揺らぎ
【種族】ゴブリン
【レベル】11
【階級】デューク・群れの主
【保有スキル】《群れの統率者》《反逆の意志》《威圧の咆哮》《剣技B-》《果て無き強欲》《孤高の魂》《王者の心得Ⅰ》《青蛇の眼》《死線に踊る》《赤蛇の眼》《魔力操作》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
「我は刃に成りゆく」
体にまとわせていた黒い闇が、鋼鉄の大剣に乗り移る。
茂みに隠れて獲物を窺っていた俺は、魔法が済み次第その藪から飛び出して獲物に肉薄する。狙ったのは、槍鹿の群れ。
手下のゴブリン達に獲物を探させ、今日一番の大物を狙う。
30匹ほどの群れが湖の周囲で水を飲み、草を食んでいる。その群れを練習台にしようと、一歩踏み出す。
野生の勘なのか、それとも俺の殺気がだだもれだったからか。
茂みから出た時点で槍鹿は、俺の存在に気がついたらしい。
耳を立てると、群れの視線が全て俺に注がれる。その視線を受けて、尚傲然と俺は一歩を踏み出した。
背を向け走り出す獲物。
踏み出すと同時、最高速まで一気に加速する。みるみるうちに迫る獲物の背中。
鹿の急停止から直角への方向変換。
加速した重力に逆らいながら、尚追う。
俺の間合いに入った瞬間、エンチャントを加えた鋼鉄の大剣を振り下ろす。断末魔すら上げずに、切り倒された槍鹿の姿に、俺の方が驚いた。
“ナイフでバターを切るように”手応えすらほとんどない余りの切れ味。
「凄いな、これは……」
呆けている俺をよそに、ゴブリン達は鹿を狩るコツをつかみ始めているようだった。
三匹一組の効果は、オークの襲撃で数の減ったゴブリン達に予想以上に上手く機能した。
幼生を卒業したばかりのゴブリン達を、経験豊富なゴブリンのチームに入れることにより罠の伝授と、狩りの質を落とさない事が可能となる。
効率的な狩りは、群れの食糧事情を改善し、生まれてくるゴブリンの生存率の上昇を生み出し、やがては戦力の増加に繋がる。
まぁ、そこまで上手くはいかなくとも“腹が減っては戦は出来ぬ”の格言通り、何をするにも腹は満たしておきたい。
農作物ではなく狩猟を中心で生活するなら尚更、穫れるときに穫っておきたいのだ。
保存法は燻製位しか知らないが、まぁなんとかなるだろう。
と、無駄な思考の寄り道をしていたら鹿の悲鳴が聞こえた。
「グルゥゥウゥ!」
お?
鹿を倒した一匹のゴブリンに変化が見られる。その場に座り込み、全身から湯気を立ち上らせている様子は、階級進化の前兆ではないだろうか。
注目していると、案の定肌の色は赤みがかり、筋肉は膨張する。引きつったように表情は凶悪なものへと変わり、最後に一声鳴いてそれはゴブリン・レアへと進化した。
初めて見る階級進化の様子に、新たなゴブリン・レアを凝視していたからだろう。脳裏に文字の羅列が並んだ。
【種族】ゴブリン
【レベル】1
【階級】レア
【保有スキル】《追尾》《投擲》《斧技D+》《雑食》《怒声》《獣の気持ち》《獣士》
【加護】なし
【属性】なし
あん?
【スキル】《赤蛇の眼》が発動してるのはわかる。だが、これは敵だけじゃなくて味方も見れるものだったらしい。唐突にわかったその事実。
というよりも、俺が使い方を限定して捉えていたがゆえの盲点だった。
頭を石でガンと叩かれた気分だった。
狩りを終わりにして、すぐさま集合をかけるべきか?
