幕間◇ギ・ズーの決闘録Ⅰ
【個体名】ギ・ズー・ルオ
【種族】ゴブリン
【レベル】1
【階級】ノーブル
【保有スキル】《威圧の咆哮》《投擲》《槍技B-》《必殺の一撃》《狂い獅子》《食い千切り》
【加護】狂神
【属性】なし
向かってくる刃を跳ね除け、石突をもってゴブリン・レアの横腹を強かに打ち据える。吹き飛ぶゴブリン・レアを更に追撃。即座に立ち上がろうとするその足を石突で打つ。痛みに耐えかねて地面を転がるゴブリン・レアの頭を片手で掴み上げる。
「降れ……さもなくば」
ぎりぎりと、頭を握る手に力を込める。悲鳴を上げるゴブリン・レアが意識を失わない程度に力を緩めつつ、勧告を繰り返す。
「クだる! 助けテくレ!」
「よし」
手を放し、その場に平伏するゴブリン・レアを見下ろして、狂い獅子ギ・ズー・ルオは周囲を取り囲むノーマルゴブリン達を睥睨した。
「この集落の長は、今よりこのギ・ズー・ルオだ! 逆らう者は容赦せん!」
王の下から侵略の指先として放たれたギ・ズー・ルオは、王への忠誠を新たにしていた。
「俺もギ・ガー殿のようにならねば」
オークキングとの戦いの際に、腕と足を王の勝利の為に捧げたギ・ガー・ラークス。当時はそれが理解できなかったが、王はそれに報いる為に騎獣という乗り物を与えた。また人間を友と呼び、新たな足を贈られるなど、ギ・ズーにとってギ・ガーは尊敬すべき対象だった。
元々生まれてから直ぐに槍を握り、ギ・ガー率いる槍兵隊としてオークの襲撃に立ち向かったのだ。その時から胸に燻る狂神の加護を受け、我武者羅に敵を倒してきた。
気が付けば階級は上がり、ノーマルだった頃と比べて格段に広がる思考の幅。
単騎で森を走破してみれば、自身のあまりの幸運に感謝すらしたくなる。
この幸運もきっと王とギ・ガー殿のお陰だろうと思い、周囲を散策する。
必ず王の命令を果たし、配下を増やして参集せねばならない。
とは云うものの、森の木のようにゴブリンがそこらに生えている訳ではない。広大な森の中に小さな集落を作って生活しているゴブリンを、少しずつ集めていくしかないのだろう。
深淵の砦に向かう途中で王と別れてから数日。ギ・ズーは小さなゴブリンの集落を制圧すると、そこに居を構えていた。
30匹程の小さな群れを見つけると堂々と正面から乗り込み、ノーマル級ゴブリンを威圧しながら群れの主に決闘を挑んだのだ。当然、レア級では数々の戦いを潜り抜けたギ・ズーに敵うべくもない。圧勝して集落を占拠し、王に対して臣従を誓わせたのだった。
更にそこを拠点として、配下にしたゴブリン・レアに周囲の他のゴブリンの状況を調べさせる。
その結果、この周辺で威勢を張るノーブル級ゴブリンがいるとのこと。
「ほぅ。俺より強いのかそのゴブリンは?」
「……そレは、ワカりまセんが……大きく、武器強イでス」
レア級ではそこまでの判断はできないかと残念に思いながら、ギ・ズーは武器の手入れに余念がない。
「ならば、直接会って果し合いを所望しよう」
獰猛に笑うと、レア級ゴブリンにその未知なるノーブル級ゴブリンがいるという場所までの案内を約束させる。
「ふむ……だが、その前に」
ギ・ズーは、王がギの集落を占拠してから生まれたゴブリンである。自然ギ・ガー達第一世代のゴブリン達と違い、飢餓というものを知らず豊富な食料の中で育っている。
故に、目の前にいる痩せ衰えたゴブリン達の姿が信じられなかった。普通のレア級のゴブリンとギの集落で育ったゴブリンでは、先ずその大きさからして違う。王の実施した食料事情の改善は、意図しないところでゴブリンの個体の大きさにまで影響を与えていた。
「貴様ら、腹一杯の肉を食いたいとは思わんか?」
