ダイゾス
【種族】ゴブリン
【レベル】48
【階級】キング・統べる者
【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《直感》《冥府の女神の祝福》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv1)オークキング《ブイ》(Lv82)
【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》
異なる種族間での情報収集の難しさを、俺は感じていた。
異種族というのはその見分けが全く違う。当然のことだが人間同士なら、或いはゴブリン同士なら難なく潜り込ませることもできるだろうが……亜人に紛れ込ませることは不可能だ。偵察として放った翼有る者からの報告でも、強弓を引く人馬族の技量の前に一定の距離以上は近寄れないとの報告を受ける始末。
とにかく情報が足りない。
土鱗の一族は長尾の一族と牙の一族の一族との繋ぎに使っている為、これ以上の負担は厳しい。俺は目の前のことに疑問を感じないわけにはいかなかった。
「何故、奴らはこんな所に立て篭もる?」
草原の中に立つ天幕の群れ。そしてそれをぐるりと囲むように木の柵が張り巡らされ、防御の為だろうか、鉄で補強された木の楯を構えた人馬族の姿が見える。
「奴らの得意は、平原での戦いの筈だ」
いや、こちらが包囲して攻撃を仕掛けた時を見計らって、自分達も攻撃を仕掛けるのか? 森と集落との距離はそれほど離れているわけではない。広い場所で500m程だろう。
奴らの意図が読めない。
だが、そうだとしても機動力を発揮するためには広大な土地が必要な筈だ。俺達の攻撃の届かぬところまで避難し、一撃必殺の攻撃を繰り出すからこそ機動力の発揮が容易になるのだ。手の届くところにいてはただ足が速いだけに過ぎない。
「……ユーシカ、本当に周囲に奴らが隠れているということはないんだな?」
翼有る者の族長は肩を竦めて、くすりと笑った。
「居ないわ。土鱗族も周囲に伏せている様子はないって言ってるし心配し過ぎじゃないかしら? 彼らはただ逃げなかった。それだけよ」
唯、逃げなかった──か。
或いはそうなのかもしれん。
だが、何故……。ただ俺たちを侮っているだけならそれでもいい。
もっと詳細な情報が欲しいが……。いや、これ以上は無駄か。ほぼ包囲も完成しつつある。妖精族との境界を遮断すべく、牙と長尾は部族の戦士を展開させ、ギ・ザーの率いてきた亜人とゴブリン達も配置についている。
誤算はニケーアが捕らわれたままだということだ。これも計算の内かニケーア?
「ユーシカ。人馬族の集落に使者を出したい。頼めるか?」
「危険手当は頂けるのかしら」
「望むだけくれてやる」
妖艶にほほ笑むと、彼女は口上を聞き終えて羽を広げた。
◆◆◇
放たれる矢を高度を上げて躱しながら、ユーシカは白い布を巻いた木の棒を集落に向かって投げる。亜人同士での交渉の際に用いられる、一時停戦を望む意思表示だ。
暫くして矢を撃って来なくなったのを見計らい、ユーシカは高度を下げた。
羽に抱く浮力を徐々に減らしていき、地面に着地。取り囲む人馬族をいつもの笑みで見返して、堂々と問いかける。
「ダイゾス殿はいずこに? それとも交渉の場すら設けられない程、貴方達は堕ちてしまったの?」
何人かの人馬族が怒りに顔を歪めるがそれを平然と受け流し、ユーシカはダイゾスを探す。やがて他の人馬族をかき分けて向かってくるダイゾスの姿を見つけた。
「今更何の用だ?」
「向こう側の使者として参りました」
恭しく頭を下げるユーシカに、ダイゾスは眉を顰める。
「……良かろう。こちらだ。口上を聞こう」
集落で二番目に大きな家に入ると、ユーシカはゴブリンの王からの言葉を伝える。
条件は破格と言っていい。
一つ、降伏すれば許し、罪は問わない。
一つ、ニケーアを解放せよ。
一つ、対人間の共同戦線の構築を。
降伏の条件としては破格の条件だった。だが、ダイゾスは首を縦に振らない。
「許すか。何様のつもりだ」