善は急げという。
だが、まてよ。今の俺のレベルは11でしかない。【スキル】《赤蛇の眼》はレベルによって制限を受けるのだ。
ううむ……。
いや、あせる事はない。
優先順位は変わらない。やはり狩りを優先して食料を集めるべきだ。
「主」
呼ぶ声に、俺は我に返る。
そういえば階級を上げたものがいるんだった。名前をつけなきゃいかんな。
「ギ・ギーと名を与える」
跪くゴブリンはまるで神聖なモノをもらったかのように、深く深く頭をたれた。
そしてギ・ギーのスキルに注目すべきものがあった。
獣士。
ゴブリンの時に見かけた時点では野犬を2、3匹従えるだけだったが、ゴブリン・レアに進化したのだからそれなりに補強がなされていて然るべき。
さて、どの程度の戦力になるのか。
槍鹿を2匹とアーマーラビットを3匹獲った時点で本日の狩りは終了とし、俺は集落へ戻った。
◇◆◇
集落に戻った俺は、手下のゴブリン達を順番に目の前に座らせ、いわゆる面接をした。
一匹一匹の適性を判断し、戦力になりそうなものは常に戦いに晒しておきたい。
結果だけを言えば、やはり半数以上は【スキル】《赤蛇の眼》の制限で見ることができなかった。見れたゴブリンの中で戦力になりそうだったのが、2匹ほど。
ゴブリン・レアに進化したギ・ギーを除いたその数は流石に少しがっかりした。
だが最初から上手くいくはずもない。
とりあえず、俺のレベルを上げることによって他のゴブリンの適性を見ることに専念すべきだろう。
有用そうなスキルを持ったものがいれば、その都度狩りを多めにさせるという方針でいくしかない。
既にゴブリン・レアに進化していた元リーダーのギ・グー、槍持ちのギ・ガーはやはりというか見れなかった。
こいつ等のステータスも気にはなるのだが、焦っても仕方ないだろう。
無いものねだりはやめにして、あるもので戦力を補わねばならない。
◇◆◇
日課となっているレシアとの会話だが、徐々に俺のほしい情報を引き出せるようになってきた。
相手の信頼かもしくは慣れをある程度勝ち取ってしまえば、後は容易ですらある。その意味では、先のオークの襲撃は、俺の心証をだいぶ上昇させたらしい。
まったく、オークさまさまというやつだ。
生きては俺の階級を上げるための獲物として、死んでは手下の腹を満たす餌として、さらには情報源からほしいものを引き出す鍵にもなってくれる。
畜生め。少しも嬉しくない事実だ。
少なくない犠牲が出ているのだ。
くそったれめ!
だが、事実は事実として有用なものは活用せねばならない。
死んだ手下の為にも、その死は最大限使ってやるのが最大の供養だろう。せめて奴等が無駄死にであったと思わないように。
くそ! 俺は何を考えている。やつらは駒だ。化け物だ!
不用意な感情移入は、破滅をもたらすだろうに!
「──聞いているのですか、あなたは?」
レシアの声で我に返る。
くそ、集中しろ。
「すまぬ。少し呆けていた」
「聞く気がないのなら、やめてもいいのですよ!?」
「いや、それは困る。これからがいいところなのだ」
「……聞いてもいないくせに、よくもまぁ!」
「水浴びの機会を二日に1度にしよう。それで手を打て」
「ふむ、悪くないですね。できれば一緒に囚われたチノスとマチスにも、水浴びをさせることを許可してください」
うむ、と考える。この女の才能は治癒の能力だけではなかったらしい。
値切りの才能とでもいうのか、商人としてもやっていけそうな雰囲気がある。
「良いだろう。ただし時間はずらす。同時に警護もつける」
「良いでしょう。では続きです」
レシアに妥協してでも聞きたかった内容は、地理だ。
人里からどれくらい離れているのか、最も近い集落は人口がどのくらいで、戦える人間の数は何人なのか。国は、文化は、兵力は、他国との関係は。そしてこの森に対してどのような認識を持っているのか。
毎日の会話の中で少しずつそれを聞き出していく。
もちろん、それを鵜呑みにはしない。
狩猟区域はギ・グーを始めとするレアの3匹の任せ俺自身で探索に出かけていた。
レシア達を捕らえてから、十日ほど。そろそろあるいは人間の側から行動があっても不思議ではない。
未踏破区域を俺だけで駆け抜けるのは、自身のレベルを上げる必要もある俺にとって一石二鳥の効果がある。
ただし、やはり危険は伴う。
ゴブリン・デュークになったとはいえ、恐らくステータス的なものは巨大蜘蛛と同等でしかないだろう。俺のほうが多少頭が回って、スキルと魔法を使えるというだけだ。
それが大きな差となるか、僅差となるのか今の俺には測りようも無い。俺の持っているスキルも、魔法も一顧だにしない存在が、この森に人間の中にはいると考えて間違いない。
例えば俺を一撃で仕留められる技術を持った存在がいれば、あれほど強力だった《死線に踊る》は使えない。あるいは、見たことも無いような形状の強力な武器。それがあれば《王者の心得Ⅰ》も同様に無効化されてしまう。
それとであった時、俺が無事に逃げ出せるなどという保障はどこにもないのだ。
背中に走る緊張感を感じながら、俺は森の中をかける。
立ちふさがるオークの群れ3匹に、口元が三日月を描く。
──敵がいる。敵が、敵が敵がいる!!
「我は刃に成りゆく!!」
命の危機に感じる恐怖。
震えと紙一重の高揚感が、身を包む。
俺に気づいたオークが向かってくる。
俺の臓腑の奥底から奮いたつ叫び。狂える魂が吼え猛る。
「グルゥゥアァアア!」
俺は、強者へ向けて一歩を踏み出した。
◆◇◇◆◆◇◇◆
闇、死の属性により魔法の種類が黒魔法となります。
黒魔法の効果により、精神に影響を受けます。
【スキル】《狂戦士の魂》を獲得しました。
【スキル】《狂戦士の魂》により、精神の侵蝕が発生します。
◆◇◇◆◆◇◇◆