ごくりと喉を鳴らす配下のゴブリンらを前に、ギ・ズーは槍を扱いて笑う。
「先ずは食い物だな!」
集落には30匹程のゴブリンが居る。ギ・ズーは3匹のノーマル級ゴブリンを引き連れて森の中へ分け入り、あっという間に獲物を仕留めてしまう。そればかりでなく、率いてきたゴブリン3匹に連携することを教え、自分の手足として働かせる。
やはり最初は分からないようだったが、2匹、3匹と獲物を仕留めていく内に何とか形にはなってきた。だが、これ以上は集落で待つゴブリン達の腹が耐え切れないだろうと判断して引き上げる。
その日仕留めた獲物は双頭蜥蜴、槍鹿、大角鹿などだったが、それは集落のゴブリン達が目にしたこともない程の大収穫だった。
「さあ、喰え!」
仕留めてきた獲物を集落のゴブリン全員に振る舞うギ・ズーに、当初集落のゴブリン達は半信半疑だったが、どうやら本気なのだと分かった途端その肉にむしゃぶりついた。
以前まで、獲った肉はレア級のゴブリンが独占に近い状態で食べていた。そのレア級ゴブリンでさえ、満足する程の量を食べられていなかったのだ。
そんな彼らにとって、正しくギ・ズーは救世主に他ならなかった。
「なゼ、我らニ肉くレる?」
「何故だと? 腹が減っている者が居れば、分け与えるのは当然だろう。我らは王の下に生きる同朋ではないか」
良く言えば楽天的、悪く言えば辛酸を知らぬギ・ズーの性格は、この集落のゴブリン達にとっては衝撃的としか言いようがない。食い物とは己の存在全てを懸けて奪い取るものだったのだ。
それを惜しげもなく分け与えるギ・ズーというノーブル級のゴブリン。ギ・ガーが王に絶対の忠誠を誓ったように、この集落のゴブリン達は単純な分、強い感動を持ってギ・ズーを見つめる。
ノーマル級ゴブリンにはギ・ズーの話は難し過ぎた。だが、食い物をくれるギ・ズーの偉さと優しさは分かった。そしてギ・ズーが言う“王”がとてつもなく偉いのだということも分かったのだ。
一方で、レア級のゴブリンは戸惑いつつも問い返した。
「王? 王は、アナたでハないノか?」
「王は我が槍を捧げるべき偉大なゴブリンだ。ここより北にいらっしゃる。今は人間と戦う為に力を蓄えられておいでなのだ。お前達も、王に逢えばきっとその偉大さが分かる筈だ」
目の前のゴブリンよりも偉大なゴブリンがいるのかと、レア級ゴブリンは瞬きした。
「肉をクレたこト、忘れナい」
感謝を告げるレア級ゴブリンに、ギ・ズーは満足げに頷いた。
◆◆◇
結局、ギ・ズーはその集落で暫く過ごすことになった。レア級ゴブリンが是非にと、雌達との交尾を頼み込んできたのだ。ギ・ズーは王の統治下で育ったゴブリンである。故に、雌を抱くのは特別な武勲を立てたとか、褒美を貰うとき等に限定されていた。
ギ・ズーにとって、同朋のゴブリンに食糧を分け与えることは特筆すべきことではなかったのだ。だから彼の心情的には、勧められたからといって雌と交尾をするのは王の決めた法に反しているような気がした。一家を構える権利を持つノーブル級の自身が積極的に王の定めた法を破ってしまっては、王や尊敬すべきギ・ガー等の先達に申し訳が立たないと考えたのだ。結果、ギ・ズーはその申し出を一旦は受け取ったものの、その場で直ぐに集落に返してしまった。
「俺個人としては嬉しいが、一家を構える者としては困るな」
苦笑交じりに雌達を帰すギ・ズーに、レア級ゴブリンを始めとした集落のゴブリン達が更に感動したのは言うまでもない。
雌をくれるというのなら、当然喜んで貰うのがゴブリンの当たり前である。その意味でもゴブリン達は衝撃を受けたのだ。
