閑話◇シンシアの冒険Ⅰ
累計PV900万HITおよびお気に入り登録7,000超え、さらに、総合評価24,000超えということで、以前から要望のあったシンシアのお話。
いつもの雰囲気とは多少違うかもしれませんが、どうぞお楽しみに。
【個体名】湖畔の淑女
【種族】グレイウルフ
【レベル】45
【階級】幼生
【保有スキル】《疾風の一撃》《突進》
【加護】なし
【属性】なし
うぅぅ……。
ううぅ。
「グルゥゥ……」
お父様の前で、恥ずかしい所を見せてしまった……。
なんでもないことのように頭を撫でてくれたけれど、思わず尻尾も振ってしまったけれど……。なんで最後の最後で、あんな手にひっかかってしまったのか。ひっくり返った蟹を見たら思わずべちってやりたくなったのだ。
べちって。
ううぅ。
これじゃガストラの馬鹿を笑えない。
いつも抜けてるアイツはお姉ちゃんである私が、しっかりと守らなければならないのにっ!
どうしようかなぁ~。お父様は八本足と会議で、いないし。
う、ん?
鼻に付くこの臭いは、お仲間?
大丈夫だよね、お父様忙しいし。
おお、すごい速さで二本足で走ってる。二本足で走る方法知ってるかもしれない! そうすればもっとお父様に近づけるかも。
枝を蹴って、草木の間をすり抜けて、二本足のお仲間の後を追う。
あれ、どこいったんだろう?
「……何かついてきやがると思ったが、こいつは」
いきなり首をつかまれて持ちあげられる。
わっぷ!?
やめろこらー!
「ぐるぅぅ」
「おう、すまねえ。レディに対する扱いじゃなかったな」
れ、れでぃ!?
「ワォオン!?」
やんわりと大地に下ろされる。やっぱり足が地面を捉えているのは安心するものだ。
「おう、身なりは小さいが立派なレディだ」
ううむむ、れでぃなのか私は!
「それで友よ。まずは名前を教えてもらいてぇ。俺ぁミド。牙の一族、“暴虐”のミドだ」
ミドか。見どころのある奴だ。
丁寧に頭を下げる態度も悪い気はしない。名前ぐらいはいいかなぁ。
「ワオォン!」
シンシア!
「おう、なるほど。友の名はシンシアか。中々変わった名前だな。名付け親は長老か?」
うぅん? さっきから長老って誰だろう。緑の皺くちゃなアレかな。
「ワォン!」
お父様だ! 湖畔の淑女という意味だそうだ。
「おう、父上か。なるほど、中々の賢き牙だ。一度お目にかかって教えを請いたいもんだが……」
教え……あ、そうだ。
「ワオン!」
二本足で走る術を教えてほしいのだっ!
「何? 二本足で走る術か。ううむ、シンシア嬢は中々難しいことを望むな。だが、どうしてそんなことをしたい? 友よ、四足で走る方が速いであろう?」
思わずしゅん、と耳が垂れ下がってしまう。尻尾もくにゅーんだ。お父様の真似がしたいなんて笑われるだろうか。
「わぉん……」
秘密なのだ。
「秘密、か。うぅむ。友よ、こう見えても俺ァ約束は破らん男だ。その秘密を俺にだけこっそりと教えてくれねえか? 二本足で走る秘訣ってのを教えるにしても、理由も分からず教えるのと、理由が分かって教えるのじゃ効果が違うかもしれねぇ」
そんなものなのか。うーん、でもどうしようかなぁ。
「わぉん?」
誰にも言わない? 絶対に?
「勿論だ。牙の一族の長たる信義に賭けて誓うぞ。友よ……シンシア嬢は幼い故、知らんのかもしれんが、我ら牙の一族は友の一族とは同胞と言っていい間柄だ。友に恥をかかせるなんてことは絶対にしないと誓う」
それじゃちょっとだけいいかなぁ。
「わぉん!」
お父様が二本足で走るのだ。お父様に近づきたいのだ。
「……」
あれ、難しい顔をして黙りこんでしまった。確かに喋らないと言ったけれど、私にも喋らないとどうやって二本足の走り方を教えるというのだ。
「友よ……。少し俺と付き合ってくれねぇか?」
うぅん、お父様のところ帰らなくても大丈夫かなぁ。段々日暮れになってきてるし。
でも二本足の走り方わからないままじゃあ……。
「俺の思ってる通りなら友よ。コイツを逃せば友の幸せってやつがやってこないかもしれん」
なに!? そうなのか。やっぱりこれが最後の機会なのか。
「ワオン!」
行くぞ、私は!
「おう。そう来なくっちゃな。肩に乗れ、麗しき友よ」
お父様の肩に飛び乗る要領で、ミドの肩につかまる。
「振り落とされるなよ」
もちろんだ。
「ワォン!」
◇◆◇
速いぞ! ミドは四足の方が速いと言ったけれども、これほど速く走れるなら二本足でもいいのではないだろうか。
「お嬢、もうすぐ着くからな」
「ワォン!」
うん!
