのは、先の戦を後方から助けていたシューレだった。

「彼らとて、備蓄が無限にあるわけではないのだ。糧食を得る為には狩りに出るか、或いは森の恵みを採らねばならん」

「真正面から攻撃の愚を犯すことはないということですね」

 亜人の代表たるニケーアの言葉に、シューレが頷く。

「まどろっこしいぜ。力攻めでいいじゃねえか」

 ミドの発言に、ニケーアが氷点下の視線を向ける。

「そして同朋の屍を必要以上に晒すのか? 愚の骨頂だ」

「奴らは今、びびっちまってる。好機じゃねえか!」

 ミドの発言にも一理ある。無駄に時を費やしては、折角ついた勢いが消されてしまうかもしれない。大きな意味で、戦の流れはこちらにある。

「ならば、シンフォルアの森に包囲を敷く」

 俺の発言に、全員の耳目が集中する。

 シンフォルアの森は南を砂漠、北をシェーングの森に接する巨大な集落だが、左右の境界は曖昧なままだった。

「どうやってだ?」

 ミドの声が固いのは、怪我の所為ではない。

「樹海に道を切り拓く」

 シューレの持ってきた地図に、指先で円を描くように指し示す。

「……可能なのですか?」

 ニケーアの視線に、シューレは自身の細い顎に手を当てて考え込む。

「総力を結集すれば可能だろう。妨害が無ければ20日程だ」

 シューレの怜悧な視線が俺に向く。当然、ある筈の妨害を釣り出す為の餌なのだ。精々喧伝してもらわねばならん。

「秘密裏に事を運ぶ必要はない。寧ろ、シンフォルアの森に響くぐらいの大声で叫んでしまって構わない。“このままではお前達は飢えて死ぬぞ”とな」

 俺の発言に、亜人を中心に理解が広がる。

「ふむ、それ程効果があるものか?」

 いまいち効果を理解しかねるのはシューレだった。やはり豊富な食料に囲まれた妖精族には飢えるという恐怖は分かり辛いのか。

 先程の封鎖の案も、嫌がらせ程度にしか考えていなかったのだろうか。中々悪辣な案だと思ったが……買いかぶり過ぎたか。

「実際に飢える必要はないのだ。その恐怖さえあればいい」

 実際に食料が無くなるよりも、無くなる恐怖というものがあれば士気は容易く崩壊する。

「成程。飢えるかもしれないという恐怖が彼らを決戦へと踏み切らせる、か」

 ニケーアが思案しながら腕を組む。

「いや、恐らくはそうはなるまい」

 静かに言い切るシューレは、視線を落として地図上のシンフォルアの森を見た。

「負けると分かった戦いをする程彼らは愚かではない。少なくとも、ファルオン・ガスティアは向こうにいるはずだ」

 偽りの降伏をしたままのシューレの盟友は、未だにシンフォルアの中にいる。何を考えているのか今一つ分からない老人だが、奴らを内側から崩すのに役立ってくれれば文句はない。

「ならば、それに期待しよう。だが、対策を怠るのは愚か者のすることだ。決戦の準備は万端に整えておくべきだろうな」

「当たり前だ!」

「無論」

 ミドとニケーアの了承を取り付け、シューレに向き直る。

「では、大々的に頼む」

「良かろう。これで我らの不毛なる戦に終止符を打てるのなら、決して無駄な投資ではない」

 会議を終えて外に出ると、待ち構えていたラーシュカらゴブリン達に苦笑する。

「残念だが、すぐに決戦ではないぞ」

「ふむ……強者と打ち合うのはお預けか」

「無念です。我が君」

 下を向いて悔しさを噛み殺すギ・ヂーに、ゴブリンらを集めておくよう伝える。

「後は妖精族の出方次第というところだが……」


◇◆◇


 新たに階級を上げた者達のステータスを確認すると同時に、必要な者に家名を与える。

 

【個体名】ギ・ドー・ブルガ 

【種族】ゴブリン

【レベル】1

【階級】呪術師(シャーマン)

【保有スキル】《魔素操作》《飛翼錬理》《風の守り》《風槍》《三節詠唱》《知の神の導き》《探究者》

【加護】風の神

【属性】風


 ──《飛翼錬理》短時間、空中を飛ぶことができます。

 ──《探究者》新たな発見をする確率が上昇。

 ──《風の守り》受けた攻撃を無効化します(低)

