幕間◇北方百里、深淵を覗く
【固体名】ギ・ゴー・アマツキ
【種族】ゴブリン
【レベル】92
【階級】ノーブル・流浪の剣士
【保有スキル】《剣技B-》《叩き上げ》《歴戦の戦士》《侠気》《武士の魂》
【加護】剣神
【属性】なし
【状態異常】《不殺の誓い》
王の下を離れてから数十日。ギ・ゴー・アマツキとシュメアの弟であるヨーシュは、森と平原の間を旅していた。当てのない旅である。
だが、旅をする以上、目的地を定めねば脚は進まない。
故に当面の目標として定めたのは、北方雪の神の山脈。
彼の地にいるという北方蛮族を相手取ってみようと、ギ・ゴーとヨーシュで話し合ったのが旅の出発点だった。では何故森を抜ける経路ではなく敢えて人間の側に近しい道を選んだのかといえば、それはヨーシュの案である。
「王様はゴブリンを統合して自分の国を作るんでしょう? ならば、その為に旅をしながら人間側の情報を集めるのも悪くない筈ですよ」
ヨーシュの提案に頷くものがあったギ・ゴーも賛成して、森と平原の中間を歩むルートを辿っているわけだ。
ヨーシュがこの経路を提案したのは無論先の理由もあるのだが、そればかりではない。彼は内心、人間の側の物を欲していた。
適応力の有り過ぎる姉と共に生きていた為に、必要最低限での生活というものには慣れたヨーシュだったが、一度でも人間の世界の都市と呼ばれる場所で暮らしたことのある者なら、森での生活はやはり過酷であった。
過去に剣闘士奴隷として各地を回る生活をしていた彼にとって旅は手馴れたものだったが、だからこそ便利な道具が欲しくなってしまうのだ。その為に敢えて森の中ではなく、危険を冒してでも人間に近しいルートを選んでいた。
ギ・ゴーの頭から足元まで全身をローブで隠し、自身は頭を出して盾を背負う。遠くから見れば二人連れの人間の旅人のようにも見える装いで、彼らは旅を続ける。
一緒に旅をしてみたヨーシュが一番驚いたのは、意外と思える程ゴブリンであるギ・ゴーが理性的であることだった。ノーブル級という階級の為なのか、或いは元々人間の側に偏見があるのか。それともあの王が原因なのかは分からない。
だが、ひょっとすると乱暴な冒険者か、或いは剣闘士奴隷と言っても通じるぐらいには頭も働くし、行動は理詰めである。
例えば夜の火の番だ。
獣は火を恐れる。稀に魔獣などの知恵の回る獣は火を見て襲ってくるが、大概の獣や魔獣は火を見たならば離れていくものだ。
無論、ゴブリンには全く関係のないことだ。
彼らは夜の闇に住む者。夜の闇に乗じて畑を荒らし、家畜を強奪していく魔物である……と人間側では思われている。だが、火の必要性をギ・ゴーに説けば、無駄な殺生をしないという“不殺の誓い”に準ずるものであると納得し、火の番までも交代でしてくれる。
基本的にゴブリンは肉食を好むが、決してその他のものを食べられないというわけではない。だが、腹は膨れても力は入らず、徐々に活力が失われていくような感覚に陥るらしい。
人間にしてみれば野菜だけを食べる感覚だろうか?
