その背に負うのは
【種族】ゴブリン
【レベル】45
【階級】キング・統べる者
【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《直感》《冥府の女神の祝福》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv1)オークキング《ブイ》(Lv82)
【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》
牙の一族は俺に降った。
ミド曰く、長老が認めたならしかたないとのことだ。お前は族長の自覚があるのかと聞いたところ。
「俺が未熟だってのは分かってる。だから全権を持って長老に判断を委ねた。その結果がお前との和解だ。なら、それに従うのが俺の決断だ」
同胞の力を最大限使うという意味ではこのような形もあるのかと思ったものだ。種族ごとに望まれる長の資質は違うのだろうが、中々面白い。
シンシアも大きく成長し、ミドを庇うような意識を伝えてくる。
まぁあまり面白くはないが、今回の一番の手柄はシンシアの活躍によるところが大きい。そのシンシアがミドを仲間に加えた方が良いというのなら、仕方ない面もあるだろう。
無理矢理自分を納得させる。
精々こき使ってやるとしよう。
深淵の砦に向かわせた暗殺のギ・ジー・アルシルは無事に任務を成し遂げたようだった。目の前に広がる140ものゴブリンの大群。主力を構成するのはギの集落出身のゴブリン達だが、ガイドガを始めとする氏族のゴブリン達も混じっている。
それを率いてきたギ・ヂー。一匹も損なうことなく、この大群を御してここまでたどり着いたのは見事と言うしかなかった。
「よくやったギ・ヂー」
「ありガたキ幸セ。ですガ、他の者ノ協力、不可欠デしタ」
よくよく話を聞いてみれば、氏族の者たちにだいぶ助けられたそうだ。ガイドガのダーシュカは、その武威でもって部下を良く纏め、ガンラのル・ロウは進んで斥候を買って出た。パラドゥアのハールーは足の速い騎獣兵を操って脱落者の保護と命令の伝達を担ったという。
雑多な集団を纏める為には統制する指揮者の存在が不可欠だが、当然それを補佐する者も必要になってくるということか。
それにダーシュカ、ル・ロウ、ハールーと、それぞれの氏族の若い者達が力を付けて来ている。嬉しい誤算だった。戦力としての数の期待はしていたが、質の向上まで齎すとは予想外だった。
目の前で跪くギ・ヂーの少し後ろに控える3匹に声をかける。
「ガイドガのダーシュカ、今後とも宜しく頼むぞ」
「ははっ!」
「ル・ロウ、集落の名を汚さぬようしっかりと働くのだ。このたびはよくやってくれた」
「お言葉しかと承りました」
「ハールー、お前の威名は更に高まった。偉大なるアルハリハに並ぶ日も、そう遠くはなかろう」
「先代に並ぶには甚だ未熟です。これからも精進を重ねます」
三者三様の言葉をかけて、俺はギ・ヂーに向き直る。
「よくやった。これからも頼むぞ」
「御意」
冷静に応じるギ・ヂーに、俺は笑みを浮かべる。
「……ここまで多いと集落には入りきらないぞ」
後ろで苦言を呈するのはニケーア。ゴブリンの数に呆気に取られていたようだが、その思考が現実的な問題に突き当たったらしい。
「構わぬ。屋根があれば良かったが、無くとも問題はない」
ギ・ヂーに指示して集落の外で野営をさせる。
野営など大した苦になりはしない。無論、体力と気力を回復させる為の雨風を凌げる場所は重要であり、あった方が良いのは確かだが。
「俺もこれからは部下と一緒に外で寝ることになる。会議の際は呼んでくれ」
「何!? だが、それは……」
驚くニケーアに俺は付け足しておく。
「配下の者達が何か無礼や粗相をしたならば、必ず俺に言え。規律は保たせるつもりだ。ただこれだけの大所帯ともなれば、食料の補充は必ず問題となる。その辺りは頼むぞ」
「良かろう。集落の備蓄を多少開放する。人馬の一族の所までは単独で進めば5日程だが」
大群ともなれば、それだけ移動の日数が掛かる。
「ゴブリンの主力が到着するのは6日だな。明日の朝出発するとして、他の鉱石の末達はどうだ?」
「甲羅の一族のルージャー殿は首を縦に振った。どうやらこの大群が脅威に映ったらしい。長尾の一族のタニタ殿は未だだが……ルージャー殿が参加を表明したことを告げれば自ずと決断を下すだろう」
自分一人が貧乏くじを引くのはどの亜人の一族も避けたい筈だ。
問題は、人馬族との戦に使える兵数だな。
「本当に人馬族と戦うのか?」
「無論、奴らが降伏するなら話は別になるが……」
降伏をするのに、何ら条件を付けるつもりはない。今はまだ、こちらの被害もないのだから族長の判断に従っただけの人馬族に無理難題を振るつもりもない。
今はまだ、な。
「我らからは戦うものとして20。土鱗、翼有る者は後方支援に回るそうだ。甲羅の一族からは10、長尾の一族は30程出してくれるだろう、牙の一族からは30は期待してくれて構わない。牛人は……済まぬ、彼らは不参加だ」
「不参加とは?」
「人間と戦うのは同意したが、亜人と戦うのは反対だと」
成程、主張の穴を突かれたか。愚鈍に見えて中々どうして頭が回る。
完全な主従関係で同盟を結んでいるわけではないからな。その辺りは目を瞑った方が良いか?
