迷い道
【種族】ゴブリン
【レベル】48
【階級】キング・統べる者
【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《直感》《冥府の女神の祝福》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv1)オークキング《ブイ》(Lv82)
【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》
予想に反して敵のいない行程に、呪術師ギ・ザー・ザークエンドは欠伸を噛み殺した。敵が来ない。群れを分けたのだから当然敵が来るであろうとギ・ザーは考えていた。
だが、来ない。とすれば、気になるのは同行する亜人だ。
「王より、こちらが狙われると思ったが……まさか本当に逃げ腰なのか」
蜘蛛脚人の集落に到着して以来、ギ・ザーは蜘蛛脚人の能力について研究を重ねていた。その糸について、どのような性質で、どうやって紡ぎ出されているのか。妖精族のセレナを無理矢理連れて行った効果は覿面だった。どの蜘蛛脚人も丁寧に対応してくれる。そのようにして興味の赴くまま日々を過ごしていたギ・ザーだったが、今回の遠征には疑問もある。
王は、敵が逃げると予想しているようだが……。亜人と触れ合うことにより、ニケーア程頭の切れる者は案外少ないということをギ・ザーは感じていた。
ゴブリンなど恐るるに足りぬ。そういう気配が濃厚にあるのだ。これは恐らく他の亜人にも当てはまるのだろう。とすれば、こちらを侮り、正面から戦うことも有り得るのではないか。
だが、ギ・ザーの予想に反して敵は来ない。或いは王のところへ行ったのかもしれないが、王なら簡単に討ち果たしてしまうだろう。
後ろに従えるのは、80ものゴブリンと亜人の連合だ。見開く瞳のギ・ヂーの助けを借りながらではあるが、この群れを無事に人馬族の集落に連れて行くことが彼の役目になる。
森の中を移動する集団としてはあまりにも多い為に編成を分けたのだが、それでも多すぎたとギ・ザーは溜息をついた。
既に長尾の一族、牙の一族はそれぞれ兵を出して出発している。人馬の一族の後方を遮断するのだから自分たちより先に動かねばならないのは道理だった。
今ギ・ザーと共に森を行軍しているのは甲羅の一族のルージャー率いる亜人達だった。苔むした甲羅のルージャーは自身の足で歩くわけではない。使役している魔獣に乗って移動していた。彼一人ではない。彼の部下は皆、何らかの魔獣に乗っている。それもこの辺りでは全く見かけないものまでいる。
大型の、それこそゴブリンの4倍もあるような巨大な亀に乗っての移動。
古獣士ギ・ギー・オルドが見たら多分羨ましがるだろうなと場違いな感想を抱きながら、ギ・ザーは横目でその様子を眺める。亀といっても移動が遅いわけではない、体中に生えた蔦が、移動を補助しているようなのだ。どんな植物なのかと、ギ・ザーは不思議そうに眺める。
そんな様子に気が付いたように、苔むした甲羅のルージャーは集団の中程を進んでいたギ・ザーの隣に亀を寄せる。
「何か、御用かな?」
ぶっきらぼうなルージャーの言葉に、ギ・ザーは素直に頷いた。彼は自分の欲求に素直に従うことにした。
「その亀に興味がある。いやもっと言えばその蔦だ。何故亀の動きを補助している? もしや魔法か? 亜人には我らにはない魔法……いや特性だな。それがあるという。是非それを教えてもらいたい! もちろん他の亜人のものでも一向に構わんいや不足だな亜人は妖精族に近いというもしや妖精族の魔法も何かしら知っているのではないかならば是非そちらも頼むぞ!」
いつの間にかギ・ザーは亀の上に乗って、ルージャーの目の前にまで来ていた。
そのあまりの勢いに、当然ルージャーは呆気にとられた。
「ま、先ずは一つずつ答えよう」
「うむ、頼むぞ」
ゴブリン側の大将と、亜人側の大将がそんな調子なのだから、当然下の者はそれに倣う。好奇心の強いゴブリンが勇気を振り絞って近くの亜人に話しかけると、最初はどこかぎくしゃくした会話だったのが段々と話が弾む。
「何ぃ、こいつらは肉を食うのか! そしてお前達は草をっ!?」
ガイドガ氏族のダーシュカが驚愕に目を見開く。使役される魔獣が肉を喰らい、使役する方が草を主食としている事実に衝撃を受ける。
「ゴブリンは夜も目が見えるって聞いたが本当なのか?」