 ──《風槍》風を槍の形に制御して攻撃できます。その際、命中率・威力が上昇。

 

【個体名】ハールー

【種族】パラドゥア・ゴブリン

【レベル】3

【階級】ノーブル・族長

【保有スキル】《獣上槍》《魔獣操作》《槍技C+》《統率C+》《突進》《連携B-》《騎乗》《鼓舞》《猛進》《戦場の勇者》

【加護】なし

【属性】なし

【愛騎】ミオウ


 槍技と連携が上昇し、新たに戦場の勇者というスキルを得ていた。

 ──《戦場の勇者》一対一で戦う場合に限り、攻撃力・守備力上昇。クリティカルに補正。


【個体名】ミド

【種族】ウェア・ウォルフ

【レベル】5

【階級】族長・一族の守護者

【保有スキル】《暴虐の王》

【加護】風の神

【属性】風

 

 ──《暴虐の王》自身の受けたダメージと引き換えに、身体能力上昇。


 新たに階級を上げた者達のステータスを確認すると、俺は兵力の再編に移る。新たにシャーマン級へと階級を上げたギ・ドーを主軸として、ドルイド達の再編。傷付いた者達を後方に退げ、戦える者達で3匹1組を組み直し、更にそれを十組合わせて一つの部隊単位として扱う。

 順にそれらを、戦鬼ギ・ヂー・ユーブ、暗殺のギ・ジー・アルシルらノーブル級のゴブリンへと振り分けていく。

 その作業が終わり、俺は妖精族から供されている一室へ足を向けた。

「具合はどうだ?」

「いやー……何というか、旦那には甘えてばっかりだねぇ」

 シュメアがベッドから身を起こして苦笑した。

「怪我が治ったら働いてもらわねばならんからな」

 対人間という図式を考えれば、今失うには惜しい手駒だ。今回の妖精族との戦いでも分かったことだが、他種族同士の戦いでは諜報と言う面で非常に厳しいものがある。

 例えば妖精族との戦いに至る前、亜人との戦いにおいて、彼らの中に味方が紛れ込んでいたらどうだろう? 今回のシューレの謀略ではないが、一枚岩ではない敵を撃破するのは非常に容易だった。

 対して、プエルという予想外の強敵の参戦があったにせよ、対ゴブリン・フォルニ連合で固まったシンフォルアの強さは俺の常識を凌駕していたのだ。

 人間達を一枚岩にしてはならない。

 人間と戦う上で、これは非常に重要な要素だ。

「……それが罰ってやつ?」

「ああ、それまでは怪我を治すことに専念すればいい」

「寛容なのは良いけどさ。旦那、甘過ぎやしないかい?」

 その探るような問いに、俺は片眉を跳ね上げて苦笑せざるを得なかった。

「では、お前への処罰も考えねばな。今すぐ衆目の前で鞭打ちでもしてみるか?」

「ちょ、ちょ、ちょっと!? 流石に死んじゃうって!」

 途端に慌てる彼女に、腕を組んで答える。

「軽過ぎると思うなら、精々俺の為に働いてもらおうか。だが、今は休め。怪我も治りきらぬ内に仕事をさせては力も発揮できまい」

「まぁ、こんなふわふわの寝床で寝れるし旨い物も食えるしで、あたしに不満はないんだけどね」

 そこでシュメアは溜息をついて俺を見上げる。

「ねえ、旦那。セレナは……」

「結末は未だ見えぬ。だが、俺の手の届く範囲でなら善処してやる。心配するな」

「こりゃ……恩義が重いねぇ」

「何、直ぐに悪態を突きたくなる程働かせてやるとも」

「おぉ、怖っ……じゃあ、あたしは休ませてもらうよ」

「ああ、ゆっくり休めよ」

 まぁ……俺の対人間戦での下心は兎も角、他人の為に命を懸ける行為は気高いと思う。それに若い娘の死ぬ様は胸を騒めかせる。それが否応なくレシアを思い起こしてしまうからだ。