「分かった。今回は急場故、仕方ないだろう」
「私の力不足だ。許せ」
「責めているわけではない」
八旗全ての責任をニケーアに背負わせるつもりはない。反発もあろうし、何より俺以外への権力の集中は未だ避けるべきだろうと思うからだ。
それに配下にして長いギの集落のゴブリンならいざ知らず、出会って間もない亜人をそこまで信頼をしていいものか判断に迷う。
それにこれだけの大群だ。食料を補給するだけでも非常に苦心するのは目に見えている。ゴブリンだけで140、亜人の総数で90もの数を揃えたとなれば、230だ。現地調達をするには厳しいものがあるだろう。
また、牙の一族は亜人と同数の灰色狼が参加する筈。そうなれば兵力は更に上がるが、人馬族の戦い方次第では苦しめられるのはこちらだ。
「確認しておきたい。人馬族が妖精族の領地に逃げ込む恐れはあるか?」
大群を用いての戦だ。どこで区切りをつけるか、明確にしておかねばならない。ずるずると引き込まれてはこちらが不利に陥る。
「……無い、とは言えないが」
思案するように目を瞑ると、腕を組んで考え込む。
「人馬族の領域は、ここより西にある。最も妖精族に近い場所だ。故に……」
「大恩ある妖精族に、お前たちは刃を向けられない」
黙って頷くニケーアに、俺は確認の為に言葉を続ける。
「ならば、奴らが妖精族の領域に入る前に決着をつけねばなるまい」
「奴らの後背を取らねばならんということだな。更に足止めも必要になる」
そう、その通り。それが成功して初めて包囲ができる。
降伏勧告も現実味が出てくるだろう。
「牙の一族と長尾の一族に後背を突いてもらうように頼もう。足止めは、私がやろう」
「危険な役目だが」
言いかけた俺の言葉を、ニケーアは首を振って退けた。
「後背を突く牙も長尾も、危険は同じだ。ならば頼むべき私が臆していて、どうして事が成せようか」
強い決意と共に言い切るニケーアは、亜人の未来の為に危険な役目を買って出た。
「人馬の集落までの案内は、土鱗族に頼めばいい」
作戦の大まかなところは決まった。妖精族の領地に入る前に人馬族を捕捉。包囲して降伏を促す。受け入れられないようなら、指導者の首を撥ねるしかあるまい。
できれば全滅まではさせたくないが。
「人馬族の数は女子供を合わせて500近いが、戦力として考えられるのは400程だろう」
多いな。人間であれば女子供は戦力とはならない為に、半分程度まで落ちる筈だが。
「彼らは、殆どの者が狩りを生業としている。女でもその力は変わるものではない」
老いた者や若過ぎる者以外は全員戦力と考えた方が良いか。
まぁゴブリンも似たようなものだが。
「私は今日の夜、出発する。私の代理はルケノンが引き受ける。何事も良くしてやってくれ」
頷く俺に背を向けて、ニケーアは去っていく。
道行は急がねばなるまい。ニケーアを失うのは蜘蛛脚人の混乱を生み、折角の足場を失いかねない。
土鱗の案内人によくよく言い含め、俺は配下と共に野に寝転がった。
◆◆◇
ダイゾスは妖精族の巡察使セルシルが満足できる量の税が集まらないことに溜息をついた。元々彼ら巡察使が求めたのは、この一帯に住まう全ての亜人に対してであったので、当然人馬族のみでは税を賄える筈もない。
各亜人の集落が産出する特産物を税として妖精族に収めるのは習慣として根付いていたが、その時期は巡察使が来たときという曖昧なものだった。
先の会議でのゴブリンのあまりにも唐突な宣言により、自身の領域に妖精族が留まっていることを各族長に告げる暇もなかったのだ。いや、もしあの場で告げたとして、ゴブリンが目標を妖精族に変えることをこそ彼は恐れた。
