妖精族からの招待
【種族】ゴブリン
【レベル】53
【階級】キング・統べる者
【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《直感》《冥府の女神の祝福》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv1)オークキング《ブイ》(Lv82)
【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》
シュナンが戻ってきた。意外なことに、上は俺達を受け入れるとのことだ。しかも少数ではなく140にも上る大群を全て受け入れるという。
「随分すんなりと受け入れたものだな」
それだけに疑問が残る。相変わらずのセルシルの様子を見れば、尚一層だ。だが、このシュナンという風の妖精族を見れば嘘をついているようには見えない。
「兄は、シューレは東方の事情にも精通しております。人間の王国が森へ侵攻しようという意図も分かっておりますので、無駄に争う必要はない、と」
それが本当なら随分と手を組み易い。だが、本当だろうか? 俺達を罠に嵌める為の甘言ということも有り得るのではないか?
少なくともセルシルの言葉を聞く限り徹頭徹尾、妖精族は俺達を見下しているように思えるが。
「ただ……賢人会議の他の方々は、兄のように柔軟には対応していないと言いますか……」
成程。受け入れを表明しているのはシューレという族長一人で、他の者達は反対に回っているのか。まぁ、受け入れてくれる一族があるだけでも良しとしなければならないな。
柔軟に対応できているのがシューレという族長一人なら、そこから支援を引き出せばいい。そこを梃子にして技術や武器、或いは人材を支援してもらえれば構わないか。
ゴブリンが人間を破った後、どのようにして領地を運営するのかという問題。
人間をどのように支配し、統治するのか。
統治とは具体的に何を指すのかと言われれば、治安、司法、行政だ。
一つの答えとして、間接統治というものがある。俺たちは直接統治せず、現地の人間──つまりは仮の領主を設けて、それを通じて統治を行うというものだ。
これの有用性は、被統治者には直接統治している俺達の姿が見えないということ。つまり非難の矛先がゴブリンではなく直接統治している領主に向かうということだ。またゴブリンによる支配の恐怖を和らげるという側面もある。
今までゴブリンが人間の上に立ったことなどないのだ。いきなり立てば反発は必至。ならば徐々にその事実を浸透させていけばいい。最初は戦力として治安の維持から、行政、司法まで徐々にゴブリンの手を行き届かせる。だが、その為には、行政、司法のノウハウを学ぶ必要がある。それを持っているのは人間、亜人、妖精族といった社会を構成している者達だ。
最も高い社会性を持っているのは恐らく人間。交易や貨幣経済を通じて、高い社会システムを持っている。最も世界で繁栄している種族なのは間違いないだろう。
何故繁栄できたのか? それは勿論戦に勝ったからだ。
確かに神の加護や人間の英雄達の活躍もあったのだろう。だが、それは副次的なものだ。人間の最も繁栄した理由は高い社会システムの構築。交易とそれに伴う貨幣経済の浸透だろう。人が集まり、交易が起こり、更に人が集まり、大都市が形成される。大都市が形成されれば、それに通じる道が走り街道となり、その周辺に大都市へ食料を供給する為の集落が作られてゆく。
富が生まれれば、そこに群がるものがいる。それを排除する為に武力が生まれ、国が生まれる。外敵を排除し、国を広げ、瞬く間に人間は国土を拡大していっただろう。
亜人にも妖精族にも真似のできない高い社会性。すなわち、交易と貨幣経済が生み出した結果だ。
だがそれに応じた司法、行政を行えているのかといえば、疑問が残る。交流による人と金の流通によって貧富の差が広がり、それが戦へと直結しているように思うのだ。或いは短過ぎる一生を精一杯生きるなら、炎のように燃え上がる苛烈な繁栄しかないのかもしれないが。
では亜人はどうか。
昔は分からない。彼らの今ある生活から推測するしかないが、小さな集落にて独自性を保ちながら、交易を通じて緩やかな共同体を構成していた。治安、行政、司法という観点から見れば、決して人間に劣るものではない。小さな集落毎の治安、行政、そして司法がある。では貨幣経済と交易という観点で見ればどうか? 総じて人間には敵わないだろう。物々交換が主流であるし、交易の幅も集落を結ぶ程度でしかない。貨幣は存在しないと言っていいだろう。税も存在しないところから、身分の差もあまりないと考えて良い。
亜人が人間を支配するときに治安、行政、司法を担えるか? 否だろう。彼らはあまりに純朴過ぎる。
では、妖精族はどうか?
