シルフ統一戦争ⅩⅠ
【種族】ゴブリン
【レベル】59
【階級】キング・統べる者
【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《戦人の直感》《冥府の女神の祝福》《導かれし者》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv1)オークキング《ブイ》(Lv82)
【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》
生木を利用した北門が内側から開かれる。
その奥に見える紅蓮の炎に、知らず口元が歪む。俺の中の凶悪な感情が、意志に反して口元に笑みを形造っていた。
「亜人は味方だ! 降るものは捕えよ! 抗う者は殺せ! 行くぞ!」
肩に担いだ黒炎揺らめく大剣を振りかざして、門を潜り抜ける。
「ゴブリン達に先を越されるな! 続け!」
暗闇の中、身を潜めていた蜘蛛脚人のニケーアの声が後ろから聞こえる。
生木とはいえ樹脂を含んだ木々に炎が燃え移り、妖精族の住居に火が回る。これならそう遠くない内に、集落全土を火災が襲うだろう。
「くっ……これでは集落が」
味方の妖精族から戸惑いに似た声が聞こえるが、この際無視させてもらう。敵の数はこちらの2倍以上。尋常な手段で優れた装備を持つ彼らを討ち取ることなど不可能だ。
「早期に敵を制圧せよ。その後消火に向かう! 集落を思うなら敵を倒せ!」
乱暴なフェイの言葉だったが、俺の意志を代弁してくれている。
ここで敵を倒す。でなくば、集落に火までつけて奴らを追い詰める意味がない。
「今ここで、この争乱に決着をつけるのだッ!」
続くフェイの言葉に、彼らも腹を括ったらしい。
弓と剣を手にした妖精族が、フェイに続いて走り出す。俺の横に並ぶフェイに一言感謝を伝えると、首を振ってそれを否定する。
「貴方の為ではありません。誰かが言わなければならなかった。それをシューレ様に押し付けてはならないと思ったまで」
走りながら矢を番えると、一瞬だけ止まり遠くで弓を構えていた妖精族を射落とす。
主思いなことだ。
「ウォォオオン!」
牙の一族と離れ、灰色狼の群れを率いる湖畔の淑女が、付いて来いとばかりに俺を先導して南へ駆ける。巨躯を誇る灰色狼の群れが、シンシアに続いて牙の一族の下へと向かって行く。
「ギ・ヂー・ユーブ! 北から西にかけて部隊を展開せよ! 奴らの逃げる方向を絞れ!」
「お任せを!」
《戦鬼》ギ・ヂー・ユーブは、今や片方の正面を任せても安心できる程にその力を開花させていた。ギ・ヂーの下には新たにレア級になった《神域を侵す者》ギ・アー、《遠征者》ギ・イー、そして《獰猛なる腕》のギ・バーをつけて補助に当たらせる。
「ギ・ジー・アルシル! 東に部隊を展開し南へ敵を押し込め! 炎に巻かれるなよ!」
「御意!」
暗殺のギ・ジー・アルシルの下には、氏族からの援軍であるダーシュカ、ル・ロウ、ハールーをつけてある。更に彼自身が率いてきた直属のゴブリン達と、蜘蛛脚人の族長であるニケーア。
多少不安ではあるが、混乱に乗じて敵を制圧するには十分な戦力だ。
「ラーシュカ、フェイ、ギ・ザー・ザークエンド! それぞれの部隊を率いて続け! 南へ進むぞ!」
「腕が鳴る!」
「はい!」
「望むところ!」
三者三様の答えに満足して、シンシアを追う。
ノーマル級ゴブリンに加えて妖精族、そして呪術師ギ・ザー・ザークエンドを筆頭とした祭祀達だ。風術師ギ・ドーや水術師ギ・ウーもギ・ザーの指揮下にある。
ラーシュカを手元に置いたのは、俺以外でこいつを従えることが出来そうな者が居なかった為だ。ガイドガ氏族の族長にして、デューク級という強力な戦力である。
