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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
楽園は遠く
155/371

一つ目蛇の囁き

【種族】ゴブリン

【レベル】53

【階級】キング・統べる者

【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《直感》《冥府の女神の祝福》

【加護】冥府の女神(アルテーシア)

【属性】闇、死

【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼ガストラ(Lv20)灰色狼シンシア(Lv1)オークキング《ブイ》(Lv82)

【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》




 未だ夜の神(ヤ・ジャンス)の腕は世界を覆っている。だが、この森の中にいるとき、それは優しい慈父の腕の中にいるような錯覚すら覚える。

 優しい夜に抱かれて、俺は夜が明け始める前の森を歩いていた。妖精族の森の外では夜は獰猛で荒々しく、俺たち夜を住処とするゴブリンですら、気を抜けばその身を滅ぼすものだ。だが、この妖精族の領域の中では優しく包み込むものに変わっている。

「おかしなものだ」

 呪術師(シャーマン)級であるギ・ザー・ザークエンドあたりならこの雰囲気の違いを解き明かしてくれるかもしれないが、俺の知識では解明することはできそうにない。こんなこともあるのかと、気に留める程度のことしかできない。

 まぁ、それでも良かろうという気分にさせるのだから、俺の精神も大分慣らされているのかもしれないが……。穏やかな気持ちを抱えたまま、夜明け前の森を歩く。

 その時、腕に巻きついた一つ目蛇が肌を刺す痛みとなって俺に語りかける。

『……戦塵と流血は、お前の業。弟よ、恐れるな、迷うな』

 久しぶりに聞くヴェリドの声。

「……お節介だな。俺が戦をやめるのが心配か」

『古き森と水の神らは、悠久を生きる。加護厚きこの地は、炎を鈍らせる。我は不快だ』

 随分と素直なことだ。腕に巻きつく黒の刻印が俺の腕を締め付け、同意を示すように左手の宝珠が静かに鳴動する。

「覇道は既に始まっている。今更後には退かぬ」

 俺の中で燃え上がるこの炎のような感情は、ただの征服欲というだけでは既に足りなくなっている。勝利への渇望か、戦いに対する興奮か。爆発してしまいそうな炎の塊を抱えながら、内心のヴェリドに語りかける。

「……俺は奪われたものを取り戻す。その前に立ち塞がるものは、容赦なく叩き潰す」

『弟よ、忘れるな。冥府の女神(アルテーシア)様は、我らが母、我らが主』

 穏やかになりかけていた気持ちが一変する。口元に浮かぶのは、内心の炎を映す獣の笑み。

「誰であろうと、何者であろうと……立ち塞がるなら倒すまで。それが例え神であろうとも」

『善き哉、善き哉。我は黒き炎の導き手、戦の先触れ……忘れるな、弟よ、忘れるな』

 嗤うヴェリドの気配とともに腕の蛇が蠢動し、それきり声が途切れる。

 微かに、思い出したかのような声が俺を呼ぶ。

「取り戻すのだ。何を犠牲にしても……」

 自然と口に出た言葉は、薄闇に落ちて消えた。


◆◆◇


 魔の大鏡に映るゴブリンの姿に、アルテーシアは艶然と微笑んでいた。

「亜人を服属し、ついに妖精族の喉元にまで来るなんて、予想外ね」

 語りかけるのは一つ目蛇にして真の黒(ヴェリド)

「御意。森と、水の神らの結界は思いの他強固にて、妖精族の招待が無くば入り込むのも難しかったかと」

 ゴブリンの王が捕らえた妖精族を使者に見立て、送り出したのはまさに正解だった。妖精族の森には一種の結界が張り巡らされており、外敵を迷わせる効果がある。突破をするなら、文字通り森を灰燼に帰す必要があった。

