草地での戦い
【種族】ゴブリン
【レベル】45
【階級】キング・統べる者
【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《直感》《冥府の女神の祝福》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv1)オークキング《ブイ》(Lv82)
【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》
俺は集結したゴブリンを二つに分けた。俺が直接率いる群れと、呪術師ギ・ザー・ザークエンドに率いさせる群れだ。人馬族の集落は、蜘蛛脚人の集落から西側、草原の中に木と動物の皮などを使って作られた集落があるらしい。
総人口は500に届かない程度。もっぱら狩猟を糧に生きている部族にして、鉄の加工が特産の種族である。昔はゴブリンやオークなどもこの周辺に住んでいたらしいが、オークは粗方東へ追いやり、ゴブリンは狩り尽くすほどに圧倒したらしい。数で押してくるゴブリンを相手に、一騎当千の活躍を見せたのは現在の人馬族の族長であるダイゾスの祖父だという。
妖精族とは鉄の供給を通じて交流があり、最も彼らに近い位置に集落を構えるのもその影響があるかららしい。獲物は弓と槍。槍の方は人間族の重装騎兵にも劣らぬほどの重い一撃を誇り、弓は亜人の中で最も強弓を引ける一族として有名なのだそうな。
更に種族の特性として“剛力”が挙げられる。族長クラスともなれば、草原を駆け回ることで鍛え上げられたその剛力で魔獣である筈の石蟹を素手で叩き割ってしまえる程だとか。
「というわけで、非常に厄介な……」
俺たちの案内としてつけられた土鱗の一族の若者の口は、休むことを知らないようだった。出発してから3日。目の前の若者の口は勢いを止めることがない。
土鱗の一族は地中を泳ぐ。頭だけを出して泳ぐように柔らかい土の中を掘り進む様子は、なんとも言いようのないものだった。
「これから背の高い草原地域に入りますので、注意をお願いします。人馬族はそもそも……」
今までは大木の根元を進み、殆ど草木の生えていない中を進んでいた為、土鱗族の若者を見失うことはなかったが背の高い草地に入るならその限りではない。見れば目の前の草が一列に薙ぎ倒されて道になっていく。
まぁ大丈夫そうだな。後は周辺に注意しながら進めば問題ないだろう。
「ギ・バー、先行して地形を探れ。怪しい者が居れば連れてくるのだ」
一礼してギ・バーが背の高い草地を進む。俺の身長ほどの高い草が視界を塞ぎ、前の様子が見渡せない。三匹一組でゴブリンを本隊の周辺にばら撒く形にして警戒させる。
本隊と一定の距離を保ちながら進ませ、逸れる者がいないように心掛けながら進む。草地も半ばを過ぎた頃、前方から悲鳴が上がる。
「王、敵襲ッ!」
ギ・バーの声に応じて、剣を抜き放つ。
「四方を固めろ! 来るものは討ち取れ!」
草を割って飛び出してくる人馬族の槍に剣を合わせて弾く。重い一撃だ。人間の重装騎兵と互角以上というのも強ち間違いではない。続いて出てくる人馬族の巨躯。馬の下半身に人間の上半身と言えば分りやすいが、その体格は俺と同等かそれ以上に大きい。
弾いた剣を手元に引き寄せて、半身になって躱し馬蹄に掛かるのを避ける。同時に、後ろ脚に向かって一撃を加える。
すれ違いざまの攻防を経て、人馬族の体が草の中に隠れてしまう。
「警戒せよ! 声を出して敵の接近を知らせるのだ!」
不利だな。いや、この地形からすればもっと悪いことがある。
周囲の背の高い草を毟り、手の中で握り潰す。その手触りに、瞼に最悪の事態が過る。水気の無い植物、もしここに一矢の火矢が突き立てば?