ノーブル級になったばかりのギ・ヂーや、指揮をし始めて間もないギ・ジーに任せるには不安が残る。ならばいっそのこと、俺の下で使った方が良いだろう。
走りながら指示をする俺の隣に、シュメアが並ぶ。
「旦那、あたしらも行かせてもらうよ!」
後ろにセレナを伴った彼女の横顔は、炎の明かりに照らされていた。
「構わん。だが、珍しいな」
戦場では積極的に動くタイプではないのだが。
──そうか、セレナの探し人か。
「野暮用さ!」
セレナを促すと、槍を担ぎ直して走り出す。
俺に助力を頼むことも出来たろうに敢えてそれをしない心意気は、このことが私的なことだと割り切っているからか。
だが、俺にも約束した手前がある。
「フェイ、彼女らに護衛をつけられるか?」
「5人で宜しいな!?」
「頼む!」
フェイの指示で妖精族の5名が彼女らを追う。下手にゴブリンをつければ、要らぬ争いを生み出す可能性もある。
炎が南一帯で燻っている。強風に煽られてもっと広がりを見せるかと思ったが、集落内の通路と広場が炎を飛び火させるのを防いでいるようだった。
だが、十分な混乱だ。
「勝つぞ、この戦ァ! 進めェ!!」
南のミドと合流すべく俺は軍を進めた。
◆◆◇
妖精族の集落で火事というのは、殆ど発生することがない。長らく争いと無縁だった為と、森の結界のお陰である。風と水の加護を受けた集落には、炎が発生し難い仕組みとなっていたのだ。
だが、騒乱がその結界を変えた。
特にシンフォルの森では防備を固めるという需要に応える為に関を作り、巨木で防壁を築いた。森全体を覆う迷い人の結界は別として、僅かながら巨木の配置を変更せざるを得なかった。
それが風と水の加護を微妙な形で変化させていたのだ。普段なら火が付き難い筈の集落の家屋に、炎が回る。木々の配置による風の通り道、根元を通る筈の水路の配置、決して配置を変えた場所がいい加減だったわけではない。
だが、目的が違えば生じる結果もまた違ってきて当然だった。
幸いにも南側と北側の集落を分けるように中央に広場があり、延焼速度はそこまで速いものではなかった。だが、大火災と言うものに慣れていない妖精族では、その判断は無理と言うものだ。
目の前に踊る炎の影、夜天を焦がす紅蓮の炎を茫然と見上げる者や逃げ出す者が多数生まれる。戦う術を持たない者達は煙に巻かれて北へ逃れ、戦士達は酒の入った頭で、それでも部隊を探そうと右往左往していた。
その中で混乱を避け、比較的早くに北東へ逃れた妖精族の部隊はギ・ジー・アルシルの部隊とぶつかることになる。未だ炎は遠く、闇が支配するその領域で猛威を振るったのは、蜘蛛脚人を率いるニケーアだった。
目元に光苔の亜種を磨り潰した薬を塗り闇への耐性をつけた蜘蛛脚人は、その細い糸を入り組んだ集落の間に張り巡らせて、逃げてきた敵を迎撃する。
「妖精族フォルニの報恩が為に、我ら一振りの刃と為らん!」
ニケーアの檄に、蜘蛛脚人の戦士達が張り巡らせた糸と集落の外壁を使って疾駆し妖精族に迫る。その不規則な方向からの攻撃に、シンフォルアの連合軍は圧倒される。炎を避け、取るものも取らずに退避してきた彼らである。鎧を着けている者は稀で、手にしているのは弓だけと言う者が殆どだった。
鋭い爪と類稀な身体能力を持って、少数で妖精族を圧倒する蜘蛛脚人。中でもニケーアの紡ぐ糸は触れれば体を絡め取られ、動けなくなった所を爪の先から滴る毒で殺されてしまうという凶悪なものだった。
妖精族を襲うのは蜘蛛脚人だけではない。彼らが蜘蛛脚人を突破するのに時間を掛けている間に、闇の中から《暗殺》のギ・ジー・アルシル率いる部隊が、彼らの喉首を狙い始めていた。