「この状況を見ても強がりが言えるなんて、流石ね」
半ば呆れ気味にユーシカは口に出すが、ダイゾスは怯まない。
「ゴブリンなどに後れは取らぬ」
「他の鉱石の末たちはどうするつもり? 牙も、長尾も、甲羅も、もちろん蜘蛛脚人も本気で戦うつもりのようよ」
「堕ちたものだな」
「或いはあなたが乗り遅れたのか」
「……かもな」
口の端を歪めるダイゾスに、ユーシカは再度説得を試みる。少なくともこの間までは友人であったのだ。敵味方に分かれたとはいっても、友人を失うのは惜しい。
いつも浮かべる余裕のある笑みを消し去り、呆れたような顔で眉を顰める。
「これは商売抜きで言うのだけど……何故それほどまでにゴブリンを嫌うのかしら? 確かに彼らは野蛮と言われているけれど、とてもそんな風には見えなかったわ」
族長としての話から友人としての話になったことを感じ、ダイゾスは苦笑した。
「ならば俺も族長としてではなくダイゾスとして答えようか。我らは等しく妖精族を尊敬している。形と、その過多はさておきな。だが、奴らにはそれがない。恐らく……奴らと共に人間と戦えば、今の妖精族を中心とした我らの世界は崩れ去るだろう」
重い溜息をつくダイゾスは更に言葉を続ける。
「俺はそれが許せない。我らに生きる土地と生きる術をくれた妖精族に、奴らはきっと牙を剥く」
「そうとは限らないじゃない? 妖精族も人間に敵対するのは一緒なのだし」
「いいや、奴らはきっと牙を剥く。それほどまでに、妖精族の腐敗は覆い難い」
皮肉気に口元を歪めたダイゾスの言葉に、ユーシカは絶句した。
「それでも妖精族の為に戦うと?」
ユーシカの絞り出した言葉に力はない。
「俺の体には妖精族と契りを結んだ大祖父の血が流れている。俺までが離反しては、今までの大恩が、我らが貫いてきた忠義が嘘になる。俺は裏切れない」
目を覆うばかりに腐敗した妖精族を、それでも守ると言う。目の前の男の考えにユーシカは頭を抱えていた。頑固者と怒鳴りつけてやりたい。だがそれで考えが変わる筈もない。恐らく悩みに悩み抜いて決断したことだ。
「……ニケーア殿にも言われたよ。ゴブリンの王と話し合えば未だ間に合うと。気付いているかもしれんが、妖精族の使者が今この集落に滞在している。税の貢納を要求してな。彼等の安全を思うなら話し合いの余地はある筈だ、と」
だから、逃げなかったのか。いや、逃げられなかったのか。
「話の分からぬ、ゴブリンではないわ」
何とか言葉に出したユーシカは、自分の言葉の薄っぺらさに気付いていた。
「いや、あの者なら恐らくそれを利用して妖精族と交渉を持ちたがるだろう。強欲、とは言うまい。あれの目的を考えれば味方は多い方が良い」
そうして妖精族まで混沌と崩壊に導くと?
「混沌の子鬼か。夢破れた後の我等には、荷が重過ぎたな」
寂しく笑うダイゾスに、ユーシカは胸を痛めた。グルフィアは彼の弟だ。優秀な弟だと生前は自慢の種だったのに、亡霊として悩みの種となった。
「……妖精族の使者をどうするつもり?」
「必ず守り抜く。一族を上げて守るというのが族長としての決断だ。ダイゾス個人としても、守らねばならんと思う」
その微妙な差異に、ユーシカはダイゾスを凝視した。未だ亜人としては若い男だ。人間でいえば30代から40代。族長して一族を纏めるには、苦労も多かったろう。
「俺も何度、この重荷を放り出してしまおうかと思ったがな」
浮かべるのは諦めに似た笑みではない。全てを引き受ける覚悟を決めた者が浮かべる類の笑みだった。
「投げ出せば俺は俺でなくなる。故に、俺はゴブリンの王と戦うのだ」
説得は無意味だとユーシカは悟らざるを得なかった。
「あなたは、馬鹿ね」
「そう思う」
暫し落ちる沈黙。ユーシカが何を言うべきか迷っている内に、ダイゾスは厳めしい族長の顔に戻っていた。
「愚痴だったな。忘れてくれ……。ダイゾスの時間は終わった。人馬の一族、族長として判断を下そう。ユーシカ殿、ニケーア殿をお返しする。並びに、ゴブリンの王に決闘を申し込む」
「決闘?」
理解が及ばないというユーシカに、ダイゾスは頷いた。
