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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
楽園は遠く
171/371

幕間◇古の英雄

【個体名】ミド

【種族】ウェア・ウォルフ

【レベル】95

【階級】戦士

【保有スキル】《暴虐の右腕》

【加護】風の神

【属性】風




 カラッドは、奴隷の子として生まれた亜人だった。父も母も奴隷の亜人であり、牙の一族の中でも優れた毛並みを持っていると評判だった。

 奴隷として生まれ、奴隷として育ち、父も母も奴隷として死んでいった。

「昔、私達のご先祖様は広い草原で自由に暮らしていたんだよ」

 優しい母の声を今もまだ覚えている。

「それじゃあ、何でこんな所に僕らはいるの?」

 奴隷として生活する亜人の生活環境は劣悪だった。狭い居住地域に住まわされ、自由に外へ出ることが許されず、満足な食事も与えられない。

 妖精族の子に散々に虐められ、母に泣きついたある日、彼女は困ったように笑って首を振った。

「……そうだね。ある日気付いたら争いの中にいて、いつの間にか私達はこんなところにいたんだよ」

 悲しげに微笑む母に、それ以上聞く勇気がなかったカラッドは黙り込む。

 そうして彼は、自分達が生きることも死ぬことも自由に決めることの出来ない奴隷なのだということを知ったのだ。

 母も父も死に、十数年。気付けば彼は奴隷部隊の戦士として、数日前からシンフォルの森へ来ている。

「よぉ、同朋」

「またあんたか」

 そのカラッドの前に、昨日から他所の集落で暮らす牙の一族の若者が付き纏っていた。

「そう邪見にするもんじゃねぇぜ」

「俺に用はない」

「俺にはあるんだよ。なぁ同朋よ、俺達と一緒に来るつもりはねえか? 歓迎するぜ」

 昨日から付き纏っているこの男は、自分達の集落に来いと言う。

 そこでは自分の意志で狩りをし、戦い、子供を作るのだと。

「……逃亡は死だ。奴隷なら皆知っている」

 周囲を見渡せば、自分と同じ仲間達の諦観を抱く目がこちらを見ている。多かれ少なかれ、逃亡奴隷というものは見せしめの為に殺されるものだ。

「あんたの過去に何があったのかは知らねえが、今は好機なんだぜ。俺達が先祖のように自由を得る為に……っておい、どこ行くんだ」

「すまんが、武器の手入れをしたい。僅かでも生き残る可能性を上げておきたいんだ」

「今だって、生きてるなんて言えねえだろうに」

 その言葉に、怒りを目に滲ませてカラッドは振り返る。

「……それでも、俺達は死にたくない。そんなことの為に俺達はっ……」

 歯を食い縛るカラッドに、男は口元を歪めた。

「……また明日来る。今度は良い返事を期待しているぞ」

「だから、俺は……」

「待ってるぜ。同朋」

 背を向ける若者の背中は幾重にも傷付き、未だに血が滲んでいた。

「奴も奴隷だろうに……何故そこまで」

 仲間の下に戻り、錆びた鉄製の武具の手入れをする。革製の鎧は少ない時間の中で女達が作ったものだ。帰ってこれないかもしれない男たちの為に必死で作った鎧だったが、妖精族の持つ青銀鉄製の武具に比べれば見劣りするのは仕方ない。

 毎日が死に向かう為の道程にしか思えない日々。

 だが、その中でも妻と呼ぶ者に出会い、少ないながらも守るべき者達がいる。細く、頼りない希望の糸を切ってしまえるだけの勇気などカラッドにはなかった。

「なぁ、さっきの奴は……」

 少ない装備の手入れをしてしまえば時間は空く。シンフォルの森を占領してからは、シンフォルアの軍勢全体に弛緩した空気が流れていた。妖精族は最早勝ったも同然と規律など考えもせず、その傍らで奴隷部隊は息を潜めるように次の出撃を待っていたのだ。

「帰った」

 言葉少なにカラッドは言うが、同じ奴隷の一人は何やら考え込むように首を捻っていた。

「何だ。何かあるのか?」

「いや、自由ってのはどんな気分なのかなって……」

 ──自由。

 時間が出来ると、考えないようにしていたことを考えてしまう。

「そりゃあ、肉は食い放題だろう?」

「馬鹿、お前の腕で獲物が取れるかよ」

 他愛ない会話を繰り返し、だが最後には溜息と共に誰かが言う。

「いったいどんな気分なんだろうな、自由ってのは」

「……英雄ハリードみたいな気分なんだろうな」

 英雄ハリード。

 遠く祖先が平原を追われる際に、敢然と人間達に立ち向かったウェア・ウォルフの英雄の名前だった。かくいうカラッドも母の昔語りに聞く、自由を愛した英雄の話が大好きだった。