人間の砦への侵入に失敗し、オークの集落の中で集団での戦いの利点を改めて知ったギ・ジーが、深淵の砦を守るギ・ガー・ラークスに懇願して譲り受けたノーマルゴブリン達。
それらを進軍の中で鍛え、何とか間に合わせた部隊の初戦だった。闇の中に潜みながら獲物に飛びつき、一番柔い喉首を狙う。
ギ・ジーの得意とする短剣を主要な武器として、一撃離脱を旨とした彼らの襲撃が妖精族を襲った。大多数での行動を蜘蛛脚人に妨害され、それならばと少数ずつ動き始めた彼らを襲う暗殺部隊。混乱する妖精族を寝首を掻くが如くに狩り取る彼らの脅威は、被害よりも精神的なものが大きかった。
「降れ! さもなくば首を差し出せ!」
騎獣を縦横無尽に操り、ハールー率いるパラドゥアの騎獣兵達が。
「王と族長に、我らが戦果をご覧頂くのだ! 突っ込め!」
ラーシュカの参戦に意気を高くするダーシュカらガイドガ氏族が。
「味方に当てるなよ! 我には我らの戦いがある」
ゴブリンで唯一弓を扱う、ガンラの若きル・ロウが。
ギ・ジー・アルシルの担当する東の戦線を南へ押し下げる。
また北から西に展開した《戦鬼》ギ・ヂー・ユーブの戦線でも、妖精族は押される一方だった。
「ギ・バー、8組を率いて正面に展開し、敵を防げ! ギ・イー、10組を率いて右から迂回せよ! ギ・バーの正面の敵を襲うのだ!」
ギ・ヂー・ユーブは指揮下にあるレア級ゴブリン達に的確な指示を飛ばしながら、集落を確実に攻略していった。
「ボス、敵、一杯来ル」
偵察を終えたギ・アーの言葉に、ギ・ヂーは獰猛に笑う。
「成程。主力はこちらに来るか? 獲物は一番美味い肉を我らに差し出してくれるらしい」
僅かに目を閉じて地形と戦力を考え合わせ、鉄の槍を地面に突き立てる。
「良し、我が君の御為に奴らを南へ追い詰めてみせよう! ギ・アー、殲滅を急ぐ! お前も12組を連れ、ギ・バー正面の敵脇腹に食らいつけ!」
「おウ!」
走り出すギ・アーの背中を見送って、ギ・ヂー自身も進む。
「確かプエル・シンフォルアだったか……。積もり積もった敗戦の恨み、今日こそ晴らしてやるぞ」
敵の指揮官に向ける激情を口に出して気持ちを切り替え、彼は戦場を更に南へ下げた。
◆◆◇
正面から走ってくる妖精族が、俺達の姿に身を固めて立ち止まる。幼子を連れている者、鎧を身に纏っていない女、老人、戦う術を持たない者達が集落中で最も大きな通りを北側に逃げてくる。
その数の多さに、少々面を喰らってしまう。
「……フェイ、妖精族に彼らの誘導を頼めるな?」
「無論!」
俺の前を行くシンシア率いる灰色狼達が人波の中に一直線に道を作ってはいるが、一時でも立ち止まれば瞬く間に避難する民によって呑み込まれてしまいそうだ。
少々避難する者達のことを甘く見ていた。
戦の真ん中に出てくるようなことはないだろうとタカを括っていたが、彼らにしてみれば何がなんだか分からない内に戦が始まっていたのだ。
巻き込まないに越したことはないが、今後の為にも考えておくべきことだった。
ゴブリンの誘導では恐れて従わない可能性がある。同じ妖精族なら未だマシな筈だ。
「道を開けさせろ! 進軍を妨害させるな!」
俺の声に従って、左右に散った妖精族の者達が声を張り上げる。
「感謝します。ゴブリンの王」
フェイの言葉に、何のことだと視線を向ける。
「集落は違えど彼らもまた同朋。それを傷つけない配慮、痛み入ります」
「感謝される謂れはない。俺は勝利だけを目指している。変に俺を過大評価するのはやめてもらいたいな」
虐殺者として彼らの上に君臨するつもりはない。
いつか友として彼らと肩を並べたいという俺の望みの為に、無駄なことはしたくないだけだ。
