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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
楽園は遠く
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古き者新しき者

【種族】ゴブリン

【レベル】45

【階級】キング・統べる者

【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《直感》《冥府の女神の祝福》

【加護】冥府の女神(アルテーシア)

【属性】闇、死

【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼ガストラ(Lv20)灰色狼シンシア(Lv20)オークキング《ブイ》(Lv82)

【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》






「おやおや、族長殿。どうなされたこのような時刻に」

 反ニケーア派の筆頭であるネロウの住居は、集落の西側に広く縄張りされた作りだ。古くからの血筋を誇るネロウの邸宅は広い土地を占めていた。一般的に、西に居る妖精族に近いほど蜘蛛脚人(アラーネア)の集落では高貴な血筋であると言われている。

 危急の折に助けてくれた妖精族を慕う感情は、彼らをしてそのような形で集落の中で表されていた。蜘蛛脚人の集落は木に蜘蛛の糸を張り巡らせ、その上で生活するのを基本とする。

 何代にも渡って計画的に木を植え、手を加えて作り上げられた西の邸宅。正確に並んだ木々の間隔を見るだけで、彼らの長い歴史とその間誇っていた権勢を思い知らされる。

「……用件は分かっている筈」

 いつにも増して剣呑なニケーアの言葉に、ネロウは面白くなさそうに鼻を鳴らす。

「ああ、例のゴブリン達の件ですか」

「無論ッ!」

 怒気を発するニケーアに、ネロウはあくまでも緩やかに応える。

「何故貴方がそこまで彼らを優遇するのか分かりませんが……」

 取り巻きの蜘蛛脚人はネロウの側に寄り添い、彼の意志に沿う言葉を族長に投げかける。

「何故奴らを集落になど入れたのだ!?」

「貴様には、鉱石の末と汚らしいゴブリンとが同じに見えているのか!? 正気を疑うぞ!」

 次々に投げかけられる罵声に、ニケーアの率いて来た蜘蛛脚人達も言い返す。

「族長の決定に従えないのなら、集落を去れ!」

 言い争いが始まりそうな気配を、ニケーアの言葉が制する。

「止めよ」

 普段から声を荒げることの少ない彼女の言葉だったが、それが威圧感をもってニケーア派の面々を黙らせる。

「どうした、本当のことを突かれて言葉もないか!? 所詮、お前は高貴なる血を持たぬ者よ!」

「ちょっと。流石にそれは酷いんじゃ──」

 尚も罵声を浴びせるネロウ派の一人。本人の意思を無視して加熱する暴言に、ネロウ自身が歯止めを掛けようとしたところで視界の隅に黒い影が映る。

 8本の脚で跳躍するニケーアの姿。無造作に腕を振るう彼女の爪の色を見た時には、既にその爪が取り巻きの一人の首を薙いでいた。

 彼らは今この瞬間まで、目の前に立つ族長が一族でも有数の戦士であることを忘れていた。普段の物静かな様子からは想像も出来ない。

 毒羽のニケーア。

 それが彼女の二つ名。

「どれだけ罵声を浴びせようとも構わない。どうせ、皆死ぬのだ」

 氷よりも冷たい声音に、一瞬の空白が辺りを襲う。その隙に乗じないニケーアではない。左右に振るう指先から伸びた爪には、毒。触れただけで動きを制限される麻痺毒が滴っている。

「ニケーア……」

 ネロウの言葉に、感情すら切り捨てたニケーアの声が事実だけを淡々と紡ぐ。

「先ほどゴブリン達が襲撃された。事もあろうに、若者達を誑かし、信義を踏み躙り、同胞を捨て駒として扱った罪は重い」

 ニケーアがネロウの取り巻きたちを睥睨する。幾人かが慌てて視線を逸らした。後ろを振り返りそっと溜息をつくと、ネロウは再びニケーアに視線を向ける。

「身に覚えはあるか? 蒼き鉱石のネロウ」

「いいや、無いね」

 どこか諦めたように、だが悠然と首を振る彼にニケーア派は思わず身を乗り出すが、族長の視線一つで足を止める。

「……だが、私の派閥の総意としてゴブリン達をこの集落に入れるのは反対だよ」

 今まで決して意見を口に出さなかったネロウの言葉に、ニケーアは僅かに眉を動かす。

「私達は森の中で静かに生きて行くべきだ。君の炎のような激情は眩く、いつも私達を導く。あのゴブリン達にも同じようなものを感じる。だけどね……私達は、敗れし者(グーロエン)だ。神は私達を既にお見捨てになったのさ」

「違う! 私達は、まだ終わってなど居ない。己の子を愛さぬ親など、いる筈がないッ!」

 ニケーアは炎のように燃える胸の内を、途切れそうになる言葉に乗せた。

「皮肉なことだ。古き血筋の私よりも新しき血筋の君の方が、強きアラーネアの気概を持ち合わせているなんてね」

 視線を伏せるネロウに取り巻きたちは言葉もない。かつてこれほどまでに、ネロウが自らの心情を吐露したことがあっただろうか、と。彼は常に悠然と微笑むのみ。それが仇となって族長の地位を情熱的なニケーアに奪われてしまった。

