巡る手札
【種族】ゴブリン
【レベル】53
【階級】キング・統べる者
【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《直感》《冥府の女神の祝福》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv1)オークキング《ブイ》(Lv82)
【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》
割れるような歓声が周囲から起こる。
手には血塗れた長剣。見下ろす先には息も絶え絶えの人馬族の族長が倒れていた。強敵だった。狩猟を専門とする彼らの強靭な足腰から繰り出される一撃に、何度も死が頭を過る程。だが、最終的に勝敗を決したのは勝利への執念だった。
確かに強い。だが、どこかで生きるのを諦めているかのような強さがあったのだ。
「……勝負あったな」
「そのようだ」
苦しい息の間から、声を出す。
「今、楽にしてやる」
黒の炎を纏った剣を振り上げる。
「……その前に、頼みを聞いてくれ」
「俺にできることなら」
振り上げた剣を下げて、膝をつく。
「一族の、安全を」
「保証しよう」
血を流す口元が歪む。苦しげに笑う様子に眉を顰めた。何だ?
「流石は、王と呼ばれるだけのことはある……頼、みは、あと、ひと、つ。妖精族を、これ以上、追い詰めないで、くれ」
「何? どういうことだ」
「俺は、彼らに大恩、ある身、恩人の、悪口は、言いたく、はないが──」
「──何だ、何なのだこれは!?」
金切声に、俺は視線を上げた。見上げれば秀麗な顔ながらもどこか神経質そうな雰囲気の妖精族と、痛ましそうにこちらを見る若い妖精族の二人組が俺達を見つめていた。
「ゴ、ゴ、ゴブリンだと? しかも、負けているではないかっ!」
動揺するさまは無様この上ない。思わず目を細める俺の腕を、ダイゾスが掴む。
「頼む! ゴブリンの、王よ。妖、精族をっ……」
血塗れた腕がずるりと、力なく俺の腕から滑り落ちる。
見開かれたダイゾスの目を、俺はそっと閉じた。
「……悪いが、あれを見る限りお前の期待には応えられそうにはないぞ」
血塗れた剣をそのままに、叫び散らす妖精族に近寄る。
「な、な、ななんだ貴様はっ!」
「東を統べるゴブリンの王」
神経質そうな妖精族は、声を引き攣らせながら俺を指差す。
「き、貴様、ぶ、無礼であろうっ! 我ら妖精族は高貴なる者、先ずは、首を垂れよ!」
俺の中で残酷な欲望が膨れ上がっていく。口元には嗜虐の笑みが浮かぶ。右手に持ったままの長剣に力を込める。腕を斬り飛ばした後に、首を撥ねよう。
自身を守るべく戦った者に対して、一言もなしとはな。
ダイゾスと、更には俺に対する侮辱だろう。
「ゴブリンの王。セルシル殿。事情はどうあれ、先ずは死者に冥福を捧げたいと思います。許して頂けましょうか?」
痛ましそうに俺たちの決闘を見ていた妖精族が進み出る。線の細そうな印象を与えるが、こちらの方が未だマシか。
剣を振って血糊と脂を落とし、剣を収める。
「ひっ、き、きき汚いではないかっ!」
丁度良い具合に血糊が妖精族の顔にかかったらしい。
汚いか、ふん。ダイゾス、お前の死はどうやらこいつに何の感銘も与えなかったらしいぞ。
悲しそうに顔を歪めて、マシな方の妖精族がダイゾスの近くまで行き、膝を突き黙祷を捧げる。
「貴様はせんのか?」
会話するのも嫌だったが、確かめねばなるまい。
「な、な、何をだ?」
視線で俺がダイゾスの方を見ると、妖精族の顔が恐怖に引き攣りながら笑った。
「何故我らが、亜人などに」
成程、こいつは本当の馬鹿なのだろう。種族の優位に胡坐をかいて、亜人のことを考えたことなど全く無いのだろう。そう思えば思うほど、ダイゾスが哀れでならなかった。