フェイは僅かに笑うと、再び前を向いて走り出す。
遠くに見えていた松明の火が徐々に近付いてきている。同時に燃えている木々も多くなり、頬に感じる風も熱いものとなっていった。幸い煙は頭上を吹き抜けているが、いつ俺達を巻き込んでしまうか分からない。
決着は早くつけねば。
「ミド! どこだ!?」
夜天を染める紅蓮の赤に、この作戦の立役者の姿を探し求める。
その内に、目の前に立ちはだかる妖精族の戦士を見つける。
数は50程か。
「降れ! でなくば、死ねェ!」
一声掛けて足に魔素を通すと共に、肩に担いだ大剣を振り上げる。青銀鉄製の武具を身に纏った敵に狙いを定めると、足に満身の力を込めて空中へ跳ぶ。
「敵だ! 北から敵が──」
煙幕代わりの黒煙の中を、目を細めて脱出。両手に握った大剣を落下する重力と合わせて、叫ぶ妖精族に向かって叩き付けた。
両断された妖精族の至近に着地した俺は、茫然と俺を見返す周囲の妖精族との目測を図る。
警告はしたぞ!
「我は刃に為りゆく!」
魔素が通り黒く燃え上がる刀身。
瞬時に一閃。
振るう黒き炎の大剣が妖精族の胴を薙ぎ、続いて二閃して首を撥ねる。防具など無関係だと言わんばかりに、獲物を切り裂く俺の大剣。
「グルウゥウォオォオアァオアァア!」
天地を喰らう咆哮を上げ周囲を怯ませると共に、正面に向かって跳躍。剣を構えようとした敵の胴体を貫き、寝かせたままの刃に逆らわず、そのまま胴体を両断。噴き上がる血飛沫を浴びながら、再び前に足を進める。
相手の足元に突き刺すように大剣を突き出すと、そのまま敵の胴体に向かって切り上げる。敵の体を吹き飛ばしながら致命傷を与え、生じた空隙の間合いを更に進んで妖精族を突破した。
「王に続け!」
立ちはだかった妖精族に襲い来る暴力は俺が突破した後も続いた。いや、更に激しさを増したと言った方が良い。呪術師ギ・ザー・ザークエンドの風の刃が彼らを襲い、ギ・ザーに率いられた祭祀達の攻撃が続く。
如何に青銀鉄の防具が魔素を拡散させる効果があるといっても、やはり限度がある。許容量を越えた魔法の一撃が青銀鉄の防具を傷付け、ドルイド達の攻撃の前に妖精族が怯む。
「我は、吠え猛る!」
剛腕を誇るラーシュカの一撃が、妖精族の前衛を吹き飛ばす。片目の悪鬼が如き形相で棍棒を振るう巨躯のゴブリンは、久々の戦に血沸き肉躍っていた。
「ゴブリンの王が開けた点を拡張するぞ! 並行三斉射!」
フェイの指示で、数は少ないが妖精族の支援射撃も敵に降り注ぐ。
瞬く間に立ちはだかる敵を殲滅すると、目の前に獅子奮迅の働きをするミドの姿が見えてきた。
「ウォオン!」
シンシアの叫ぶ声に視線を上げる。
「ミド、無事か!?」
全身を血に塗れさせ、荒ぶるミドの姿が炎に映える。
「お、おぉ……ゴブリンの王か! どうだ、大戦果だろう!?」
「良くやった。これで勝利は間違いない。後はどれだけ戦果を拡大できるかだな」
「応よ。苦しめられた同朋の恨み、今こそ晴らしてやるぜェ」
「ウォォオオン!」
「お、お嬢! 来てくれるなんて嬉しいぜ!」
先程までの鬼気迫る表情はどこへやら、少年のように顔を綻ばすミドにシンシアが寄り添う。
戦人の顔に戻れミド。未だ戦は終わってないぞ。
シンシア率いる灰色狼達がミド達の牙の一族と合流し、攻める方向を転換する。今まで真っ直ぐに南を目指してきたのは奴らの後背を突く為だ。
今、北東と北西からギ・ジーとギ・ヂーが戦線を押し下げている。当然敵はそれに対処すべく、或いは煙に巻かれて北へ向かう筈だ。
ミドと合流する目的もあったが敵のその後背を突く為にこそ、南へ一直線に駆けてきたのだ。
東と西の敵、どちらを先に挟み撃ちにするべきだ?
