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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
楽園は遠く
167/371

シルフ統一戦争Ⅶ

【種族】ゴブリン

【レベル】57

【階級】キング・統べる者

【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《戦人の直感》《冥府の女神の祝福》《導かれし者》

【加護】冥府の女神(アルテーシア)

【属性】闇、死

【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼ガストラ(Lv20)灰色狼シンシア(Lv1)オークキング《ブイ》(Lv82)

【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》





「おお、ようこそ……ジラドの森へ」

 怜悧な表情を綻ばせ、ジラド・ナッシュがプエルを出迎える。

 一時ゴブリンとフォルニの連合軍に攻められ行方不明となっていたが、どうやら地下に潜んでいたらしい。亜人に守られ、フェルビーが解放したジラドの森に出てきたというわけだ。

「今回の騒動、シンフォルアの方々には感謝しても仕切れないな」

 今一人ジラドと並んで姿を現したのは、シンフォルの森から追われたプリエナの姿だった。

「本当に……特にフェニト殿の従姉であられるプエル殿の活躍が目覚ましいとお聞きしましたが」

「彼女はゴブリン・フォルニの連合軍を打ち破り、もうすぐこちらに来るでしょう」

「頼もしい」

 顔を綻ばせるナッシュとプリエナの姿に、フェルビーは心に温かいものを感じる。

 同朋を守るための戦い。当初こそ劣勢に追い込まれていたが、プエルや他の戦士達の活躍のおかげで道半ばまで来れた。解放まであと少しだ。

「ついては、宴の用意をしています。是非皆さんの疲れを癒して頂きたい」

 一緒にいた同朋達から歓声が上がり、まんざらでもないフェルビーもその提案に乗った。

 宴は夜遅くまで続き、戦に疲れた戦士達が寝静まる頃、ナッシュとプリエナは暗い笑みで、眠るシンフォルアの戦士達を眺めていた。

「素直でいい子達ね」

「ああ、我らの為に戦ってくれるのだ。少しぐらいは奮発せねばな」

 ジラドの森は解放されたが、シンフォルの森は未だ解放されていない。武力を使えない彼ら族長はシンフォルの森の戦士達を籠絡し、その力を利用しようと考えていた。

 そして戦後、力を増すであろうフェニトの対抗馬として、プエルをと考えていたのだ。彼らを相争わせ、フォルニとの戦争終結後に力を落とさせる。

 そうなれば、ジラドとシンフォルの森の力は相対的に上昇する筈なのだ。

 彼らの企みを、プエルは未だ知らずにいた。


◆◆◇


 シンフォルの森に到着した俺は、直ぐにシューレと連絡を取るべく部隊を派遣する。率先してその役目に着いたのはフェイ達妖精族だった。

「休む間もなく働かせて済まぬ」

「いえ、シューレ殿を救い出すためなら労を惜しむものではありません」

 そう言うや、フェイは踵を返して走っていく。

 やはり冷静そうに見えても、シューレのことが心配だったのだろう。

 窮地に陥いる前に彼らを救い、一度態勢を整えねばならない。ガイドガ氏族のゴブリン達は疲労が激しく、倒れ込むようにして眠りについている。ノーマル級ゴブリン達も同様だった。

「王よ、俺に用事があるとのことだったが」

 呪術師ギ・ザー・ザークエンドを呼び寄せ、今後についての検討をせねばならなかった。

「うむ。取り敢えず、今の状況を確認したい」

 戦える兵数、離脱したゴブリンと妖精族、そして死んだ者達。

「戦える兵数はゴブリンが既に140、妖精族は100に届かないな」

 一度の交戦で100近くが戦闘不能にまで追いやられたということか。被害が多すぎる。この先も戦いを継続するにはかなり苦しい数字だった。

 戦闘不能の内、戦線復帰が可能な者は約半数。

 時間が経てば260程度まで兵数が戻る。相手に与えた被害は分からないが、暫くは守りに徹さざるを得ないかもしれない。

 ──いや、守りに入ればまた一方的に主導権を握られる。

 戦場を大きく見よう。目の前の戦だけに視点を当てるのは良くない。視野が狭まっているのを自覚し、息を吐き出して気持ちを入れ替える。

「……少数での遊撃戦か」

 ギ・ザーの言葉に頷く。それも一つの方法だ。妖精族の支配地域に伸びている道は各森を繋いでいるが、フォルニに至る経路にはどうしてもこのシンフォルの森を通過せねばならない。