 いつかは自分もそんな英雄のように。そんな願望を抱いていた幼い日。

 妖精族の子供に苛められた時もその願望を捨てきれなかった筈なのに、一体いつから見切りをつけていたのだろう。自分は英雄になどなれやしないと。

「英雄ハリード、か」

 一体、いつから……。


◆◆◇


 翌日もその男はやってきた。要件は同じだったが、ふと思い付いたことをカラッドはその男に振ってみた。

「なぁ、あんた。英雄ハリードの話を知っているか?」

「あん? ああ、知ってると思うぜ」

 話のあらすじはこうだ。

 平原で平和に暮らしていた牙の一族は、ある時突然人間の侵略を受ける。

 普段仲良く商売をしていた商人から。

 助けてやったこともある猟師から。

 見たこともない村人から。

 牙の一族は突然武器を向けられた。そのあまりの突然さに、牙の一族は成す術もなく狩られ、散り散りになって逃げ延びるのが精一杯だった。

 だがそれでも追い詰められ、これまでかと思われたその時、一人の英雄が現れた。

 巨躯を誇る1匹の灰色狼と友誼を結び、森林から草原を駆け巡るハリードと呼ばれる青年だ。

 鉄の鎧も引き千切る力と、火の魔法すら通さない硬い毛並みを持ったハリードは、自分の部族を率いて窮地にある同朋達の為に人間達との戦いに身を投じる。

 また、ハリードは頭を使うことにも長けたウェア・ウォルフだった。

 人間にも旧知の者がおり、彼らの力も分かっていた。戦えば十中八九自分が死ぬことも分かっていたそうだ。

 だが、ハリードは逃げずに人間達に立ち向かった。

 七日七晩に渡る激闘の末、人間達を平原の向こう側に追いやり、牙の一族に平和を齎すことに成功する。だが、激闘の末に傷を負ったハリードは余命幾許もなく、同朋達に森へ逃げるよう言葉を残して常春の楽園へと去った。

 その場所で傷を癒し、再び同朋を救う為彼は眠りについたのだ。

 そして牙の一族は森へ逃れ、以後妖精族の庇護の下で生きることになる。

「自分の命と引き換えに同朋に生きる道を与えた。皆、彼を称えて英雄と呼ぶ」

 カラッドは語り終えると、目を瞑って話を聞いている男に問い掛けた。

「英雄ハリードが今の現状を見たらどう思うかな……」

「……まさか英雄も、妖精族がここまで腐敗してるとは思ってなかったんだろうよ」

 その言葉に、カラッドが目を見開く。

「妖精族が腐敗だって? 奴らは最初からあんな風だったろう?」

「いや……俺達の住んでいる所じゃ、数年に一度使者を寄越すだけで基本的に不干渉だったよ」

「馬鹿な」

 あまりの落差に、カラッドは目を見開く。目の前の男の言葉を信じれば、それはつまりジラドの森の妖精族だけが特別に悪いということになる。

 衝撃を受けるカラッドの前で、しゅんと耳を垂らして俯く男。そこに先程までの覇気はなく、許しを請うような雰囲気さえ漂っている。

 どうしたのかと疑問に思うカラッドだったが、目の前の男は何も語らず黙するのみだった。

「……ハリードは、何で戦えたんだろうな? 死ぬかもしれないのに、怖くなかったんだろうか」

 結局、口に出たのはそんな言葉だった。

「さあ、奴は族長だったから特別強い使命感を持っていたのかもしれんが……多分違うだろう」

 まるで旧知の者を語るようなその言葉に、カラッドは疑問を口にする。

「まるで──」

「おい、そこ何をしているかッ!」

 妖精族の戦士の怒声に、話を中断させられる。

「ッまずい、俺は行く」

 立ち去ろうとするカラッドの腕を、強い力で男が掴む。

「同朋よ。今日の夜、ここに来い。話の続きをしよう」

「今はそれどころじゃ」

「きっとだぞ!」

 男は身を翻し、風のように去って行った。


◆◆◇


 そうしてシンフォルの森に進駐してから5日目の夜が来た。

 強い風は、南から北へ。唸り声に似た低い音が鼓膜を震わせる。

 奴隷部隊は昼間はともかく、夜間は全員が鎖で首を繋がれる。全員が一か所に纏められてしまう。視線を彷徨わせ、昼間の男を探すカラッドだったが、その姿を探し出すことは出来ないでいた。

