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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
楽園は遠く
146/371

幕間◇布石

【個体名】ギ・ヂー

【種族】ゴブリン

【レベル】86

【階級】レア

【保有スキル】《威圧の咆哮》《剣技C−》《見開く眼》《雑食》《呼び掛け》

【加護】なし

【属性】なし




 ゴブリンの王の使者として亜人の集落から出発した暗殺のギ・ジー・アルシルは、集落を出て3日目には深淵の砦に到着していた。深淵の砦まで戻るのが二度目だったということと、歩いてきた道が均されていたからだ。邪魔な枝はどけられ、足元の草木は踏まれた跡がある。

 その獣道と呼べるどうかすら怪しい道を辿ってギ・ジー・アルシルは深淵の砦へ戻る。それでも全く道がないのに比べれば格段に歩き易い。何事もなく砦へたどり着くと、砦を預かるナイト級ゴブリンであるギ・ガー・ラークスに面会を請い、王の意思を伝えた。

「王は派兵をお望みか」

 今日も今日とてゴブリン達の練兵に余念のないギ・ガーは、槍を振るうゴブリン達に時々鋭い視線を飛ばしながら、ギ・ジーの言葉を自らの考えとして咀嚼する。

「で、いかほどの?」

「王は明言なさいませんでしたが、足場はできたとお考えです」

「なるほど。ならば足場を固める為の兵がいる。その他にも、固めた足場を橋頭堡にして更に先へ進む兵も必要だな。人間との戦いには間があるが……」

 ナイト級にまで進化しているギ・ガーには王が東への注意を怠っていないのかが心配だった。人間の言葉、それも敵の言葉なぞ信ずるに値しない。王は一定の評価を与えているのだろうが。

 コボルト達をもっと厳しく躾ければ良いのだが……王はそれを望まれていないようだった。王の望まれないことをするのは臣下の分を出ると思い直し、ギ・ガーは派兵する数を考える。

「80だ。王が望まれるのなら最大限応えるのが、我らが役目」

「そんなにですか?」

「他にも、ラーシュカ殿のガイドガ氏族から40ほど。アルハリハ殿のパラドゥア氏族、ナーサ姫のガンラ氏族からはそれぞれ10程出せる筈。一日、時間を貰おう」

「王も喜ばれることでしょう」

 頷くギ・ジーに、ギ・ガーは一つ頼み事をする。

「ギ・ジー・アルシル殿。一つ頼みがある」

「なんなりと」

「東の様子を探って来てはくれまいか」

「東……オークですか?」

「それもあるが、俺はどうも人間がこのまま引き下がっているとは思えんのだ。確かに王は、人間の言葉に信用を置いているようだったが……」

「心配のし過ぎではありますまいか?」

 疑わしげなギ・ジーの視線に、ギ・ガーは首を振る。

「王の言を疑うわけではない。だが相手は人間。警戒をしてし過ぎることはない。この前のような敗北は最早許されぬ。我らにはこの先、退くべき場所など残されていないのだ。ここを失えば、我らは帰る場所を失うことになる」

 ギ・ガーのあまりにも真剣な言葉に、ギ・ジーは頷く。

「わかりました。幸い王からはしばらくこちらに残るよう言われております」

「助かる。頼むぞ」

 ギ・ジーに偵察を頼むと、ギ・ガーは人選と編成に取り掛かった。140匹もの大移動。食料を用意するだけでもかなりの量になる。倉庫番ともいえるゴルドバ氏族に食料の計算を頼むことになるだろう。早速足の速い連絡役に徹しているパラドゥア氏族の若者を氏族への報せとして、四方に走らせる。

 あとは誰に率いさせるかだが。

「王は、誰に率いさせよと仰せであったか?」

「いいえ、特には」

 唸るとギ・ガーは再び考える。何もおっしゃらないのは、王が自らを信頼してくれている証だ。その信頼を裏切るわけにはいかない。

 ノーブル級であるギ・グー・ベルベナ、剣神ギ・ゴー・アマツキ、古獣士ギ・ギー・オルド、狂い獅子ギ・ズー・ルオらは勢力拡大と離反により、集落を離れている。率いさせるのならレア級の誰かということになる。

 ──格でいえば、ガイドガ氏族のラーシュカ殿。ただしこれだけの人数を指揮するなら、ガンラの氏族にいる初めに射る者(ガディエータ)ラ・ギルミ・フィシガ殿の方が相応しいだろうか? 長老格のパラドゥアのアルハリハ殿でも構わぬ。

