森の都
【種族】ゴブリン
【レベル】53
【階級】キング・統べる者
【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《直感》《冥府の女神の祝福》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv1)オークキング《ブイ》(Lv82)
【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》
「……想像以上だな」
思わず唸る俺に、シュナンが微笑む。
俺に続いてきたゴブリン達も、まるで巨人の住処に紛れ込んだようだと騒ぎ、きょろきょろと周囲を見渡すのに余念がない。
妖精族の住処というのは、森を基盤にして出来上がっている。予めそう聞いていたにも関わらず、俺はその光景を見て絶句した。巨大な木が森を覆っているとでもいえばいいのか、頭上を覆うのは常緑の葉。枝を伸ばした木々の高さはゆうに20mを越えている。巨大な複数の木々を中心として集落は成り立っており、頭上はほぼ隙間なく緑の屋根に覆われている。
木の幹の太さは、ゴブリンが30匹程手を繋がなければ囲めない程である。それが複数存在し、森を覆っているのだ。頭上を覆う緑の屋根は日差しを遮るのに丁度良く、決して暗さを伴うものではない。
森の外側に行くほど大樹の割合は少なく、小さくなっていくがそれでもこの木々の大きさは異常だった。ゴブリンが10匹手を繋いでやっと幹の周りを囲える程度の大木が複数生えており、日差しを心地良く取り込んでいる。苔むした大樹の根元には薬草が生い茂り、所々には色とりどりの花々が咲き誇っていた。
妖精族の家々は身分の高い者程、木の上の方に建てられている。とは言ってもそれほど高いところにはいないようで、彼らは殆ど地面で生活をしているようだった。ただし、日用品などの質は人間と比べても、遥かに高いように思われる。
精緻な細工と使い勝手の良さを両立させた品々は、目を見張るものばかりだった。
「兄はしばらく手が離せない用があるとのことです。それまでは集落の案内をさせて頂きます」
配下のゴブリンを集落の外で野営させ、俺はセレナやシュメアらを連れて集落の中を案内されていた。
「こりゃあ、すごいね」
目を丸くして驚きを現すシュメアに、セレナが微笑みながらどういう用途の物かを説明している。いつもシュメアの影に隠れているセレナの様子からは想像できず、俺も密かに心を撫で下ろしていた。
まぁ、少しは訪れた成果があったということか。
「鍛工の小人という者達がいると聞いたのだが」
慎重に切り出した俺に、シュナンは何の警戒もなく頷いた。
「ええ、ご案内しましょうか? 何しろ周辺の集落では一番の名人です」
「是非頼みたいな。大剣を一本打ってもらいたいのだ」
シュナンが案内してくれた先にあったのは、大樹の根元から地下に伸びる洞穴だった。耳を澄ませば、中から金属を叩く音が聞こえる。
洞穴の入り口周辺では白い肌をしたゴルドバゴブリンそっくりな小人や、茶色い肌のゴツゴツとした体つきの小人がひっきりなしに出入りしている。ただ小人とはいっても、体格はノーマル・ゴブリンの胸あたりまである。凡そ120cmぐらいだろうか。
「親方に話を通してみますが……気難しい方なので、駄目なら諦めてくださいね」
恐ろしく適当なことだが、妖精族なら殆ど断られることはないのだろう。まぁ、俺がゴブリンだから断わられるという可能性を示したに過ぎない。
しばらくして出てきたのは、髭を蓄えた茶色い肌の小人だ。露出した腕はゴツゴツとした岩のような筋肉に覆われており、肩には自身の身長程もある大型のハンマーを担いでいる。
「俺に用事があるってぇのはテメェか」
予め用意しておいた鋼鉄の大剣の破壊された破片と、その根元を置きながら頼み込む。
「東より来た者だ。是非この大剣を打ち直して欲しい」
ぎょろりとした目を大剣に向ける。
「こいつァ……」
凄味のある顔を顰め、顎の髭を摩りながら俺の大剣を眺めることしばし。破片の一つを手に取る。