数日過ごす内に集落のゴブリン達はすっかりギ・ズーのことを尊敬の眼差しで見るようになった。それは嘗てないことだったが、ギ・ズーも彼らに連携と罠を教え、自分が居なくても生きていけるようにする為にその程度の日数は必要だった。
無論、ギ・ズーは死ぬつもりはない。だが敵は同等のノーブル級ゴブリンだというのだ。万が一自分がここで倒れるなら、そのことを王に伝えねばならない。南西には猛者がいる。自分には無理でも、王やギ・ガー殿なら屈服させることが出来るだろう。
故に、この集落のゴブリンに王への伝言を頼みたかったのだ。だから彼らが飢えて苦しんでいるようなら獲物の取り方を教え、死なないように取り計らってやらねばならなかった。
更に数日が経ち、集落のゴブリン達が罠の使い方を覚えたところで本来の目的に立ち戻ることにした。
「この一帯で威勢を張るゴブリンに挑む」
当然、レア級ゴブリン達は必死に止めた。自分達にとって恩人であり、今や新たな主として尊敬するゴブリンをこんなところで失うのは、集落の未来を閉ざすことに他ならないからだ。
難しいことが分からないノーマルゴブリン達も、餌をくれる親分が居なくなるかもしれないのは心細くあったのだろう。袖を引かんばかりにノーブル級ゴブリンとの戦いを辞めさせようとする。
だが、それでもギ・ズーの意志は固かった。
結局、レア級ゴブリンを案内役に、ノーブル級ゴブリンが住むという洞窟へとギ・ズーは向かって行った。
◆◆◇
その洞窟に向かう途中で魔獣などを蹴散らし、ギ・ズーは進む。心配そうに何度も後ろを振り返るレア級ゴブリンを急がせ、遂に洞窟の前に辿り着いたのは夜も深くなってからだった。
道中で捕まえたノーマル級ゴブリンを挑戦の伝言役として逃がすギ・ズーの行動に、レア級ゴブリンの心配は増す一方だった。
案内役のレア級ゴブリンを逃がすと、洞窟に向かって歩き出す。既に洞窟の前にはノーブル級ゴブリンとそれに率いられるゴブリン達が集結していた。
「貴様が俺に挑みたいという輩か」
立ち塞がるノーブル級ゴブリンは、大柄なギ・ズーよりも更に大きい。肩から胸にかけての古傷も荒々しい、益荒男だった。
「俺はギ・ズー・ルオ。王命を受け、この地に来た。いざ、群れを統べる貴様に決闘を申し込む!」
堂々と見得を切るギ・ズーに、ノーブル級ゴブリンは一瞬目を見開いたが、徐々に耐え切れないという風に笑った。
「クックック、馬鹿が! ここは貴様のような甘い奴が生きていける森じゃねえんだ! 囲め!」
命令を受けたノーマル級、レア級ゴブリン達が、笑みすら浮かべて武器を手に取る。
周囲をぐるりと囲む敵意に鋭い視線を走らせると、ギ・ズーは槍を構えた。
「一対一の決闘も出来んのか。でかいのは体だけだな」
「その威勢がいつまで続くか、見ていてやろう。殺っちまえ!」
周囲を囲むゴブリン達が一斉に襲い掛かる。
後ろから迫りくる棍棒を倍する速度の槍の石突で弾き飛ばし、左から突き出される尖った杭を半身を反らしてすり抜ける。同時に、棍棒を弾いて勢いのついた槍を一閃。迫りくる右と前からのゴブリンを薙ぎ払う。左から杭を突きだしたゴブリンを槍を返す一閃で首を撥ね、息を吐き出す。
「掛かってくるなら容赦せん。我が名はギ・ズー・ルオ……偉大なる王の名代にして、不屈のギ・ガー・ラークスの一番弟子!」
倒れるノーマル級ゴブリンを四方に晒し、ギ・ズーは咆哮する。
「……恐れるな! 如何に強かろうがたかが一匹、数で押せば必ず倒せる!」
ノーブル級ゴブリンの声に励まされて、ノーマルゴブリン達が一度広がった輪を狭める。
細く息を吐き出し整えると、ギ・ズーは正面に向かって一歩踏み出し、同時に槍を振るう。槍に突き刺さったのは先程倒したゴブリンの屍。それに槍を突き刺すと、全身の力を使って持ち上げ、