「だけど、最早手遅れか……君とは一度、腹を割って話し合うべきだったね」

 ネロウの視界に、黒きゴブリンの王の姿が見えた。

「……ああ、そうだ。そればかりは後悔が残る」

 苦笑に似た笑みを浮かべるネロウは、その笑みさえ優雅だった。

 瞬間、ニケーアの両腕が振るわれる。

 ネロウの首が落ち、次の瞬間には取り巻き達の首が落ちる。

「おの、──」

 叫ぼうとした取り巻きの一人に、ニケーア派から短槍が投擲される。正確無比な一撃が喉首に突き刺さり、ニケーアの動きを止められない。

 羽の如き両腕が毒を滴らせて左右に振るわれる。蜘蛛脚人の8本の脚の内、後ろの4つでバランスを取り、前の4本脚で糸を飛ばし相手を絡め捕る。同時に、指先から滴る毒が糸を伝って相手を侵す。

 毒羽、と一族でも畏怖の対象となる彼女の妙技だった。

 その場の全てを制圧し彼女は一人、ネロウの首を手に取る。

「……可哀そうなネロウ。お前を生贄に、私は必ず栄光を取り戻す。我ら鉱石の末に、再び光を」

 そっと目を閉じたネロウの生首に口づけをして、彼女は派閥の者達に向き直る。

「反逆者は討ち取った! 残る者達にも然るべき罰を与え、この一件は決着とする!」

 族長の威に打たれて、蜘蛛脚人は平伏する。

「以後、客人に対して無礼を働くことは許さぬ」

 ニケーアが初めて、集落の全権を獲得した瞬間だった。


◇◆◇


 ニケーアが敵の首魁を討ち取ったのを遠目に確認する。

「決着は既に着いていたか」

「む、ダメだナ」

 不機嫌そうに腰に吊った剣を鳴らすギ・バー。

「だが、ふむ……少しあのニケーアとかいう者の実力を見誤っていたかもしれん」

 難しそうに腕を組み、思案を重ねるギ・ザー。

「これで襲われることはないのかねぇ?」

 のほほんとしたシュメアの言葉に俺は頷いておく。

「恐らくな」

「何はともあれ、一件落着ってやつか」

 セレナの頭を軽く撫でて、シュメアは笑う。

「まぁ悪くはないんじゃないかな? 旦那」

 そう、悪くはない。友好的な部族の獲得という目標は達成できたし、西への足掛かりも得た。

 そうこうしているうちに、ニケーアがこちらに歩いてくる。手には敵の首魁の首を引っ提げ、歩む足取りもしっかりとしたものだ。彼女が目の前に来た時、俺を見つめる視線が少しだけ涙に濡れていた。

「ゴブリンの王。これで我らの誠意が分かってもらえただろうか」

「ああ、我らは友人として付き合っていけそうだ」

 頷いて、ニケーアは悠然と歩み去る。その剥き出しの威圧感は、あれほど敵意を持っていたギ・ジーをして一歩退かせるものがあった。

「その首をどうするのだ?」

「必要なら差し上げますが……集落の者は家族です。弔ってやりたいと思います」

 同族の血に濡れた両手で、大切そうにその首を持ち直す。

「そうか。ならば弔ってやるといい」

「感謝します」

 ニケーアの姿が消え、ぽつりとセレナがこぼす。

「凄く、悲しそうでしたね」

 彼女の背が、背負ったものの大きさを思わせる。

 最早止まれないのだと、止まってしまえば潰れるだけなのだと、その背が告げているようだった。


◇◆◇


 最近ガストラが猫やら犬やら、何か色々なものを拾ってくる。

 子猫から子犬、果ては軍用犬として育てられた筈の成犬、或いはどこに住んでいたのか、王族や上級騎士の騎乗用に育てられている筈の白虎の子供までお構い無しだ。

 一度躾けをしなければいけないとリィリィさんと相談中だ。

 可愛らしいからそれはそれでいいのだけれど、この見境の無さはびっくりする。

 などと考えつつ、レシアはガストラを抱きかかえて目の前に居座る人物に視線を向ける。

「──いやいや、真にレシア様のお噂は城下に鳴り響いておりまして」

 最近このような手合いが多い。

 王城での療養と言えば聞こえはいいが、軟禁状態での生活。街に出られるのは月に一度、護衛付きという条件だ。先日、誰の許しも得ずに孤児院に行ったのがアシュタール王の不評を買ってしまったらしい。

 レシアに対する監視の目は非常に厳しくなりつつあり、その時間を見計らったかのように城下の有力な商人や貴族などが彼女に面会を申し出てくる。

 聞けば、彼女に一目会う為に幾ばくかの献金をしているのだという。

 ──これじゃ、まるで見世物ね。

 忸怩たる思いを抱えつつ、抵当に相槌を打って話を合わせる。内容のない話に思わず溜息をつく。

 そんな彼女の様子に気がついたのか、目の前の商人が話題を変える。

「そういえば、レシア様は“緋色の乙女”の噂をご存じで?」

「いえ、城下の噂には通じていないもので」

 僅かに示した興味を商人は敏感に感じ取ったらしい。身振り手振りを交えて緋色の乙女の噂を口にする。

 いわく、王家所蔵の魔剣を使いこなす騎士である。

 曰く、近々聖騎士に任命されるだろう。

 曰く、冒険者出身で、英雄ガランドに次ぐ猛者である。

 曰く、戦場にて次々と手柄を挙げている。

「それは随分凄い人なのですね」

「ええ、それはもう。この度新しく聖騎士様に任じられると、もっぱらの噂でございます。今度の北方での蛮族の反乱でも活躍されたとか」

 そういえばリィリィさんとは暫く会っていない。2週間程前に北の方に用事があるからと言って出かけて行ったきりだ。

 アシュタール王からの直接の指名で、荷物を届けてほしいのだそうな。

 表立って逆らうことのできない身の上に、もどかしさが募る。

 小さく切り取られた空に、また溜息をついた。



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