シルフ統一戦争ⅩⅡ
【種族】ゴブリン
【レベル】59
【階級】キング・統べる者
【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《戦人の直感》《冥府の女神の祝福》《導かれし者》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv1)オークキング《ブイ》(Lv82)
【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》
「畜生! 要らない時間を取っちまったね!」
立ちはだかる妖精族を倒し、血に塗れた槍を担ぎ直してシュメアは悪態をついた。
辺りはすっかり黒煙に囲まれ、それから逃れるようにフェイの付けてくれた護衛と共にセレナを守って駆け抜ける。
「妖精族ってのは、何でああも頑固なんだい!」
ままならぬ思いを悪態に乗せて吐き出し、煤と血に汚れた頬を乱暴に擦る。
「ごめん、なさい」
隣で走るセレナが項垂れる様子に、シュメアは苦笑しながら乱暴に頭を撫でる。
「別にあんたを責めてるんじゃないさ。それより急ごうか。場所は判ってるんだ」
怪我をした妖精族を捕まえ、プエルの居場所を突き止めた彼女らは、黒煙と炎渦巻く戦場をひた走っていた。
「……見つけて、どうするんだい? 考えはあるんだろうね?」
捕虜からの情報で、プエルがシンフォルアの最精鋭の部隊を率いていると確認が取れている。
考えていた中でも最悪の事態になったと思いつつも、シュメアはセレナにプエルを見つけるのを止めようとは言わなかった。
「分からない、けど……会えば分かると思う。その時、もし王様と敵対しても、後悔はしない、と思う」
「あんたの、そういう肝の座った所結構好きだよ」
後ろを振り返ったシュメアは、フェイに付けられた5人の護衛に顔を向ける。
「あんたら、ここいらでいいよ。こっからは、あんたらの主に弓を引くかもしれないしね」
妖精族の護衛は顔を見合わせるが、その内の一人が進み出る。
「我らの役目は貴女方を守ること。シュメア殿、貴女が明確にフォルニに敵対するまでお供します」
「甘いなぁ。いや、馬鹿なのか……だけど嫌いじゃないよ。あたしも似たようなものだしね」
黒煙を抜けて、周囲を見渡す。
「東側には着いた。北は、向こうだね!」
「一つ、お聞きしても?」
隣に並んだ妖精族の護衛が、シュメアに問いかける。
「手短に頼むよ」
「プエル殿は一軍の指揮官とお聞きしています。一人でいることなど有り得ないと考えて宜しいでしょう。彼女を囲む軍をどうなさるおつもりで?」
「突破する」
言い切るシュメアの言葉に、護衛の全員が絶句する。
「その、何か策があるので?」
「あるわけないじゃないの。女は度胸! あんたらも、あたしとセレナに付いて来るなら覚悟しておいてね」
走る彼女らの視界に、争う妖精族とゴブリンの王の姿が垣間見える。
「さあ、覚悟はいいね?」
セレナと護衛の5人に確認するシュメアは、頷く彼らの様子に目を細めた。
「幸せな結末を、この手に手繰り寄せてやる。多少、力技になってもね」
火の神の眷属炎の神に愛されし槍使いの横顔に、戦を前にした獰猛な笑みが浮かぶ。
戦場を囲む敵味方に向かって、彼女は吠えた。
「オラオラァ! どきやがれ! シュメア様のお通りだッ!!」
◆◆◇
ラーシュカの黒光が密集隊形の敵に炸裂すると、速度を緩めず彼自身が先駆けとなって突っ込んでいく。それに触発された各派閥の戦士達が、我先にとラーシュカの後に続いて行った。
先頭で二本の棍棒を縦横無尽に振るう片目の悪鬼は、こと戦闘においてはゴブリン屈指の力を持っている。
装備を固めた妖精族の陣形を穿つ強力な一撃。繰り返されるそれに、段々と彼らの動きも鈍くなっていく。
「あと少しで奴らを仕留められるぞ! 攻勢を緩めるな!」
俺の檄に応え、喚声を上げるゴブリン達、牙の一族、妖精族。
だが、今少しというところでラーシュカの周囲に矢の雨が降り注ぐ。
「ぬ!?」
振り返った先には、新たな敵の姿。
味方を救おうというのか、新たに現れた軽装の妖精族の戦士達がラーシュカ目掛けて突撃を開始した。あの流れるような部隊の動き、一瞬の迷いも無い瞬時の攻撃の切り替え、何より、地力で勝るゴブリンに向かって軽装で突撃していく士気の高さ!
