八旗会議
【種族】ゴブリン
【レベル】45
【階級】キング・統べる者
【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《直感》《冥府の女神の祝福》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv45)オークキング《ブイ》(Lv82)
【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》
揃った面々は凡そ人間からかけ離れた者達ばかりだった。
蜘蛛脚人のニケーア、土鱗のファンファン、翼有る者のユーシカは既に見知っていたが、次々に告げられる名前とその個性は流石に亜人というところか。
牙の一族のミド。狼の牙と全身を覆うのは犬のような体毛。俺を睨み付ける視線は会議の前だというのに臨戦態勢に近しい。ニケーアからの情報通り、ゴブリンに対して嫌悪感を隠そうともしていない。
長尾の一族の族長タニタは、二つ首と二つの尾を持つリザードマンだった。半身を甲殻類のような外骨格に覆われ、半身はつるりとした両生類のソレだ。俺達に対してはあまり良い感情を抱いていないようだった。
甲羅の一族のルージャー。先日出会った老人だったが、背に甲羅を背負う者達の大半は彼らの眷属なのだそうだ。ルージャー自身は草むした甲羅から手脚を出した小柄な亀の亜人。俺達に対しては露骨ではないが、避けるような節がある。
人馬の一族のダイゾス。亜人の国を願ったグルフィアを輩出した一族だけあって、力は強く賢い一族だったが、今代の族長であるダイゾスは牙のミドと似通った力の信奉者であるらしい。俺達に対しては好意的ではない。
最後に牛人の一族のケロドトス。大柄な体格と農耕牛というよりは、野生のバッファローを思わせる外見。天を衝くような2本の巨大な角は、俺の角の2倍はあるだろう。ぎょろりと俺を見下ろす視線は歴戦の武士を連想させるが、口に出した口調はゆっくりとしたものだった。
「なんでぇ~、ゴブリンがいるんだぁ~」
間延びした口調から肩に担いだ大斧を俺に向かって振り下ろそうとしてくる。慌てて止めに入ったニケーアがいなければ俺を叩き潰すつもりだったらしい。口調に似合わず短気な奴だ。
その全員が八旗の会議の場に顔を揃えたのは、ユーシカの言葉の通り8日後だった。
「先ずは遠路遥々来てくれた鉱石の末達に感謝を。招集をかけたものとして私が会議を取り仕切る。依存のある者は挙手を」
ニケーアの言葉で始まった会議は、最初から荒れ模様だった。
「なんで、ここに薄汚いゴブリンがいるんだ! アぁ!?」
語気も荒く、足を踏み鳴らして俺を睨むのは狂暴と名の通った牙の一族ミド。
「誇りある我々の会議にゴブリンなどを侍らせるとは! 気でも違ったのか!?」
人馬の一族ダイゾスが追従する。
この二人程ではないが甲羅の一族のルージャーはうんうんと頷きを返し、長尾の一族のタニタは二つの首を考え込むように捻っている。面白そうな目を向けているユーシカと何を考えているのか分からないケロドトスとファンファン。
孤立無援といった状況のニケーアだったが、俺が口を出すわけにはいかない。余計に場を混乱させるだけだ。
「今日の議題は二つだ。一つは共和国のこと。そしてもう一つは東からの脅威のことだ。彼はここより東のゴブリンの国を統べる王。東の危機を知らせてくれた恩人だ。粗相をしては、それこそ我らの誇りに傷がつく」
疑わしげに俺を見るのはほぼ全員だったが、ファンファン辺りは驚いているようだったし、ユーシカは、やはり面白そうに口元に微笑を浮かべながら成り行きを見守っている。
「共和国は、まぁいいとして……東からの脅威ぃ? 大方ゴブリンの浅知恵だろうよ」
「俺も牙のミド殿に同意だ。信用する方がどうかしている!」
鼻息の荒い二匹の亜人が俺に嫌悪の表情を見せるが、ユーシカの言葉に全員が黙り込む。
「残念ながら事実です。皆様方がきっと疑問に思うだろうと、ニケーア殿から報せを受けたと同時に東に一人派遣しましたところ……確かに以前よりも森が浸食されています」
「強ち嘘でもない、ということか」
タニタが二つの首で左右を見回しながら言葉を口にする。
「だが、だからと言って!」
「おらぁ~、人間嫌いだぁ~」
ケロドトスの言葉に、ファンファン以外の者は眉を顰める。
「だからと言って、このゴブリンに協力するかは別問題だろう!」
人馬族のダイゾスの言葉に、ルージャーは口の端を吊り上げた。
「そうだな……だが我ら独自の国作りは頓挫したままだ。時間はあるのかね?」
眠たげな瞳の奥から射るような視線を向ける。
「人間側の様子は探っておりませんので分かりかねます」
しれっとしたユーシカの言葉に、ミドが唾を吐く。
「役に立たねえな!」
「あら、踏ん反り返るだけで息をするのも無駄な貴方よりは随分とマシじゃなくって?」
「何だと貴様っ!」
沸点の低い牙の一族の族長が立ち上がる。
「嫌だ嫌だ。これだから犬は嫌いだわ」
ふわりと羽を広げると俺の横に寄り添うユーシカ。
おい、俺を巻き込むつもりか?