 正解を知らなかったとはいえ、その結界を無事に乗り越えたのは僥倖以外の何物でもない。

水の神(イーレン)森の神(チェツェン)は妖精族に干渉をしているのかしら?」

 首を傾げる女神の言葉に、ヴェリドは目を伏せる。

「恐れながら、活動を最小限にしている様子……死してはいないようですが」

「ふぅん、成程ね……風より迅く(ガウェイン)の使徒は森の神との接触を断られるし、力を温存しているのかしら? 何のために?」

 蠱惑的に微笑む女神の様子に、一つ目蛇が真面目な様子で答える。

「或いは、信仰が足りぬのかもしれませぬ。森の神は人間の侵略に苦しみ、水の神はその身を汚されています。神々の力を削ぐには十分では?」

「ヴェリド。神々を侮るのは禁物よ」

「御意」

 そう、前の戦では感情のままに戦を仕掛けたから神々の力の前に冥府に追いやられてしまったのだ。

「でもあなたの推論が当たっているのなら、こちらに引き込むことも出来るわね」

「精霊達に接触を図りましょうか?」

 神々といえど、何事も一人では成し得ない。故に彼らは己の力を分け与え、精霊を作り出す。作り出した世界を維持するために働き、土地の醸成、結界の生成、気候の維持、ありとあらゆる自然を形成していく為の神々の代理人たる精霊。

 かつて妖精族はその言葉を聞き取る術に長け、他の種族との協力により精霊語を会得していた。神々の争いにより、その術は失伝し廃れていったが、断片が世界各地に残っている。魔剣と呼ばれる武器に、神秘なる宝物に、王家のみに秘された伝承の中に、古き森の賢者達に、古代より生きる巨人達の知識に。

「ええ、仕度は任せるわ」

 頭を下げる蛇の頭上から、主の声が聞こえる。

「ふふ……ゴブリンがこれ程までに愉しませてくれるなんてね。今少し、力を分け与えてもいいのかもしれないわ」

 お気に入りにはその加護を惜しみなく与える。嫉妬深い反面、その愛情は深く、冥府の女神は楽しげに眼を細めた。

「……翼無き空蛇(ガウェイン)土喰らう大蛇(パーシヴァル)らもそろそろ動き出す頃合いかと」

 かつて世界を敵に回した冥府の女神の眷属達。彼らは未だにあちら側に留まり雌伏を続けている。全ては再びの戦の為に。

混沌の子鬼(ゴブリン)たちが望むなら、私が母となってあげても良いわ」

 神々の母たるディートナが冥府に堕ちて尚、命を生み出し続けた末の魔物と呼ばれる彼ら。冥府には未だに母なるディートナの産み落とした魔物達が犇いている。かつてディートナは死した者の魂を留める冥府の主にして、堕ちたる者の母だった。

 冥府の女神ディートナは、数えきれない魔物を従えていた。

 魔物や魔獣や蛇達を斬り従えて、アルテーシアがその後を継いだのだ。ならばこそ、かつて従えた魔物の主となっても構わない。例えそれが地上に置き捨てられた者達でも。

「……主が望まれるのなら、我が力を持って」

 主の黄金色の眼光が蛇を射る。

「ですが、母無き故の魔物、神無きが故のゴブリンの王かと」

 威圧的な視線が、再び魔鏡を覗き込む。

「確かに。手元に置くだけが愛では無いわね」

 妖艶に微笑むと腕を組んで思案する。

「我らも、戦の支度を始めます」

 頷くアルテーシアの前からヴェリドは退がる。

「ふふっ、その力量があるなら地上の魔物を統べさせてあげてもいいわね。でも坊や、急がないと……」

 魔鏡の景色が一変する。そこに映るのは人間達だった。


◇◆◇


「堀の深さは、2、5(メートル)にしろ! 馬防柵は根元からしっかりと埋めろよ!」

 指揮官の声に、威勢のいい声が所々から上がる。ゴブリンの住み暮らす森と人間側との境界に、着々と植民都市が築かれつつあった。

 宿営のための天幕を大規模に馬防柵で囲い、空堀を張り巡らせて拠点を決めると、後は一気に都市の間取りを決めてしまう。当然その間に魔物に襲われる危険があるため、西方領主たるゴーウェンの指揮下にある私兵達や冒険者、或いは国軍らを使い、警備に当たらせる。 

 彼らが警備をしている間に間取りを終えた職人達が、昼夜問わず煉瓦を焼き、石を切り、城塞としての都市を作り上げていく。また西方領主の住まう西都ジラタからも日々、食料や外壁用の石、煉瓦用の土などが送られてくる。

 最初に作られるのは視界を遮り、領域を仕切る石壁だった。

 煉瓦の間にセメントを押し込め加工していく技術は、ゴブリン達には想像もつかないものだった。石壁といえば精々が乱雑に石を積み上げたもの。目の前に聳え立つ垂直に立つ壁というものに、偵察に出た暗殺のギ・ジー・アルシルは暗い闇の中から目を見開いた。