──出てきたか、プエル・シンフォルア!!
奴らの首魁と、戦巧者プエル。どちらを優先して狙うべきだ?
一瞬の迷いの後、俺は敵の首魁を狙うことにする。必要最小限の防御を展開させると、ラーシュカに檄を飛ばす。
セレナとシュメアは間に合わなかったようだが……許せ! 手加減などする余裕はない! この敵は間違いなく強い!
「ラーシュカ、そのまま敵の首魁を討ち取れ! この戦の最大の武勲だぞ!」
「おお!」
不敵に笑ってラーシュカが棍棒を振り上げる。
「フェイ、ミド! 新たな敵を迎え撃つ! 俺に続け!」
「応よ!」
「了解しました」
ミドとフェイの声に頷くと、新たに突撃を仕掛けてきた部隊に剣を向ける。軽装を活かした俊敏な動き。だが、それ故に防御は脆い筈だ。
大剣を脇に構え、下から振り抜く。
敵が受け流そうと防ぎに回った剣ごと叩き折って、妖精族の胴を両断する。
──この先にプエル・シンフォルアがいる。ならば、俺自らその首を叩き斬るのが戦場の礼儀だろう。
足に魔素を流すのと同時に、大剣を振りかぶった体勢で地に伏せるが如く低く構える。主力はラーシュカに率いさせた。残る亜人、妖精族、ゴブリンでもってプエル・シンフォルアに挑む。
「我が命は塵芥の如く!」
妖精族の戦列に風穴を開けるべく、俺は大剣を頼りに加速した。
◆◆◇
フェニトを中心とする族長達の姿を進軍先に確認すると、プエルは部隊に指示を出す。
「各隊縦列前進! ゴブリン達との戦闘はなるべく控えてください! フェルビー、2番隊を前に!」
殿を守っていた重装備の2番隊を前に出すと、代わりに3番隊を後ろに退げる。
後方から迫るゴブリン達の姿をちらりと見て、その高い士気を確認し再び前を見る。黒い巨躯のゴブリンを筆頭として、亜人、妖精族、ゴブリンの混成軍。それぞれに率いる者の姿が先頭に見える。
やれるだろうか。自身の内側に問い掛けて、顔を上げる。
「……皆んな、私に力を」
瞼を閉じて思い起こすのは、血盟自由への飛翔の仲間達と共に戦った日々だった。
プエルの小さな呟きが、荒れ狂う喚声にかき消される。
「出来るっ! 私は家族を守るっ!」
小さな声で気合を入れて目を見開く。視界にあるのは、こちらを狙う3つの頭を持つ軍隊という獣。
「弓隊、並行斉射! 我に続け!」
矢筒から玉鋼鉄製の矢を取り出すと、魔素を込めつつ狙いを定める。
「2、4,5、6番隊、前の敵はいなせ! 奴らの鼻先を掠めながら族長達を救う!」
意識して粗野な言葉を使う。普段はあまり使わないが、戦場で瞬時に指示を出す為には堅苦しいと言われる普段の言葉遣いよりも、こちらの方が良いと判断してのことだ。
プエルの指示に応えて、各隊長が声を上げる。
弦を爪弾く指が、風を切る矢の音が、唸りを上げて猛威を振るう玉鋼鉄製の鏃が、荒れ狂う戦場の空気を裂いて放たれた。
「風よ、我に力を!」
狙うのは、亜人達の先頭を走る牙の一族。
こちらに寝返った筈の亜人の男──確かミドと名乗った牙の一族の族長。
敵の先頭がフェニトら族長達の部隊に追い付く。
忽ち食い破られる後衛の姿を視界に収め、更に鏃の行方を目で追う。凄まじい咆哮を上げて矢を弾く亜人のミド。だが崩れた態勢までは補いきれなかったようだ。続いて放たれた複数の矢を受けて失速する。
続いて二射目。
狙うは、こちらの足を止めようと矢を射る妖精族の頭。
「風よ、貴方の恩寵を!」