 だが、どれも氏族を率いる者たちだ。

 ──我らを束ねる者としてそれでいいのか。

 ギ・ガーには判断がつかない。王が望まれるのならそれもいいだろうが、こういう時にこそギ・ゾーが居て欲しかった。ドルイド級の中でも、あのゴブリンは万事に気が回るゴブリンであったのに。

 或いはギ・ダーか。次代を担うに相応しい力があった筈だ。探索の技術もさることながら、槍の技術も卓越したものだった。つくづく惜しい。

「愚痴だな」

 ギ・ガーは顔を顰めて、王の元へ向かうゴブリンの選定にかかった。

 いや、一匹いるではないか。統率に優れ、尚且つ信頼のおけるゴブリンが。

「ギ・ヂーはいるか?」

 ギ・グーの薫陶篤いギ・ヂーの統率力は確かに手元に置けば便利この上ない。だが100を超えるゴブリンを王以外で無事に亜人の集落まで連れていけそうなゴブリンといえば、この男しかいない。

「ご用デしょウか?」

 腰に差した剣と身に纏う鎧は歴戦を潜り抜けた頼もしさを感じさせる。そんなギ・ヂーに、ギ・ガーはゴブリン達を移動させる任務を頼む。

「ゴ命令とアラば」

 頷くギ・ヂーを移動の長に任命すると、ギ・ガーは再び訓練を開始させた。ギ・ヂーの不足分は、新たにレア級に上がった者たちに補ってもらおう。

 水術獅ギ・ビー、獣士ギ・ブー、片腕のギ・ベー。彼らを呼び出すと、訓練の指揮をとらせるべく指示をだした。


◆◆◇


 人馬(ケンタウロス)の一族の族長であるダイゾスは、牙の一族がゴブリンの王と接触している時間を使って、己の領地に戻っていた。

 ミドを使って時間稼ぎをしているという後ろめたさはあったが、己の一族が存亡の危急であるという事実を今集落に滞在している、ある人物達に知らせねばならなかったためだ。

「セルシル殿、シュナン殿。おられましょうや」

 旅の垢を落とす暇もなく今、人馬の集落に滞在している人物に目通りを願う。人馬族は、亜人の中でも特に有力な一族だった。揃えられる兵数の数も男女の区別なく戦う一族であるから、やはり多い。蓄えた知識も口伝ではあるが連綿と受け継がれ、膨大な量に上る。

 また妖精族の住まう西方に最も近い領域を有していることからも、他の亜人との力の差があるといえる。そんな自分達に誇りを持ち、且つそうなるべく努力を重ねたダイゾスにとって他人に頭を下げるというのはただごとではない。

「よい、入れ」

 人馬族の集落の中でも最も巨大な族長の家は、今やダイゾスのためにあるのではなく賓客の為に供されていた。

 おずおずと入るダイゾスの視界に二人の人物が映る。

 どちらも驚くほど整った顔立ち。一人は壮年、一人は未だ年若い。それもその筈で、彼らは西にある妖精族の住まう地域から派遣された者だった。

 埃に塗れたダイゾスの姿に、眉を顰めたのは壮年の妖精族。対して青年はダイゾスの様子に何かを感じ取ったようで、早速口を開く。

「一体どうなされた。何か危急の用件でも?」

 目を見開いて驚く若い青年に向かってダイゾスが口を開く。

「シュナン殿、実は……」

「……どうした、ダイゾス。それが我ら高貴なる者の前に罷り出る格好か」

 ダイゾスの言葉を遮ったセルシルは、シュナンと呼ばれた青年を睨む。ここにいる最上位は誰なのか、詰問は自身の職権であるとばかりに。厳しい視線にシュナンは軽く瞼を伏せて黙礼する。