俺と共に来れば、もっと戦士に相応しい戦場で戦えた筈なのだ。
最後には、自身の命を奪った俺にすら懇願して妖精族の身の安全を願った哀れな戦士。俺の一睨みで腰を抜かしそうなこの妖精族などに、何の価値があったのだ。
全く不愉快に過ぎる。
「……失礼を。改めて自己紹介をさせて頂きます」
ダイゾスの傍から離れて、俺の前に来たマシな方の妖精族は丁寧に頭を下げる。
「私はシュナン。辺境の巡察使をしております。そちらの方は、同じく辺境の巡察使であられるセルシル殿。セルシル殿が正使、私が副使という形になります。どうぞお見知りおきを」
この男の地なのか、異常に丁寧な言葉使いと態度だった。
「構わぬが……」
俺の視界が捉えたのはギ・ザーの姿。だが出てくるのは、人馬族の集落の方からだった。
「王よ、集落は占領した。少し抵抗はあったが、鎮圧は成功した。……妖精族も捕えるか?」
「随分と仕事が速いな。いや、丁寧に人馬族の族長の部屋にご案内して差し上げろ」
頷くギ・ザーを確認して、ダイゾスの屍の傍らに佇むユーシカに声をかける。
「戦士を埋葬したい。お前たちの流儀は知らないから、全て任せて構わないか?」
「ええ……今日だけは商売抜きでいきましょう。感謝するわ、ゴブリンの王」
美しい女の顔が涙に濡れていた。俺はそれを見ないように、背を向ける。
俺が口を出していいことではない。少なくとも、悲しみを作り出した一方の責任は俺にあるのだ。そのような男の言葉が彼女に届くとは思えない。
気持ちを切り替えろ。俺は今何をしている。後悔などしている暇があるのか?
自分自身の弱い心に蓋をして前を見る。
さて、これで亜人を味方に付けることはできた。ようやく妖精族への門が開いたということだ。
だが、妖精族があんな軟弱だとは思わなかった。俺が期待をし過ぎたのかもしれないが冒険者として世界でも通用するというのだから、もっと別のモノを想像していた。俺の期待が高過ぎただけに、落胆を隠しきれるか不安だ。
あの程度の連中を当てにして人間と戦いを起こすぐらいなら、ゴブリンの力だけで戦った方が……。いや、短気を起こすな。奴らの下には今まで蓄積された技術や知識がある。ゴブリンにはない高度な錬成技術。武器を鍛え、防具を作り出すことのできる術がある筈だ。それに、あの巡察使という妖精族が特別なのかもしれない。
マシな方の、シュナンという妖精族と話をしてみた方が良いだろう。
対人間での共同戦線。戦士として役に立たなくとも、補給と言う面からみれば優秀な種族なのかもしれない。もっと情報が欲しいものだ。セレナから聞いた話だけでは足りないようだ。
◆◆◇
人馬族の集落の周りにゴブリンと他の亜人達を野営させる。事態が収まった頃、俺はゴブリンの頭目達を集めた。狩りの指示と周囲の探索、亜人に対する侮辱の禁止などの指示を与える。
やることは多くある。
亜人の族長たちには人馬族の集落にて次の族長の選出と、集落の平穏を維持してもらわねばならない。更に妖精族のセルシルの面倒を見てもらわねばならない。
副使のシュナンを別個に呼び出し、シュメアとセレナ、そしてニケーアを伴って会談の場を設けた。日は既に沈み、部屋の中はシュナンの呼び出した光源の魔法で照らされていた。
セレナ、シュメア、ニケーアの順番で自己紹介をしていき、本題に入る。
「同盟の締結ですか? いきなりそんなことを言われましても」
「悪いが、引き伸ばしは無意味だ」
なるべく表情を変えないように心掛け、強気を前面に出す。
「返答ができないようなら、俺たちはこのまま妖精族の集落へ押しかけることになる」
「……脅しですか?」
「はっきり言おう。俺は昼間の貴君ら妖精族の態度に、不信を抱いている」
痛いところを突かれたとでもいうようにシュナンの顔が歪む。
「俺が鉱石の末達から聞いた話と現実で見た貴君らのあまりの落差に、失望を禁じ得ない。特にあのセルシルとかいう者の態度については」