「旅は道連れと言いますが」
「何か、あったか?」
つくづく不思議なものだと思わず口に出したヨーシュの言葉に、ギ・ゴーが反応する。
「いえ。ギ・ゴーさん、今度人間の集落に立ち寄ったならパンを分けてもらいましょう」
「ふむ……まぁおまえが食べたいなら好きにするがいい」
苦笑を浮かべて──貴方の栄養になるか試してみたいんです──という言葉を飲み込む。ヨーシュはギ・ゴーと旅を続ける中で、半ば本気でゴブリンと人間との共生について考えていた。
既に火の神の胴体が中天にかかる時刻である。
時折聞こえる魔獣の遠吠えや、天空で争う魔獣達の声以外は聞こえない。火の神の眼差しのような暖かな日差しは、森の神と大地の神に注ぎ、彼らに根を張る瑞々しい緑の梢を輝かせれば、風の神の歌声が熱気を和らげ、肌を撫でる。
平和な午後を象徴するかのような穏やかな空気に、ついヨーシュが青い空を見上げる。
「良い天気ですねぇ」
「ん。あぁ、そうだな」
素っ気ないギ・ゴーの言葉に苦笑し、ヨーシュが歌の一節を口ずさむ。
「春と共に種を蒔き、風と共に生きよう。夏と共に水を飲み、厳しさを耐えよう。秋と共に喜び、収穫を祝おう。冬と共に笑い、雪と共に眠ろう。我ら火の神の子、我ら火の神の子」
深く澄み渡るような旋律に、ギ・ゴーが立ち止まってヨーシュを見た。
「どうかしました?」
凝視するギ・ゴーを疑問に思って、ヨーシュが問いかける。
「お前は歌を歌えるのか?」
「ええ、まあ。吟遊詩人とはいきませんが……昔は色んな所を回る機会が多かったので、その土地毎の歌を覚えましたね」
それしか楽しみがありませんでしたから、という言葉を飲み込み、笑顔で応えるヨーシュ。
「普段話している言葉とは違うのだな」
再び歩み出したギ・ゴーと並んで、ヨーシュは歌の説明をする。
「ええ、古代語とでもいえば良いんでしょうか。今は使われていない言葉で謳われている歌が多いですよね。何でも神々の大戦以前の言葉だとか」
「神々の大戦?」
「ご存じないですか? 堕ちたるディートナの侵蝕と冥府のアルテーシアの叛乱。二度の神々の大戦によって、あらゆる言葉は散逸してしまったらしいです」
説明を続けていく内に、熱心に聞き入るギ・ゴーにヨーシュは興味を覚えた。
「もしかして歌に興味があります?」
「うむ。以前リィリィ殿が歌っているのを聞かせてもらったことがある。あれは、良いものだった」
頷きながら、考えるヨーシュ。確かリィリィとは聖女捜索の際に、一緒に行方不明になった女の冒険者だった筈だと。
「成程。時間が出来た時にお教えしましょう」
「頼む」
心なしか声が弾んでいるギ・ゴーの様子に、ヨーシュも口元を綻ばせた。
その時、甲高い悲鳴が森の方から聞こえる。
「っ! あ、ギ・ゴーさん!」
走り出したのはギ・ゴーが先だった。人間を上回る身体能力に、強化された聴覚をもってすれば悲鳴を上げた者の場所の特定など容易いものだった。
「付いて来い」
鞘に入れたままの曲刀を持つと、木々の間を飛ぶような速さで駆け抜ける。
悲鳴を上げる女の下へ一直線に辿り着いたギ・ゴーは、それを襲うゴブリンを見て、憤怒の表情でその前に立ち塞がった。
「ギ、ギ!?」
見れば人間の女を襲っていたのはノーマル級のゴブリンが8匹程。突然目の前に現れた巨大な魔物に混乱し、手に持った槍を構えながら及び腰になっている。
「貴様ら、我が王の配下ではないな……?」
王の配下であるなら一兵卒のノーマル級ゴブリンと言えども、もっと体は大きく手にしている武器は立派なものを用いている筈だった。と、すれば目の前のゴブリンは野良ということになる。
死の恐怖と目の前の雌を見比べているゴブリン達に、ローブの奥から冥府の鬼すら怯ませるような眼光が浴びせられる。
「ギ、ギ……」
ゆっくりと退がりだす8匹のゴブリン。だが、彼らとは別の方向の茂みが揺れたかと思うと、一匹のゴブリンが飛び出してきた。幸か不幸か、そのゴブリンは一直線に人間の雌だけを狙って走り、ギ・ゴーには目もくれない。