「こちらのゴブリンの王様の方が余程頼りになるし、有益よ。少なくとも、他人に要求をするばかりの何処かの誰かさん達よりはね」
「俺がそこのゴブリンに劣るっていうのか!?」
猛烈な殺気の籠った視線が俺を射る。
「やめよ!」
場を制したのはニケーアの一喝だった。
「双方とも、客人の前だということを忘れているのではないか?」
肩を竦めるユーシカと、舌打ちをして席に座り直す牙の族長ミド。
「それに問題はまだある。こう言っては何だが、グルフィアの亡霊が未だにここいらを彷徨っているのだろう? あれをなんとかしなければ共和国も何も絵空事ではないのかね?」
甲羅の一族のルージャーの言葉に、人馬の一族のダイゾスは苦渋に顔を歪めた。
「いや、それなら問題はない」
「何故だ。あれはかなり厄介な存在。簡単には……」
「ここに居るゴブリンの王が討ち果たしたからだ」
「なんっ!?」
ほぼ全員の視線が俺に集中する。取り敢えず偉そうに胸でも張っておけばいいのか。
「単独でそれを成し遂げた武勇は本物だ。私が証人となる」
「恋の力だな……恋の」
もごもごと小さな声で呟くファンファンの言葉は騒めきに消し流された。
「馬鹿なっ! 我らが一族の精鋭をもってしても討ち果たせぬ者を、ゴブリン一匹が!」
「事実だ。それとも気高き鉱石の末たるダイゾス殿は我が言を疑うのか? それは赤き鉱石の末たる我らをも侮辱する発言だぞ」
鋭い眼光を向けられてダイゾスは悔しげに顔を歪める。
「それが真実なら、障害が一つ減ったことになるが」
未だに信じられないような顔で双頭のタニタが俺を見る。
「ゴブリンの王は東からの脅威の報せと共に、一つの提案を我らに持ってきた」
自然と視線が俺に集まる。こういう時、無駄に迫力のある顔は便利だ。
「同盟。少なくとも対人間に対しての共同戦線の申し込みだ」
ニケーアの言葉に、やはり族長たちは騒めく。予想は出来たのだろうがそれが実際に一つの有力な亜人の一族から提案されると、動揺せずにはいられないのだろう。
「ゴブリンの王は我ら鉱石の末全てにとの申し出だった。皆の意見を窺いたい」
ニケーアの問いに、互いに顔を見合わせる族長達。
「……幾つか質問があるが、宜しいか?」
甲羅の一族の長であるルージャーが俺を見る。
「もしその提案を蹴ればどうするつもりかね?」
「……俺は敵となる者に容赦するつもりはない。後顧の憂いは絶たせてもらう」
集まる視線を全て睨み返すようにして、俺は告げる。事此処に至って生半可なことを言うつもりはない。亜人には選択をする権利がある。自らの運命を決める権利が奴らにはあるのだ。
俺と対立し、己が道を行くのか。
俺と共に人間と戦うのか。
その二つの道が奴らの前に示されている。選択を間違えれば死ぬというのは普段の狩りでも変わらない。そして族長の名を負う者ならば、言葉一つで自らの一族を巻き込むことになる。
「返答を賜りたい」
驚いた様子でこちらを見るのはニケーアも同じだったが、彼女は早々に答えを出したらしい。
「我ら赤き鉱石の末は、その提案を受ける」
ルケノンから伝わった情報は確かに彼女に届いていたらしい。他の族長たちに先駆けて発言することにより、主導的な立場を取りたいという目論見もあるのだろう。
