人喰い虎Ⅳ
【種族】ゴブリン
【レベル】37
【階級】キング・統べる者
【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《直感》《冥府の女神の祝福》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv20)オークキング《ブイ》(Lv82)
【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》
振り下ろされた槍を受けた衝撃に思わず硬直する。
その隙を突かれて一瞬のうちに距離を詰められ、肌を焼く灼熱の炎が目の前に迫っていた。
──くそ、本格的に距離を詰めることもできなくなってきた。
鍔迫り合いの態勢になったのを幸いに、力任せに押し込む。腕に魔素を集中、ありったけの筋力を振り絞り、人馬を跳ね除ける。
「アァ……ニンゲン、メェ……」
呆然とここではないどこかを幻視したあと、再び突進してくる人馬。無限の体力を思わせるその力。斬ってもダメージを与えられないというのが、ここまで厳しいものだとは思わなかった。
攻撃を加えればそれだけ炎が露出し、奴の周りの温度は上昇していく。厄介極まりない炎の防壁。
だが、ダメージを加えれば加える程奴が幻視をする時間は長くなっている。それが隙と言えば隙だが、近寄れば炎の熱に焙られるのは目に見えている。
打つ手がないというのが正直なところだ。
何度目かの硬直から立ち直り、俺に視線を向ける。
「オノ、レ……」
奴の身体からは炎が渦巻き、俺の切りつけた傷口から内部の炎が揺れている。どのような過程を経ればここまでの化け物に為るのか。
恐ろしいほどの執念、いや怨念か。
人間に向けるその思いの強さは比類ないものだろう。
──だが、負けてやるわけにはいかん。
ここで俺が引けば、こいつは見境なく暴れて俺の後ろの者達を喰い散らかすだろう。何より、俺の野望の前に立ち塞がる壁は俺が倒すと決めている。
奥歯を噛み締め、長剣を握る手に力を込める。
──腹を括れッ!
目の前の強敵を睨みつける。
「グルルウゥアァアァアア!!」
《天地を喰らう咆哮》を上げて、反撃の狼煙とする。地面を踏みしめていた足に魔素を集中。獣の如く、這うように地面を跳び。
炎の壁が迫る。
「我が身は不可侵にて!」
体に黒い炎を纏う。長剣をそのまま右脇に寝かせると突進。俺自ら灼熱の地獄の中に突っ込む。堕ちてくる槍の穂先を体を捻り制動をかけて回避する。頬の横を大木が突き出されて来るような一撃が通り過ぎて行く。
──耐えろォオオォ!
剣を出して顔を庇いたいのを、熱の熱さに飛び退きたいのを、腕に力を込めることで耐える。余りの槍の勢いに触れてすらいないのに頬が切れて血が滲む。
それを耐え切って、再び地面を砕くように左足を一歩踏み込む。
「我は刃に為り往く!!」
炎の向こうに見えた人馬の体を、右逆袈裟から叩き斬る!
「ギャァァアアガ!」
俺の一撃に人馬が一歩蹌踉めく。
シールドを解除した瞬間から奴の炎が俺の体を蝕み焼く。気が狂いそうな熱と、周囲の酸素を奪い取る炎を耐えに耐えて、更に一撃。
逆袈裟に振り上げた黒い炎の長剣を、右足を踏み込むと同時に振り下ろす!
「ギャァアガガアアァァァアアァ!?」
──まだかっ!?
《剣技A-》の補正の元に更なる一撃を加えるべく一歩踏み出した時、突如として片目の視界が塞がれる。次の瞬間、感じたのは熱さと痛みと、頭を揺さぶられる衝撃!?
最早熱いという範疇を越えて、それは痛みへと変わっていた。
蹌踉めく俺に、敵は勢いを取り戻したかのように槍を振りかぶる。あれを顔に喰らったらしい。
熱の痛みと呼吸の苦しさに、追撃をかけるだけの余裕が俺にはない。
苦しさに一度息を吐きだし、見上げた奴の槍が視界に映る。
負けるという事実に、レシアの面影が瞼を過ぎる。
──いいや、まだだ!
俺は負けられないッ!