「この辺りでは一番の名匠だと聞いて来た。是非頼む」
真摯に頭を下げる。
「ゴブリンの癖に世辞も言えるたぁ、変わった奴だ。良いだろう。ダンブル・ダビエ・ダビデの腕に懸けて打ち直してやろう。だが、代わりにお前は何を儂にくれる?」
代価か。どうしたものだろう。
「親方、こちらは兄上のお客人ですので……」
「黙っとれ、ひよっこが!」
シュナンを一喝して黙らせると、俺を見上げる。
「満足のいく品になったのなら、俺はその大剣に懸けて、お前の為に一度剣を振るおう」
「なぁるほどぉ、大剣そっくりの血生臭い誓いだが気に入ったぞ。完成には多少時間が掛かるが、この集落にしばらく留まるんだろう?」
「そのつもりだ」
「十日程度を見込んでおけ」
大剣の破片を拾い集めると、ダンブル・ダビエ・ダビデは洞穴の奥に引っ込んだ。
「ご気分を悪くされたのなら申し訳ありません。何分頑固な方で」
「いや、何も気に病む必要はない。腕の良い職人なのだろう? 完成を楽しみにしている」
恐縮しっぱなしのシュナンに何でもないということを告げるが、彼はびっくりしたように俺を見つめると、案内を続けた。
意外なことに、案内された場所ではある程度好意的な出迎えを受けることが多かった。
「ゴブリンは軽蔑の対象だと思っていたが」
それをシュナンに問いただしてみると、彼は笑って答える。
「いえ、兄上の訓令のおかげでしょう。あなた方とは手を取り合う者同士だと。そう事前に徹底させておいたようですね」
シュナンの兄は相当な力を持っていると考えて良い。
或いは俺の求める支配と統治を可能とする人材なのか。思わぬ収穫に、俺は高鳴る胸をそのままに待たせておいたゴブリン達の下に戻った。
◆◆◇
翌日出会ったシュナンの兄は、静かな佇まいの中に威厳を湛える男だった。秀麗な顔立ちは妖精族を代表するに相応しく、長い金色の髪に切れ長の目元、通った鼻筋に、意志の強さを感じさせる口元は真一文字に引き結ばれていた。
まぁ、俺とは正反対ということだ。
「東の友よ、よくぞいらした。歓迎しますゴブリンの王」
シューレの言葉が不思議な韻を踏んでいるのは、精霊の言葉を伝承する者なのだからだそうだ。
「俺を友と呼ぶか。面識はないはずだが」
「同じ志を持つ者を友と呼ばずして、何と呼びます」
至極当然といった風に語る様子に気負いはない。無理をしている様子も見られず、さりとて笑顔で誤魔化そうという風でもない。
低く落ち着いた声で語りかけてくるが、視線には未だ鋭さが残る。
「お前は俺のことを知っているという。だが俺はお前のことを知らん」
「報せは風よりも早く、鳥の声となって届くもの。お気に病むことはありません。これから互いに知らねばならぬことの方が多いのですから」
促されるままにシューレの後について行けば、通されたのは彼の自宅だった。
「大した物は用意できませんでしたが、誠意の証として受け取って頂きたい」
積み上げられたのは防具の類だ。急所を守る胸当て、頬当て、兜など、数え上げればきりがない。
「……本当に、これを我らに?」
「虚言は深淵に沈め、真は水面に。もちろん、鋼鉄製の武具になります。ゴブリンの皆様方には必要なものでしょう?」
漣すら立たないその表情に、俺は考え込む。
「有り難く頂戴しよう。だが、一つ聞きたい」
「何なりと」
「お前達は戦いの時、何を使うのだ?」
ぴしりと、空気が固まったような気がした。
「……やれやれ、随分と鋭い。普通ならここで籠絡されても良い筈なのに」
目を細めたシューレの言葉に、俺の頬も吊り上る。
「伝承では、お前達は特殊な金属を作れるそうだな?」
妖精族は鋼より強く、硝子よりも柔らかい青銀鉄や、鉄よりも魔力を通し易い性質を持つ玉鋼鉄を作り出せると信じられている。セレナもそのことについては口を噤んでいたが、カマをかけてみて正解だったようだ。
目の前の男の雰囲気が、柔らかな春風を思わせるモノから、北からの寒風の冷たさに変わる。
「ふむ、ただ力を主張するだけの輩ではないらしいな」
あまりの落差に一度瞬きするが、どうやらこちらが本性のようだ。
「楽に、掛けてくれたまえ」