「ゴブリンの王様。対人間の戦いに協力するのは良いとして、それは戦う者を差し出さねばならないということかしら? 例えば私のように、商売をすることで貴方の役に立つことも出来るでしょう?」
「無論、兵力を差し出してもらわなくとも構わない。その一族の力を我らに貸してもらえればそれ以上は望まない」
「そう。なら翼有る者も、その提案を受けましょう」
「ファンファンも同じだ」
最初に衝撃的な提案を行い、その後で若干与し易いような条件をつけてやることにより、同盟を組むということに対する心理的なハードルを下げてやる。
族長たちに俺が突き付けたのは、どちらの道を選んでも戦争へと突き進む道。人間かゴブリンか。その選択肢において、いくら人間憎しの感情があるとはいえゴブリンに味方するのは彼らの誇りが邪魔をするのだろう。
だからそれを解してやる必要があった。
「少し時間を貰いたい」
長尾の一族の長であるタニタは、二つの首を曲げて唸る。
「儂も同じだ」
それに続くのは甲羅の一族のルージャー。難しい顔をして黙りこむ彼らに、即決を迫りたい俺は更なる手札を切る。
「ならば期限を定めさせてもらおう。人間達との戦までには猶予がない。協力してもらえるのなら速いに越したことはない」
「一族を説得せねば……せめて往復分を含めて20日欲しい」
「話にならぬ」
一蹴する俺に、彼らも応じない。
「だが、それではっ!」
尚も抵抗をしようとする彼らに、俺は首を振る。
「貴君らは一族を担う者だ! 故に族長、故に一族の長! 考える時間が欲しいと言うのなら、己の裁量で考えれば良いではないか」
言葉に詰まる彼らに、尚も俺は続ける。
「期限は3日だ。それまでに答えを出してもらおう」
黙り込む彼らを尻目に、未だ返事をしない3人に視線を向ける。
「おらぁ~難しいことさ、分からんだぁ~。皆んなが良いなら良いんじゃねぇっかなぁ~」
頭を掻きながら、厳しい視線を向けるケロドトス。
「……グルフィアを止めてくれたことは感謝せねばならん」
口を開いたのは人馬の一族を率いるダイゾス。
「だが、やはり……我らはゴブリンと同盟は組めぬッ! そうであろうミド殿!」
「……俺は一度グルフィアと戦ったことがある」
激するダイゾスとは打って変わり、ミドは据わった視線を俺に注ぐ。先程までの矢鱈周囲に撒き散らすような殺気は既に無い。
「ミド殿?」
「ダイゾス殿、我ら牙の一族は強者を尊ぶ。もしこのゴブリンが本当にグルフィアを倒したのなら、同盟の話を受けても良いと考えている」
「ならば……牙の一族は提案を受け入れるのだな?」
ニケーアの言葉に、ミドは俺に視線を据えたまま口を開いた。
「一つ条件を出したい」
「条件?」
「我ら牙の一族は狼を友とする。彼らの瞳は真実を見抜き、時に我らより正確に獲物の位置を知らせてくれる。ゴブリンの王よ……。お前が本当に東の王であり、我らと同盟を結ぶに値する者であるならば、我らの友がその答えを示してくれる筈だ」
立ち上がるミドとダイゾス。
「三日後に北の森に来てくれ。ゴブリンの王よ」
牙の一族の族長はそう言って立ち去り、ダイゾスは忌々しげに無言で退出した。
次回はシンシアの冒険をお届けします。