「守る拠点が少なくなったと考えればどうだ」

 少数の兵力で防衛を果たし、配下のゴブリン達に実戦経験を積ませることが出来る。

「だが、戦になれば被害は増える。それの補充はどうするのだ?」

 ギ・ザーの言葉に、俺は頷かざるを得ない。

「ギ・ガーに連絡して、拠点から呼び寄せるしかないか」

 戦えば被害は出る。勝ったとしても負けたとしても、だ。

 そして敵はそう簡単に勝てるようなものではない。

 頭の痛い問題だった。ゴブリンの本拠地たる深淵の砦を往復する為には相応の日数が掛かる。それまでは少数での戦いに終始すべきか。如何に被害を減らす戦いを続けるかが、問われることになる。

 妖精族の補充はどうだろう。いや、これはシューレに聞かねば分からんか。

 被害を減らす……装備の改善と退路の確保か。

「妖精族に武具を貸してもらえると助かるのだがな」

 ギ・ザーの言葉に俺も頷く。

 先ずは、できることをせねば……。


◆◆◇


 シェーングの森を落としたことに続いて、ジラドの森を解放したプエルは、ジラドの森へ兵士と共に入った途端熱烈な歓迎の嵐に逢うことになる。

「フェルビー隊長とプエル・シンフォルアに!」

 先にジラドに入っていたフェルビーと共に称賛を受ける。

「プエル、大成功だな!」

 プエルがジラドの森に入った時、フェルビーはジラド、シェーング、そして少数ながらシンフォルの高位の妖精族を引き連れて現れた。

 彼らの称賛を受けて喜色満面のフェルビーに、プエルは危ういものを感じる。

「少し、二人で話せませんか?」

 口々に彼らを称賛する族長や、それに連なる実力者達。彼らの表情は一様に浮かれ、既に勝った気でいるのが傍目にも分かる。

「彼らと一緒じゃだめなのか?」

「良ければお聞かせ願いたい。フォルニの討伐は我ら共通の懸案事項。微力ながらお力添えができるかもしれません」

「そうだ。シェーング、ジラド、シンフォルの方々もいる。皆で相談すれば」

「……できれば二人で」

 強く言うプエルに、フェルビーは肩を竦めた。

 群がる人波から離れ、二人は静かな集落の端まで移動する。

「何か怒っているのか? プエル」

「怒ってなどいません。ただ、少し危険だと思います」

 俯き感情を隠すプエルに、フェルビーは困ったように頭を掻く。

「なぁプエル。何もそう、族長たちを危険視しなくても良いんじゃないかな。彼らは協力的だし、対フォルニで一致してもいる。支援を受ければ、俺達の部隊はもっと自由な行動が可能になるだろう?」

「それは、そうです……」

 事実、シンフォルの森を出てから彼らはシェーングの支援によって、ゴブリン・フォルニの連合軍と戦っていたのだ。そろそろ矢の数も心許なくなっているし、戦えば武具は損耗していく。