 俺の力が足りないばかりに、目の前でレシアを奪われたあの悔悟。

 忘れようとしても忘れられない、胸を焦がす焦燥の炎。

 吐き出す戦場を目の前から失って燻っているそれが、俺の脳裏に最悪の結末だけを描き出してくる。その結末を拳を握って否定する。

「待っていろ……」

 時間と共に胸の奥から滲み出る後悔の悲鳴を振り払うように、足を進めた。


◆◆◇


「打って出るべきだろう!」

 シンフォルアの森の族長の邸宅。その中の広い一室では、今後の対応を巡って主要な面々が会議を開いていた。

 族長であるフェニト、シェーング、ジラド、シンフォルの陥落により逃れてきた各族長達。陥落はしていないが、遠く集落と切り離されてしまったファルオン・ガスティア。そして部隊長であるフェルビーとプエル。

 先程から強硬に出撃を主張しているのはフェルビーだった。

 ゴブリンとフォルニの連合軍から出された方針は、遠くガスティア経由で、シンフォルアの森にまで齎されていた。それと呼応するようにして集落の外円付近では、食料を調達にいった兵士が襲われるという事件が頻発している。

「今動かなければ、手遅れになってしまう!」

「だが、打って出て勝てるのかね? 兵力差は如何ともし難い」

 ファルオンの言葉に苦々しげに顔を歪め、フェルビーは返す。

「非常に難しいでしょう。ですが、動かねばジリ貧です」

「乾坤一擲の勝負というわけか……だが、可能なのかね?」

 重く静かな視線が、フェルビーを圧迫する。

「今や真面に機能しているのは開戦当初からの兵達だけだろう? 小さな集落からの義勇兵は集落が占領された時点で逃亡を図っている。今現在の戦力は如何程なのかね?」

「……重戦士が50、軽戦士が64、弓兵が70。これが今の我らの戦力です」

 静かに答えたプエルに視線が集中するが、彼女はそれ以上何も言わないまま黙ってしまう。

「ガスティアからの報告だが、敵は各集落からの兵も吸収して700を数えるとのことだ」

 実に3倍以上の兵力差だ。ざわりと会議室が揺れる。

「プエル」

 ガスティアの質問責めに業を煮やしたフェルビーがプエルを呼び、彼女の意見を聞かせようと試みる。彼の縋るような視線に逆らえず、彼女は戦う為の策を示そうとする。

「先ず、数の問題はどうしようもありません。兵数は先の戦で出せるだけ出してしまいましたから、これ以上増やすことは不可能でしょう。ですから──」

「ええい、もういい! 今日は解散だ!」

 プエルが先を続けようとしたのを遮ったのは、この会議の主催者にして、シンフォルアの代表たるフェニトだった。

「なっ、プエルの話を!」

「黙れフェルビー! これは族長の権限として命令することだ!」

「くっ……はっ、失礼しました」

 立ち上がると一礼して会議室から出て行く。その後に力なくプエルも続いた。

 出て行く二人を確認すると、フェニトは忌々しげに舌打ちした。

「……何が、乾坤一擲の勝負だ! 奴らの話に乗って戦を始めてみれば大敗ではないか! これでは、これでは!」

「……何れ、ゴブリンどもがここにも押し寄せてきましょうな」

 ファルオンの言葉に、族長達全員が息を呑む。

「兵は増員出来ず、食料の調達も備蓄もままならぬ……戦士達は最後の決戦だと息巻くばかり……このままでは、長らく命脈を繋いできた妖精族きってのシンフォルアの森は跡形もなく彼らに踏み潰されることでしょう」