「愚か者め」
鞘を着けたままの曲刀を一閃して、人間の雌に迫ってきたゴブリンの腕を叩き落とす。悲鳴を上げて地面をのたうつゴブリンを蹴り飛ばし、先程まで及び腰だったゴブリン達が襲い掛かってきたのに対応する。
振るわれる曲刀の速度はノーマル級ゴブリンの比ではない。彼らが一撃を加える間に、ギ・ゴーは三連続でゴブリンの腕を叩き折っていく。
ほんの数瞬で、襲ってきたノーマル達は地面で呻き声を上げるだけになっていた。
「速過ぎですよ。ギ・ゴーさん」
そこに、やっとヨーシュが到着する。
「ふむ。強者かと思ったが、当てが外れた」
地面に転がるゴブリン達を見下ろして、ギ・ゴーは溜息をつく。
「まぁ、比較的安全な道ですからね……。っとそれよりも。立てますか? お嬢さん」
「あっ、はい」
置いてけぼりになっていた人間の娘にヨーシュは優しく声を掛け、手を貸してやる。
「あの、貴方方は……」
服に付いた汚れを払い、胸の前で手を組み合わせて怯える娘に、ヨーシュは微笑む。
「私たちは旅の者です。ご覧のとおり冒険者でしてね。北へ向かう途中なのですが、貴方の悲鳴が聞こえたので向かってきたわけです。あ、私はヨーシュ。こちらの方はギ・ゴーさん」
フードの奥に隠れて見えない顔に向かって、娘はおっかなびっくり頭を下げる。
「村まで送りましょう。また災難に遭うといけない」
優しく微笑むヨーシュの言葉に、娘は頷く。無言で彼らの後を付いてくるギ・ゴーに時々びくりと振り返りながら、娘はヨーシュと話をする。
「……あの、ヨーシュさんは人間、ですよね?」
「ええ、そうですが……」
ちらり、と後ろのギ・ゴーを振り返る娘の様子に、ヨーシュは内心で溜息をつく。
どうやらギ・ゴーが人間でないのがばれているらしい。
「悪い、人じゃないですよね?」
「さて、どうでしょう。悪い人は中々自分が悪い人だとは言わないものですから。ですが乱暴を働く輩と一緒にされるのは心外ですね」
冗談めかして言うヨーシュに、徐々に娘の緊張も解けて行った。娘の名前はサーサといい、薬師の家系の見習いらしい。
村へ到着するまでの間、色々な話をして、サーサとヨーシュは互いに情報を交換し合う。辺境の村というのはとかく娯楽に乏しいものなのだ。ヨーシュは各地を回っているし、話も上手い。辺境の村への話題の運び手としてこれ以上の存在はないと言っていい。
村へ到着すると一晩の宿と引き換えに、旅先での話をせがまれる。ギ・ゴーは相変わらずフードで顔を隠し、話の合間を縫ってやってくるヨーシュから食べ物を貰うなどして過ごしていた。決して家の中へは入らず、村を囲む柵の直ぐ傍に腰掛けると、じぃと西を見つめている。
彼の胸を占めるのは、王との戦いの一部始終。
そして人間の強き戦士であったゴーウェンのことだ。敗北をこそ彼は見つめていた。どう剣を振れば勝てたであろう。
時折思い付いたように立ち上がっては曲刀を振り、また考え込むように座り込む。
「幻想の王には勝てましたか?」
「……王に挑んだのは我が過ち。過ちの果てに勝利など無い」
「この村のパンです。どうぞ」
「頂こう」
パンに噛み付くと、その柔らかい歯応えにギ・ゴーは目を丸くする。
「中々美味しいものでしょう? 小麦を臼で挽いて、こねて丸めて焼けばこのようなものが出来るんです」
「……やはり人間は侮れんな」
一口で残りのパンを頬張ると、目を瞑って柵に寄りかかった。
「そのまま聞いてほしいのですが、最近この辺りで魔窟が発見されたそうです」
「魔窟?」
「ええ。僕の知る限り、魔窟というのは3種類に分かれています。穴倉の魔神の罠、神々の財宝の隠し場所。或いは、巨人の住処……。ですがどれも共通しているのは、中には貴重な財宝が集まり、危険を伴うということですね」
「ほう、それで?」
「魔窟には不死者達が良く出ます。どうです? 行ってみませんか?」