 ここでジラドの支援を受ければ、損耗を気にせず戦えるようになる。

 食料、武具、矢、そして可能なら人員。

 ジラドから受けられる支援の恩恵は、直接彼らの行動の幅に繋がってくる。

「少し考えさせてください」

「ああ」

 プエルは、一人歩いて沐浴場へ向かった。

 妖精族の大きな集落には必ず沐浴をするための施設がある。通常は清らかな水が湧き出す泉の近くに作られるその施設は、今は戦後ということもあり静まり返っていた。

 プエルは服を脱ぎ捨てると、そのまま清涼なる水の張られた沐浴場に肩まで浸かり、戦で染み付いた血の臭いを洗い落とす。

 段差を利用した滝から流れ出る水を肩から浴びて、彼女は一人祈りを捧げる。

風の神(カストゥール)水の神(イレン)貴方の子供らをどうか導いてください。森の神(チェツェン)、どうかあなたの加護を我らに」

 その言葉を三度繰り返す。

 彼女は自分の指揮で死んだ同朋の為に、涙を流していた。

 自分は本当に正しいのか。迷いを打ち消す為に彼女は流れ落ちる水を浴びていた。

『愛しい子、愛しい子』

 その声に、プエルは一瞬耳を疑う。

「っ!?」

 黒い風が渦巻いて、彼女の目の前に黒い翅を持った羽虫が現れた。

『……悲しいのですね。愛し子』

 かちかちと鳴らされる顎から漏れるのは優しい声。

「あなたは……」

『私は、貴方を見守るもの』

 柔らかな風が彼女を包む。彼女の瞼に死んだ同朋達の顔が映り、消えていく。

「うぅ、うっ……」

 抑えていたものが彼女の中から溢れ出し、涙となって水と混ざり合う。

『愛し子よ……戦はますます厳しくなります。どうか死なないで』

 黒い羽虫はそう言うと、再び姿を掻き消した。


◆◆◇


 シューレとシュナリア帰還の報告に、俺は胸を撫で下ろした。

「無事で何よりだ」

「ああ、いつもお前に心配をかけている気がするな」

 シューレの表情も明るいのは、シュナリアが無事なことによるものだろう。

 輸送隊のメンバーは散り散りになって逃げた為に、何人かは無事に生き延びられたらしい。

「あの、ゴブリンの王」

 おずおずと言った様子でシュナリアが俺の前に進み出る。

「無事で何よりだったな」

「ダンブル親方(スミス)から預かった大剣なのですが……」

「あぁ、気にするな。お前達が無事だっただけで充分だろう」

「いえ、そうではなくて……こちらに」

 驚いた。詳しく話を聞けば、襲撃の際に幾つか持ち出せた物資の中で、彼女が真っ先に持ち出してくれたのだそうだ。

 二人がかりで運ばせた大剣を見て、俺は目を見張る。

「銘は、黒炎揺らめく大剣(フランベルジュ)。魔素との相性が良い青銀鉄(スリラナ)と、貴方の持ってきた鋼鉄との合金製」

 説明を聞きながら、俺は手に取った大剣をまじまじと見入る。

 身の丈程の大剣の片刃は黒く炎のような形状をしている。もう片方は普通の形状の刃。黒い刀身に刻まれるのは炎の意匠。青銀鉄との合金だということだが、その為だろうか、刀身の中心を真っ直ぐ剣先にまで銀色の芯が貫いている。

 握り締めると手に馴染む感覚は、紛れもなく以前使っていた鋼鉄の大剣(アイアン・セカンド)のものだった。

「良い出来だ」

 思わず見惚れてしまった。

 外に出て二度、三度確かめるように大剣を振るう。風を切る音が、手にしっかりと馴染むその重量が、確かにその武器の頼もしさを俺に伝えてくる。

我は刃に為りゆく(エンチャント)!」

 揺らめく形状の刀身から魔素が噴き出す。まるでその形状に魔素が充実していくようだった。魔素が大剣の軌道を描いて刀身に流れ、噴き出る魔素自体が剣速を増すような構造になっている。

 頭上に振りかぶり、魔素を流したまま剣を振り下ろす。

 風を斬る音が、いつもよりも少ない。

 だが振り下ろした剣先に集まる力は以前よりも増している。剣圧が木の葉を舞わせた。

 横薙ぎは、空気すらも切り裂くように鋭い。

 振り具合を確かめると、俺は大剣をもう一度見直す。

黒炎揺らめく大剣(フランベルジュ)か」

 良い物を貰った。

 勝たねばな、この戦。

 力が湧き上がるのを感じ、俺は再び南を見た。


◆◆◇


「槍兵前進!」

 青銀鉄製の武具を纏ったゴブリンの槍兵が前に出る。同時に、妖精族の援護の下に矢が降り注ぐ。奪われたジラドの森へ向けて俺たちは前進する。

 立ち塞がる敵兵に向けて、穂先を揃えたノーマル級ゴブリン達が一斉に突撃していく。盾を構えた敵の兵士が正面を塞ぎ、こちらの突撃を止めたのを確認して、彼らは左右に迂回しようとして兵士を繰り出してくる。

 今俺たちが争っているのは、シンフォルとジラドの森の間に通じる街道の中継地点。小さな集落へと続く一つの道の所有権を巡って争いを繰り広げている所だった。

 大きな森の集落の周囲には、その集落を支える小さな集落が点在する。大きな集落を繋ぐ街道から小さな集落へ続く枝分かれした道が交わる点は、例外的に広場のようになっていた。

 今、正にそこで俺達と妖精族は争いを続けている。

 部隊を展開させるだけの余裕のある地域は、この辺りしかない。

「ガイドガ兵、左から展開してくる剣兵を叩け!」

 展開してくる敵兵を、ガイドガゴブリンが棍棒を振り回し押し返す。

「ギ・ヂー! 右の部隊を足止めだ!」

「応!」

 矢と魔法の嵐に足が止まる右の部隊。包囲が完成するまでの僅かな時間の空白。それを利用して、ゴブリンの槍兵を下がらせる。

「槍兵後退!」

 先ずは負けない方法を模索せねばならない。適度に戦い、適度に引く。それを繰り返してゴブリン達と妖精族の差を縮めねばならない。

 今は全体を俺が指揮をしているが、部隊毎の指揮は若手のギ・ヂーを始めとしたゴブリン達に任せている。彼らに実戦経験を積ませ、行く行くは一部隊の指揮官として育てていきたい。その為に、彼らに経験を積ませているのだ。

 未だ戦は始まったばかりだ。


 ──人間との再戦まであと296日。



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