シルフ統一戦争Ⅳ
【種族】ゴブリン
【レベル】55
【階級】キング・統べる者
【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《戦人の直感》《冥府の女神の祝福》《導かれし者》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv1)オークキング《ブイ》(Lv82)
【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》
ジラド・ナッシュの立て篭もる囁きの森では、亜人というのは奴隷と同義だった。自由意思などなく、妖精族の為に子を成し、生きて働く労働力。家畜と大して変わらない扱いは彼此50年以上も続いていた。
妖精族の支配する暗黒の森中央部では、その区域を6つに分けている。それぞれフォルニ、ジラド、ガスティア、シンフォル、シンフォルア、シェーング。嘗て亜人達が元の住処を追われ、この森に逃げ込んできた時からこの区分は変わっていない。
時の賢人会議は亜人を受け入れることを決め、そして平等にその責任を負ったのだ。
つまり、各集落に逃げ込んできた亜人を平等に振り分けた。
捕虜とした亜人から話を聞き終え、俺は苦いものを感じずにはいられなかった。俺達の動きは、翼有る者の報告で逐一知らされていたらしい。
そして戦闘に優れる牛人と牙の一族を先ずけしかけてきたというわけだ。
「隣人を奴隷として扱うのかっ!」
俺よりも尚一層激怒したのは、シューレから俺の補佐につけられたフェイだ。若いが優秀な妖精族であるこの男には目の前の現実に怒り、それを覆そうという気概がある。
「妖精族の恥晒しどもが……」
口々に怒りを吐き出すフォルニ出身の妖精族達。健全な思考だとは思う。俺はほんの少しだけ希望を見出していた。亜人が奴隷となれば、少なくともフォルニ出身の妖精族達は怒ることができる。これがゴブリンならどうだ。
今、俺たちは轡を並べて戦っている。
この関係を維持していけば、彼らとは良き隣人として付き合えるのではないか。無論、時間がかかるのは仕方ない。知恵ある者達の意識とは積み重ねによってその認識を変えるのだ。
「さて、どうする? 捕虜を連れて行く余裕はないが」
俺の言葉にフェイを初めとする妖精族は、ジラドの森を睨んだ。
「彼らは今少し捕虜として、拘束させてもらおう。彼らは命令者さえいなければ無力だ」
確かに、捕まった亜人達には自ら積極的に抵抗しようという気配がない。全て諦めきってしまったかのような諦観すらある。
「あんまり見ていて気分の良いものじゃないねぇ」
フルフェイスのヘルムを脱いだシュメアの言葉に、俺が苦笑する。
「元奴隷として、彼らに何かあるのか?」
「ん、まぁ戦奴隷だったから、私はそこまで酷い扱いじゃなかったけどね……。生きるってのは自分の意志がないと難しいもんだよ」
思うところがあるのだろう。思えばシュメアも中々数奇な人生を送っている。
「何れ、酒の肴にお前の生い立ちでも聞いてみたいものだな」
「へぇ? 旦那が用意する酒なら私はじゃんじゃん飲ませてもらうよ」
藪蛇だったか。
まぁ、構わん。この戦が終結すれば妖精族の酒ぐらいは手に入るだろう。ゴブリン達全員に配る程の量はないだろうが、それでも宴に必要な程度は貰える筈だ。
「王よ、再編は終わったぞ」
死んだゴブリンを穴を掘って埋め、新たに三匹一組を組み直したゴブリンの編成を呪術師ギ・ザー・ザークエンドに任せていた。
「戦える者は、このままジラドの森を制圧するぞ!」
俺の檄に応え、ゴブリン達が咆哮を上げる。
「隣人を貶める者達に鉄槌を!」
フェイを中心としたフォルニの妖精族もゴブリンに合わせて気焔を上げる。
士気がこれ以上なく高まったゴブリン・妖精族の連合軍により、その日のうちにジラドの集落は陥落した。
だが、俺の予想もしなかった報告はジラドの森を攻略し終えた直後にやってきた。
その報告を受けた時、俺もフェイも皆が一様に凍りついた。
「馬鹿な」
誰の口から洩れたのか、その言葉が静まり返ったジラド・ナッシュの邸宅に響いた。
シューレ・フォルニの敗報。
多かれ少なかれシューレという男を信頼していた者達が一様に信じられない思いでいると、ギ・ザーは鋭い視線を俺に向ける。
「王よ、どうする?」
その声に、茫然としていた自身を恥じる。
と、同時にこれからどうするかと考えねばならなかった。時間はあまりない。
詳しく話を聞く余裕はないと判断して、すぐさま必要なことを確認する。
「シューレは無事なのか? 軍はどうなった?」
だが、詳しいことは何もわからない。ギ・ヂーはどうなった? 他の氏族の者達は?
