未来への軛
【種族】ゴブリン
【レベル】53
【階級】キング・統べる者
【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《戦人の直感》《冥府の女神の祝福》《導かれし者》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv1)オークキング《ブイ》(Lv82)
【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》
「シューレ……どういうつもりだ」
俺の声に不満の色を感じ取ったのだろう。目の前で椅子に腰掛ける風の妖精族はいつになく厳しい視線のまま、俺に向き合った。
「風の妖精族を纏め上げる」
「つまり、お前が妖精族の王になると?」
妖精王か。
「冗談を言うな。我らは賢人会議を最高の機関とする。頂点に一人を据えるなど、民が許さん」
この集落の様子を見る限り、決してそうは思えないのだが、事実この男に王位に昇るつもりはないらしい。
「シューレ様! 各森から続々と抗議文がっ!」
慌てて部屋に飛び込んで来た妖精族の一人が、俺を見て硬直する。
「構わぬ」
秘書は俺がいるのに妖精族のことを喋っていいものか迷ったようだった。だが、シューレの判断に意を決し口を開く。
シューレの秘書らしきその妖精族は続けて、フォルニを非難する各森の声明を発表していった。
「ですが、フェニト・シンフォルア様は賢人会議を招集なさり、他の森も次々とこれに参集しているとのことです……どう、いたしましょう?」
震える秘書の声に、シューレは常と変わらず言い放った。
「予想の範囲内だ。劇薬なくして我らの生まれ変わりはない……風鳴りの森は何と言っている?」
背筋を伸ばして硬直する秘書が、紙に目を落とす。
「ファルオン様はシューレ様をご支持なさると」
「ならば問題ない。枝葉の森にも檄を飛ばせ。私に従うなら、弓と矢を持って参集せよ、とな」
それは間違いなく宣戦布告の言葉だ。
「……お考え直しください」
秘書官が俺を一瞬だけ見てから、シューレに向き直る。
「妖精族同士で争うなど。無駄な血を流す必要がどこにあるのです? 我らは森の中で生きれば……」
俺の姿を確認するということは、俺の機嫌を損ねるのを分かった上での発言だろう。随分、慕われていると見える。
「フェイ……君は優秀だ。だが、現状維持では100年先の滅びを回避できぬ」
妖精族にとって100年先というのは決して手の届かぬ未来ではない。事実200年近くの時を生きる彼らにとっては、直ぐそこにある危機なのだ。
「我らは今、血を流し人間に対抗せねばならん。少なくとも味方がいる内に奴らに挑まねば、我らの子供らは奴隷として生きることになるだろう」
俺から視線を外さず、シューレは言い切る。
「誇り高き妖精族の末裔として、私はそのような未来を甘受することはできない。例え、同朋の血を流すことになってもだ」
聞けば若々しい外見とは裏腹に、シューレは既に100年以上を生きているらしい。
「フェイ。さあ、同朋を呼び集めるのだ」
黙って一礼する部下を下がらせると、外さぬ視線に厳しさが増した。
「これで君の望み通りの展開となったわけだ。我らは相争う」
「できれば全員が俺と共に戦って欲しかったがな」
「無茶を言う。だが、努力はしよう。私とて、同朋の血をあたら流すのは気分の良いものではない」
「敢えて問うが、賢人会議が最高の機関と言いつつ、それを無視するのは矛盾ではないのか?」
「汚名は敢えて受けよう。だが、最高の機関だからといって欠点がないわけではない。一人の王の裁定が会議の決定に勝るように見えるのはその為だ」
溜息をつくように、息を吐くシューレ。
「非常時には非常時の措置を取らねばならない。君達ゴブリンに対する対応にしても、結論が出ないのならば各個の判断で動くさ。問題を先送りにしているだけでは何も解決せぬ」
敢えて汚名を被るか。見上げた心意気だが、その判断が正しければ正しい程、自分の信じる会議を軽んじることになるとは皮肉なことだ。
「さて、友よ。君の望む展開だ。どうするね?」
試すような口調とは反対に、視線は結果を確かめるだけ言わんばかりに冷め切っている。
「力を貸そう。我らはその為に来たのだ」
そして俺の答えも、だ。
二日後、風そよぐ森の戦士団とゴブリン総勢400は、静かの森に向けて軍を発した。
◆◆◇
「即刻兵を出すべきだ!」
フォルニ、ガスティア両族長が不在のまま開催された賢人会議は、開催を宣言した途端フェニトの大喝が響き渡る。
「妖精族同士で争うのか?」
怯えた様子で肩を震わせる迷い人の森のシルバ。背の低い彼は上目遣いに、鼻息荒く捲し立てるフェニトを見ていた。美しいが冷たい目をした静寂の森のプリエナは疑わしげにフェニトを見るが、だからと言って反論をしようとはしない。