「何だ、これは……」

 いくら手を伸ばしても取っ掛かりのないような壁が背丈の2倍もの高さで聳え立っている。しかもその壁の前には、空堀が一息には飛び越えられないような幅で掘り返され、壁の上には木の楯を並べ、警戒の為の人間が通っていた。

「ギ・ガー殿の懸念が当たったのか」

 オークが全力で体当たりすればあの壁が崩せるだろうか。無理だろう。見たことも聞いたこともないようなモノだ。念入りに警戒すべきだ。

 深淵の砦は地上に現れている部分はごく小さい。寧ろ地下に伸びている方が大部分である。暗闇を苦にしないゴブリンには快適な住処だが、人間の砦は地上にその本拠を置く。

 だが、ギ・ジーは自分の知っている砦の規模を基準にして考えた為、その巨大さに驚愕していた。つまり地上にこれだけ大規模な防衛施設を作るのであれば、地下にはどんな規模の砦を作ろうとしているのか分かったものではない。

 その危機感は、必要以上にギ・ジーを煽った。

「非常時以外には使うなと言われたが……」

 手にしたのはゴルドバの巫女クザンから預かった凶鳥の亡骸。これに言葉を吹き込めば、深淵の砦までの伝令として使えるということだった。ゴルドバの技術を凝らして作られた数少ない逸品だと、小さな体を精一杯主張して渡されたもの。

「だが、今がその時だ」

 凶鳥に言葉を吹き込んで、亡骸の頭を叩いてやると、死んでいた筈の凶鳥が羽ばたいて空へ飛んでいく。

「確かに王は、森から出るなと言われた……。だが、これは」

 堂々と目の前に展開する砦の存在。これは明らかな挑発ではないか。このまま放置して構わないのだろうか。

「……いや、王の御為にも、こんなものは許してはおけぬ」

 夜の神の腕が伸びるのを待って、ギ・ジーは森を抜け出す。篝火が照らす間を縫って、砦に近づいて行った。


◆◆◇


「会談はどうだったのですか?」

 フェニト・静かの森(シンフォルア)は、妖精の小道を使って帰ってきたところに声をかけられた。見れば、以前に森を飛び出していった従姉の姿。

「ふん、面白くもありませんでしたよ。ゴブリンがどうの、こうのと……全くくだらない」

 静かの森は風の妖精族の支配する森の中でも一際大きな南部の森だ。南にあるのは砂礫と黄砂の熱砂(アシュナサン)の大砂漠。

 太った体を揺らして笑うフェニトに、プエルが声をかけようと口を開く。

「セレナは、あの子の安否は……」

「ああ、すいません。従姉上(あねうえ)忘れていました」

「……っ忘れていたとは、どういう──」

「いえ、私も忙しい身の上ですので」

 唇を噛み締めるプエルの様子に満足したように、フェニトは出迎えに来ていた家人の妖精族に指示を出す。

「食事の準備はできておろうな?」

「はい、フェニト様。それはもう万全でございます」

 阿諛追従の言葉を並べて頷く妖精族に満足そうに笑うと、プエルを置き去りに歩き出す。

「ああ、従姉上。セレナのことも気が向いたら調べてみますよ。また風そよぐ森(フォルニ)に赴かねばならないでしょうからね」

「本当なのですね?」

「勿論。食事でもしながらどうです?」

 力なくプエルは頷いた。今の彼女はこの集落でなんの力もない。人脈も、冒険者として過ごす内に絶えてしまったのが殆どだ。今はどんなに悔しくとも、惨めでも賢人たるフェニトに従うしかなかった。



──人間との再戦まで、324日


◇◆◆◇◇◆◆◇


主人公のスキルが変化します。

【スキル】《直感》⇒《戦人の直感》

【スキル】《戦人の直感》

⇒致死に至る攻撃を回避します。階級が一つ上の相手にまで効果を発揮します。

⇒率いる部隊が壊滅する攻撃に対して、予感が働きます。(中)

主人公のスキルが追加されます。

【スキル】《導かれし者》

⇒加護を与える神々の願いを叶えることにより、幸運補正。

⇒敵対する神々の願いを砕くことにより、魔素の増大、加護の強化がある。


◇◆◆◇◇◆◆◇


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