彼らなら支配者という概念を理解できるだろうか。少人数で多数を支配する為の原理を彼らは心得ているだろうか。セルシルなどを見れば恩恵の上に胡坐をかいているようにも見えるが、あれが多数でないことを祈るばかりだ。
「ならば直ぐに移動させてもらおう。案内は頼めるのだな?」
「勿論です」
シュナンに翌日の出発を告げると、ゴブリンの頭目達を集めて指示を出す。同時に、亜人達に協力を感謝する旨伝え、東にあるゴブリン達との交流を頼む。
「ギ・ザー、暫くここに残って中継を頼むぞ」
「ふむ、構わないが……俺がいなくても大丈夫か?」
本気で心配しているギ・ザーに苦笑しながら、告げる。
「この大群を見て変な気を起こすことはないだろう」
「まぁ……それはそうか」
少しだけ考え込むとギ・ザーはすぐさま肯定する。ギ・ザーの役割は亜人達との交流と、妖精族の居住地への道の確保だ。俺たちが行ったきり戻ってこれなくなった場合、或いは戻らざるを得ない時に帰る場所が無くなっていては困る。
「だが王よ、油断は禁物だ」
「分かっている」
心配性だな。だが忠言は耳に止めておくに越したことはない。
翌日俺たちは妖精族の住処へ向けて出発した。ギ・ザーの下に10匹程残し、130匹のゴブリンを連れての大移動だった。
◆◆◇
鷹目のフィックことフィック・バーバードは、ゲルミオン王国の酒場で久しぶりに旧知の者達と酒を酌み交わしていた。魔術殺しのミール、金剛力のワイアード、ユギルに、ヴィッツ……嘗てガランドの依頼により森へと侵入を果たした錚々たる顔ぶれ。
命からがら逃げ帰ってから既に一か月。それぞれに活動の場を東や南に移しながらも定期的に集まれるメンバーだけでもと情報交換の場を設けているのだ。
冒険者の集まる酒場の雰囲気はどこの国に行っても大して変わらない。猥雑で、熱気に溢れ、料理と酒は美味いと相場が決まっている。
テーブルの上には目いっぱいに並べられた料理の数々。ジョッキに並々と注がれたエールは仕事帰りの冒険者達の喉を潤す。
「今日は集まってもらってありがとう。まぁ、あまり固くならずにやろう」
金剛力のワイアードの言葉で皆が一斉にジョッキを掲げる。
「先ずは犠牲になった者達に。次いで生きている者達の為に、乾杯」
ジョッキが打ち鳴らされ、各々が料理を食べ始める。豪快にエールを飲み干して注目を集めているのは魔術殺しのミールだ。
「……温い」
「一気飲みして言う台詞がそれかよ」
鷹眼のフィックの言葉に、ユギルとヴィッツが笑う。見かけによらず彼女はどうやら相当の酒豪のようであった。
「ガランドは北方だから仕方ないにしても、白き癒し手殿は来れなかったか」
ワイアードの言葉に、ヴィッツが眉を顰める。
「あいつの話はやめてくれ。飯が不味くなっちまうぜ」
「何だ、一緒にいるからてっきり意気投合したのかと思っていたぞ」
「屠殺場に贈られる子山羊の気分さ。俺はいつか邪教徒として首に縄を架けられるんじゃねえかと冷や冷やしてんだ」
肩を竦めるヴィッツに、ワイアードは苦笑する。
「布教の為に教会めぐりをしているらしく、終わり次第来るとのことでした」
丁寧な口調は戦闘では無口なユギルのもの。殆ど喋っている記憶のないユギルが口を開いているのを見て、ミールは眉を跳ね上げた。
「お前、喋れたのか」
「上がり症なんです」
その冗談に、一斉に笑いが吹き出す。
「ほ、本当なんですよ」
狼狽えたようなユギルの言葉が、尚一層の笑いを呼ぶ。