「うむ。夜目は弓手として日頃より鍛えている。だが族長たちとは比べるべくもない。まだまだ精進が足りん」
亜人の問いかけに、ガンラのル・ロウが答える。
一人、案内役の土鱗の亜人に従って進む見開く瞳のギ・ヂーだけが、困ったものだと溜息をついた。
◆◆◇
人馬族の集落では、ゴブリンに敗れた者が戻ってきていた。報告を聞いたダイゾスはダーキタニアの死を知ると、先ずは一族を落ち着かせ、一人部屋に戻り静かに涙を落とした。
「族長!」
彼の家は妖精族の二人に供されているため、今彼がいるのは借りの住まいだ。そこに慌ただしく入ってくる者が告げた内容に、ダイゾスは眉根を顰める。
「ニケーアが来ただと?」
その報告に、ダイゾスは自身の槍を持って部屋を出た。
「……どの面下げて、俺に会いに来た」
押し殺した怒りは既に沸点間近。何かの弾みで、手にした槍をニケーアに突き放ってしまいかねない。
「話し合いに来たのだが、成程……。ダイゾス殿が自身の家から出て来ないということは」
背後から鏃と槍の穂先を突き付けられながらも、ニケーアは冷静だった。恐らく妖精族の使者がこの集落に来ているのだろう。
「だが、どうしたことだ。ダイゾス殿ともあろう方が……このままでは妖精族の方々を巻き込むことになりかねん」
「貴様らの所為だろうっ!」
冷静なニケーアとは対照的に、ダイゾスは怒髪天を突くが如き勢いで食って掛かる。
「俺とてあの会議場で妖精族の方々のことを口にするつもりだった! だが蓋を開けてみればどうだ! 得体のしれぬゴブリンを呼び込み、会議はめちゃくちゃ。挙句の果てに人間に対する同盟だと? ゴブリンなどと手を組める筈がないだろうっ!」
一気呵成にそこまで言ってしまって、荒い息を吐き出す。
「なぜ組めぬ? 彼らが我らより野蛮だとでもいうのか?」
「野蛮に決まっているだろう。現に、現に……」
そこから先を口にしなかったのは、族長としての矜持か。若き同族の死は、自身が命じたことだ。それが勝てなかったからといって、ゴブリンの所為になどしては死した者をすら侮辱してしまう。
今にも暴れだしそうな己の感情をなんとか止めようと、ダイゾスは槍を地面に突き立てた。
「ダイゾス殿」
口を開きかけたニケーアは再び口を噤む。だが意を決して口を開くと、先ほどと同じ言葉を繰り返した。
「……話し合いを。ダイゾス殿、妖精族の方を争いに巻き込んではいけない。今なら、まだ……」
「真っ先に奴らと同盟を結んだ蜘蛛脚人が何を言う!」
地面に突き刺した槍を引き抜くと、周囲の者に命じる。
「閉じ込めておけ! ただし無用な危害は加えるな。我らは誇り高き人馬族だ。そのことを肝に銘じよ」
ニケーアを連れて行かせると、再びダイゾスは部屋に籠る。
頭の中ではニケーアの言葉が反芻されていた。
「俺は……」
◆◆◇
襲撃を警戒しながら、それでも可能な限り急いで前進する。恐らく足止めに行ったニケーアにも危機が迫っているに違いない。包囲が早く完成するなら、それだけ後方を遮断する筈の牙と長尾の一族への負担も軽くなる。
だが、警戒をしているがあれ以来人馬族からの襲撃はない。
こちらの与えたダメージは、それほど深刻なものではない筈なのだ。ならば、どこかでもう一度襲ってきても不思議ではないのだが。
来ないのか……。前方、後方、左右にゴブリンを配置。このまま速度を維持させるのはゴブリン達の疲労の蓄積が激しい。妖精族のセレナに尋問させた人馬族は、セレナに対しては暴言を吐いたりはしないようだが未だ頑なに口を噤んだままだ。
或いは何も知らないのかもしれない。
「旦那、ちょっと、急ぎ、過ぎじゃ?」
息も絶え絶えにシュメアが愚痴を言う。振り返ればノーマル級のゴブリン達でさえも肩で息をしていた。
仕方ない、速度を落とすか。
──くそっ、焦っているな。俺は。
折角得られた理解者を失う危険に晒している。自ら望んだこととはいえ、止めるべきだったか。焦燥感に胸を焦がしながら、ただ前を見つめる。どうか無事であってくれ。
彼女が勝算もなしに飛ぶ込むような無謀はしないと思っている。
だが、それでも。予想しない襲撃と同じように、相手が自分の思った通り動いてくれるとは限らないのだ。
「旦那、ちょっといいかい?」
「何だ」
思わず言葉がぶっきらぼうになってしまう。
そんな俺に苦笑して、シュメアが槍を担ぎ直す。
「焦るなって言っても無理だろうから、少し考え方を変えなよ」
考え方を変える?