──東、か。
俺の右腕の真の黒が、ドクンと脈打った。
戦人の直感に囁くものがある。どちらにせよ、速いか遅いかの違いだけだ。
「東の敵を殲滅するぞ。続け!」
◆◆◇
燃え上がる集落の様子に、周囲からは騒めきが漏れる。
「何てことだ……ここまでやるのか、奴らは」
フェルビーの声に、プエルは内心だけで同意する。遠くに見えた明かりが瞬く間に集落全土を覆い尽くしたように見えた。
氷のような表情と評されるプエルの内心では、必死に集落の地図と火の回りの計算をしていた。彼らは南側から火事を見つけたことになる。当然、プエルを例外として、集落の大火災など経験したことがないものが殆どだ。
目の前に広がる景色に思考するのを忘れ、食い入るように見入っていた。
「集落が、燃え落ちる……」
だが他の妖精族と違ったのは、人間世界での経験を積んだプエルがいたことだ。当然、火事など幾度も経験し、その度に仲間と力を合わせて乗り越えてきた。
「いえ、まだ間に合います!」
内心の動揺を押し殺し、プエルは断言する。
「だが、集落が……」
「あれは南側が燃えているに過ぎません。集落の地形を思い出してください。中央に走る道路と広場がありましたね? 南の火災はあそこを越えることはできません。北側は無事です」
彼女の力強い言葉に、彼らは力を取り戻す。
「ですが、この火事は恐らく人為的に起こされたもの。私たちは決断をせねばなりません。フェルビー」
「な、なんだ?」
「戦うか、逃げるかの決断を」
プエルの瞳がフェルビーを貫く。凡そこれ程の反撃を予想できなかった自身にも責任の一端はあると思う。だが、決断を下すのは指揮官であるフェルビーの仕事だ。
それを飲み込んで決断を迫らざるを得ないプエルは、フェルビーを一心に見つめた。この戦の初手は完全に向こうに取られた。勢いや地の利、その全てで敵が優位。
だが、まだ負けてはいない。
プエルの内心で燃え上がるものがある。だが冷静な理性の声は、ここで部隊を率いて逃げるのも一つの答えとして間違いではないと告げていた。
族長達に足を引っ張られることなく彼女の戦をすることが出来る。最初はやはり劣勢だろう。だが戦術的に彼らをシンフォルに閉じ込めてしまえば、自分とフェルビーの力で幾らでも盛り返すことは可能なのではないか。
甘い誘惑に似た理性の声に蓋をする。判断を下すのは自分ではないと言い訳をして。
「……族長達は逃げたと思うか?」
「この炎です、恐らくは未だ中に……」
「なら、俺の決断は決まっている。戦おう!」
フェルビーの声に、彼女は一度だけきつく瞼を瞑った。
やはり、この戦は負けだ。だが、その負けを最小限に食い止める責任が彼女にはある。
「犠牲が多く出ます。それだけは覚悟を」
「分かっているさ」
フェルビーの決意に頷いて、彼女は部隊を再編する。
「1番から6番の隊は剣を! 7番、8番は弓を! 1番隊と2番隊は楯と鎧を忘れないように! 水の魔法を使える者は申告を! 貴方方が鍵となります!」
いつもより近接戦闘に応じる部隊の数を多く再編すると、彼女は号令を下す。
「必ず生き延びましょう。貴方達に森の神の加護を!」
応じて部隊からも声が上がる。