 いっそ冷徹ともいえるファルオンの言葉に、全員が呼吸をするのも忘れてその想像をする。

「どうすればいいのだ」

 打ち沈むフェニト。だがそれとは別にジラド・ナッシュはファルオンの物言いから何かを切り出したいのだと察した。

「ファルオン老には、何か良い知恵が?」

「ないこともない。が、これは死よりもつらい屈辱の道」

「まさか」

 シンフォルを失って久しいプリエナが息を呑む。

「講和の道を探るべきでしょうな」

「しかし、今更……」

 シェーングの森から命からがら逃げ出したシルバは、その低い身長を更に縮めるように、力無く首を振った。

「そう、確かに無条件での講和は難しい。であれば、何か手土産が必要なのでは?」

 そこまで言われて気が付かない程、この場に集まった者達は頭が回らないわけではない。では、いったい誰がという段になって、互いに視線を交わし合う。

 それは生贄を探すような、醜く浅ましい視線だった。

「そう、例えば……この戦で彼らを最も苦しめた者の身柄、とか?」

 呟いたファルオンの言葉に、シルバが難色を示す。

「しかし……」

「可能であると思うか? ファルオン老」

 その話に一番乗り気であったのはフェニトだった。驚きに身を固めるシルバを無視して、ファルオンは問われたことに答える。

「敵はゴブリン。見目麗しい者なら受け取らぬ道理はないでしょう。況して自分達に散々煮え湯を飲ませた敵となれば……」

「その間に時間を稼ぎ、戦力を回復する、か……」

 ナッシュの言葉に、プリエナが頷く。

「どうせゴブリンの支配など長続きする筈がない。シューレとて、直ぐに投げ出す筈」

 僅かに差した光明に、彼らの声は自然と低められる。

「だが、こちらが講和の道を探るとて、相手が了承するか? シューレはこちらの話を聞くだろうか?」

 ナッシュは一段と声を潜める。

「その段は、私に任せてもらおう。何せ元彼の教師であるからな」

 自信満々に言うファルオンに、ナッシュは頷いた。どうせ他に道など無いのだ。疑わしかろうが彼の提案に従ってみるしかないというのがナッシュの本音だった。

「戦士は納得しますの?」

 シンフォルを脱出して以来窶れていく一方のプリエナの言葉に、ファルオンは髭を扱いた。

「そこだけが問題だ。どうにかして彼女を戦士達から引き離さねばならん」

「──ある、あるぞ! プエルが背信の徒であるという証拠がな!」

 フェニトの言葉に、ファルオンが口元を隠す。隠した口元が笑みを作っていることなど謀議に熱中する彼らが気が付く筈もなかった。

 翌日から、シンフォルアの森では奇妙な噂が流れ始める。

 ──プエルは夜の神の眷属闇の亜神(ウェルドナ)に惑わされて我らを裏切った。故にこの戦に負けたのだ、と。

 そうして閉塞感に包まれるシンフォルアの森で、その噂は急速に拡散していった。


◆◆◇


 会議から10日後、それは突然やって来た。

 セレナと自宅で寛いでいたプエルにとって、あまりに性急に、あまりに容赦なく。

 扉は蹴破られ、武装したフェニトの私兵達が家に押し入ると同時にプエルに剣を突き付け、縄を打つ。

「な、なにを!?」

 泣き叫ぶセレナを殴って黙らせると、その兵士達は有無を言わさずプエルを引き摺って広場へ向かう。連行される彼女にシンフォルアの民が罵声を投げかける。

 待っていたのは、フェニトら族長達。

「良くも我らを裏切ってくれたな、プエル!」

 張り上げた声には恨みと、仄かに混じる喜悦。フェニトの声に、彼女を囲んだ妖精族達が声を上げる。

「な、なにを言っているんですか!?」

 プエルにしてみれば悪い夢を見ているとしか思えなかった。

「これは、どういうことなのですか!? フェニト!」

「汚らわしい口で私の名を呼ぶな、背信者め!」

 叫ぶと彼はプエルの頬を張る。

 口の中を切ったプエルが赤い血を吐き、怒りに燃えた目でフェニトを睨むが、次にフェニトが発した言葉に耳を疑うことになった。

「この者は黒き闇の亜神(ウェルドナ)に魂を売り渡し、我が集落に災厄を齎した!」

「馬鹿なことを! 私はウェルドナなどに関わったことはありません!」

「いいや、現に証人がいるのだ。二人もな!」

 そう言ってフェニトが指差したのは、以前彼に耳打ちをしていた女の妖精族と、彼女の部隊で伝令を務めていた男だった。

「プエルは確かにウェルドナと言葉を交わしていました。シェーングの沐浴場で!」

 女が声高に叫ぶ。

「違う、あれはウェルドナなどでは……」

「違うだと!? では、シェーングの沐浴場で何と話していたのだ!?」

「それは……私にも分からないけれど」

「ほれみろ! 貴様は言い訳すらできぬ裏切りを誤魔化しているに過ぎない!」

「違う、決して私は!」