「軍を派遣する。この集落の管理は妖精族に任せるぞ! フェイ、選抜を!」
「あ、は、はい!」
慌てて仕事にかかるフェイを横目に、ゴブリン達を見渡す。
「援軍を出すぞ。ギ・ザー、ギ・バーを中心として50だ。他の者は俺と共にこの集落に残る」
やれるな、との視線をギ・ザーに向ければ、自信有りげな笑みで頷きを返す。
「王よ。確認だけしておこう。期限は?」
捜索と援護に人員を割いたとしてその期限はいつまでだ。軍の半ばを出すのだから、その間妖精の森の侵攻は止まったままということになる。
言い換えれば、シューレの命の期限を定めろと言っているのだ。
「4日だ。それまでに見つからないようなら一度集落に戻れ」
「了解した」
援軍として派遣される部隊は、すぐさまジラドの集落を出発した。
◆◆◇
「本当に勝てるのか?」
フェルビーの不安が口を衝いて出る。
「勿論。……だからフェルビー、決して弱気を見せないでください」
「あ、ああ……」
半信半疑のフェルビーに、プエルは励ますように言葉をかける。シューレ・フォルニの軍勢迫るとの報告に、フェルビー率いるシェーング、シンフォルア連合軍は恐慌状態に陥った。
相手は既にシンフォルの森を落とし、勢いに乗るフォルニの妖精族。更には獰猛なゴブリンを従えているのだ。恐れるなという方が無理というもの。
だがその中で一人冷静だったのは、実戦経験豊富なプエルだった。
「静かに!」
戦の前の会議で恐慌を来す同朋を一喝すると、重装備の歩兵の配置を提案した。シェーングの森に蓄えてある豊富な青銀鉄の武具を着せ、剣兵を中心とした部隊の新設だ。
「矢の打ち合いでは士気の高いフォルニに勝てません。況してや彼らにはゴブリンがいる。ですが、弱点がないわけではない」
冒険者の血盟“自由への飛翔”において静寂の月として勇名を馳せた彼女の言葉に、実戦経験のない彼らが従ったのは当然と言えた。
彼女が語ったフォルニとゴブリン連合軍の弱点。それは彼らが連合である、というその一事である。平等の関係というのは、兎角難しい。強力な指導者が率いているなら兎も角、どちらが上ともつかない連合というのは敵との力が拮抗すればする程、不利になる。
「ゴブリンへ攻撃を集中します。然る後に崩れた陣形へ剣兵隊を突入させ、彼らを瓦解に導きます」
落ち着いた彼女の言葉に、妖精族の者達は顔を見合わせた。
そう上手くいくだろうか。誰もが不安に思う中、彼らの視線は戦士の隊長格であるフェルビーに集中する。
「やろう! 他に策はない。この戦に負ければフォルニの勢いを止める者はない。我らこそが故郷を守る戦士だ!」
フェルビーの檄に、妖精族の戦士達の気分は高揚していく。シェーング・フォルニの連合軍はプエルの策に従い、戦いの準備を整えた。
未だシェーングの森にシンフォルアの軍勢が到着したことを知らないシューレ率いるフォルニの軍勢は、シェーングの森の入り口に差し掛かり、その門が開いていることに疑問を覚えたが、同志が未だ健在なのだろうと先を急いだ。
シューレにしては迂闊と言うしかないが、彼にしてみても連日の戦の疲労と、同志を救いたいという希望という名の精神的負荷が彼の慧眼を曇らせた。
誘い込まれるようにシェーングの森に入った彼らを待ち受けていたのは、目の前に立ち塞がる巨大な木の障壁だった。
「しまった……罠かっ!? 撤退だ!」
即座に判断を下したシューレの思い切りの良さは称賛されるべきものだった。下手に留まれば被害は予想を超えて拡大する。ここは一旦引いて態勢を立て直すべき……。だが、その速さを考慮に入れていたプエルの策に軍配は上がる。
「何!? 敵は目の前だぞ!」
猛るガイドガのダーシュカを始めとしたゴブリン達。彼らを分断するように、プエル率いる戦士団は突入と遠距離からの攻撃を繰り返し、瞬く間にゴブリンと妖精族を分離撃破することに成功する。
撤退していくフォルニ。だがその指揮は万全とは言い難い。況してや王の存在しないゴブリン達がその指揮下に加わっていては統制もままならなかった。後退するシューレ率いる妖精族と、敵を前に逃げるのを良しとしないゴブリン達の行動の相違によって、被害は思いの他広がってしまう。
戦いの絵図はプエルが描いたようにして始まり、終わった。
敗走するシューレ・フォルニを討つべくプエルは追撃を許したが、それも2日程で切り上げている。
自ら追撃の指揮を執ったプエルがシェーングの森に帰り着いたとき、待っていたのは戦士団からの称賛の嵐だった。
負けっぱなしの中で拾った貴重な一勝だ。
彼らにしてみれば、プエルは勝利の女神以外の何物でもない。
「プエル・シンフォルアに風と森の栄えあれ!」
シェーングの森は勝利に湧いた。
◆◆◇
「シューレ・フォルニ殿、帰還!」
