親と子
【種族】ゴブリン
【レベル】45
【階級】キング・統べる者
【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《直感》《冥府の女神の祝福》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv45)オークキング《ブイ》(Lv82)
【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》
「本当に行くのか、王よ?」
呪術師ギ・ザー・ザークエンドの言葉に、俺は黙って頷く。
「牙の一族は強い。その中でもミド殿は暴虐の二つ名で呼ばれるほどの猛者。せめて貴君の配下を同行させた方がよくはないか?」
ニケーアも、今回の俺の行動は無謀だと言いたいらしい。
「俺の配下にはこちらに向かってくる本隊を迎え入れてもらわねばならん。ギ・ザーは当然として、他の者にはギ・ザーの手足となって働いてもらう必要がある。故に、今回は俺一人だ」
そう不安げな顔をされると俺も困るのだが。
「王の決定だ。従うとしよう」
ギ・ザーに続いて、皆が引き下がる。
準備といってもこれといってない。
「では、行ってくる」
ミドが指定した北の森は、走れば1日で着くらしい。いま彼の一族が仮の住居を定めている地域に、俺は足を向けた。
◇◆◇
「待たせたか?」
「いや、構わねえさ」
出迎えたのは、瞳を爛々と輝かせて仁王立ちで俺を待ち受けていたミド。後ろに控えるのは彼の一族の主だった者達か。牙を剥き、今にも襲い掛かってきそうな雰囲気がある。屈強といって差し支えない男達だ。はち切れんばかりの筋肉、目の鋭さ、邪魔にならない程度に開いた間隔。どこをとっても一筋縄ではいかない、それなり以上に力のある男達のようだ。
「さあ、こっちだ」
促すミドの後ろ姿に目をやれば、爛々と輝いていた瞳の色よりも更に濃厚に立ち上る怒りの気配。何かあったのか。それとも最初からこれが狙いだったのか。
だが怒りとは妙だな。明確に殺す気があるなら、それを押し殺す筈だ。ここ数日で俺達が牙の一族と接触を持ったことはない。会議で会ったときは確かに俺たちに嫌悪を向けてはいたが、怒りまでは感じなかった。では何故今更?
何にしても、腰に差した剣が必要になるらしい。
惜しいな。味方に引き入れた方が遥かにこちらの優位になったろうに。
剣の柄頭を一度掴むと、握りを確かめてミドの後を追う。
「随分と歓迎されているな」
相手がその気ならこちらにも考えがある。どうせなら相手の矜持を徹底的に刺激してやろう。
「ふん」
「武勇を尊ぶ牙の一族か。立派なことだ」
「……何が言いたい」
「お前たちの武勇とは、多数で一人を嬲って得られるものなのだろう? 片腹痛いぞ」
ミドが歯軋りする音が聞こえる。
会議での様子からこの男が直情型だということは分かっている。ならば、例え一対多数になるとしても精々有利な形で戦えるように工夫せねばなるまい。
王である俺に敗北は許されない。
負ければそれすなわち、ゴブリンの種族としての敗北。俺の敗北が、ゴブリン種族全体の敗北と直結しているのだ。
そこまで考えて俺は口元を歪めた。なるほど、今になって思い当たるとは俺も考えが足りないな。素直に護衛を頼むべきだったか。
出発直前にギ・ザーやニケーアの言葉に従わなかった己を一度嘲笑すると、歩み続けるミドの後に続く。
しかし、中々我慢が続くことだ。
先ほどの挑発にも頑として答えず、この男は俺に襲い掛かってこない。この男の直情を抑えるだけの怒りが俺に向けられているのだろうが……何をした?
理由が分からず襲われるのは、どうにもしっくりこないな。
「着いたぞ。外道め」
通されたのは辺りが草地になっている場所だ。この場所だけ何故か巨大な木が無い。藪に隠れた周囲を見渡すと、がさりと音がして目の前の藪が揺れ、出てきたものに俺は瞬時に身構えた。
──灰色狼っ!?