「そこまでに──いくら私でも、仲間の悪口を言われたままでは立つ瀬がありません」
「ほう? ならばあの態度に何か……侮蔑以外の意味があると?」
「それは……」
あまり苛めるのも意味がないか。胸に蟠る苛立ちを押し込めて、腹の底に力を入れる。そうでもしなければ不満が口から出てしまいそうだった。
「受けるのか、受けないのか。それだけを聞かせてもらいたい」
「……現状受け入れられる筈もありません。何より私にはその権限がない」
シュナンの整った顔立ちに厳しさが浮かぶ。少しはまともな顔になってきた。引き出すのは妖精族の実質的な権力者がどこにいて、どのような形態で政治を行っているのかだ。各集落ごとの緩い繋がりすらないようなら、一つずつ攻略せねばならない。できれば亜人達のような状況が望ましいが、そこまで都合良くはいかないだろう。
「では、誰なら決定できる?」
「賢人会議というものがあります」
各集落より、首長を集めた風の妖精族独特の会議だそうだ。ただ、その集落の首長は必ずしも一つの集落を代表しない。複数の集落の首長を兼ねる場合もあるそうだ。
「会議というからには、常にあるというわけではないのだろう?」
「はい。必要に応じて開かれ、そこで決定したことは全ての集落の総意として普く布告されます」
「ならばその会議に出席をさせてもらいたい」
「それは、兄に聞いてみないと」
兄という言葉を出した時の、シュナンの視線が伏せられる。
「いつなら聞ける?」
「……ここより、5日はかかります」
「妖精の小道を使ってもか?」
驚愕に歪むシュナンの顔。視線が俺からセレナに移る。
溜息をつくと、諦めたように首を振る。
「いえ、小道を使えば1日で可能です」
「ならば早めに頼もう。それまであのセルシルという男はこちらで預かる」
セルシルを行かせるとシュナンを見捨てる可能性がある。目の前の男なら、決してそんなことはしないだろう。よく言えば誠実、悪く言えば気弱な印象を受ける。
「我らは人間に対抗する為の力を求めているのだ。決して妖精族に敵意あってのことではない」
「それは……分かっています」
念を押しておく必要があるだろう。
この男の口から俺たちの情報が妖精族に伝わる。態々印象を悪くする必要もない。こちらの目的だけはしっかりと伝える。
「では、俺はこれで下がる」
視線をセレナに向けると、彼女はおずおずと進み出てきた。
「この娘は人間族の奴隷となっていた娘だ。仔細あって俺が保護している。少し話し相手になってやってほしい」
そういって立ち上がり、他の者にも促して立ち去る。
翌日、シュナンは会議に掛け合うことを了承して旅立った。
◆◆◇
亜人達の領域の最も西、人馬族の集落から更に五日歩いたところに妖精族たちの中で風そよぐ森と呼ばれる場所がある。風の妖精族達は自分たちの住む森を集落ごとに名前を付け、住み暮らしている。
静かの森、風そよぐ森、静寂の森、風鳴りの森、迷い人の森、囁きの森など数え上げればきりがないが、これらは比較的大きな森を形成し、同じぐらい大きな集落となっている。
ゴブリンの王と別れてから三日目。
風の妖精族の代表を務める6人が一堂に会していた。
会議の場には、彼ら6人の他には誰もいない。円卓の意匠には渦巻く黄金の蔦が描かれ、彼らの富の象徴とも言うべき技術の高さがあった。
妖精族というのは、一般に寿命が人間よりも長い。それに伴って体の老化も同じように人間よりも遅い。人間から見て、美貌の種族であるというのは事実だ。整った顔立ちは彼らの生まれ持ったものであり、母なるディートナに似せて作られたという美貌は、男女問わずである。
だが、それも程度はある。
際立つ美貌の者も存在する代わりに、醜いと思えてしまうような者もいる。
「何故、ゴブリンなどに我らと交渉できる権利があるのだ?」