燃え広がる炎の中で、俺達は立ち往生だ。
奴らの目的は分からない。だが……最悪を予想しておくことにしよう。
周囲に張り巡らせていたゴブリン達に命じると、再び剣を握り直した。
地形は機動を発揮する人馬族に有利。俺たちの大群は既に半ばまで草地に侵入してしまっている。ここで足止めを喰らっては敵の餌食にされるか。
初手で後手に回った。まさか襲撃してくるほど士気が旺盛だとは思わなかった。挽回するには、何が何でもこの場所から動かねばならない。下手に留まれば奴らの策に嵌るのではないか。
後方で人馬族の気勢とゴブリンの悲鳴が交互に上がる。
密集したまま移動するか、またはこちらも本隊を分散して草地の切れ目まで走らせるか。
「三匹一組にて散開! 各々草地の切れ目を目指せ!」
恐らく敵の狙いはこちらを草地に釘付けにすること。どうあってもそれは避けねばならない。敵の思惑に嵌れば主導権を握られ、後はズルズルと引き摺り込まれるだけだ。ここは多少強引にでも主導権を奪い返す。
「敵を見つけ次第殲滅だ!」
第一に草地を抜け出す。その過程で敵を倒せるのなら、それに越したことはない。
「走れッ!!」
俺の号令の下、約60のゴブリンと蜘蛛脚人が草地を走り出した。
◇◆◇
「ゴブリンが群れをバラけさせた?」
若きダーキタニア率いる強襲部隊は、草地を見渡せる高地からその戦場を見下ろしていた。
「我らの攻勢に耐え切れなくなったのか、或いは狙いがあるのか」
思案に暮れるダーキタニアだったが、ゴブリンの意図を捉えることはできなかった。
なにより。
「……いや、敵の思惑など考えても仕方ない。各個になったのなら、殲滅の好機だ!」
矢を番えると、強弓を引き絞って空に放つ。
「俺も出るぞ! 奴らを一匹でも多く刈り取るのだ」
空に鳴り響く、矢の音。
その合図を契機に、草地に散っていた人馬族が動き出す。
獲物を狩る興奮に、ダーキタニアの顔には獰猛な笑みが宿っていた。一気に斜面を駆け下りると、背の高い草地に入っていく。不意の遭遇戦という形になってしまったが、一対一ならゴブリンになど決して引けを取ることはない。
同族の力は、ゴブリンを蹴散らして余りある。
ダーキタニアは、見えてきた光明に向かって突き進んだ。
草地のあちらこちらで、ゴブリンと人馬族の怒号が響き渡る。当初こそ予想通り人馬族が優勢だったようだが、ダーキタニアの予想を裏切り、時間が経つにつれて人馬族の悲鳴が増えていった。
見つけたゴブリンに突きかかると、すり抜けざまに引っ掛けるようにしてゴブリンの肩を貫く。
「ヌゥォオ!」
馬蹄にかけようと、今一匹のゴブリンに迫るが既のところで躱される。それどころか手にした剣でもって切り返してくる始末。槍を引き抜くと同時に止まらず草の中へ駆け入る。倒し切れなかった手応えに、思わず苦いものが口の中に広がる。
先ほど突き倒したゴブリンも殺し切れてはいない。最小限の動きで致命傷になり得る場所は守られてしまった。ゴブリン如きのその動きに、ダーキタニアの背に冷たいものが走る。
「いや、こんな筈ではっ!」
若いが故の己の失態だと割り切り、再び獲物を探す。
今一度草地を走り、ゴブリンを見つける。今度は赤い一匹と緑のが3匹だ。
「指揮官だな!? その首貰い受けるっ!」
振りかぶった槍をそのままに、赤いゴブリンに突きかかる。
「抜けタ所ヲ、打テ」
近くのゴブリンに命じると、あろうことかそのままダーキタニアに向かって突っ込んでくる。
「おのれ、小癪な!」
赤いゴブリンの両手には槍と剣。手にした槍をダーキタニアに向けて投げると同時に、長剣を握って身を低く保ちながら更に接近。目の前に飛んできた槍のあまりの正確さに、ダーキタニアは振り上げた槍を防御に回さざるを得なかった。
「ヌルいゾ!」
足元からの怒声。駆け抜ける速度そのままに視界に捉えたのは、自身の脇腹から吹き出す血と振り切られる赤いゴブリンの剣だった。