体を撫でる風が気持ちいい。尻尾もふふーんだ。
それにしても結構遠くへ来てしまったな。帰る時はまた送ってもらおう。自分で帰れないこともないけれど、帰るとなったら結構時間がかかりそうだ。
お父様に……叱られないよね? もし叱られそうになったらミドを盾にしよう。うん、そうしよう。
「ウオォォオン!」
遠吠えに、どきっとする。なんだか胸の辺りがぐずぐずする声だ。
「お嬢到着したぜ」
ん? 着いたのか? でも何もないように思うんだけど。
「牙の一族ミドが、友に会いに来たァ!」
耳元で大声を出されて頭がくらくらする。慌ててずり落ちそうになるのを爪で引っ掻きながら避ける。落ちたらどうするんだ!
抗議を込めて唸るけれど、ミドは視線を前に据えたままだ。
れでぃを無視とは、良い度胸だ! 噛みついちゃうぞ!
がさりと、茂みが揺れる。驚いて前を見ると、そこには大きな仲間がいた。
初めて見た。
「グルゥゥ」
ミドの肩からぴょんと、飛び降りる。
ゆっくりと歩む足取りは大きくて、見上げる私を上から覗き込む。
『……どこの娘だ』
頭の中に直接響く、その声が目の前の仲間からの声だった。
う、うぅ? どうしたらいいのだ?
「グルゥゥ」
お父様の子供だ!
「獰猛なる牙よ、この友を知っていようか?」
ミドの問いに灰色狼が首を振る。
「だとすれば、この娘ははぐれ者ということになる。ここより南の蜘蛛脚人の集落近くで見つけたのだ」
『父親の名は? 母親の名前は? お前の名前は?』
偉そうな奴だ!
「グルゥゥ」
お父様はお父様だ! お母様はレシアお母様! 私はシンシア!
知ってるよね? とミドを振り返るけれど、ミドはなんか涙をためてこっちを見てる。
え? なに? 私ミド泣かせちゃった?
『我らの名ではないな』
「やっぱり、このお嬢は……」
『何者かに拾われて育てられたと言うことだな。誇り高き我らを家畜として扱うとは』
獰猛なる牙と呼ばれた目の前の灰色の狼が、牙を見せる。
うぅ、なんだか怖いぞ!?
「……ここいらで、我らの友にそんなことをする奴はいねえ。それは俺達との全面戦争を意味するからだ」
涙を乱暴に拭いながら、ミドは言葉を続ける。
え? ミド泣いたから、目の前の狼が怒ってるの?
私のせい? え?
「だが、最近ここいらに姿を見せた奴がいるッ! あのゴブリンどもだ……」
ミドの牙がなんか伸びてる。あれ、なんか体も大きくなっているような!? なんで!?
『ならば結論は自ずと出よう』
「……許さんぞッ!! あのケダモノ共めェ!」
ミド凄い迫力だ。耳もぴんぴん、尻尾もぎゅんぎゅんだ。
「一匹残らずぶち殺すッ! 我らが友を愚弄した罪は、万死に値するッ!! ゴブリンどもがッ!」
ん? ゴブリンってお父様たちのことか?
「ウォォン!」
だめだぞミド! お父様大好き! お父様強い! だからミドだめだからな!
「大丈夫だぞ、お嬢。俺も強い……俺は牙の一族で最も強き者、暴虐のミドだッ! だから少し待っててな!」
背中を向けるな、ミド!
おい、どこへいく!?
『落ち着け、友よ』
目の前の灰色狼が声を発する。おぉ、よかった止めて止めて!
「これが落ち着いて居られるか! 俺ァ今すぐにでもあのゴブリン共を」
『なればこそ、我らも共にと言っている』
一瞬ミドの動きが止まった。よし、今の内にミドを止めなきゃ。
「ウォォォォン! 嬉しいぞ友よ。そうだ、朋友の仇は、全員の仇だ。そういえば、ここに三日後に来るように指名してたんだ。よし、いいぞ。皆殺しにしてくれる」
えぇ!?
敵じゃないか!
「獰猛なる牙よ。勝手な願いとは思うが、このお嬢を頼めるだろうか。本来の俺達の生活の中で、本当の自分を取り戻せるように、頼めないか?」
『友の頼みだ。請け負うぞ』
「ありがとう、友よ! じゃあなお嬢、お前の屈辱は俺が晴らしてやるッ!」
驚いて止める間もなく、ミドが走り去る。
ま、待てミド!
『さて、行くか。長老に挨拶をするぞ、幼き牙』
いや、私は帰るッ!
『抵抗するか、生意気なことだな』
首根っこを掴まれて運ばれる。
私の抵抗なんて、ほとんど意味をなさなかった。
閑話で2部構成、さらにラストは本編に食い込む形に。今までやっていない構成なので、お試しという形で。