静かの森のフェニトはその太った体を震わせて、唾を飛ばしながら喚き立てる。
「亜人達もゴブリンの下に付いたと聞きましたが?」
迷い人の森のシルバは疑わしげな視線を向ける。小太りな体に背の低い彼は、シュナンの提案を──正確にはシュナンを通じてなされたゴブリンの王からの提案を──不愉快そうに聞いていた。
「亜人どもには今一度、誰が主人かというのを分からせねばならんようだな」
「その通り」
美しいが冷たい目をした静寂の森のプリエナも、細身の囁きの森のナッシュも頷く。
「……静粛に。だが、それでは問題の解決にならん」
眉間に皺を寄せ腕を組む風そよぐ森の代表であるシュナンの兄、シューレ。
「……うむ」
静かに頷きを返すのは、初老のファルオン。彼が纏めるのは、風鳴りの森。
「だがな、シューレ・フォルニ。貴公の弟の言葉はどうにも語るに足りぬのではないかね? ゴブリンなどと……我らが本気で相手にする者達ではあるまい?」
シューレの言葉を鼻で嗤うのは、シルバ・シェーング。下から見上げるようにしてシューレの整った顔を覗き込む。漣すら立てずに、シューレはシルバを見返した。
「では、どうあっても彼らの提案には乗らぬと?」
再度問いかけるシューレに、怒りを露わにしたのはシルバではなくフェニトだった。太った体を震わせて叫ぶ。
「馬鹿も休み休み言え!」
優雅とは程遠いその動作に、老ファルオンは頭を抱えて口を挟む。
「……高貴なる者は、その言動に責任を負わねばならん。分かるかね?」
「勿論。ですが、それはシューレ殿も同じこと」
プリエナ・シンフォルは冷たい視線をそのままに、老フォルオンを見る。
「提案が以上であるなら、我らはこれにて帰らせてもらう。宜しいかな?」
ナッシュ・ジラドの提案により会議は打ち切りとなる。席を立つ4人を見送って、その場に残るのはシューレと老ファルオン。
「どう、思われます?」
シューレは理知的な容貌を僅かに顰め、鋭い視線を老ファルオンに注ぐ。
「賢人会議は決して拘束力を持つものではない。まぁ、そういうことになろうか」
溜息混じりの言葉に、シューレは頷く。
「人間の脅威は、やはりシュナンの言う通りですか」
「平原に冒険者として巣立って行った一族の者からも同様の報告がある。軍事大国ゲルミオンは、森に牙を剥くつもりだと」
「……妖精族を纏めねば勝てませんか」
「恐らく……」
深い皺を刻んだ老ファルオンが、ゆっくり髭をなでる。
「ならば汚名は私が」
シューレが手を叩くと、物陰から現れるシュナンと妖精族の若者。
「聞いての通りだ。同志に連絡を頼む。シュナン、ゴブリンの王に返事を頼もう。その大群のまま、こちらに来られたし、とな」
あくまで静かに告げるシューレの言葉に、シュナンは頷く。妖精族の若者も頷いて奥へと下がる。
「良いのかね。万全ではないのだろう?」
老ファルオンの言葉に、シューレが苦笑する。
「策に万全などありはしません。予想外は常に起こるもの。それをどう処理するかが勝利への道でしょう。ただ、時間はいくらあっても良かったとは思いますが……」
「若いのに大したものだ。ファルオン・風鳴りの森はシューレ・風そよぐ森に協力を惜しまぬよ」
「ありがとうございます。先生」
「はっは、懐かしい呼び名だ。では、我らも準備をしようか。宴席に出ねばならんだろうからな」
残った二人も立ち上がり、賢人会議は解散となった。
「そういえば」
立ち上がりつつ、老ファルオンはふと思いついたように呟いた。
「君の娘……シュナリアもそろそろいい歳だろう」
「じゃじゃ馬で困っております。誰に似たのやら……」
シューレは整った顔に僅かに笑みを浮かべる。苦笑ではあったが。
「若い頃は元気があった方が良い、うん。はっはっは」
翌日、ゴブリンの王の下にシュナンが戻る。
正式にその大群を、妖精族の森に招待する。
その返事を持って。
妖精族編へ移ります。