「その反応を見る限り、知っているようだな」
脳裏に去来するのはあの番との死闘。当時デュークだった俺の、死力を尽くした戦いの記憶が蘇る。
目の前にいるのは、あの狼ではない。かつて戦い打倒した筈の強敵の影を振り払う。
──あろうはずがない!
さらに周囲の藪が揺れたと思うと、次々に姿を現すのは大小様々の灰色狼だった。
「我らが友だ。さあ、てめえの審判を任せるぜ。どうせ死刑以外はねえと思うがなァ」
後ろに下がるミドの哄笑が聞こえる。
俺も甘い。
裏切られる可能性を出発前まで微塵も考慮していなかった。それは亜人に対する信頼であり、ニケーアの態度を見て決めたことだったが、種族が違えば裏切りに対する嫌悪感も違うということか。俺を罠に嵌めて嬲り殺さねばならない程こいつらが憤っているのは、やはり目の前の灰色狼が原因か。
──ならば。
ならば、受けて立とう。
俺はあの灰色狼を破った時に確かに誓いを立てた。如何なる者の挑戦も、王として受けねばならないと。
「グルッルゥゥゥゥ」
一匹の片目の灰色狼が前に進み出る。寄り添うように左右に2匹、群れの中でも一際体の大きなものが俺の前を塞ぐ。これが群れの長だろうか。ならば、こいつを斬り殺して活路を開くのみ。
包囲が僅かに縮まり、圧迫感がいや増す。
と。
「ウォオオオン!」
包囲の輪の中に飛び込んで来た小さな姿。
俺と群れの長の間に小さな影が降り立つ。
「シンシアか」
唸り声を上げて前方の狼を牽制するシンシアの姿。数日姿が見えなかったから心配していたが、無事だったのか。だが、良い事ばかりでもない。シンシアを連れてこの包囲を突破できるか?
頭の中で計算していると、包囲の輪の圧力が弱まった気がする。
「お嬢!?」
素っ頓狂な悲鳴を上げるのはミドだった。
お嬢? 誰のことだ。まさかシンシアか。どういうことだ!?
状況を把握できないまま、唸り声をあげるシンシアが前に出る。止めるべきか。
◇◆◇
『何のつもりだ幼き牙』
『一晩考えたよ。考えて、考えたけど……お父様はやっぱりお父様だ。私はお父様の子供で居たい!』
『お前、一夜にして我らの言葉を……だが、この者は我らの長を倒した者。いま仇を取らずにいつ討ち取る!』
周囲の者たちはシンシアと獰猛なる牙のやり取りを注視していた。幼く小さなシンシアの上げる声は、何故こんなにも胸に響くのだろう。
思わず頭を垂れたくなる響き。賢明なる大牙を直接知らないものでも、そう考えてしまう。これが群れで一番強い筈の獰猛なる牙が、未来を託した血統なのだと。
強く賢く響く声。
『ならば、力で押し留めてみよ。仇を前に、最早我が牙は耐え切れぬ!』
獰猛なる牙が一歩前に出る。
『お父様に指一本でも触れるなら、私は絶対に許さないっ! ゴブリンの王たるお父様とレシアお母様の子としてお前には負けないっ!』
『哀れな! ゴブリンなぞ我らの親になりえぬと分かっていながら……!』
2匹が同時に繰り出したのは、疾風を超える一撃。自身の体を風として相手の体を吹き飛ばすべく、互いに衝突する。だが当然、質量の重い方が有利。獰猛なる牙の一撃に、真正面から立ち向かったシンシアは吹き飛ばされる。