促されて椅子に座るが、俺の体重でも問題ない椅子というのは貴重だ。是非一脚欲しい。長椅子の間に背の低いテーブルが置かれ、俺とシューレは向かい合う。
「改めて、自己紹介をさせてもらおう。シューレ・フォルニ。風そよぐ森の領主にして賢人の一人だ」
随分と威張った様子だが、エルフの賢人ともなればこのようなものか。先ず買収を仕掛けてくるあたり、決してあの馬鹿より下ということはないのだろう。
「東より来るゴブリンの王」
「成程、宜しく頼もう……。早速だが、先程言ったことに嘘はない」
先程の言葉を反芻して考える。俺とシューレの間に落ちる沈黙をどう取ったのか、彼は一人でに口を開いた。
「志を同じくする者……我々は共通の目的を持っていると思うのだがな」
「人間に対して、ということか」
「その通り」
俺を見返す瞳は冷徹に光る。翠玉を思わせる瞳が、宝石の硬度と冷たさを持って俺を量ろうとする。
ふむ、ここは一つ腹を割って話してみるべきかもしれない。
「人間の軍隊と先日戦った。400程だろうか。こちらの被害も相当なものだったが、何とか返り討ちにすることが出来た」
「ほぅ……」
「俺の目的は人間に負けぬ国を作ることだ」
「ゴブリンが国を、か」
一度翠玉の視線が伏せられ、再び俺を見る。どのような計算がシューレの頭の中で働いたのか、視線が無言で先を促す。
「恐らくだが、人間に勝つのは難しくとも不可能ではない。だが奴らを支配下に入れ統治まで考えると、俺達ゴブリンでは手に余る。勿論方法がないわけではないが……」
手段を選ばなければ支配は可能だ。だが、それでは結局のところ時間が掛かり過ぎてしまうのだ。
「ふむ」
一度頷き、考えを纏める為か、再び目を伏せる。
「武器や防具の提供のみならず、人間を破った際の人材も欲しいと」
頷く俺に、シューレは視線を固定したまま腕を組む。
「我らの望みをご存知か?」
「森への不可侵を誓おう。亜人達の暮らす地域より更に東を我らの領域としたい。それ以西に関しては我らは侵入をしない」
再び考え込むシューレが、俺に質問をぶつける。
「失礼だが、ゴブリンの王よ。世界の地理をご存知か?」
「……いや、森から東のことしか知らぬ」
嘘をついても始まらない。この男が何を懸念しているのか、それを確かめるとしよう。
「確かに、先年にはゴブリン達が東で繁栄するなど考えもしなかった。知らぬでも仕方ないか。少し待ちたまえ」
部屋の隅から巻物を取り出すと長机の上に広げる。
「これは……」
「世界だ」
それは俺がこの世界で初めて目にする世界地図だった。
「我らがいるのがこの地域」
指差される地域は、北方には高い山々の連なる山脈が続き、中央には森林地域、右に行けば限りない平原と点在する森が、南へ行けば砂漠地域に次いで海があり、更には群島が存在する。そして西には、またも平原と遠く離れた大陸の姿。
無論、森林地域の妖精族の所領を中心として描かれた世界地図なのだから、これが正確だとは限らないが、俺の目の前に姿を現したのは漠然とした世界というものではなく、形を持った征服すべき対象だった。
「上にある山脈より北側はどうなっている? 砂漠に人間は住むのか? 西側の大陸とは、どんなところなのだ?」
思わず口に出した言葉に、シューレの眉が跳ね上がる。
「方角を知るか。成程……やはり唯のゴブリンではないのだな。どこでその知識を仕入れたのか聞きたいものだが、今はまぁ良い。必要なことだけ教えよう」
「……頼む」
やはりこの男は鋭い。油断すれば、何もかも暴かれるのではないかという不安さえある。
「北側の山脈は、雪神の山脈。少数の人間と雪と共に生きる者達の住処だ。彼らが森へ入ってくることはまずない。敵対しているわけでもないが、味方とは言い切れぬな」
シューレの指先が、南の砂漠を指差す。
「南の砂漠は、熱砂の神の大砂漠。住むのはやはり少数の人間と、熱砂に生きる者達だ。こちらも我らの領域を侵すことはほぼない。問題となるのは西」
東側には劣るが、西側にも平原が広がっており、海とその先に大陸がある。
「こちら側も人間が跋扈している。東に比べればマシではあろうが、時折我らを攫う者すらいるのだ」