「俺が勝ったなら即時兵を引け。もしそちらが勝ったなら人馬族は直ちに降伏しよう」
「死ぬつもりなの?」
「俺はゴブリンなどに遅れは取らぬと言った筈だ。敵味方の被害を減らし、勝負をつける。これ以上のものはあるまい」
「あのゴブリンがそれを受け入れる保証はないわ」
「ならばお前に頼もう。亜人同士の被害を減らすため、ひいてはお前の好きな商売のため、お前があの王を説得すれば良い」
「……身勝手ね」
「人馬族とはそういうものだ」
「……ニケーアはどこ?」
「直ぐに連れて来させる」
ニケーアを保護すると、ユーシカは地上を歩いてその場を後にする。
歩むユーシカはニケーアと共にダイゾスの傍を通り過ぎる。もはや会えないだろう友人に、ユーシカは別れの言葉を贈る。
「さようなら、私の愛しき人」
「さらばだ。愛しき隣人よ」
別れを告げる言葉が、小さく交わされた。
◆◆◇
戻ってきたニケーアの安否を確認すると、俺はユーシカから話を聞く。
「決闘、か」
確かに、それで決着がつくなら全て丸く収まるだろう。
「受けよう」
俺としても、被害は最小限に減らしたい。
「それと……人馬族の集落には妖精族の使者が滞在している模様です。それ故に人馬族は動けなかったのかと」
いつもの余裕のある笑みではない。決意を宿したユーシカが俺を見る。
「成程、な」
頭の中で戦いに勝った後のその使者の扱いを考える。本来なら送り返すべきなのだろう。だが、これを妖精族との交渉に使わぬ手はない。身の安全は保障しつつ、亜人達を唆さない程度に拘束は必要だな。
「妖精族を戦に巻き込むわけにはいかないな」
亜人のこともある。ゴブリンだけなら、大した問題ではないのだが。
「王よ。その決闘、態々王が出るまでもない」
気持ちを新たにしていると、ギ・ザーが俺に食って掛かる。
「俺が出よう。王自ら出張る必要はあるまい」
確かに、危険を考えればここはギ・ザーに任せるべきなのだろう。追い詰められた敵はどんな手段を使ってくるか分からない。ミドの時のようなことも有り得る。
だが、指名されたのは俺だ。
王として挑戦を受けねばならない。
「王として挑戦は受けねばならんだろう? 例え危険でも、それを回避してどうして王が勤まろうか」
「……分かった」
不承不承という形で、ギ・ザーが引き下がる。
「捕虜を」
捕虜として捕えていた人馬族の若者に、決闘の日にちを伝えて開放する。
「時間を掛けるつもりはない」
翌日、俺は決闘を受けることになった。
◆◆◇
ゴブリンと亜人の見守る中、二人の男が前に出る。
一人は人馬族の男、一人はゴブリンの王。手にする武器は槍に、長剣。見届けるのは翼有る者の一番翼。
「この決着をもって、我らの争いに終止符を!」
告げられる宣言に二人の男は頷き、槍を剣を掲げて誓いを立てる。
「勝者には、栄光と報奨を!」
「敗者には、名誉と安息を!」
唱和される声に、争っていた諸部族の垣根はない。
「決闘の神に誓って!」
高らかに告げられる声と共に、二人の男の武器が打ち鳴らされた。
人馬族全身の力を込めて突く槍は、それこそ岩をも砕く一撃。まともに受けては如何なゴブリンの王といえども致命傷は免れない。迫りくるそれを受けるのではなく流してやりつつ、ゴブリンの王は反撃に移る。刃に纏わせるのは冥府の女神の与える黒き炎。魂を冥府にて焼き尽くす黒炎が、ゴブリンの王の気焔と共に燃え上がる。
踏み込んだ足が地面を砕く。最速にして最短。通るべき軌道を通ったその剣が、人馬族の族長の足を狙う。咄嗟に後退、瞬時に反撃。
狙いを読み切った人馬族の族長は最小限の動きで冥府の炎を避け、更に反撃に移行する。一度突いて倒せないなら二度。二度突いて駄目なら三度。連続して繰り出される槍の穂先には必殺の意気を込める。
必殺の突きを尽く躱しながら、僅かに認めた攻撃の後の体の開き。その隙間にゴブリンの王は強引に剣を押し込んだ。足元から腕を狙った致死の一撃。常の魔物なら腕を刎ねられ、次いで振り下ろされるであろう一撃にて命を絶たれる筈のそれを、だが人馬族の族長は突き抜けた脚の力だけでもって後退、回避。