空中高く吹き飛ばされるシンシアは、だが空中で器用に体を捻ると四足でもって着地。再び、疾風のごとき体当たりを敢行する。
『無駄なことよ!』
その体当たりを真正面から弾き飛ばす獰猛なる牙。倒れるシンシアに更に追撃、前脚を振り上げ、振り下ろす。群れの中でも一際大きな獰猛なる牙の一撃は、地面を揺らす程の一撃だ。それがシンシアの顔の横に叩き付けられる。
『力の差は歴然。諦めよ。お前を傷付けたくはない』
それは確かに肉親の情を感じさせる暖かさを持った言葉。だが、心の中に入り込んでしまいそうになるその言葉に、シンシアは噛み付いた。
『嫌だ! 私がお父様を守るんだっ!』
噛み付かれた前脚を振り上げると、シンシアの体ごと今度は地面に叩き付ける。
叩き付けられるたびに悲鳴を上げるシンシアの体と、それを噛み殺す精神。だが噛み付いていた牙もとうとう緩み、シンシアの体が地面に放り出される。幾度もの衝撃に幼生の体では抗うだけで精一杯だったのか、動きのないシンシア。
『……おのれ、ゴブリン。我が血筋を我が手にかけさせおって』
怒りに燃える獰猛なる牙がシンシアに背を向け、ゴブリンの王に向かおうとしたその時。尻尾に違和感を覚え、振り返る。
『お父様に近づくなっ!』
力の差は歴然の筈だった。だが一瞬の油断、それを突かれてシンシアに尻尾ごと持ち上げられ、投げられてしまう。その失態に、獰猛なる牙が怒り狂う。
『優しくすれば付け上がりおって!!』
疾風のごとき体当たりから、獰猛なる牙の名前の通り灰色狼の強靭なる毛皮を切り裂く牙がシンシアに突き立つ。身を捻って後退するシンシアに、執拗なまでに攻撃を仕掛ける獰猛なる牙。
段々とシンシアの体には傷が刻まれていく。出血は体力を奪う。幼いシンシアならばその消耗はあまりにも早く訪れる。
噛み合わされる上下の牙から逃れようと体を捻るが、完全には躱し切れず、前脚に傷。出血するのも構わず、後ろに跳躍。更に追い討つ獰猛なる牙を前脚で牽制するが、それを全く意に介さず獰猛なる牙が前に出る。
「シンシア!」
叫んだのはゴブリンの王。流石に我慢が出来なくなったのか、腰から抜き放った剣を構えて、戦う2匹を窺う。
『来ないで、大丈夫だからっ!』
意味は分からなくとも意志の疎通はできる。シンシアの力強い声に、ゴブリンの王は一度顔を歪ませて剣を地面に突き立てた。
「もしシンシアに万が一のことがあれば、貴様らを徹底的に狩り尽くすぞ!」
天地を喰らうほどの咆哮を上げる。恫喝に似たその声は、周囲の狼と背後のミドを怯ませた。だが、その中で戦う2匹には影響が殆どない。それ程までの集中力をもって2匹は戦っていた。
最早相手が幼子だからといって、獰猛なる牙に油断をしている余裕はない。牙を交わすたびにシンシアの一撃が鋭くなっていく。賢明なる大牙の偉大なる血筋が、眼前の小さな狼にも確かに流れている証明だった。
その偉大なる血筋が、己の前に立ちはだかっている。嘗てその背を追った従兄の幻影が今、眼前に立ちはだかっているッ!
