絡む糸
【種族】ゴブリン
【レベル】45
【階級】キング・統べる者
【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《直感》《冥府の女神の祝福》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv20)オークキング《ブイ》(Lv82)
【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》
「さて、話し合いをしようか」
俺の言葉に、ニケーアは苦虫を纏めて噛み潰したかのような顔で、頷いた。
「まず、先の約定は必ず履行してもらう」
「勿論。我らは約束を違えぬ」
「更に他の鉱石の末にも、我らを受け入れるように紹介を頼む」
「……それは、何の為に?」
「無論、他の鉱石の末とも友誼を結ぶのだ。何か思うところでも?」
「いや、ある筈もない」
すっかり打ちひしがれたようなニケーアに要求を呑ませる。ゴブリンとの交易と、蜘蛛脚人の集落へのゴブリンの派遣。そして他の亜人の集落への紹介を約束させ、俺はニケーアとの話し合いを終える。
あまり最初から過度な要求をしても良くないだろう。ギ・ザーあたりなら温過ぎると非難しそうだが、ゴブリンに敵意を向けない種族というのは貴重だ。これから他の亜人と交渉を持つことに際して、悪戯に蜘蛛脚人の感情を悪くしても始まるまい。
「こちらからの要求は以上だ」
不審げな瞳のまま、ニケーアは俺を見る。
「本当に、それだけか?」
「ああ、そういえばもう一つあったな」
「何だ?」
警戒したようなニケーアの固い声。
「今日、一泊の宿を頼もうか」
「……ああ、良いだろう」
口元に笑みを浮かべる俺に、ニケーアはほんの少しだけ笑った。
炎の亜人を破り、俺達はそのまま蜘蛛脚人の集落へ向かう。集落に到着し、宿に案内されるなり倒れ込むように蜘蛛糸で作られたベッドに飛びこむシュメアとセレナには閉口したが、後は概ね予想通りだったと言って良い。
ニケーアが連れて戻った俺達を出迎えた蜘蛛脚人の反応も、幽霊でも見たかのような驚き様も、予想通りだ。
さて、これからはニケーアの仕事だ。
蜘蛛脚人……ここではニケーアが約束を守れるのかどうか。ゴブリン達を寝ずの番に立てつつ、経過を見守る。
「奴らを本当に信頼するのか? 王よ」
ギ・ザーの疑問に、俺は口元を歪める。
「未だ信頼してはいない。これから奴らの返答が決まるだろう……必要とあらば、この集落にいる蜘蛛脚人を全員叩き伏せる必要があるな」
「その時は是非、俺に先陣を」
柱には木を使い、壁には土と蜘蛛の糸を使った宿の扉の前に座る暗殺のギ・ジー・アルシルが頭を下げる。
「あのニケーアという者の首、必ず落として御覧に入れます」
「そう焦るな。このまま行けば、恐らくニケーアは敵とはならぬ。もし戦いになるなら、ニケーアの敵が相手となるだろう」
「同じ種族デ、敵ガ?」
獰猛なる腕のギ・バーの言葉に鷹揚に俺は頷く。ギ・バー達は、周りの同じ種族は全て味方という環境で生まれ育ったからそう思うのだろう。
ギ・ザーや、ギ・ジーは頷いているが、ギ・ドーなどは首を傾げる。
「王、彼らは同じ集落に住み……決して敵がいるようには見えませんが」
敵と聞いて、ギ・ドーは恐れながらと切り出す。
「ここで言う敵は、ニケーアの支配を喜ばぬ者だ」
またもギ・ドーは首を傾げ、ギ・バーは哂う。
「低能ですナ。主ヲ敬わヌとハ」
「と、言いますと、彼らは同じ種族で争っているのでしょうか?」
ギ・ドーの言葉に俺は手を顎に当てて考える。
「決して表だっては争っていないだろう。だが、不平不満はあるようだな。今朝ニケーアの命令に反して、蜘蛛脚人が我らを尾けて来ただろう? 恐らく彼女はこの集落を完全に掌握出来ていない」
「つまり、ニケーア殿の敵が我らを襲う可能性がある。彼女の意志を無視してな」
ギ・ザーの言葉に他のゴブリン達が頷く。
「では、王はどちらを討つので?」
ギ・ジーの言葉に、俺は考え込んだ。
「さて、どうしたものかな」
確かに、同胞を討たれて族長であるニケーアが黙っているだろうか。例え同胞が悪と分かり切っていても、尚そちらの味方をするのではないか?
