シルフ統一戦争Ⅰ
【種族】ゴブリン
【レベル】53
【階級】キング・統べる者
【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《戦人の直感》《冥府の女神の祝福》《導かれし者》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv1)オークキング《ブイ》(Lv82)
【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》
一向に揃わない兵と、徐々に迫りくる風そよぐ森、ゴブリンの連合軍に、フェニトの機嫌は日に日に悪くなっていった。
妖精の小道を使わせ、各集落と連絡を取ろうとするが妨害する為の障壁が張ってあり、上手く辿り着けない。
「シルバ・シェーングも、プリエナも、ナッシュ・ジラドもどうしたのだ! 怖気づいたのか!?」
拳で机を叩き、目の前のシンフォルアの戦士達に怒鳴り散らすが誰一人として顔を上げない。
「忌々しい……! こうなれば我らだけで出陣し、フォルニの眼を覚まさせてやるぞ! だが、先ずはシルバだ! あの小僧め! 私を侮ればどうなるか、たっぷり教えてやる!」
怒りに燃えるフェニトの号令の下、最寄りの迷い人の森のシルバへ向けて兵を向ける。
その数凡そ500。南の熱砂の砂漠には妖精族と敵対する程の勢力はなく、蓄えた力は他の森よりも大きな静かの森。その兵力の半ばを使った侵攻だった。
プエルも、シンフォルアの戦士団の一人となってその戦列に名を連ねている。探し人のセレナは恐らくゴブリン達と一緒にいる。この森に帰ってきて殆ど縁という縁もない人々に頭を下げ、情報を集めつつ下した結論だった。
本当なら今すぐ彼女の下に飛んでいきたい。だが、それは後々のことを考えても宜しくなかった。先ず、ゴブリン達の目を盗んでセレナを奪い返せるか。フォルニがゴブリンと同盟したということは、妖精族の一部も彼女の敵とみて間違いない。妖精の小道の弱点も知られている。
奪い返したとして、逃走経路はどうするか?
単独で動いたとして、周囲は全て敵だ。ゴブリンとそれを認めるフォルニ。逃げるのは容易ではないだろう。お世辞にも一騎当千などと言う呼称が似合うプエルではない。自身の力の限界を知るからこそ、プエルは慎重だった。
冒険者として先ず第一に大切なのが、己の力量を見誤らないことだ。
自分にできること、できないことを判断し、できる中で最善を尽くす。死なないために、目標を達成するために、今自分ができることは何なのか。プエルは冒険者の血盟自由への飛翔に加わることでそれを学んだ。
セレナと出会うためには、フェニトの発する軍と行動を共にした方が一番良い。
「私は間違ってませんよね、トゥーリ」
血盟のリーダーの名前を呼んで、弱気な自分を叱咤する。
「ここにいたか。プエル」
弓矢の手入れをしていた彼女に声を掛けたのは、彼女と同年代の若い妖精族だ。
「フェルビー、どうかした?」
「……いやなに、少し顔を見たくなったのだ」
苦笑して肩を竦めるのは彼女の直接の上司にして、シンフォルアの戦士団を纏める隊長の一人。若くして剣と弓と魔法の扱いに長けたフェルビー・アンスラ。森に戻ったプエルに変わらず接してくれる数少ない友人の一人だった。
「フェニトがまた無茶を? ごめんなさい。親族として私からも謝るわ」
「まだ何も言ってない」
「でも、そんな顔をしていたわ」
「参ったな。まぁ実際、その通りなのだが」
プエルの横に腰を下ろすと、溜息をつきつつ腰の短剣の手入れを始める。青銀鉄製の短剣を磨きながら、フェニトの様子を語り始める。迷い人の森へと進行するという話になって、プエルは形の良い眉を顰めた。
「褒められた話ではないけれど……間違っているとは思わないわ」
「君なら反発があると思ったが」
意外なものを見るようにフェルビーはプエルの整った顔を見返す。
「フェルビーには悪いのだけど……多分フォルニとゴブリンの連合軍は強いと思う。それを抑え込む為に数を揃えるのは決して悪いことじゃないわ。族長同士の話し合いで承諾をしたなら、それは森同士の約束だもの……。例え脅されたのだとしても、シルバ・シェーングにはそれを跳ね除ける必要があったのだと思う」
「高貴なる者の責務、か。手厳しいな」
交渉とは力を背景にして行われる。人間よりも長い時を生きる妖精族にとってもそれは同じだった。
「フォルニを打倒する為には仕方ないか」
溜息をついて、フェルビーは短剣をしまう。
「安寧の時の為には、仕方ないか」
立ち上がり、別れを告げようとする二人の耳に届いたのは、暴れる風の音と族長の屋根が弾き飛ばされる光景だった。
◆◆◇
襲撃がない。
いや、それ自体は喜ばしいことだ。シューレの思わぬ檄文から始まったこの戦だが、彼の思い描いた通りに進んでいるのだろう。ゴブリンと妖精族の連合軍は外側を妖精族が守り、内側にゴブリンを囲い込むような形で進軍していた。