頬に走る熱。擦れ違いざまにシンシアの牙が頬を掠ったらしい。灰色狼の毛皮を引き裂く程の切れ味。目の前にいるのは満身創痍の幼き牙の筈だ。
だが少しでも気を抜けば、己が負ける幻想に取りつかれる。
まるで目の前にいるのが、偉大な従兄であるかのように──。
『有り得ぬ、有り得ぬわっ!』
満身の力を込めて自らを苛む幻影を振り払うかのように、喉首を狙い──。
直後顎の下から伝わった衝撃に、思わず蹌踉めく。
反転する意識の中で嘗て追った偉大なる牙の雄姿が、目の前の小さな姿と重なっていた。
獰猛なる牙を下したシンシアが、よろよろとゴブリンの王の下に近寄る。片膝をつき、出迎えるゴブリンの王。その少し前まで来たときに、ふっと上体を起こして彼女が二本の足で立ち上がり、よろよろと王に近寄る。
『お父様……私、私ね!』
倒れかかるそれを、王の手が支えた。
「……愚かなことだ。何故そんな真似をする。そんな真似をせずとも、俺はお前を捨てたりはせん」
優しく抱き上げると、その傷を愛おしげに撫でる。
目を細めるその顔は凶悪なゴブリンとはかけ離れた慈父のもの。
気が緩んだのか、シンシアはその場で眠りに落ちる。極限の集中と、眠れぬ夜を過ごした影響だろう。そんな中、一匹の灰色狼が群れから進み出る。
◇◆◇
片目の潰れた狼が前に出ると唸り声を上げる。
次の相手はコイツか。よくもシンシアを甚振ってくれたものだ。返礼はしっかりとせねばなるまい。剣に手をかけようとしたところで、ミドが素っ頓狂な声をあげる。
「え、長老がそう言うのなら友の名にかけて行うが」
煮え切らぬ声を上げるミドが、俺に話の矛先を向ける。
「おい、ゴブリン。長老が話があるらしい。今から俺の言葉はそこの我らが友の長老の言葉だ。よく聞きやがれ」
背後のミドの声に、殺気はない。牙の一族は灰色狼と意思の疎通ができるらしい。
「ゴブリンの王よ。貴方は東から来られたと聞いた。そこに我が一族の者が赴かなかっただろうか」
目の前の灰色狼が唸り声を上げると、背後のミドから声が聞こえてくる。
「かなり前になるが、灰色狼の番と争ったことがある。それのことだろうか」
「今の貴方がある、ということはその番は」
「一匹は俺が葬った。残る一匹はこの子らを産んでそのまま果てていた」
ミドの声が震えているのは目の前の狼の感情故か、それともミド自身の震えなのか。
「成程。では貴方は息子の仇で、孫の恩人というわけか」
仇討ちか。灰色狼にそんな感情があるとは思っていなかった。魔獣としか考えなかったものが、意志と仲間を思う気持ちを持っていたとはな。
「……何か、何か息子の形見となるものはあるだろうか?」
俺は鎧の隙間に入れている灰色狼の毛皮を取り出す。ぼろぼろになった毛皮。そして、シンシアとガストラを産んで果てた番の分だ。
片目の灰色狼はゆっくりと目の前に進んできて、目の前の毛皮に鼻を突きつけた。
「……感謝する。息子は雄々しく戦って逝ったのだな」
「ウォォォオオオォォンン!」
悲しみを叫ぶかのように、目の前の灰色狼が高く遠吠えを上げる。
呼応するように、周囲の狼立ちも遠吠えを上げた。
まるで天高くにいる筈の、異郷にて果てた一族の長に届かせるかのように。
◆◆◇◇◆◆◇◇
シンシアのレベルが上がります。
45⇒1
【個体名】シンシア
【種族】グレイウルフ
【レベル】1
【階級】成体・群れの後継者
【保有スキル】《疾風怒濤》《突進》《偉大なる血脈》《獣王咆哮》《草原の王者》《獰猛なる牙》《賢狼》
【加護】《知恵の女神》
【属性】なし
【状態】ゴブリンキングに従属
《疾風怒濤》
──咆哮を上げると同時に加速することができます。
《突進》
──体をぶつけて相手を吹き飛ばします。
《偉大なる血脈》
──成長速度が上昇。
──同種の魔獣に対して魅了効果。
《獣王咆哮》
──自身よりも弱い敵に対して威圧効果を発揮します。
──咆哮により自身の力を一時的に引き上げます。
《草原の王者》
──草原で回復力増大(小)
──下位の狼又は犬種を率いることができます。
《獰猛なる牙》
──攻撃力が増大。(小)
《賢狼》
──同種同士での意思疎通が可能になります。
──異種同士での意思疎通が多少可能になります。
◆◆◇◇◆◆◇◇
一足先にシンシアは大人への階段を上りました。
一方ガストラは……まだまだ甘えたい盛り。