だが、向こうもこちらに気が付いていたらしく、ほぼ同時に放たれた矢が空中で交差する。纏う風圧に矢の軌道が微妙に変化し、プエルのこめかみに一筋の赤い傷を残して後方へ逸れた。
後続の矢が追い付かない一射だったが、やや軌道を変えながらも矢が敵の肩を射抜く。
「次っ!」
「グルウッゥォオオオアァオア!」
プエルが弓を構えるのと同時、周囲を圧し潰すかのような圧倒的な咆哮が上がる。ゴブリンの王が黒炎の大剣をもって、妖精族の戦士を両断していた。
軽装の兵士では相手にならない。
瞬時に判断すると、前線に呼び寄せておいた2番隊を展開させる。
「3番、4番は族長達の下へ! 2番隊、縦深2列!」
プエルと黒いゴブリンとの間に何枚もの壁を作るように、2番隊が陣を構える。
「こちらを向きなさい、化け物! 貴方の相手は私がするッ!」
ありったけの魔素を鏃に込める。
「猛き風の名の下に!」
凝縮された風が、放たれた矢の後方へと吹き出す。螺旋を描く暴風によって加速された矢の一撃は、彼女を狙う矢の軌道すら捻じ曲げてゴブリンの王へと突き刺さる。
「グルゥゥオオオアァアオオ!」
だが、突き刺さるかと思われた矢に合わせて、黒炎を纏ったゴブリンの王の大剣が振るわれる。真正面から衝突する膨大な魔素。
込められた魔素が互いを捩じ伏せようと猛り狂う。鏃ごと飲み込もうとする黒の炎と、黒の炎を突き穿とうとする風の矢。
プエルは消費した魔素の大きさに片膝を突き、ゴブリンの王は歯を軋らせながら、更なる魔素を大剣に送り込む。
勝負は不利と見て取ったプエルは、瞬時に意識を切り替える。一戦士のものから戦場を見渡す指揮者のものへ。
妖精族の突撃を受けてゴブリン側の先頭は混乱が見られる。族長達とゴブリン達との間に割って入る形での突撃はプエルの思惑通り。
戦況は丁度横腹を突いた形になった妖精族側の有利。このままあの戦場から撤収して逃げるしかない。瞬時に後ろと前を確認。
後ろは一番隊が良く防ぎ止めている。士気の高いゴブリンを相手に、フェルビーが奮戦しているようだった。次は前。傷を受けた亜人と妖精族の進軍速度は明らかに鈍っている。
時間差を利用して切り抜けることが可能だとプエルは判断した。
「グルウゥゥオオオアァア!」
──目の前の難敵さえ葬れれば。
プエル渾身の一撃を弾き飛ばしたゴブリンの王の前進は止まらない。一直線にプエルに向かって突撃してくるその様子は、暴風雨を思わせる。
「2番隊、左右に展開!」
最早力も殆ど使い果たしたプエルだったが、喉も裂けよばかりに声を張り上げる。
重装備の2番隊が左右に開ければ、ゴブリンの王とプエルとの間を遮るものはない。
震える腕で体を起こし、再び弓を構える。
「さあ、勝負よ」
構えた弓に震えはなく、研ぎ澄まされた集中力がプエルに静寂を齎していた。手に握るのは青銀鉄製の特別な一矢。
狙うは、瀑布の如き勢いで迫るゴブリンの王の眉間。
針の穴を通すかのような集中力を持って、その照準は一部の狂いもなく定められていた。
◆◆◇
風圧を伴った矢を弾き飛ばし、俺は足を進める。
目測にして50m。視線の先には弓を構える一人の妖精族の女。間違いなく、あれがプエル・シンフォルア。俺達の進撃を挫き続けた妖精族の戦士。
立ち塞がるのは、幾重にもなった重装戦士達。
だが、構うものか! この程度の障害を越えられず、あの女傑の首を取ることなど叶う筈もない!