「あの亜人の姉さんの安否を心配するってことは、あの姉さんの力量を疑うってことだよ」
分かっている、だが、それでも。
「旦那とあの姉さんの描いた脚本だろう? 後は舞台で踊る役者次第さ。心配しても損なだけ」
気楽に行こうと笑うシュメアに、少し心の落ち着きを取り戻す。
「……確かにな。損か」
「そうそう」
熱い息を吐き出し歩調をゆっくりと変える。他のゴブリンどもに俺の不安を伝えることもあるまい。
「さっすが、旦那」
くすりと笑うシュメアに感謝を伝える。
「感謝する。今後も何かあれば頼むぞ」
「そこはほら、ありがとうって優しく言ってくれてもいいんだけどね?」
俺の優しい言葉などに意味があるのか。それとも戯れか。どちらにしろ俺は苦笑を口元に貼り付けずにはいられなかった。
二日後、俺達は人馬族の集落に辿り着く。
俺の予想とは裏腹に、奴らは集落の守りを固め臨戦態勢を取っていた。
◆◆◇
尖塔から出られたと思ったら、今度は内務卿の執務室へと出頭せよという話だ。
その理不尽な命令に、レシアは内心怒り心頭だった。だが、それを表に出す程子供ではない。あのゴブリンの王様になら思う様不満をぶつけても良かったのに。
何故不満をぶつけても良かったのだろうと考えると……。
「怒らないし、動じないし、何だかんだで意見は聞いてくれるし、対処も早かったし……」
ぶつぶつと小さく呟く声は周囲に聞こえない必要最小限のもの。口の中で呟いて、むぅ、と唸る。
困った。悪いことが思い浮かばない。
「思い出は美化されるというけれど……」
ふぅ、と溜息をつくと最後の光景が思い浮かぶ。手を伸ばし、自身を救い上げようとしてくれたあの姿。
「きっと、生きてますよね」
俯いていた顔を上げると、豪奢な作りの扉が目に入ってくる。所々に銀と金の細工を施した装飾過多の扉。
酷い成金趣味だと思いながら、その扉が開かれる。
「おお、良くぞいらしてくださいました聖女様」
部屋の中で、でっぷりと肥えた体を窮屈そうに椅子に収めていたのはこの国の内務卿。確か伯爵という高い地位だけで成り上がったと評判の男だった。
顔に向けられていた視線が首の線を通り、胸、そして腰の辺りを遠慮なく舐め回す。その不快感に、思わず鳥肌が立ちそうだった。
「ささ、どうぞ」
護衛の兵士は扉の前で控えている。大丈夫だろうという考えの下に、勧められたソファーに座る。対面に内務卿の伯爵。背の低いテーブルを挟んで向き合う形になると、きついコロンの香りがレシアにまで漂ってくる。
今すぐ帰りたいという甘い誘惑を振り切ると、一枚の紙が差し出される。
先日、スラムなどを見回った成果を報告したものだ。その時に要望として、三日に一度の炊き出しやスラムの改善案などを添えて出したのだが、直ぐに話題に入ってほしいレシアの願いを知ってか知らずか、内務卿の伯爵は延々と自己紹介を始める。
「……ですから、我が伯爵家は……」
途中から無表情になっていくレシアを完全に無視して、家の自慢を続ける伯爵。レシアの内心では、どうしてもあのゴブリンの王様と比べてしまう。
王様ならどうしただろう。こんな意味のない話をせずにさっさと結論だけ告げてくれたと思うのだ。ダメならダメで、どこがダメなのか言ってくれた。
思わず漏れてしまう溜息に、伯爵がやっと気が付く。
「おや、聖女様には退屈な話でしたな」
「いえ……それよりも私が提出したこの報告書のことですが、採用して頂けるのでしょうか?」
あくまで事務的に必要なことだけを告げるレシアに、伯爵は眉を顰めた。
「残念ながら、三日に一度の炊き出しというのは財政上難しい。スラムの改善なども同じですな。我が国は現在、北の蛮族の討伐と南の国境線争いに従事していますので……それにここだけの話ですが、西に植民都市を建設するという話もあるぐらいですので」
その手の“ここだけの話”がどの程度信用できるのか分からなかったが、また戦の話だ。でも西には森しかない筈。鉄腕の騎士の、笑ったことなど無いような厳めしい顔が思い浮かぶ。
「西方に植民都市ですか」
「何でも、ゴーウェン殿の発案を陛下がお聞きになられたとか」
本格的に戦をするつもりのようだ。
でも、王様がそれを黙って見ているかしら? とてもそんな風には考えられない。
「ありがとうございました。有意義な時間でした」
「もう少し良いではありませんか。何なら美味しい紅茶でも」
「いえ、失礼します」
立ち上がると同時に踵を返す。礼を失しない程度に、だがなるべく素早く立ち去るレシアの姿に、伯爵は舌打ちした。