「グルウォオオオ!」
正面の囲みに向かって投げつけた。
槍だけでそんな芸当が出来るとは思わなかった周囲の反応は、驚愕の一言だった。囲みを作っていたレア級ゴブリンは逃げるのも忘れて、飛んできた屍の下敷きになり苦痛の声を上げている。一瞬の驚愕の間に、ギ・ズーが前に出る。
下敷きになったレア級ゴブリンを屍ごと串刺しにすると、引き抜きざまに周囲を薙ぎ払うようにして槍を振るう。
やっと正気を取り戻したゴブリン達が慌ててギ・ズーに得物を振るうが、連携のできていない攻撃をギ・ズーは難なく躱し、反撃しながら徐々にノーブル級ゴブリンへと近付く。左右から繰り出される槍を体を捻って回避し、交差した槍の真ん中を跳ね上げて道を開く。直後に後ろから迫ってきたゴブリンへと、石突で思い切り突きを喰らわす。鳩尾を狙った一撃は寸分違わず胸の中心に突き当たり、後方のゴブリンは悶絶して崩れ落ちる。
振り返りもせず音だけでそれを確認すると、更にノーブル級ゴブリンに迫る。
徐々に距離を詰めてくるギ・ズーの強さに、ノーブル級ゴブリンの心中には段々と焦りに似たものが湧いて出て来ていた。槍捌き、周囲の連携の穴を突く目の確かさ、集団に囲まれても物怖じしない度胸など、同じノーブル級でも自身とギ・ズーでは、明らかにギ・ズーが個体として強いと認識させられる。
だが、個体としての強さだけで彼は群れの頂点に立っているのではない。
「ギ?」
自分の周囲にいたノーマル級ゴブリンの頭を掴むと、悲鳴を上げるそれをギ・ズー目掛けて投げつけた。
「ぬう!?」
突如目の前に飛来する大質量。左右からのゴブリンの攻撃を捌いていたギ・ズーは、それが何か分からぬままに弾き飛ばそうとし、槍からミシリという嫌な音を聞いて慌てて体をずらす。
飛来するゴブリンの軌道上から体を避け、下敷きになる愚を避けたのだ。悲鳴を上げて地面に叩き付けられるゴブリンを横目に、薄ら笑いを浮かべているノーブル級ゴブリンを睨む。
「同朋を何だと思っているのだ!?」
ギ・ズーの挙げる憤怒の声に、敵は笑って答えた。
「こいつらは、俺様の為に生きている。使ってやれば喜ぶ筈だ」
ぎりり、と歯を噛み締める音がギ・ズーの口元から漏れた。
そんな筈はない。ギの集落でも、深淵の砦でも、氏族たちの集落でも皆助け合って生きていた。迫りくる人間という脅威に、王の下に一丸となって立ち向かっていた。そこにノーマル級だからとか、ノーブル級だからとかの序列はない。
王の下の平等があるだけだ。
手柄を立てればノーマルだろうとレアだろうと称賛され、雌を褒美に貰えるし、肉も良いものが食える。王に対しても、自ら進んで槍を捧げ忠誠を誓っているのだ。強制されているわけではない。
「貴様らはそれでいいのか!?」
槍を旋回させつつ、周囲を睨む。ギ・ズーの迫力に一歩退がるノーマル達だったが、レア達は、やはり薄ら寒い笑みを浮かべているものばかりだ。
「どうやら、俺様の意見に皆んな賛成らしいな。さあ、そろそろお前の馬鹿面も見飽きたぞ! 行け、てめえら!」
ノーブル級ゴブリンの号令の下、ノーマル級ゴブリンを急き立てつつ、レア級ゴブリン達が前に出てくる。ノーマルを楯にしつつ、後ろから槍を振るうレア達。
王より使命を授けられて30日、ギ・ズーは窮地の中にいた──。
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ギ・ズー・ルオのレベルが上がります。
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