「……不死者なれば斬っても不殺には当てはまらない、ということか?」
「ご名答」
「……心遣いに感謝しよう。王が誓約を俺に科したのは、内なる剣神に俺が負けたからだ。なれば、内なる剣神を打ち破れる程に強くなり、王の下に再び参上せねばなるまい」
その為には、戦う以外にない。
「明日から潜ってみましょう。村の人には上手く言っておきますので」
ギ・ゴーに言葉を掛けると、ヨーシュは村の方へ帰っていく。
辺りは既に黄昏の時刻。
混沌の子鬼一の剣士は、沈みゆく火の神の胴体に向けて曲刀を抜き放つ。
「王よ、我らが王よ。志半ばで俺が倒れるなら、どうぞ不甲斐ない奴とお笑いください。ですがもし、この内なる剣神に打ち勝ち、見事帰還を果たせたなら……」
抜き放った曲刀を引き戻し際に、手首の返しを利用して再び一閃。
望むは再戦か、或いは認めてもらうことか。
己の内心に問いかけつつ、ギ・ゴーは剣を振るのに没頭した。
──人間との再戦まであと304日
◇◆◆◇◇◆◆◇
人間側の確認しているダンジョンについての説明です。
ダンジョン:魔窟Ⅰ
入口は複数。放射線状に広がる地下の迷宮。低層の魔物は複数の入り口から侵入。魔物を誘う独特の香りが充満しており、下の階層に行けば行く程、離れられなくなる。
最下層には、最も強力な魔物が存在。穴倉の魔神が作り出した罠ともいわれる。
大陸中央、海岸沿いに多い。森の中にも突然発生する。
初期はコロ・トンチィという長い体毛に覆われた小さな魔物が穴を掘る。
徐々に大きくなっていくと、ゴブリン、コボルトなどがやってきて、穴を拡張し始める。
更にトロールやオーガ、宝石を集めるモノ(レイブン)が住み着き、宝石や希少な鉱物などを魔窟の中に溜め込む。
魔神の宝石という脈打つ宝石が、魔物を吸い寄せる原因。
魔物を魅了する効果がある。
レイブン:黒い翅を持つ三本足の羽虫や黒い羽を持った大型の鴉と色々な姿をとるが、精霊の亜種で魔法以外では傷付かない。ただし魔法で攻撃すると、激烈な反撃を喰らう。
長い時間をかけて発達する為、人間の探索によって発見されることが多い。防具・武器などはレイブンが集めて回り、長い時間精霊に愛でられた武器は属性を持ったりする。
ダンジョン:魔窟Ⅱ
神々の財宝の隠し場所。入口は一つしかなく、試練を与え、乗り越えた者に富を齎すタイプ。
創造主はグルディカと、それに相談を受けた星渡の神々(ジェジェ)の一柱黒い星に住む者。グルディカは自分の武器が破壊を齎すことに苦悩しヴァーシュに相談。ならばとダンジョンを作成。試練を乗り越えた者にのみ与えるという形に。
魔方陣を使用し入るたびに形が変わり、ダンジョンに存在する魔物を倒すと、希少な武器を手に入れられる。魔物は倒すたびに蒸発、ダンジョンに飲み込まれる。
世界に複数認められる。迷宮都市シウキン、トートウキ(南)、ラルマ(東)が確認済み。未発見のものが北のユグラシル山脈にあるカイドラ。海底にあるエヴァン。
精霊の力の吹き溜まりというものが各所に存在していて、魔石というものが採れる。水、風、火、それぞれの神々の眷属が精霊。例外的に火の精霊の力は強い。
ダンジョン:魔窟Ⅲ
土を操る巨人の亜種の住処。
ティアタヌは土から生き物を生み出す巨人の亜種であり、人間と敵対している。土鱗の一族からは神と信仰される。巨人用の武具があったりする。
一種の生態系を成している。女王蟻を飼い慣らし、更に深い場所では土に住まう竜なども生息。
ネフェリム(中央)、リトー(南)等、世界に二つしか確認されていない。未発見なのが森の中にあるヘルカトケイル(西)
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ギ・ゴーさん二人旅シリーズ。物語とはあまり関係しない要素などをちりばめて行く予定。
北方千里、黎明と逢う
北方万里、黄昏を抱く
を予定中。