 今日も妖精族は宴に忙しい。

 先程まで騒がしかったが、今は水を打ったような静けさが辺りを包んでいた。

 耳をぴんと立て、周囲の音を探る。

 何故だか胸騒ぎがした。

 昼間のあの男の表情が否応なく思い出される。

 だが、自由にならない奴隷の身だ。少し動いただけで首に繋がれた太い鉄鎖の音が鳴る。

 会えそうにないのは、別れ際から分かっていたことだ。

 無理矢理にでも眠ろうと目を閉じる。戦が始まる前に疲労してしまってはどうしようもない。

 そうしてみた夢は、英雄ハリードの眠りにつく前の姿だった。

 無論、見たことがあるわけではない。だが想像の中の英雄は、満足しきった顔で後事を言い残していた。

 その顔に、思わず不満を思う。

「何故、なんだ」

 夢の中、酷く動かし辛い口元から、それでもついて出た疑問。

「何故俺達は、こんな所にいる」

 人間の脅威に立ち向かった。それは大したものだ。だが、結果的に英雄の判断で俺達は奴隷になどなってしまった。自分の命を自分で使えない。

 ──生きてるなんて言えねえだろうに。

 誰かの言葉が甦る。

 そうだ、こんなことになってしまったのは、英雄(あんた)の所為じゃないのか、と。

 何故そんな安らかな顔で、眠ってしまうんだ。

 英雄なら、俺達を導いてくれ。

「──、ッく」

 悪い夢だった。自分の醜悪さを目の当たりにするのを悪夢以外の何といえばいいのか。背中にかいた汗の冷たさに、思わず身を震わせる。

「……こんな所にいたのか」

 未だ微睡から覚めぬ暗い視界の中に、ぬっと現れたその姿は、まさに夢の中から這い出た英雄。聞こえた言葉は、夢の中の悲しみを掬い上げるような強さに溢れていた。

 思わず瞬きをして、その姿を仰ぎ見る。

 ──独り、具足をつけただけの姿で血塗れた英雄が目の前に立っていた。

「ハリー……ド?」

 数度の瞬きで、それが昼間の男だということに気が付く。

「なんだ、あんた……か」

 いつもの調子を取り戻そうとし、言葉が尻すぼみに小さくなる。

 最初は錯覚かと思ったが、鼻に感じるのは間違いなく血の臭い。猛々しく吐き出す息は鋭い眼光と相まって、戦に赴く戦士を思わせた。

「あんた、怪我を?」

 まさか妖精族にやられたのかと立ち上がりかけ、太い鎖がじゃらりと鳴る。

 それで隣や、周囲で眠る同朋達が起き出す。

「……迎えに来たぞ、同朋よ」

 強風と相まって、低く絞り出すような声は聞き取り辛かった。男の後ろには、松明の明かりだろうか、炎が見える。

 周囲の起き出した亜人達も、何事かとカラッドと男のやり取りを見守る。

 目を瞬かせるだけのカラッドに、男は腕を組んで声を張り上げる。

「英雄ハリードは、その末期まで人間と戦い続けた! かくて七日七晩の激闘の後、無念と共に彼の子の腕の中で、敵と自身の血に塗れ息絶えるその時まで、彼は同朋の行く末を案じ続けた!」

 思考の止まっていたカラッドの瞼の裏に、その情景が甦る。それは他の牙の一族も同様だった。騒めく彼らの声を受け、男は更に声を張り上げる。

「そうして英雄ハリードは彼の部族に無念を果たしてくれと願いを託した! この後我らの同朋が窮地に陥ったなら、それは自身の責任だと!」

 男の言葉に、カラッドは胸に迫り上がる思いを感じた。それが何か分からないまま、男の話に聞き入った。

 男の傍らには、いつの間にか巨躯を誇る灰色狼が侍り、彼の後ろには松明の明かりを手にした精悍な牙の一族の者達が集まっていた。

「助けられなかった、それだけが無念だと、血の涙を流しながら、奪われた自由に手を伸ばし、届かぬことに歯を噛み締めながら、そうして英雄は死んだッ!」

 助けてくれ。それは何年積もり積もった言葉だっただろう。

 心の中で、死の間際で、生きる日常の中で、隷属する中で、自分も同朋達も言い続けた言葉。

「我が名はウェア・ウォルフの一族、猛き鉱石の末! 《暴虐》のミド!」

 闇の中、松明に照らされる牙の一族の男達から立ち上る気焔が膨れ上がる。

「──助けに来たぞ、同朋よッ!!」

 夜の闇に、かつて見た幻の平原に向かって、目の前の男──幻の英雄ハリードは吠えた。

 肩を怒らせ、抑え難い感情を吐き出しながら、ミドは吠えた。

「南の同朋よ、遅くなった! だが、今宵我らは本来の姿に立ち返る! 英雄ハリードが果たせなかった無念を、今こそ果たすのだッ!!」

 その言葉に涙を流さない牙の一族は居なかった。

「軛を断ち切り、立ち上がれ、我が同朋よ!!」

 その言葉に心を奮い立たせない牙の一族は居なかった。

 英雄は、確かに自分達を救いに来てくれた。

「この手に、自由をッ!」


 その夜、妖精族の抱える奴隷部隊200は、フォルニ・ゴブリン連合軍に寝返った。


◆◆◇◇◇◆◆◇


レベルが上がります。


ギ・ドーのレベルが上がります。

81⇒89

ギ・ザー・ザークエンドのレベルが上がります。

56⇒61

ギ・ジー・アルシルのレベルが上がります。

14⇒21

ギ・バーのレベルが上がります。

24⇒53

ギ・ヂー・ユーブのレベルがあがります。

1⇒5

ギ・アーのレベルが上がります。

1⇒10

ギ・イーのレベルが上がります。

1⇒6

ギ・ウーのレベルが上がります。

1⇒13

ハールーのレベルが上がります。

86⇒95

ミドのレベルがあがります。

95⇒97


◆◆◇◇◇◆◆◇


本編が来ると思いました? だが焦らすッッ!


次の更新は27日です。

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