勝って全てを手に入れるのだ。
《猛る覇者の魂》を発動。
痛みも苦しさも全て置き去りにして吼え猛る魂が叫びを上げる。
「グルゥゥァアぁアあ゛アァアアァ!!」
振り下ろされる槍に、長剣を合わせて弾き飛ばす。砕け散る長剣を投げ捨て、予備の剣を二本同時に抜き放つ。
片方の視界で敵を、獲物を見る。
二本の長剣の根元から黒い炎が噴き出すように纏わりつく。腹の底から湧き上がる憤怒と戦意が相手を倒せと脳を焼く。自然と口元は吊り上がり、戦いの興奮に、自分の命の危機に、歓喜が爆発する。
「ギャァアルアアァア!」
右手に持った一本を、赤い炎を纏った槍と俺の体との間に差し込むように合わせる。片手では当然押し込まれる。炎の槍が俺の肩に長剣ごと叩き付けられ、肉を焦がす臭いが鼻を突く。
俺は差し込んだ片方の剣を手放し──。
湧き上がってくる歓喜を捩じ伏せ、理性を保つ。狂気に乗っ取られない為に奥歯を砕ける程強く噛み締める。
左手に持った長剣を握り締めて、肉を焦がす槍をそのままに前に出た。
「グルゥゥゥアアアァアアァ!!」
肩は炎の槍を擦り付けられて黒く炭化してさえいる。だが、構わず前に出る。痛みなど既にない。傷口に黒き炎が噴き上がりそうになるのを抑えて、全てを長剣に注ぎ込む。
「我は刃に為り往く!!」
左から右へ一閃。人と馬との境目を絶ち切った一撃は、奴の炎ごと人食い虎を両断していた。
炎を噴き出して崩れ落ちる人の上半身。馬の下半身は炎と共に崩れ落ち、渦巻く灼熱も消えていった。
◇◆◇
「何故、だ……」
直に命の灯火が消えるであろう男が口を開く。眼は虚ろだが、最後の力を振り絞って俺を見る。
「ナゼ、勝てぬ……」
俺の斬った切り口は炭化し、既に呼吸をしているのも奇跡と言える。だがその男の執念が、未だ苦痛の生を生きることを彼自身に課していた。
「仲間、の屍を喰らい。誇りを、捨て……外道に身を落し、スベテ、なげう……って、なぜ、勝てぬ。ただ、仲間、の仇を……オレはッ!」
その問いは復讐を誓った男の魂からの叫びだった。夢を踏み躙られた男の叫び。
「俺は未だ、燃え尽きていないからだ」
差があるとするなら、全てを投げ打ったが故に自分自身すら燃え尽きることが分かっていなかった。勝負を分けたのはただ、それだけだった。
「……ゴブ、リンが、何を」
「俺には野望がある。この世の全てを手に入れるという野望がな」
長剣を、人馬の顔の横に突き立てる。
「俺は諦めぬ。人間も、亜人も、妖精族も。全て俺のものにしてやる」
一瞬だけ目を見開いた人馬が、僅かに笑った。
「ごう、よく、な……ゴブリン、だ。だが……なる、ほど、オレは、いつの間にか……燃え、尽き、て……」
俺の突き立てた剣身に映った自分の顔を見て、人馬は静かに息を引き取った。
絶望は前に立ち、視界を全て覆うのだろう。だが、そこで足を止めるのは絶望ではなく己の諦めだ。
絶望に足を止めた一人の亜人は、炎となって己自身を焼いた。
俺は未だ、足掻いている。肉を焼かれ、呼吸を奪われ、それでも前に出たからこそ、目の前の勝利がある。勝利が俺の足を進めたのではない。俺が自らの意志で進んだからこそ、勝利があったのだ。
「然らばだ。炎の亜人」
絶望と共に身を焼いた亜人のことを胸に深く刻みつけて、俺はその場を去る。
見上げれば、既に夜の神の時刻は過ぎ去り、火の神の体が、大地を光で満たし始めていた。
◆◆◆◇◆◆◆◇
レベルが上がります。
37⇒45
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以前、しばらく血は流れないと言いつつこの始末……。
次の更新は火曜日です。