「そういえば聞いたかい? 西方領主のゴーウェン殿が植民都市を築くそうだ」
フィックは目尻の涙を拭いながら、話題を投げる。
「ふむ、それ程に強敵との認識か。だが、果たして作り終えるまで待ってくれるかな?」
金剛力のワイアードが顎を撫でながら考える。
「……植民都市って何?」
ぐいっと豪快に4杯目のジョッキを空にしたミールが、ワイアードに問いかける。
「戦略上の拠点……と言っても分かり難いか」
「うん」
「植民都市とは、砦兼集落だな」
ワイアードがミールにも分かりやすいように空いた皿に黒パンを置いて、フォークでそれを指さす。
「一般的には、これを拠点として左右に石壁を伸ばしていく。一定間隔に見張り塔を立てる」
並べるのは豚の腸詰。
「外と内を完全に遮断する為だな。この石壁は、人間の背丈の倍以上が望ましいとされている。登ってこようとする者を槍で突く為だな。更に堀なんかを巡らせたりするのもあるが……はて、どこまでやるやら」
腸詰の外側には、パスタが並ぶ。
「石壁の内側には畑を設けて、自給自足が出来るだけの食料を生産する。まぁ植民都市の市長にもよるんだろうが、税率は安く抑えておくのが普通だな。畑を作るのは農民か、兵士が兼務のこともある」
腸詰の内側に盛り上げられていくサラダ。カバチョという瑞々しい緑野菜に、トゥルマという赤く酸味の強い野菜を輪切りにして乗せてある。味付けの為にシルップがその上に塗され、見た目にも彩りを添えている。
「敵の拠点を制圧する際の防衛施設であると共に、敵を必ず攻略する為の攻めの施設でもある。主に蛮族の攻略なんかに使用されるものだな。有名な所だと南方にあるユユラッドや北方のソノイアなどもそうだ」
ワイアードの皿の上に積み上げられる黒パンを横目で見ながら、6杯目を空にするミール。
「……ユユラッドは、石壁がなかった」
王都からほど近いユユラッド市は、今では王都に食料を供給する一大生産地となっている。
「そりゃ、役割が変われば石壁は壊されるさ」
ヴィッツの言葉に、本当? とワイアードを見上げるミール。
「ああ、本当だとも。ユユラッドが植民都市だったのは100年以上も前の話だからな。南と西の戦略拠点として建設されたというのは有名な話だ。今はずっと南に下って最前線はヨーツンヘルにある。何度か物資の輸送を頼まれて依頼を受けたろう? あそこを拠点として、クベレ川沿いに争っているな」
黒パンに切れ込みを入れ、カバチョ、トゥルマ、豚の腸詰を挟み込んで豪快に齧り付くワイアード。
「うむ、美味い」
腸詰から溢れ出す肉汁の脂と新鮮な野菜の噛み千切られる音に、ミールもいそいそと料理に手を伸ばす。
「フィックは今南にいるんだろう? どうだい景気は」
香ばしく焼かれた鳥の足に齧り付きながら、ヴィッツが尋ねる。
「自由都市群の方は、きな臭いと言えばそうなんだが、まぁあそこはいつも商売と戦争をやってるようなお国柄だからなぁ」
さらに盛ったパスタをフォークで上品に巻きつけると、ぺろりと飲み込む。
「依頼の数は多いが、それこそ危険の度合いも高い。まぁ、立ち回りを考えないといけないな」
出来る男は辛いぜ、と冗談と飛ばせば、食事中にも関わらず吹き出すものが続出する。
「今回の討伐のようなものは稀なんですね」
開いた焼き魚の骨を除けてから、その白みを頬張っていたユギルが口の中を空にしてから問いかける。焼きたての魚の香りが口の中いっぱいに広がり、思わず漏れそうになる笑みを押し込めて、フィックを見る。