 必死に叫ぶプエルの声も、渦巻く罵声の嵐の中にあっては飲み込まれ、届かぬうちに消えていく。

「では、採決を! プエルに死を望む者は拍手を!」

 それは死を望む声の豪雨に近かった。

「分かった! 私は諸君の望みを叶えたいと思う! だが、その前に一つ聞いてほしい」

 激しかったフェニトの声が、俄かに沈む。

「確かにプエルは大罪を犯した。だが、神々の意志に我らは逆らえるだろうか? 自信を持って逆らえると言える者は居るか!?」

 フェニトの言葉に聴衆が顔を見合わせる。

「いないだろう。私自身もそうだ。この運命が神々の意志ではないと、どうして言い切れる!? そう考えればプエルもまた被害者と言えるのではないか?」

 妙なことになったとファルオンは考えるが、プエルはフェニトの意図を正確に察していた。この男はどこまでも白々しくプエルを利用するつもりなのだと。

「だからといって罰を受けないのは、死んでいった者達の為に許せることではない。故に!」

 腕を拡げてフェニトは聴衆に向かって言い放つ。

「彼女は両目を潰した上で、追放刑に処す!」

 その判決に、聴衆が歓声を上げた。


◆◆◇


 俺の前に居並ぶ連中は、今まで争っていた妖精族の長老達だ。

 どいつもこいつも、怯えた視線で俺を見て阿諛追従の笑みを浮かべているか、嫌悪に顔を歪めるしかしていない。

 シューレから報せが齎されたのはシンフォルの森が陥落してから15日後のことだった。半ばまで進んだ街道建設の報告を受けつつ、打って出て来るだろうプエルに備えていた時にその報せを受けたのだ。

 妖精族が降伏した。

「まさか」

 そう思ったのもつかの間、ファルオン・ガスティアの使者と名乗る男に引合され、降伏の日取りとその手順を伝えられる。

「奴らには、未だ戦士が残っているだろう?」

 使者を名乗る男が去った後、シューレに問いかける。

「ファルオン老が上手くやったのだろう。相変わらず、えげつないことをなさる」

 どうやら信じて良さそうだ。

「条件は?」

「プエル・シンフォルア、並びにセレナ・シーレェン、フェルビーという部隊長を引き渡すそうだ」

「まさか、奴らにとっては命の恩人だろう?」

 シンフォルの森の戦いでは、彼らこそが族長達の命を救い、自身の命を投げ出して戦っていたではないか。

「いや、ファルオン老の報せにも罠のことは書かれていない。事実彼らは、命惜しさに自分達の英雄を差し出したようだ」

 シューレの顔に苦いものが浮かぶ。それはそうだろう。誇るべき自身の種族が下種同然の行為をしている。高潔なこの男にしてみれば、顔に泥を塗られたような気分の筈だ。

 だが、セレナも一緒にか。

「条件は分かった。その講和を受けよう。ただし、引き渡す者達は必ず無事に引き渡してもらおう。傷一つでもつければ族長達の首で補ってもらうと、そう返答しようではないか」

 秀麗な顔立ちに疑問の表情を浮かべて、シューレが俺に聞き返す。

「それ程の価値が彼らにあるのかね?」

「少なくとも、族長どもを人質にするよりは遥かにマシだろう。うっかり殺してしまってもつまらぬ……それに、これでシルフを統一する機会を得た」

 直接言葉を交わしたことはないが、プエルという妖精族の女に興味がある。あの洗練された指揮、味方を奮い立たせるカリスマ、是非俺の配下に欲しいものだ。

「……良かろう。この戦では、貴君に言葉に尽くせぬ世話をかけた」

 シューレが静かに瞼を伏せると、深々と頭を下げる。

「友なのだろう? ならばそう畏まることもあるまい」

 苦笑する俺にシューレは頷いて、口を開く。

「態々彼らをこの手で始末する機会を与えてくれたこと、礼を言う」

「俺は欲しい物を貰うだけだ」

 そうして俺達は、講和の場へ出かけて行った。


◆◆◇


 その日、76日間続いたシルフ統一戦争は、ゴブリン・フォルニの連合軍の勝利に終わる。

 講和の場にて、シンフォルア側の立役者だったプエル、フェルビーらはゴブリン側に引き渡された。だが、ゴブリン・フォルニ側はその席上で更なる条件をシンフォルア側に突き付ける。

 各族長らの即時解任である。

 勿論、反発した族長達だったが……

「では再び戦の幕を開けるか」

 ゴブリンの王のあまりの迫力に彼らは竦み上がり、この条件を呑んだ。

 シューレ主導の下、賢人会議の刷新やゴブリンの王の提案する人間に対する同盟へのシルフ全体の参加など、妖精族は慌ただしく動き始めることになった。


 ──人間との再戦まで、あと240日。



最後は少し駆け足ですが、妖精族編終了です。


次回は4月5日頃更新しようかと思っています。

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