細身の囁きの森のナッシュが、皮肉気に口元を歪ませて質問を発した。
「で、兵を出すとして誰が指揮を執る? 老練なファルオン老は動かず、英明の誉れ高いシューレに誰が対抗するのだね?」
「あのような者に怯えているのか! 話にならんぞナッシュ・ジラド殿ともあろう方がっ!」
「ふん、可愛い同朋を無暗に死なせたくはないのでな」
「私に従えば同朋が死ぬというのか!?」
ナッシュの冷たい視線を物ともせずフェニトは喚く。そこに割って入ったのは小心のシルバだった。
「そ、そんなことより! どうするのですか? 本当に戦うのですか!?」
頭を抱えて小さくなるシルバに、フェニトは舌打ちすると言い放つ。
「話にならんわ! 我らフェニトだけでも奴らを撃つ! 各々領地に帰って怯えて待っているがいいだろう!」
妖精の小道という力があるために、本拠地をいきなり強襲されるという可能性もなくはない。ぎくり、と身を震わせたのは小心のシルバだけではなかった。
「いや、これは私たちが見識不足だった。フェニト殿には、どうか気高き賢人の心を持ってお許し願いたい」
プリエナの言葉に、フェニトは鼻を鳴らすと椅子に座り直す。
「討伐の盟主はフェニト殿で宜しいだろう? ナッシュ殿」
プリエナの冷たい視線がナッシュの冷笑に向けられる。
「ええ、構いませんとも。プリエナ殿が賛成なさるなら、反対する謂れはありません」
プリエナとナッシュは視線で相手の意図を汲み取った。
つまりフェニトとシューレを戦わせてその仲介を買って出ることにより、優位な立場に立とうというわけだ。
「どうやらファルオン殿は静観の様子。シューレだけなら何とでもなりましょう」
プリエナの言葉に全員が頷く。温度差はあっても、自分たちの立場を守ることに関しては、皆一致していた。
「ならば、さっさと領内へ戻って兵を差し出してもらおうか! シンフォル、ジラドは200、シェーングは300だ!」
「何故私の森だけ300もの同朋を」
「黙れ! 私の決定に異を唱えるなら、シューレ同様に討伐してやるからな!」
「それは……」
フェニトの言葉に黙り込むしかないシルバは、俯いて小さく分かったと呟いた。
「最初からそう言えばいいのだ! では各々、4日後までに兵を寄越せ! 解散だ」
◆◆◇
凶鳥の屍が空を飛び、深淵の砦に到着したのは暗殺のギ・ジー・アルシルが鳥を放ってから2日後のことだった。
受け取った凶鳥の話す言葉を聞いて、深淵の砦を預かるクザンは白く小さな体を棍棒で殴られた時のように硬直させた。直ちに王の代理人ともいうべきナイト級ゴブリンのギ・ガー・ラークスに話をつける。
深い赤色の肌に片腕片足。額には小さな角がある。他のデューク級のゴブリンとは明らかに一線を画した姿のナイト級ゴブリンのギ・ガー。その背丈は高く、クザンは見上げるばかりに威容を仰いだ。
「俺の頼んだ伝令でギ・ジー殿が危機に陥ったとあらば、助けに行かねばなるまい」
片方しかない腕で槍を携えると、人間の友より贈られた義足で地面を蹴りつけ、愛騎のハクオウに飛び乗る。
「ま、待ってください! ギ・ガーさんが直接行くのは、不味いです!」
「何? だが、俺の頼んだ要件で危機に陥っているのだ。俺が行かねば」
「それでも駄目です。王様なら……」
王様ならどうしただろうかと考えて、クザンは容易に飛び出していく姿を想像し、首を振った。ギ・ガーならそれに倣う。間違いなく人間との正面衝突になってしまう。
それは不味い。
「我らが王がどうした?」
「ええっと……。いえ、王様がギ・ガーさんに深淵の砦を任せたのは、きっとここを守るためだと思うのです。ですから、誰か他の者を選んでほしいのです」
ううむ、と唸るギ・ガーに、クザンはさりげなく必要な条件を話した。
「人間との再戦は王様が望まれた通りにしないといけません。ですから、なるべく人間との諍いを拡大しない者が宜しいと思います。ギ・ジーさんを助け出して連れてくるのですから、やはりそれなりの実力もないといけません」
「むむむっ……」
レア級ゴブリンではギ・ジーに従ってしまいそうである。
ならば氏族の族長クラスに出てもらうことになる。
「パラドゥアのアルハリハ殿か、ガンラのギルミ殿だな」
「それが宜しいです」
ラーシュカを選ばなくて本当に良かったと安堵の息をつくクザン。
「では、早速使者を。アルハリハ殿とギルミ殿に頼もう」
「分かりました」
クザンがとてとてと走っていく姿を確認して、ギ・ガーは溜息をついた。
「王はこんな判断を難なく下していたのか。俺には王の真似は出来ぬ……」
溜息と共に述懐を吐き出すと、部下を鍛える為にハクオウを駆る。
せめてギ・ジーの無事を祈ろうと、深淵の砦から飛び出し森を駆け巡った。
──人間との再戦まで318日。