森の中にも大群が移動できるだけの道が整備されている。無論、石畳というわけにはいかないが、木々の間隔は大人数の移動を可能とする程に広がりを見せ、石はどかされ、なるべく平坦になるように均された妖精族の道。
どうしてこんなものがあるのかと疑問に思うが、俺の横で次々と報告を捌くシューレの姿を見ていれば些細な問題は後にしておこうという気にさせる。
各地に派遣した密偵、斥候、枝葉の森の民達から情報を集めているシューレの姿に、ゴブリン達でさえ一種の畏敬の念を禁じ得ないのだろう。いつもは雑談が聞こえてくるゴブリンの群れも、まるで音を出すのが禁忌のように粛然と進んでいる。
齎される情報が一段落した頃合いを見計らって、俺はシューレに言葉を掛ける。
「随分すんなり進むのだな。他の集落はお前を非難していると思っていたが」
「既に手は打ってある。今、他の集落には軍を出す余裕はない筈だ」
暗殺でもしたのか。未だ斥候が訪れないのをいいことに、俺は更に聞いてみる。
「暗殺でもしたのか?」
「いや……ふむ、まぁここまで来れば大差無いか。風の妖精族の中には私の危惧と同様のものを抱く者達がいる。集落を問わず、な」
つまりそいつらに何かをさせたということか。ストライキ……では弱いか。離反……にしては、軍を出す余裕がないということだったが。ならば、それよりも強い行動か。
「謀反を起こさせたのか」
「……そうだ」
一瞬の間に、この男の苦悩が垣間見えた気がした。確かに、各森にシューレの同志たちがいるのだろう。だがその数は決して大多数ではない。大多数なら族長を追放してしまえばいいのだ。しかし謀反を起こさねばならないということは、それだけしなければ各集落の機能を奪えないということだ。
一歩間違えば死ぬという危険を冒さずには止められなかった。
「少し速度を上げても構わんぞ」
「……だが」
「我らは戦には慣れている。決して無理な速度では走らん」
「……感謝する。フェイ、全軍の速度を上げるぞ!」
側近のフェイが頷き、伝令を飛ばす。
「我が精鋭達よ! 速度を上げるぞ。この程度で遅れるような軟弱者は、我が配下ではない!」
俺も声を張り上げる。
無言の気迫の高まりを背に受けて、歩む脚に力を込める。
最寄りの集落である静寂の森に、俺たちは向かっていた。
◆◆◇
集落に運び込まれたゴブリンに、ブイは唸り声を上げた。
「エサ!」
倒れたゴブリンを見つけてきた厄介者は、いつものように餌を強請ってブイの足元に噛み付く。
「どうする? ブイ。あのゴブリンの仲間だろう? しかも大きいし青い」
グーイの言葉に、ブイは頭を抱えたくなりながら、頷くしかない。
「とりあえず治療を。背中の矢を抜いたら薬草を塗り込んでおいて」
「不味いんじゃないか? 死んだら俺達の所為に……」
ゴーイの怯えたような声に、ブイは頭を振った。
「一番悪いのは何もせずに見捨てたってことだと思う。もし死んでしまっても、しっかりとした治療を受けさせれば多分大丈夫の筈」
徐々に力のなくなっていく語尾にグーイとゴーイは顔を見合わせるが、溜息を吐くとゴブリンを家の中に運び込む。木と動物の皮を繋いだだけの家だが、何もないよりはマシな筈だ。ドラリアが清めてくれる水で傷口を洗い、治りを早くする薬草を塗り込むと、後は葉っぱを当てて傷が治ってくれるのを祈るばかりだ。
「エサ!」
未だ噛み付いたままのコボルトに肉をちらつかせてれば、噛み付いていたのもどこへやら尻尾を振って涎を垂らしている。
「よーし、あっちだよー」
肉を放り投げてやると、一目散に駆けていくコボルト。
「ブイ! ゴブリンが!」
家の中から聞こえたゴーイの悲鳴に、急いで駆け付ける。
「……ぐ、貴様、ら。オーク」
苦痛の合間から声を絞り出すゴブリンの様子に、ブイは一先ず安堵する。いきなり死んだと報告を受けなくて心底良かった。
「取って喰いはしないから、安心して」
「貴様、ら、は俺たちを喰う、だろ、うが!」
「僕は、オークの集落を治めるブイ。僕は君達の王とは敵対するつもりはない」
ブイは、青色のゴブリンに静かに告げる。そのオークらしくない知性を感じさせる言葉に、青色のゴブリン──暗殺のギ・ジー・アルシルは唸った。
「まぁどちらにしろ、暫く動くのは無理だよ。養生することだね」
ゴーイを残し、他の者を連れてブイは家を出る。
「死んでなくて良かったぁ……とりあえず、このまま経過観察。多分お腹も空くだろうから、肉を食べさせてあげて」
指示を出すと、ブイはこれからの行動について考えなければならなかった。
怪我をしたゴブリン。見つけた場所はゴブリンの王が解放を宣言した湖から南の辺りだ。抜き取った矢はとても精巧な作りをしていて、ゴブリンやオークには作り出すことが難しいものだった。
ならば、相手は人間なのだろうか。
また森への侵略が始まったのか。或いは、あのゴブリンが平地から逃げてきたのか。
確かめなければならないことは多々ありそうだった。
「グーイ。少し頼みがあるんだけど」
オークの集落を率いるブイは、独自に調査を始めた。
──人間との再戦まであと、316日。
お仕事の関係で、来週いっぱい更新をお休みさせていただきます。
再開は一週間後を予定しています。