距離を取り、お互いにその技量の高さに内心、敬意を示す。だが、この場においては敬意を刃に込めて斬り合うのが礼儀。
先に前に出たのはゴブリンの王。槍の間合いを瞬時に潰すべく、己が背で魔素を爆発させる。同時に得られた加速によって間合いを零にまで押し潰す。振るわれる剣に炎はなくとも、超常の速度でもって放たれた一閃は易々と人馬族の首を薙いだ筈だった。
ゴブリンの王の顔に驚愕。手にした長剣から伝わるのは首を断ち切った感触ではなく、鉄を叩いた衝撃。鳴り響く鉄の音に鼓膜を震わす間もなく、即座に身を捻って前に倒れる。直後ゴブリンの王の体のあった場所を、豪風を伴って人馬族の槍が薙ぐ。肉を裂き、骨を砕く一撃が一瞬前までゴブリンの王がいた空間を通り過ぎ、そして人馬族の族長の手元に戻る。
手に戻った槍を再び放つ。だが既にゴブリンの王は態勢を立て直し、その一撃を受ける。
戦いは一進一退だった。
王と亜人が打ち合う最中、ギ・ザーは己の手勢のドルイド達を密かに動かした。
「王が勝利を得られると同時に、一気に人馬族の集落を襲う」
言い含めて、決闘場からは見えない場所にまで手勢を移動させた。
その姿を見咎めた甲羅の一族のルージャーが声をかける。
「何をしているのだ。ギ・ザー殿」
「戦の支度だ」
「戦はこれにて終わる。勝つにしろ負けるにしろ」
ギ・ザーは首を振る。合理的ではない。
「王に勝利以外は有り得ん。だが、人馬族はそれ程簡単に引き下がるのか? 否だ! 抵抗する者が出ては王の勝利に傷が付く。王の勝利を完璧なものとするために動くのが、我らが役目」
王が勝利したと同時に、集落を占領する。その為の支度だ。自然と人馬族が降るのを待つなど、時間と運の無駄使いだろう。
「それは違う。君達の王の戦いを見守ってこそ、勝利は穢れ無きものになるのだ」
苔むした甲羅のルージャーは、このゴブリンが行軍の途中で話をしたゴブリンと本当に同一人物なのかと疑う程に驚いていた。行軍の時はいっそ無邪気ともいえるほどに使役する魔獣のことや、鉱石の末の伝統や能力などに興味を示していた。
そこにいるのは、ただ勝利を確実なものにしようと動く冷徹な男の姿。それも必要以上に過敏になっている節も見受けられる。ルージャーを見つめる視線も、無邪気に魔獣に興味を示していた時とは全くの別物だ。値踏みするような、敵か味方かを判別するかのような冷たさがある。
「勝利をより、確実に。その戦果を拡大せねばならん。王に頼ってばかりの、そんな臣下などに俺はなるつもりはない!」
「それでは人馬族の気持ちはどうなる? 彼らはこの決闘の行方を静かに見守っている。決闘の神の裁定に全てを委ねようと」
ギ・ザーは口元に嘲笑を張り付けて首を振る。
「神などに頼り切るから貴様らは堕落したのだ……。俺は、俺たちは、神などに頼らぬ! 勝利はただ王の為に!」
ゴブリンに神はいない。人にも、亜人にも、妖精族にも神がいるが、ゴブリンにはいないのだ。母なるディートナは既に冥府にすら存在しない。冥府を統べるアルテーシアですらも、ゴブリンの神とは成り得ない。亜人の信仰と妖精族の話を聞き齧る内に、ギ・ザーの中では神に対する疑問だけが膨れ上がっていった。
ゴブリンはどこから来て、どこへ行くのだ。
神無き世界に生きるということは、世界との断絶だった。
敬うべきモノがいない世界の何と寂しいことか。世界にただ一人、放り出された迷子のような心細さだ。
だが。
幸運にも前を向けば王がいる。この孤独に向き合うのは、自分一人ではないのだ。
神にも等しき我らが王。
神はなくとも、王がいる。ならば、ならばその為に、この身は何をすることができる。
「神を恐れないのか」
震える声のルージャーに、ギ・ザーは嘲笑を返す。
「既に神は死んだ。我らに神はなく、唯一王があるのみ」
ここからは見えないが、集落を包囲する亜人やゴブリンから歓声が上がる。
耳を澄ませば、王の勝利を寿ぐ歓声。
「出陣だ! 集落を占拠するッ!」
手勢を率いたギ・ザーは号令を下した。
◇◆◆◇◇◆◆◇
主人公のレベルが上がります。
48⇒53
◇◆◆◇◇◆◆◇