「弓の神と共に!」
「水と風の神に栄光あれ!」
彼女の率いる部隊の士気は高い。
彼女は先ず、全軍を以って南から真っ直ぐに集落を目指す。炎に巻かれていた他の部隊の人員を拾い上げながら、向かってくる亜人を近接部隊を以って駆逐していった。
「シンフォルアの旗下に集え、戦士よ!」
先頭を行くフェルビーに声を上げさせながら負傷者の回収と戦える者の選別を同時に行い、戦えない者は後方に待機させて火元に急いだ。そこは既に炎が壁となって燃え盛る場所だ。
「奴隷部隊の……叛乱? フェルビー! 亜人は全て敵だと考えてください!」
少数ながら向かってきた亜人の行動に、彼女は戦慄を覚える。これで200居た奴隷部隊はそっくり敵に寝返った。残るは彼女の手元の300と散り散りになった妖精族の戦士達。
「火元に水術を! 道を作るのです!」
近接部隊を敵との戦いに割きながら、進む道を作る為に火を消す。最小限度、部隊が通れるだけの道を作り躊躇せずにその場から離脱。
炎と風の吹いている方向を常に考慮に入れ、悪戦苦闘しながら集落を進む。或いは黒煙が低い場所では風の魔法によって一時的に黒煙を上方に流し、その隙に全軍を進ませる。
炎の壁を突き崩し、僅かながら開いた隙間から部隊を前進させる。
そうしてやっと炎の壁を突破した先には、未だ燃え広がっていない集落の姿があった。
「……少し、西にずれた、けど!」
小さく囁くと、彼女は今いる位置を特定する。
未だ許容範囲だと自身に言い聞かせる。
見れば妖精族を取り囲むゴブリンの軍勢。
「味方を助けます! 1番から3番全速前進!」
プエルの声に、フェルビーが陽気に笑う。
「よぉし! 突撃だァ! 続けェ!」
フェルビー率いる前衛戦力が味方を包囲するゴブリンに突っ込むと同時に、後衛たる弓部隊にも指示を与える。
「味方に当てないでください! 曲射、2回!」
自身も弓を引くと、ゴブリンの頭上から矢の雨を降らせる為に弦を引絞る。
「放て!」
飽和する衝撃力にゴブリンの包囲が崩れる。だが、それを討ち取る前にゴブリン達が後退していく。
「手馴れてきている。でも、未だ負けない」
プエルは主力と共に移動しながら周囲の状況を確認する。火の回りはそれほど速くない。これならまだ何人かの同朋は救い出せる筈。
「フェルビー、そのままゴブリンを押し留めてください! 弓隊は引き続き援護を! 4番から6番味方を回収!」
味方を回収すると、族長達の位置を問い糺す。
東にいるという彼らの答えに、思わず目の前が暗くなる。絶望的な距離に感じるがやらねばならない。気持ちを奮い立たせて、プエルは更なる指示を出す。
「1番2番隊、殿をお願いします。3番から6番、族長達を救います! 前へ!」
重装備で身を固めた1番2番隊にゴブリンを抑えさせ、軽装の部隊をもって迅速に族長達を救い出す。先程回収した味方に案内をさせ、プエルは東へ向かった。
◆◆◇
煙と炎に巻かれて逃げ出してくる妖精族の部隊を3つ程潰したところで、《戦鬼》ギ・ヂー・ユーブは強烈な逆撃を受け包囲を崩される。
「これは……」
今までの部隊とは明らかに違うその練度と士気、何より圧倒的な采配の差!