「はっ、高貴なる方の前に出るには不恰好ながら、火急の事態にてお許しください。セルシル殿」

 ふん、と鼻を鳴らした後、セルシルは膝をつくダイゾスを見下ろしたまま口を開く。

「して、何用だ?」

「今すぐこの集落よりお逃げください」

「何? どういうことだ?」

 秀麗な眉をぴくりと動かして、セルシルは再度問い返した。

「我らと牙の一族以外の鉱石の末は、ゴブリンに誑かされました。何れこの集落に攻めてまいります」

 一瞬の沈黙は、その意味が理解できなかった為のものだった。

「……ゴブリンが?」

「はい、東より来たるゴブリンの王により──」

「──馬鹿も休み休み言え!!」

 ダイゾスの忠言は、セルシルの怒りの声に飲み込まれる。

「ですが」

 横から口を出そうとしたシュナンすらも憎悪の対象のようにして、セルシルは怒りを向ける。

「まさかシュナン殿までそのような戯言を真に受けるわけではありますまいな?」

 憎々しげに睨むセルシルは、他の者の言葉を受け付ける余裕を失っていた。

「ゴブリン、ゴブリンだと? 低俗で、下品で、汚らわしい、あのゴブリンがっ!?」

 言葉だけでは怒りが収まらないのか、セルシルは椅子から立ち上がると、首を垂れるダイゾスの前まで、床を踏みつけるようにして進む。

「人間が攻めてきたという方が未だ信用できるわっ! 大方、税の徴収が上手くいかなかったことへの言い訳であろう!?」

「いいえ。決してそのような」

「言い訳は聞かぬ!」

 ダイゾスの言葉を跳ね除けるように宣言すると、セルシルは苛立たしく椅子に座り直す。

「税を払ってもらうまでは、ここを動くつもりはないからな」

 セルシルの宣言に、シュナンは困ったように眉をひそめる。

「……承知しました。では、これにて」

 意気消沈したようなダイゾスの背中に、セルシルの嘲笑が投げかけられた。

「言い過ぎではありませんか? 彼らとて苦しいのです。税とは申しても、それは彼らからの善意。決して強要するものでは……」

 シュナンの言葉に、セルシルは鼻で笑う。

「巡察副使シュナン殿。正使はこのセルシルである」

「はっ、それは承知していますが……」

「ならばっ! 余計な口出しはしないで頂こう。兄君が賢人会議の一人となっているからと、それを嵩に着て職務の妨害をなさるのはやめて頂きたいな」

「決してそのようなつもりで申し上げたのではありません。しかし、これでは」

「亜人など、所詮は間借り人。ならば賃料を払うのは当然。それを要求をして何が悪い」

「セルシル殿! 言い過ぎです」

 ふん、と鼻で笑うセルシル。聞こえないように溜息をつくと、シュナンは立ち上がって外に出る。

「どちらに? シュナン殿」

「外まわりを致してきます」

「ふん、亜人になど媚を売っても仕方あるまいに」

 セルシルの言葉を聞かなかったことにして、シュナンはダイゾスの後を追った。


◆◆◇


「ダイゾス殿」

 慌ただしく集落の者たちに指示を出すダイゾスの背中に、シュナンは声をかけた。

「これは、シュナン殿。先程は失礼を」

「いえ、それはこちらの台詞。セルシル殿の件、どうぞお許しください」

「いいえ。セルシル殿がお怒りになるのも無理はありません。私も最初は信じられぬ思いでした。ですが……」

「事実なのですね」

 馬の足を折って膝をつく人馬族の族長に、シュナンは声をかける。

「はい。あのゴブリンの王は狡猾です。人間への共同戦線を呼びかけることにより我らの危機意識を煽り、武力による揺さぶりと共に言葉巧みに甘言を仕掛けてきました」

「東から来たゴブリンということでしたが、確かオークたちが住んではいませんでしたか?」

 ダイゾスは首を垂れたまま、目の前の青年の知識に畏敬の念を抱いていた。自分たちの周囲の環境のことにまで妖精族の知識は及んでいる。まして、その青年が尊敬する妖精族で、自らの集落を気にかけてくれるというのはダイゾスにとって望外の喜びだった。