「2番隊、左右に展開!」
凛とした声が戦場に響き、左右に分かれた重装備の妖精族の戦士達。
これでは俺とプエルの間を遮るものはない。
何を考えている? 分からん。
──だが、迷わんぞ!
魔素を脚に込め大剣を低く構えつつ、加速。地面を這うように跳び、間合いを詰める。
「2番隊、閉塞!」
左右に展開していた妖精族の戦士達が一斉に、その距離を詰める。
あの陣形は唯一人、俺だけを狙ったものだったのか!?
後続のゴブリン達との距離は開き過ぎており、囲む重装備の妖精族の戦士の波の向こうだ。前後左右どちらを向いても敵しかいない。
釣り出されたということか。熱くなり過ぎて引き際を見失ったと。
……ならば。
──ならば、その期待に応えてやろうではないか!
「グルウゥオオアァオァオォォオ!」
《猛る覇者の魂》を発動させると同時に、後ろを気にするのを止めた。一騎打ちではない為に本来の力は発揮できないが、それでも致命的な精神侵略と引き換えに力を引き出す。
──《叛逆の魂》よ!
退路を断たれたのなら、自ら作り出せばいい。
囲まれたのなら、突破すればいい。
ただ、それだけのことだろうッ!
《三度の詠唱》を同時に展開、黒炎揺らめく大剣から噴き出る炎の勢いが増す。そのあまりの激しさに、制御を離れ暴走しそうになる黒の炎を精緻なイメージを作ることで抑える。
俺の道に退路などいらん!
──敵、敵怨敵敵敵、敵前、敵は前に、前にいるぞ!!
麻のように乱れる意識を引き絞って手綱を握り直す。左右の敵に向かって垂直に大剣を振り回す。炎の噴き出る勢いと相まって加速したそれが楯を切り裂き、剣を弾く。
だが、やはり軽装の戦士を相手にしているのとはわけが違う。重い手応えに振り向けば、3人掛かりで俺の大剣を止める妖精族の戦士の姿が映る。
前だ!
プエル・シンフォルアの首を取るッ!
左右を払った大剣を正面に構える。
俺の体ごと、敵陣を貫く刃となれ。
「我が命は砂塵の如くッ!」
背中で爆発する魔素を受け、刃に纏った黒き炎が空気を切り裂く。加速する視界の中で、衝撃と共に重装備の兵士を弾き飛ばし、刃で貫く。
魔素の多重展開と制御、更には空気の壁をぶち破ろうとする圧が、視界を白熱に染め上げる。
貫いたままの妖精族の重戦士を楯代わりにして、加速を継続。
「──、ぐ──が──!」
声にならない音が口から洩れるが、無視して前方からの衝撃を弾き飛ばす。
そうして遂に、重戦士の戦列を突破する。
同時に、楯としていた屍を大剣を振り上げて投げ捨てる。
そして目の前には弓を構えるプエル・シンフォルアの姿ッ──!
勝ったぞ!
「グルウゥォオアオァアア!」
◆◆◇
ゴブリンの王の力は圧倒的だった。
重戦士達の分厚い壁でさえ、彼の突破力を遮れるものではない。目の前に立つ者を圧倒的な力で捩じ伏せる大剣。
黒き炎を纏い切れ味を増すその大剣が縦横無尽に振るわれると、魔素を拡散させる効果を持つ筈の青銀鉄製の武具が、易々と切り裂かれてしまう。
だから、ここまで来るのは予想できることだった。
内心でプエルは呟きながら、目の前に立ちはだかる威容を確認する。
複数の群れの中心となる個体を率いる王を自分の前まで引きずり出すには、相応の出血を覚悟せねばならなかった。
プエルの狙いは最初からゴブリンの王を殺すことだけに絞られていた。見たことも無いような統率されたゴブリンの群れ。更に亜人達までも従い、妖精族までもが彼らに協力する。
プエルは最初自分の目を疑い、そして疑念が確信に変わるのにそう時間はかからなかった。
自分達シンフォルアの戦士の前に立ちはだかっているのは、シューレ・フォルニ率いる妖精族だった筈だ。だが、実質的に軍を統括し戦い続けてきたのは、あのゴブリンの王。
