緋色の乙女
【種族】ゴブリン
【レベル】45
【階級】キング・統べる者
【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《直感》《冥府の女神の祝福》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv30)オークキング《ブイ》(Lv82)
【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》
会議が参集される日までを狩猟とニケーアとの話し合いに費やしていた。
ニケーアとの話し合いで主に俺が提案したのは、ゴブリンの通行の自由だ。元々東から勢力の拡大を図るゴブリンは、西に住む者達と接触なしに妖精族への道を維持することはできない。
或いは人間との戦争の際に、糾合できる兵力として亜人の力を当てにしていると伝えることも大事だった。口に出した表現はもっと穏和なものだったが、人間達の脅威を説き、亜人の国を作る為には人間の脅威を取り除かねばならないと説得する。
日々浸透する人間の勢力、削られる森と勢いを増す人間の国々。
声高に危機を強調してみせるのは単に彼らの危機意識を煽り、俺に協力をした方がいいというメリットを説くためだ。
話を進めるうちにニケーアの表情には余裕がなくなっていく。彼女らが人間と刃を交えたのはそれこそ不意打ちでジェネにやられたことを除けば、ここ100年程無いのだそうだ。
東の森を抜けた人間の一群と戦ったのが凡そ100年前。その時は亜人の力を結集できずに、敗北を重ねたが最終的には勝利を収めたらしい。
それ以上の脅威が東から迫ってきている。
俺達ゴブリンがいなければ直ぐにでも彼らはここまで来るだろう。
俺が口にするのは予想でしかないが、恐らく実現する未来だ。森の開拓へ意欲を示す人間の勢力に優秀な指揮官。近い将来、必ず奴等は豊富な森の恵みを奪いにやってくる。
「……俄かには信じ難いが」
「ならば人を派遣し、東の現状を知るがいい。我らが人間と刃を交えたのはセレナも知っている」
ここで敢えて亜人の尊敬する妖精族のセレナを同席させ、証人とする。
「間違いないのか?」
頷くセレナに、ニケーアは眉を顰めた。
「我らは何十年という月日を掛け、種族の溝を埋めようとしてきた。そうでなくば反発を生むだけなのだと。だが人間の力はそれを許してくれないのだな」
悲しげに呟いたニケーアは思案するように眼を閉じる。
「ゴブリンの王よ。貴方は我らに何を望む?」
決意の篭った視線が俺を射る。
「俺は自らの王国を作り上げる。その為に貴君ら鉱石の末の力を借りたい」
「……尖兵となって、己が王国の為に尽くせと?」
「轡を並べて友となる道もあるだろう。少なくとも俺は貴君らを滅ぼすつもりはない。俺の望みは人間を打倒し、国を築くことなのだからな」
「少し、考えさえてくれ」
人間勢力の伸長は、彼女達にとって避けて通れない危機だ。俺の提案を蹴って独自に亜人の力を結集できるという可能性もなくはないが、限りなく少ない。
──グルフィアの夢は潰えた。
かつて亜人だけの共同体を作ろうとした人馬族の男は、人間の手によって妄執の炎に焼かれ自らを焼き尽くした。それ以来結束を失いつつある亜人達の集落。
それを前提に、東から強力な力を持った俺達ゴブリンが台頭してきている。
彼女にとって力がある隣人とは、亜人ではなく俺達だ。シュメアに対して見せたあの人間に対する憎悪が彼ら亜人の共通の認識であるなら、人間に膝を屈することはまず許されない。
だとするなら頼るのは結束を失いつつある亜人か、それとも俺達か。
明晰な思考をするニケーアなら自ずと分かる筈だが……それでも他の可能性を探ってしまうのはゴブリンに対しての嫌悪感か、或いは誇りを抱く亜人の感情故なのか。
だが出来る限りの提案はした。それをどう受け止めるかはニケーア次第だ。
俺は席を立つと、狩猟に参加すべく控えていたゴブリン達に声をかける。
この提案を彼女が蹴ると言うなら、砦から呼び寄せたゴブリンの軍勢に違う使い道が生まれるだけだ。
◇◆◇
寒風吹き荒ぶ白銀の大地に、赤の花が咲く。
防寒着に身を包んだ女の騎士の周囲には、その髪と同じ赤い花が乱舞していた。
「グルゥウウゥ」
獣の唸り声を上げて、向かってくる雪狼。それを操り、また白毛象を操って彼女一人を殺そうと突進をしかけてくる蛮族。雪を蹴散らし、猛然と進んで来る白毛象の巨躯は、彼女の3倍を超える。長い鼻の横には研ぎ澄まされた象牙があり、それを避けてもその圧倒的な質量の前に跳ね飛ばされる未来は回避できそうにない。
だが彼女は一人、悠然と立っていた。
風になびく赤い髪。
細く吐き出す息が白い靄となって、それに絡まり消えた。
「切り裂け蛇の尾」
静かに口に出した言葉が白く露となって消える前に彼女の手元が翻る。鞭に似た形状のそれは、確かに剣であった。金属音を響かせながら振るわれる幾多の刃を連結したその剣こそ、アシュタール王の所蔵していた魔剣空を斬る者。
鎌首を擡げる蛇のように、切っ先を左右から迫る雪狼に向ける。ほぼ同時に迫って来た雪狼が獲物目掛けて飛びかかったちょうどその一瞬、文字通り空を斬るようにヴァシナンテが翻る。首と胴を一閃し、また二つ赤い花を咲かせた彼女は雪を蹴散らしてくる白毛象にその切っ先を向ける。