ならば……。
「ニケーアが我らに牙を剥くなら、相応の報いをくれてやるのが王としての務め」
獰猛に揺らめく心に、俺の口元もまた歪んだ笑みを湛えていた。
◇◆◇
「固き鉱石のニケーア。本当に奴らを受け入れるのか? 相手はゴブリン、信用できるのか?」
集落の最も高い木の上。糸を絡み合わせて作った広い講堂に、集落の主だった者達が集まっていた。
「ニケーア。お前ほど聡明な者が何故分からぬ。今からでも奴らを皆殺しにするべきだ」
次々に起きる非難の声を、ただじっとニケーアは聞いていた。
集まった者の内、過半数はゴブリン達に否定的だ。更にその中で三割程が、声高にゴブリン達の批判を捲し立てる。
「……」
黙ってその批判の声を聞いていたニケーアが、一人の蜘蛛脚人に視線を向ける。
「青き鉱石のネロウ。貴方もそう思われるのでしょうか?」
若く、気品に満ち溢れたその蜘蛛脚人は口元に笑みを浮かべて首を振る。
「ええ、勿論。ゴブリンなど汚らわしい」
口元には微笑を、だが瞳には嘲りの色を浮かべて、その貴人は哂う。ニケーアは誰にも聞こえないように、小さく溜息をついた。
血筋の良さと高い実力からネロウは次期族長の候補に推されていた。だが、それを覆して族長の地位に就いたのはニケーア。長老達に取り入り、若い蜘蛛脚人を引き込み、本来忌避される筈の手法を駆使して族長の地位を絡め取ったのだ。
以来、ネロウはニケーアの政策に悉く反対する。それも本人が直接反対するのではない。先に取り巻き達に意見を言わせ、そこを足掛かりにして、決して自分は傷つかないように意見を述べるのだ。
──姑息な卑怯者め。
それがニケーアのネロウに対する評価だった。ゴブリンと炎の亜人との戦いに水を差してしまったのも、彼らを納得させるだけの手柄欲しさに焦ってしまったからだ。
お陰でいらぬ厄介を背負い込むことになった。
ゴブリン達の要求は決して無理難題ではない。
少なくとも、彼らネロウ一派の唱えるゴブリン達を直ちに殺すべきとの意見に較べれば、余程穏健ですらある。
纏まらない議論の行方に、ニケーアは黙してその流れを待つ。獲物が蜘蛛の糸に架かるのを待つように、皆が議論に疲れ果て、こちらの話に耳を傾ける機会をじっと待つ。
やがて議論に疲れたネロウ派、中立派、そして僅かながらのニケーア派の機を捉え、彼女は初めて言葉を発した。
「聞け、鉱石の末達よ。私は族長の権を持って、彼らと約定を交わした。それに異を唱えるのは族長である私への挑戦だ。何よりも──」
族長の威に、ざわりと亜人達が騒めく。
「我らは信と義をもってその成り立ちとする鉱石の末。彼らが我らを信じてこの集落に居る以上、その寝込みを襲うなど我らの誇りが許さない。そうであろう!?」
悔しそうに押し黙るネロウ派。中立派も頷き、隣の者と言葉を交わしている。ニケーア派の者達は口元に笑みを湛え、族長の偉大さを喜んでいる。
「以上。異論が無ければ解散とする」
その声に、ネロウ派は真っ先に席を立ち、続いて中立派、最後に残ったニケーア派に彼女は囲まれた。
「族長……その、本当に大丈夫でしょうか?」
「こちらから仕掛けなければ何も問題はない。ただし……」
「ただし?」
「もし、戦になれば、我らは負けるだろう」
真剣なニケーアの言葉に、ニケーア派は互いに顔を見合わせた。
「ですが……」
「あのゴブリンを見ただろう? 一際大きな、黒い奴だ」
ニケーアの声は諭し教えるように優しい。弟のような若い蜘蛛脚人に注ぐ眼差しは慈母のようだ。
「はい」
「あれは王と呼ばれていた。彼は一人で人食い虎を打倒し、凱歌を上げたのだ。それに彼の配下のゴブリン達を見て、何か思うところはなかったか?」
「色々なゴブリンがいましたが……」
「そう。彼らの繁殖力は凄まじい。恐らく後ろには本隊が控えているのだろう。その本隊がこの集落に襲撃を仕掛けて来てみろ。最初こそ個の力で我らが優勢に立てても、恐らく数の差で押し切られる」
尊敬する族長の予想に、若い蜘蛛脚人は声もない。
「組むしかないのだ。我らが生き残る道は、他にはない」
言い切るニケーアに、彼らは恐る恐る頷いた。
次回は、金曜日更新です。