「はい、確かに。ですが、最近オークが全く姿を現しません。或いは、あのゴブリンが滅ぼしてしまったのかも」

「それほどの……」

 穏やかな声に怯えが混じる

「はい。ですが、ご安心を。シュナン殿とセルシル殿の身は必ず我らが守ってみせます」

「あまり、ご無理をなさらぬよう。他の鉱石の末の方と争うようなら、我らの身を差し出しても和を請うという手段もあるのですから」

「とんでもない。ゴブリンなぞに御身を渡してしまったら、それこそ先祖に顔向けできませぬ」

「忙しい中をお邪魔をしてしまいました。何かできることがあれば、遠慮なく言ってください」

「何もお構いできず、申し訳ありません。どうぞ、ごゆるりとお休みください」

 首を垂れるダイゾスに促され、シュナンは踵を返した。

「いざとなれば、この身を盾にしてでも守らねばならぬ」

 ダイゾスは固い決意のもと、戦の支度を進めていた。


◆◆◇


 アシュタール王が執務を取るための一室。

 儀礼的なものを一切排したその空間は、今二人の男が詰めていた。

「……緋色の乙女、か。中々評判は良いようだな」

 アシュタール・ド・ゲルミオン。軍事国家であるゲルミオン王国の頂点に座る尊厳王は、報告書に書かれた成果に満足げに頷いた。

「はい。冒険者どもに金をばら撒いた甲斐がありました」

 静かに答えるのは鉄腕の騎士ゴーウェン・ラニード。森での敗北以来、この二人の仲は急速に接近していた。先見の明がある二人にとって森での敗北の重大さと新たに出現した魔物の脅威は、互いに手を取り合わねば乗り越えられないものだと認識させるに十分だった。

 森での敗北以前は殆ど王都に寄り付こうとしなかったゴーウェンだったが、現在は積極的に王に接近していた。いや、せざるを得なかったといった方が正確だ。

 いざ魔物どもとの戦いになれば、王都に存在する兵力を借りねばならない。自身の手持ちの兵力で防ぐだけなら可能だが、それでもいつかは防ぎきれなくなる。

 ゴブリンの繁殖力の高さは、つとに有名だった。他種族の女を攫い孕ませて子孫を増やす。そのため、領内においては女の外出を控えるように触れをだし、警備巡察の頻度も上げた。だが隣接する広大な森から時折湧き出してくる魔獣を見つけるだけでも苦労は多い。

「ふむ、いつ頃モノにできそうか?」

 問われたのは、頭の中にある領内のこととは別のこと。緋色の乙女と二つ名を得る女騎士のことだ。

「北での評判は中々のものです。次は西、或いは南にて名声を得られれば良いのですが」

 思案するように手元の羽ペンを弄ぶと、アシュタールは目を閉じる。

「南だな。両断の騎士の下へ向かわせる。それと首に鎖が必要だろう。甘い鎖でなければならん」

 この国にあの騎士を繋ぎ止める為には何が必要だろうか。

「先ずは親族からですか。情報を集めてみましょう」

「うむ」

 頷くアシュタール王の視線が鋭くなり、ゴーウェンの底を量るように値踏みする。

「それだけではあるまい」

「はい。つきましては植民都市の建設を許可して頂きたく」

植民都市(コローニア)か」

 対征服活動の拠点となる植民都市。戦時には要塞として、平時には政治の中心として、征服すべき地域に根を下ろす拠点の構築。当然莫大な予算と人手がかかる。

 その裁可を求めるゴーウェンに、アシュタールは再び目を閉じる。西からの脅威の高さと、それに応じて力を持つゴーウェンの力量。そして忠誠心。秤にかけるモノは多い。

 そして狡猾な知恵を持った魔物の存在。ゴーウェンの言葉を信じるなら、もはやそれは魔物の討伐などという生易しいものではない。

 魔物との戦争だ。

「……良かろう。幸い北の戦線は嵐の騎士ガランドの復帰により、こちらに有利だ。今しばし攻勢を控えさせても構わぬ。南は雷迅の騎士の抜けた後を、両断の騎士が良く埋めておる」

 東のシュシュヌ教国とは友好が保たれているのは前提の話だ。

 北の蛮族を制圧するには尚、時間が必要だ。雷迅の騎士の抜けた戦線の穴を、両断の騎士が獅子奮迅の活躍を見せて何とか立て直した。一息つけるだろうというのは、この時期のアシュタールの見解だった。

「西に戦のための支度を進め、魔物を蹴散らさねばならん」

 人手と予算があるなら経済が活性化する。経済が活性化するなら人が集まり、税収は上がる。それを戦のための準備に使えば、兵の整備も整うだろう。

 多方面を見据えたゴーウェンの策に、アシュタールも乗った。都市の建設は兵士達を休ませない為の策でもある。同じ訓練だけを繰り返しても、効果は上がりにくいのだ。

 深く広大な森の恵みを、我が手に。

 人間と魔物の戦いは、次なる戦の為の布石を打ち続けていた。



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