つまり東西に敵が存在している。南北には少数だが屈強な民と危険な魔獣が存在し、逃げ場所はないということか。勢力的に小さいのならば西の方が攻め易いのか。
「厄介なことに、西側には遠く海を隔てた大陸から移住してくる民も存在する」
俺の内心を読んだかのようなタイミングでの答えに、思わず眉が上がる。
「思うところがあるかね?」
「お前達妖精族は、他の場所で暮らしてはいないのか?」
「良いところに気が付くな。点在する森があるだろう? 我らはそこで暮らしていた。今は他の風の妖精族がどうなっているかは分からぬ。ここには記していないが、火の妖精族達は西側の一角、火山地帯に居を構えている。水の妖精族達は、ずっと東に水の都を構えていると聞いたが……。かれこれ100年は音沙汰がない。土の妖精族達は、北方の山脈に根を張っている。しかも我らの居住地からは人間の領域を跨がねばならん」
他の妖精族への連絡はほぼ不可能だという事実に、首を捻る。
「では戦力を集中させ、防波堤を作る必要性があるな。ココだ」
俺の指先が指し示すのは東の人間の領域。
「名前をなんというか知らないが人間の国が存在する。森を守る為にはその外側での防衛が必須だ」
「流れを止める為の防波堤、というわけだな」
「その通り。そして俺はそこに国を築く。森と平原に跨る国だ」
深淵の砦から人間の王国地域へと跨る国の構想。森を兵站の補給地域として、更に東と南から迫る人間の勢力を押し返す。
「問題は北側か」
シューレの言葉に俺は頷く。
人間の地域を奪うに当たって一方向を味方にできるのなら、負担はかなり減る。今のところ妖精族に敵対していない北側の地域。これを何とか味方に引き込めないものか。
「人間側の情報が欲しいものだな」
実際にはシュメアから多少の知識は得ているが、敢えて知らないふりを通す。シューレの情報に対する考えを知っておきたいからだ。それと妖精族の情報収集能力もだ。
「少し情報を集めてみよう。もう、こんな時間か。では、そろそろ──」
言いかけたシューレが途中で口を噤む。何やら奥から騒々しい足音と甲高い声。
何だ?
「──様っ! お父様っ!」
騒々しくも扉を蹴り破りかねない勢いで部屋に飛び込んで来たのは、妖精族の少女だった。
「ゴブリンがいるって本当!? わっ! 本物だっ! しかも黒いし大きいっ!」
あまりの騒々しさに眉を顰める。
どういうことだと視線をシューレに向けると、冷静沈着を絵に描いたようなこの男が手で顔を覆い天を仰いでいる。
「……シュナリア、今は会談の途中だ。遊ぶなら外で……」
「お父様っ! 私ゴブリンのお話聞きたいっ!」
「シュナリア!」
「聞きたいっ! 聞きたいったら聞きたいっ!」
成程。完璧に見えたこの男にも弱点というものがあるらしい。
シューレ。そう困ったような顔を俺に向けるな。子守は御免だぞ。
「ゴブリンの王よ。とりあえず今日はこれまでにして頂けるか」
「ああ、解った。夜の神の腕がそろそろ伸びてくる頃だからな」
シュナリアという妖精族の少女から、猫が獲物を見つけた時のような視線が俺に注がれる。
何なんだ?
かと思えば、直ぐにシューレに向き直り。
「絶対に諦めませんからねっ!」
そう宣言して、出て行ってしまった。
「済まぬ。醜態をお見せした」
溜息をつく目の前の妖精族に、苦笑を返す。
「なに、俺は子は居ないが……楽しそうで良いではないか」
「振り回されるばかりの毎日だ。一族を纏めねばならぬ時に、子供すら躾けられぬ……。済まぬな、愚痴だ。忘れてくれ」
妙な親しみを感じながら、俺はシューレの家を出る。
あのじゃじゃ馬娘がゴブリン達に絡んでも、大丈夫なようにしておかねばな。
だが、一瞬見せたあの目つき。
もし狙ってやっているのだとしたら、大したものだ。あの娘が入ってくる前と後では、俺とシューレの間に横たわる空気に格段の差があった。
面白い。一度話をしてみてもいいかもしれない。
夜の神の腕が徐々に世界を暗闇に染める。その中を、俺は集落の外で待つゴブリン達の下へ戻っていった。
──人間族との再戦まであと325日
やっと主人公の武器が!