「くっ!」
続いて襲ってくる痛みを押し殺して、今一度体勢を立て直そうとする。だが、目の前には更に3匹のゴブリンが待っていた。得物を構えて、一斉にダーキタニアに襲い掛かる。打ちかかってくる剣を、槍を、斧を槍一本で振り払って再び草地の中へ。
全身血に塗れたダーキタニアは、荒い息で周囲を見渡し安堵する。あのゴブリン達は追ってきていない。
ゴブリンなど大したことはないとタカを括っていたダーキタニアは、今一瞬だけ槍を交えたゴブリンの連携に舌を巻いていた。
「不味いな」
元々彼の作戦は、一対一なら決してゴブリンに負けないという前提で立てられている。それがここまで押し切られるとは、作戦の前提がそもそも間違っていたと言うしかない。
矢を番えて強弓を引き絞ると、空に向かって2矢放つ。
「撤退だ」
さもなくば、ゴブリンに殲滅される可能性がある。死を恐れているわけではない。だが、無駄に死ぬのは我慢ができなかった。
自身も草地を抜け出そうと足を踏み出したところで、黒く巨大なゴブリンに行き会った。
「わが身の不運か」
静かに槍を構える。先ほどの赤いゴブリンなどとは比べ物にならない威圧感。剣に纏っているのは黒き炎。天に向かって抗うような三本の角も、地面を叩く尻尾も、ゴブリンかと見紛う程に逞しい。
「だが、負けるわけには」
地面を蹴り込む脚に満身の力を込めて踏み出す。すれ違いざまに突き出す槍。黒いゴブリンの喉元を狙った一撃は驚く程の速度で躱され、同時に目の前に迫る黒の炎。
死を呼ぶ冥府の炎が、一閃。自らの命を奪い去るのを感じた。
◆◆◇
草地を脱出して、ゴブリンの数を確認してみれば負傷者が8に、死者は無しという結果だった。対して討ち取った敵の数は5程度だ。捕虜にした人馬族の者が一人。その他は逃げ去ったらしい。
最悪の危機は脱したらしい。
捕虜にした人馬族に質問をぶつけてみるが、どうにも話が噛み合わない。
相手がこちらを理解するつもりがないと言った方が良いのか。野蛮なゴブリンめ、などという程度の罵声しか返ってこないのだ。
「面倒なことだな」
不毛な作業に溜息をつく。
「……あの、それなら私が質問してみましょうか?」
ふと声をかけてきたのは妖精族のセレナだった。
「シュメアと蜘蛛脚人に同行してもらえ。あの人馬族はお前に任せる」
「まぁ、敵意を向けられるのには慣れたものだがな」
だがこの先の人馬族とも不毛なやり取りが続くのかと思うと、少し気分が落ち込む。後腐れの無いように全て殺し尽くしてしまうか。
凶暴なその想像に苦笑して、理性で蓋をする。
馬鹿な考えだ。今の俺の行動は一挙手一投足まで亜人達の注目の的だ。奴らに俺たちが信頼できると認めさせ、命を懸けさせるまでに信用させねばならない。
「拘束には細心の注意を払えよ」
配下のゴブリンにきつく言い含め、俺は負傷者の様子を見に向かった。
負傷をしたのは何もゴブリンだけではない、ゴブリンに交じって進んでいた蜘蛛脚人も、無差別と言っていい人馬族の突撃に傷を負っていた。秘伝の薬という名の、草を練りつぶしただけのものを負傷者に与え、自力で歩ける者は蜘蛛脚人の集落へ戻す。歩けない者はガイドガのゴブリンに背負わせる。
「王、出発でキマス」
「そうか。ならば出発するぞ」
予想外の人馬族の動きだ。こちらと正面切ってぶつかるつもりなのか? それとも逃げるための時間稼ぎか。だがどちらにせよ、逃がした人馬族がいるのだ。こちらの動きは相手に掴まれたと考えて良い。火計は使ってこなかったが、正面からぶつかる作戦しか取らないつもりか?
この人数差で、何をしてくるつもりなのか……いまいち奴らの行動が読めない。
だが。
「早々に潰してしまえば、何を仕掛けてこようと無駄に終わる」
迅速こそが、要だ。
負傷者への対処を終えると、俺は率いる群れに前進速度を上げることを告げた。
◇◆◆◇◇◆◆◇
主人公のレベルがあがります。
45⇒48
◇◆◆◇◇◆◆◇