「ルルゥラララアイイイ!」
蛮族独特の突撃の声を上げながら象の背で投げ槍を構える男。その背後から、先ほど雪狼たちを切り裂いた刃の切っ先が突き刺さる。同時に雪を蹴散らしていた象の足元から血が噴き出す。
轟音を立てて雪の中に倒れ伏す象。背を貫かれた男は未だ生きていた。
「悪魔め……」
その言葉を吐くと同時に、止めの一撃が彼の息の根を止める。
血を払い、彼女の周りにとぐろを巻く蛇のように剣刃達が舞い戻る。
一振りし、それを通常の剣の状態に戻すと彼女は踵を返した。
「悪魔、か」
リィリィの声は、白い風に消えた。
◇◆◇
一年の殆どを通じて雪に閉ざされた雪神の山脈。ゲルミオン王国の北の境はそこに達していた。その地に根を張る雪鬼と呼ばれる蛮族達との飽くことのない争い。
そこに派遣されたのは、国の英雄ガランド。白い絶望に閉ざされた北方の戦線を支えているのは、何れもガランド配下の獰猛な兵士達だった。
だが兵士達だけで戦は出来ない。兵士が戦う為には武器が要る。食料が要る。体を休める家が要る。
食糧の自給と、兵士の為の住居として国が提供しているのがコロニアと呼ばれる植民都市だった。兵士の体を休める為の居住地であると同時に、敵に攻められた際の砦としての役割も兼ねた植民都市。それ一つで、辺り一帯の地域を威圧する城の役割も担っているのだから当然防備は固められている。
遥か王都から続く整備された街道は、森を切り拓き、川に橋を架け、人の血と汗によって築きあげられた人間の領土たる象徴。自給自足を旨として広大な土地を木の柵で囲い込み、下界と境を設けたその威容は、初めて見たものに息を呑ませる。
特に人間以外の他種族の者達は、この強大な植民都市を見ると彼らの故郷との落差を思い知らされてしまうらしい。
そんな植民都市の一角で、リィリィは一軒の農家を訪ねていた。
「今戻りました」
寒風と共に開かれる扉。その冷気を遮断するように、直ぐに扉が閉められる。
「姐さん、ご無事で」
声をかけたのはベルンとノイマン。かつて王の集落で共に暮らした人間だった。外套に付いた雪を払い落すと、リィリィは微笑む。
「ええ、問題ありません。こちらは変わったことはありませんか?」
「いえ……良くも悪くも何も変わりゃしません」
視線を落とすノイマンに、ベルンも頭を掻いて、謝る。
「申し訳ねぇ……何か力になれると思ったんですが……」
レシアと共にゴブリンから救出された者達は、アシュタールの判断によりバラバラにされて各地の植民都市へと送られていた。チノスは東方へ、マチスは南方へ。そしてベルンやノイマンは北方へ。その他の者達も、一人として同じ場所へは飛ばされず、各地へと配置されてしまった。
ベルンとノイマンも同じくバラバラに配置されたのだが、王都の近くに配置されたノイマンがリィリィを慕ってやってきたのがきっかけだった。
ベルンは寒さの厳しい北方に送られ、家族が飢えないためには剣よりも鍬を持つしかなかった。そんなところに訪ねて来たのがリィリィだった。
ガランドへの荷物を届けた後に彼らの窮状を聞いたリィリィが、態々見舞いに来たのだ。それ以来彼女は北方に留まるたび、彼らの元を訪れている。
今彼らに調べてもらっているのは、自身に対する噂の出所。
アシュタール王より自身の出自を明かされ、再び国のために働かないかと言われ、しばらく答えを保留している間に、彼女を聖騎士へと登らせるための噂がまことしやかに囁かれていた。
「いえ、家族を支えねばならないのに無理をさせているのは分かっていますから」
「あ、リィリィお姉ちゃん!」
暗くなりかけた空気を払いのけるようにミィールがリィリィの腰に抱き付く。
「おいこら、姐さんに」
「いえ、構いませんよ」
ゴブリンの集落に居たころからやんちゃが目立った少年だったが、年を経てもその奔放さは変わっていない。
「ね、ね。お菓子持ってきてくれた?」
「おい、ミィール!」
父親であるベルンの叱責に、リィリィの後ろへ隠れる。
「これでよかったかな?」
「わぁ、ありがとう!」
「こりゃ……申し訳ありません。姐さん」
頭を下げるベルンに、笑顔で手を振ってリィリィは照れ隠しする。
「いいえ、もう少ししたら私も王都に戻らないといけません。その間出来るだけのことはするつもりです」
「……ありがとう、ございます」
暮らし向きは苦しいのだろう。彼の声からは苦労をにじませる重々しいものだった。
「最近あの集落に居た時が妙に懐かしいです。そりゃ怖い思いは何度もしましたけど、飢えって奴から解放されてんだなぁと……」
「ああ、確かにな。妙に懐かしい気がするぜ。時間はそれほど経っていない筈なんだがなぁ……」
「緑の兄ちゃん達に比べれば、近所の奴ら全然弱いよ!」
水飴を舐めながら自慢げに話すミィールの言葉に、三人の大人達は苦笑した。
その三日後、リィリィは北の地を後にする。
北に鎮座する雪神の山脈の長く厳しい冬は、まだ続く。
曇天の空に吐き出す息は白く凍える。
真綿で首を締め付けられるような息苦しさを感じながら、リィリィは一人王都へと帰還の途についた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
リィリィのレベルが上がります。
60⇒88
◇◆◇◆◇◆◇◆
明日から休みが始まります…休めるかどうかは、別問題。
なぜだっ?!