街道での戦いの見事な撤退も、集落を犠牲にして数の不利を覆す奇策も、恐らくはこのゴブリンが考え実行したのだ。
脅威の事実だ。
だが、ならばこそ対処のしようも見えてくる。
要はあのゴブリンの王。ならば、それを排してやればこの敵は瓦解する。
士気高く、血気盛んなゴブリン軍を見れば、王の本質が伺える。
その本質は荒れ狂う戦士のものに違いない。
本質が判れば、如何に巨大な獲物といえど狩れない道理はない。
目の前に餌を撒き、罠を張り、挑発する。
「2番隊、3番隊の後を追え! シンフォルアまで息も吐かせず走り抜けよ!」
族長達を確保してシンフォルの集落を脱出。族長達を救いに行った軽戦士には、既にそのことを伝えてある。脱出経路が西にあることも伝えてあった。
指示を出し終えて、強大な敵に向き合う。
構えた弓に番えられているのは、洞窟の小人に頼んで作成してもらった別たれる鏃。一度放たれれば、幾重にも分裂して相手を襲う必殺の矢だった。
あのゴブリンの王の最大の特徴は、魔素そのものと言ってもいい膨大な魔素だ。
黒き炎は、冥府の女神か、夜の神か。妖精族にとっては、どちらも忌むべき神。
その魔素を拡散させ、息の根を止める。
東部で学んだ魔素封じの技。それがプエルの奥の手だった。
それには青銀鉄とトリシュラナ・アローがどうしても必要だった。初めてゴブリンの王を見た時から洞窟の小人に頼んで作ってもらった品だが、工程の難しさから一本しか用意出来なかった。
故に外せば、プエルの死は確実だった。
雑音を消し去り、彼女の集中力は極限という域にまで達している。荒れ狂う暴風を思わせるゴブリンの王の剣戟。
一瞬、それが止まったと思った次の瞬間には、重戦士を弾き飛ばす爆発的な加速を見せる。
「っ……!?」
予想外の加速にプエルの意識が一瞬だけ騒めくが、瞬時にそれを静める。
ゴブリンの王が重戦士の列を突破するまでの一瞬の間に、再び集中を練り直す。
だが、ゴブリンの王はあまりに速かった。大剣で串刺しにした重戦士の屍を投げ捨てると、その血がプエルの顔に降りかかる。それでもプエルの表情は微動だにしなかった。
ただ一瞬。
ゴブリンの王が決して避けられない瞬間を見極め、彼女は狙いを定める。
覚悟を決めなければならない。やはり、あのゴブリンは脅威だった。例え一矢を放ったとしても、頭上高く振り上げられた大剣の一撃は彼女を断ち切るだろう。
──死。
あまりにも明確なそれを、彼女は受け入れて尚、狙いを外さない。
──ごめんね、セレナ……貴女には会えそうにない。
音すら消えうせる静寂の中、心の中だけでプエルはセレナに謝った。
瞬きの間に、静寂のプエルから激しい風が噴き上がる。
静から動へ。
プエルが眦を裂いて、ゴブリンの王を睨む。その眼光の強さにゴブリンの王も危険を感じ取るが、既に大剣はプエルを断ち切る為の軌道に入っている。今更引けるわけがない。更に込めた魔素を増大させて、黒の炎の嵩を引き上げる。
「プエル姉さんッ!!」
その勝負に割り込んだ声に。
「え?」
一瞬だけ、プエルは何もかも忘れてその声の主を振り返った。
離れる指先。トリシュラナ・アローは王の斬撃より僅かに遅れて放たれる。
「ずぇりゃぁぁあああァ!!!」
「ぬぅ!?」
裂帛の気合いと共に、シュメアが王とプエルの間に割って入る。王の斬撃を槍を回転させることで受け流し、プエルの放ったトリシュラナ・アローが展開する前に割り込む。
咄嗟に気が付いたゴブリンの王が、大剣の軌道をずらす。
みしりと悲鳴を上げる腕を無視して、戦いに割って入ってきた人間の女から武器を逸らすが、その所為で自身に向かってきた分裂する矢を避けることが出来なかった。
体に突き立つ3本の矢に、思わず膝をつくゴブリンの王。