「まぁ、南じゃ殆どないだろうな」
「それじゃあ、東のシュシュヌ教国は?」
あっという間に皿の上の物を食い尽くしたワイアードが、再びパンを手にしながら笑う。
「あまりお勧めはできないな。俺も盟主の為に出張っているんだが討伐の依頼が欲しいなら、やはり今は西だろう」
考え込むユギルに、ヴィッツが肩を叩く。
「またあんな化け物と戦いたいのか? お前物好きなんだな」
「いや、そうじゃなくて悔しかったんだ。もっと力を付けないと」
「そういうことなら、少しの間我が血盟に来てみるか? 自慢ではないが世界各地に──」
「あら、世界に名だたる飛燕の血盟は、引き抜きをする程人材不足なのかしら?」
その声にぎょっと振り向いたのは、ヴィッツだった。
今にも天を仰いで罵声を吐きそうな彼に悠然と微笑みかけ、いつもの白いローブから口元を覗かせた白き癒し手は、ヴィッツの隣に腰掛けた。
「随分と美味しそうなものを食べているじゃない」
届けられたエールを軽く飲み干して、首を傾げる。
「どうも、温いわね」
頷くミールに、呆れるフィック。
「どうでもいいが、そのフードは食事の時にもつけているのか?」
厳格な父親を思い起こさせる渋い顔でワイアードが質問すると、白き癒し手は笑ってフードを取る。下から現れたのは美しい女の顔だった。銀色の髪に、緑水色をした瞳。整った鼻筋と、笑みを絶やさない口元。
「顔が売れると面倒だから普段はこのままなの。失礼したわ」
「有名になるのが迷惑なのかい? 俺なんかは寧ろ有名になりたいもんだが」
首を捻るフィックの赤ら顔に、白き癒し手は微笑を送る。
「女である限り、男社会においては面倒事は付き物よ。ね、ヴィッツ」
意味ありげな言葉に、ヴィッツはそっぽを向く。
「あーへいへい」
どこか自棄になっているヴィッツ。次いで白き癒し手はユギルに向き直る。
「ユギルは討伐の依頼がしたいのかしら?」
「いえ、まぁ、その……」
しどろもどろになるユギルにも微笑を向ける。
「今、西へ行くのは危険過ぎるわね。向かうなら南じゃないかしら」
「自由都市群は人間同士が争ってる状態だぜ?」
フィックの言葉に頷いて、彼女はチーズを一切れ口に含む。
「もっと南、海に面したガラハド辺りが良いわね。あそこなら辺境になるから、討伐系の依頼も多いでしょう」
「成程、そっち側か」
頷くワイアードに、ミールは説明して欲しそうな目を向ける。
「まぁ、とにかく今西へ向かうのは自殺行為ね。あのゴブリンが猛威を振るっているでしょうし、西方領主も森への立ち入りを禁止しているわ。ギルドに回される依頼も森の近くまで行くものはあっても、森の中に入ってというのはないみたい」
肩を竦める彼女に、ユギルが項垂れる。
「未だ死にたくないでしょう?」
美しい女の顔に浮かぶ蛇のような狡猾な表情を見て、彼女と旅する二人の冒険者は震え上がった。整っているだけに、より一層苦手意識を刺激される。
「……意気地なし」
ぼそりと呟かれたミールの言葉に、白き癒し手は盛大に笑った。
「まぁ、とりあえず今日は再会を祝してだな!」
フィックがジョッキを高々と持ち上げると、皆それぞれにジョッキを片手に持つ。
「我らの再会に、乾杯~!」
打ち鳴らされる音が喧噪に紛れ、冒険者達の夜はいつまでも賑やかだった。
エールなんて水と同じですbyミールさん