その伝令の声を聞いて、どれほど安堵したか。シェーングの森攻略に向かっていたシューレ率いる妖精族と、ゴブリンの連合軍は捜索に出ていたギ・ザーと出会い、無事にジラドの森へと辿り着いていた。
「何はともあれ、無事の帰還を喜ぶべきだな」
「預かった者を無駄に喪ってしまった。許せ」
俺の掛けた言葉も、落ち込むシューレの慰めにはならないようだった。妖精族40が死傷、ゴブリンも氏族を中心に20程の被害を出している。ゴブリンの被害が少なかったのは、偏にシューレの指揮のお陰らしい。撤退を渋るゴブリンを、シューレが説得したのだ。
殿を自ら引き受けたシューレの体には無数の傷が残る。応急的な処置だけをした傷跡からは未だに血が流れているのだろう。腕や頭に巻いた包帯には血が滲んでいた。
捜索に出ていたギ・ザー率いる捜索隊が追撃に来ていた妖精族を僅かばかり討ち取ったが、この敗戦を挽回する程ではない。
先ずは負けを認めねばなるまい。
そして次にどうするかだ。
「シューレ・フォルニが生きているのだ。未だ一度の戦闘で負けただけだろう。諦めるには早い」
「無論だ。ここまで来て退くわけにはいかん」
とは言え、シェーングの森が混乱から立ち直っているというのは厄介だな。
「シェーングの森には余程優れた指導者がいたのか?」
「いや、一瞬垣間見えただけだが、あれはシンフォルアの兵士だった」
つまり、南部の二つの森はこちらの仕掛けた混乱から立ち直ったと見るべきか。それでいてシンフォルアという森は、シェーングに派兵するまでに立ち直っている。この二つの連合をどう崩す?
時間をかけたくはないが……。
「シンフォルアに優秀な兵士がいる、ということか」
「確かに、部隊長級には個々に優秀な人材がいたが……」
シューレにも思い当たる人物は居ないのだろう。
「そこで耳寄りな情報だ」
俺たちの会話に割り込んできたのは、妖精族の男を縛ったまま連れてきたギ・ザーだった。
「捕虜から情報を得よう」
苦痛に顔を歪める妖精族の捕虜を蹴り飛ばすギ・ザーは冷酷な官吏を思わせる。シューレに確認の為に視線を移すが、渋々ながら彼は頷いた。本来こんな真似をしたくなかったからこそ、シューレは危険を冒してまで2正面作戦に出たのだ。
「貴様らの新たな指導者は誰だ? 言えば苦痛を味合わなくて済む」
「ゴブリンに膝を屈するなど、有り得ると思うか!?」
強情は苦痛を伴う。特に捕虜はそうだ。
「殺さぬ程度にしろ」
それだけ言って、俺はその捕虜から踵を返した。
「勿論だ」
嬉々として捕虜を引き立てると、ギ・ザーは去って行った。
「シューレ、少し休め。体調を整えるのもお前の役割だ」
「……済まぬ、ゴブリンの王」
シューレを休ませてから、彼の副官であるフェイを呼ぶ。
「警戒態勢を取る。妖精族とゴブリンの編成を頼めるか?」
「ええ、勿論」
生真面目な副官は頷くと、俺の見ている前であっという間に編成をしてみせた。こういう所は、とてもゴブリンでは敵わない。
さて、今後の戦略をどうしたものか。
シェーングの森は落とせなかったものの、ジラドの森を攻略したことにより、俺たちは妖精族の居住地の半分以上を勢力下に置いたことになる。
だが、裏を返せばそれは守るべき場所を多数抱えたということだった。
シェーングの森からは、ジラドの森もシンフォルの森も近いのだ。今戦力を集中しているジラドの森へ来るなら未だマシだろうが……シンフォルの森を攻められたら苦戦を強いられるだろう。
「攻め、あるのみか」
敵に主導権を渡さない為には、こちらが攻めの姿勢を見せ続けなければならない。
シューレの回復を待って、再びシェーングの森を攻略する。
今はそれしかあるまい……。
◆◆◇
未だ夜の明けない時刻。深い森の中を静かに移動する部隊があった。
音を立てないように細心の注意を払い、周囲を警戒すべく魔法を常にかけている。森の狩人を自認する彼らにとって、その程度は朝飯前だったが、更に念を入れて斥候までを周囲にだしている。
そこまでして移動する彼らの中心には、プエル・シンフォルアの姿があった。
「見えました」
小さく囁かれた言葉に、プエルは視線を上げる。目の前には確かにフォルニからの輸送部隊と思われる少数の妖精族がいた。
「荷は焼き捨てます。なるべく捕虜にしてください。では、始めましょう」
引き絞る弓の音にすら気を使い、その奇襲は為された。
シューレとゴブリンの王がその悲報を知るのは、翌日のことになる。
フォルニとジラドを結ぶ補給路の一つで、輸送隊が壊滅した。その中には、シューレの一人娘であるシュナリアが行方不明との報告もあった。
──人間との再戦まであと、307日。
◇◆◆◇◇◆◆◇
ギ・ザーのレベルが上がります。
45⇒51
◇◆◆◇◇◆◆◇