「シュメア──」
何をすると言おうとした王は、シュメアの姿を見てその後の言葉を飲み込んだ。
半ばゴブリンの王に半身を向ける形で立っていた彼女の背中には、魔法を受けたであろう傷。槍は先程の斬撃で半ばから断ち切られ、それを握っている手は血塗れだった。
だが、それでも不敵に口元を歪めるとシュメアは、セレナに言い放つ。
「行きな、セレナ」
プエルに抱き付くセレナの姿を確認すると、シュメアは力なくその場に崩れ落ちる。
「悪いね旦那……」
「無茶をする」
大剣を杖に、ゴブリンの王が立ち上がる。
◆◇◇
見ればシュメアの後方には、魔法を唱えたであろう妖精族の護衛の姿。
シュメアは風の魔法を背に受け、間に合わない筈の一瞬に間に合わせたのだ。自身を弾丸に見立てた無謀な策だ。
だが、そのなりふり構わない無謀さにプエルを殺す気を削がれてしまった。
「……戦が終われば、覚えておけよ。相応の責任は取ってもらうぞ」
「お手柔らかに、あいたた……」
大剣を杖にして立ち上がろうとし、力が入らず膝をつく。
普段なら吹き出す筈の魔素が、一向に現れない。視線を落とせば、体に突き刺さった3本の矢。
「これが原因か」
1本を抜き取ると、体に力が戻る。3本抜き終えた所で、ようやく力が戻ってくるのを感じた。
見ればギ・ヂーを抑えていた妖精族の重戦士達がこちらに向かって来ている。
「……悠長に構えている暇はないか」
未だ戻りきらない力を振り絞って立ち上がると、大剣をプエルに向けようとし、一瞬の判断で半歩後ろに下がる。同時に先程まで俺がいた場所を、矢が通り抜けて行った。
今、大兵力で来られるのは不味いな。俺の魔素は展開できそうにない。
「プエル!!」
足を踏み出そうとする間に、ギ・ヂーを抑えていた妖精族の戦士が長剣を抜いて俺の前に立ち塞がり、プエルとセレナを背負わせて退いていく。
何とかしなければと思うものの、力の入らない腕では追撃もままならない。
「撤退するぞ、急げッ!」
殿となって指示を出すその男を、見送るしかなかった。
「我が君ィ!!」
ギ・ヂーの声が聞こえる。周囲には既に妖精族はいない。安堵と共に大剣を地に突き立て、膝をついた。
「ご無事ですか!?」
俺の無事を気遣うギ・ヂーに頷くと、指示を出す。
「奴らを追え。だが深追いはするな。それとラーシュカとギ・ジーに、シェーング攻略を……」
重くなる瞼に必死に抗って、立ち上がる。
俺は王だ。
情けない姿を配下に晒すわけにはいかん。
歯を食い縛って耐えると、吠えるように声を上げた。
「行け、ギ・ヂー・ユーブ! 奴らを決して逃がすな!」
「御意!」
枯れ野に広がる炎のような勢いで、ギ・ヂーは追撃にかかった。
ここに、シンフォルの森攻略は成ったのだ。
──人間との再戦まで、あと255日。
◇◆◆◇◇◆◆◇
主人公のレベルが上がります。
59⇒71
ギ・ドーのレベルが上がります。
89⇒1《階級が上がります》
ギ・ザー・ザークエンドのレベルが上がります。
61⇒82
ギ・ジー・アルシルのレベルが上がります。
21⇒37
ギ・バーのレベルが上がります。
53⇒81
ギ・ヂー・ユーブのレベルがあがります。
5⇒27
ギ・アーのレベルが上がります。
10⇒42
ギ・イーのレベルが上がります。
6⇒38
ギ・ウーのレベルが上がります。
13⇒40
ハールーのレベルが上がります。
95⇒3《階級が上がります》
ミドのレベルがあがります。
97⇒5《階級が変化します》
シンシアのレベルが上がります。
1⇒36
シュメアのレベルが上がります。
67⇒89
◇◆◆◇◇◆◆◇
次回にて、妖精族編終了です。
次回の更新は、4月2日。休みが戻ってたので、徐々に更新速度を上げたいと思います。