身に覚えがあるなどというものではない。王に兵を任されながら無様に敗北を喫した相手。忘れよう筈もないこの威圧感。
噛み締める歯が、ぎりりと嫌な音を立てて鳴る。
「──待っていたぞ、プエル・シンフォルアァアァ!!」
鉄槍を砕き折らんばかりに握り締め、ギ・ヂーは手勢のゴブリン達に向かって声を張り上げた。
「一旦戦列を立て直す! ギ・アー、ギ・イーの順に退がれ! ギ・バー、退がりながら持ち堪えよ!」
雨の如く降り注ぐ矢によって混乱しつつあったゴブリンの戦列を立て直す。煮え滾る内心とは裏腹に、ギ・ヂーの脳裏は澄み渡っていく。
「ギ・アー、ギ・イー、穂先を揃えろ! 左から迂回して奴らを炎の中に叩き込めッ!」
プエル率いる部隊の後ろから、徐々に炎が集落を侵蝕しつつある。敵の前衛は固い装備に身を固めた者達だ。槍も剣も真面には通じない。
最悪、体当たりしてでも奴らを炎の中に叩き込めば、勝機はこちらにある。
瞬時にそう判断してギ・ヂーは指示を下す。
「ぬ!?」
だが、てっきり強力にこちらを圧迫してくるだろうと思われた敵の戦列が、その場に留まったまま後退していく。それどころか、いつもこちらの動きを封じるべく動く軽装の妖精族が東へ向かって移動しているではないか。
「我が君の下へ行くつもりか……」
その時ギ・ヂーの脳裏を掠めたのは、王を直接狙うという敵の意図だった。
「我が君が負けるとは思えぬ……だが、我が君を狙うなど、この俺がいる限りさせてなるものか!」
南を平定しているギ・グー・ベルべナの名代として王の下で軍を指揮するギ・ヂーには、敵が背を向けるのをみすみす見逃すことはできなかった。
「ギ・イー、先頭となって奴らを追え! 我が君の下に敵を近付けるなッ!」
ギ・ヂーの号令の下、《遠征者》ギ・イーがその配下を率いて駆ける。
「ギ・アー、ギ・バー、左右の爪となって奴らの脇を狙え!」
応える3匹のレア級ゴブリンを確認し、ギ・ヂーは獰猛に笑った。
「我が君の御前に、プエル・シンフォルアの首を捧げるのだ!」
◆◆◇
戦人の直感に従って、俺は進路を東に取る。後ろから迫る炎を確認しながら時間を測り、進軍速度を更に速める
住居に利用される木の間を通り抜けていくと、妖精族の部隊が密集している場所だった。
「突撃だ! 蹴散らせ!」
黒炎揺れる大剣を振りかざすと、俺の傍らをラーシュカが駆け抜ける。
「先駆けは貰うぞ!」
「俺の前を駆けるか! ならば一瞬たりとも立ち止まるなよ! ラーシュカ!」
不敵に笑うラーシュカの横顔を確認すると、俺自身もその背を追う。
「戯言を! 俺の暴威の前に、道は自然と出来るのだ!」
両手に一本ずつ棍棒を握り、その棍棒に黒き光を宿らせる。
「我、暴威を纏わん!」
二つの棍棒に集約された黒の光が飛翔。密集する妖精族を暴威の名の下に蹴散らす。
「俺の前に立つ者には圧潰をくれてやろう!」
吠えるラーシュカの威圧に、妖精族が怯む。
力尽くで好機を作り出したラーシュカの雄姿を目で追いつつ、声を上げる。
「ラーシュカに続け! 殲滅の好機だ!」
俺の声に応えて、後ろから突撃の声が聞こえる。
妖精族の纏う青銀鉄の鎧もラーシュカの剛腕の前ではその頑丈さを保てず、中の妖精族を守りきることは難しい。振り下ろす棍棒の一撃が妖精族のヘルムを叩き潰し、下から掬い上げるような一撃が重装備の妖精族を宙へと弾き飛ばす。
見れば重装備の妖精族に護衛されている、一目で分かる程上質な服を着た一団がいる。
恐らくアレが敵の首魁だ。
ならばアレを獲れば戦は終わる!
「敵の首魁はあそこに居るぞ! 奴らを討ってこの戦を勝利に導け!」
俺の咆哮に応えるべく、妖精族が、ガイドガ氏族が、亜人が、ノーマルゴブリン達がラーシュカの後に続いて一斉に戦場を駆けていく。
──人間との再戦まで、あと255日。
次回シンフォルの森攻防戦決着予定。
次回更新は31日です。