実際はそのようなことはないのだが、ゴブリンというものを野蛮な生き物であると思っているダイゾスからしてみれば、高貴な妖精族を少しでも危険に晒すのは避けたかった。
結果だけ見れば、正にダイゾスの恐れていた事態が発生しつつあるのだが……。
一族の有力者たちにゴブリンが攻めてくる可能性があると伝えると、臨戦態勢を取るように触れ回る。他の亜人はどうしたのかという有力者達の当然の疑問に、ダイゾスは唯ゴブリンに服従しているとだけ答えた。
実際は共同戦線という同盟を結んでいるのだが、ダイゾスの眼にはゴブリンの支配下に甘んじているようにしか映らなかった。その筆頭がニケーア率いる蜘蛛脚人だ。
最も東の地を有する大きな鉱石の末の一族。東のオークに対する牽制として自らその地を望んだ、誇り高き一族。なのに今代のニケーアになってからあの一族は変わってしまった。ゴブリンを集落に引き込み、あまつさえ同盟などと。
認められる筈がない。
だがそれよりも、かの高貴な方々にどうやって帰ってもらうかが問題だった。ここにいれば確実に戦火に巻き込まれる。だが、その意思を翻意させるだけの力が自分にないのも事実。
──だとしたら、いったいどうすれば。
「族長」
呼びかけられて視線を上げれば、そこには一族の若者。
「ダーキタニア、呼んだか?」
思考の邪魔をされて多少不機嫌になりながら、ダイゾスは若者を見る。
「率直に意見を言わせて頂きたいのですが、守っても勝てません」
そのあまりにはっきりとした物言いに、ダイゾスは怒るどころか苦笑してその意見を聞いた。族長であるダイゾスの意見を真正面から否定する若者の言葉に耳を傾けたのは、ダイゾスの懐の深さ故であった。
「最もだ。で、それだけを言いに来たのか?」
「いいえ。ですからこちらから攻めるのはいかがでしょう?」
「攻める、か」
ふむ、と再び考え込むダイゾスに、若きダーキタニアは説得を続ける。
「敵はゴブリンでしょう? ならば奴らは数で押してくる」
過去にこの周辺にいたゴブリン達は確かにそのような戦法をとったと記憶している。数年前に殆ど追い払うか討ち果たしてしまったから、ここいらにゴブリンはもういないのだが。
「だろうな。だが、向こうには他の鉱石の末もいる。蜘蛛脚人は確実にゴブリンに味方しているぞ」
「であろうとも、平原での戦いで我らが負けるとは思いません。そして平原がここだけとも」
確かに、牙の一族が活動する地域にも森の中に点在するように平原は存在する。極々狭い地域だが、確かにそのような地形がいくつも存在するのは事実だ。
「そこで、私たちの側から強襲を仕掛けるのはいかがでしょう?」
戦場を平原に限定したうえでの強襲なら、確かに負ける要素は少ない。
「だが、敵はゴブリンだ。捕まれば死は免れん」
「なればこそ、他の鉱石の末の眼を覚ますことにもなりましょう」
若きダーキタニアの言葉に、ダイゾスは目を見張った。
「そこまでの覚悟か」
「グルフィア殿の遺志を継ぐのは、我らこそが相応しい。私はそう思っています」
亜人による共和国の建国。
ニケーアはゴブリンの力を利用してそれを成し遂げようと考えているようだが、若きダーキタニアはゴブリンに頼ることは危険だと警鐘を鳴らすことにより他の亜人の眼を覚まさせると言う。その結果自分たちの死が待ち構えていようとも、それは必要な犠牲だと割り切った上で。
「……許せ。お前たちの命を守るべき私が、こんな命令を下さねばならぬ」
ダイゾスは天を仰いだ。何故、我らの創造神、風の神と大地の神はここまで我らを苦しめるのかと。
「だが大恩ある妖精族の為、ひいては我が一族の為に。ダーキタニアよ。志願者を募り侵略者を迎撃せよ!」
「御意! この命に代えましても!」
手にした槍を地面に突き立て、若きダーキタニアは深く首を垂れた。