人食い虎Ⅲ
【種族】ゴブリン
【レベル】37
【階級】キング・統べる者
【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《直感》《冥府の女神の祝福》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv20)オークキング《ブイ》(Lv82)
【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》
《天地を喰らう咆哮》を相手の咆哮に被せて行動を縛ろうとするが、敵は更なる咆哮を上げる。俺の咆哮を受けた直後は動きが鈍くなったが、追加の咆哮で動きが元に戻ってやがる。
俺と同等か、少し下の実力なのだろう。
だが相手は理性を失い、触れれば火傷をするのはこちらだ。予備の剣は手に持っている分も含めて、後3本。果たしてこれが全て壊れる前にコイツを討ち取れるか?
「我は刃に為り往く!」
刀身に黒い炎を纏わせて、再び敵と対峙する。前足で地面を蹴りつつ、上半身を俺の方に傾ける。その様子はまるで突進前の猛牛を思わせた。
「ギャァルアァアアァ!」
咆哮と共に俺に襲いかかる狂った人馬に、下段から剣を振るう。
振り上げられた敵の槍の間合いを潰すべく、足の裏に魔素を集中。地も砕けよとばかりに地面を蹴り飛ばし、体重を全て乗せた一歩を踏み出す。同時に、重力に逆らって引き上げる下段の長剣が踏み込む勢いと相まって、岩をも砕く一撃となって人馬に向かう。
振り下ろされる槍と、振り上げられる長剣。
──その差は僅かに、だが確実に俺の方が速い!
下半身の馬の胴体を引き裂き、落ちてくる槍に長剣をぶち当てる。確かな手応えに相手の傷口を確認するべく、俺の動きが僅かに止まる。
「ギャァルルアアアア!」
だが、斬られた筈の相手はその傷を意に介さず槍を振り下ろす。重力諸共堕ちてきた槍の衝撃は、まるで倒れてくる大木を真正面から受け止めたような激しく重い衝撃。思わず押し込まれる。
──力では向こうが上か!?
地面にめり込む自分の両足に、耐えた腕に、体を支える腰に想像を越えた負荷がかかる。再び振り上げられる槍。動こうとして、思い通り動かない体に舌打ちする。
耳を劈く絶叫と共に、再び振り下ろされる槍。迷いも痛みもなく、相手をただ叩き潰す為だけの一撃を視界に収め。
「我が命は砂塵の如く!」
剣の間合いの更に内側へ入るべく、背中で魔素を爆発させた。体当たりの形になり、人馬を吹き飛ばせるかと期待したが今度は耐えやがった。
馬の後ろ脚が地面にめり込みながら俺の攻撃を受け止めたのだ。そうなると苦しいのは俺だ。肌を焼く灼熱の体と密着しているのだ。
触れた部分から焼け焦げて行く。
「我が身は不可侵にて《シールド》!」
シールドを発動させると火傷をすることはなくなったが、息をつく暇もなく槍が右から左へ吹き荒れる。屈んでそれを回避。下がって距離を取りながら一閃。
──相手の腕を狙った一撃だったが、さすがに固いッ!
亜人の皮膚は鎧と同じだ。剣を弾き、槍の軌道を逸らす。肉は切れても骨には届かない、そんな一撃にしかならない。だがそれでも、相手は怒り狂って俺を狙う。
「ギャアァァルルアァアア!」
剣の間合いを取った俺に、人馬が迫る。怒りに我を忘れたのだろうか、手にした槍を振り上げたまま突進してくる様子は人間達の騎兵隊に勝るとも劣らない。
「我は刃に為り往く!」
三度の詠唱を発動させると合わせて《王は死線で踊る》を発動させる。受けたダメージを2倍にして返す。今まで蓄積されたダメージを黒き炎に乗せて、初めて大きく振りかぶる。《剣技A-》の補正を受けた体の動きはあくまで緩やかに。
必要最小限の力を込めた腕、いつでも飛びだせるよう、脚の筋肉をしなやかな猫のように保ち、何よりも最速の一撃を繰り出す為に、細く息を吐きだした。
間合いは至近。
振り下ろされるのは槍が先。一拍遅れて俺の剣が振り下ろされる。
──振り下ろされる速度は、俺の方が速いッ!
相手の肉体を切り裂く前に衝突する俺の剣と相手の槍。中空で火花を散らす黒と赤の炎。ぎりぎりの力勝負は、拮抗した力が行き場を失い互いの得物が横にズレる。
一撃にかけていたのだろう。或いはそれ以外に術を知らないのか、態勢を大きく崩す人馬。俺も態勢が崩れそうになる。体は泳ぎ、力があらぬ方向へ逃げて行く。その流れに、足幅を大きく開くことで耐えきった。
そして目の前にあるのは、無防備に晒された敵の体。
横に流れた剣を引き戻し、息をする間すら惜しんで敵の体目掛けて突きを繰り出す。
──獲った!
確信するに申し分のない一撃は、人馬の胸を貫く。黒き炎を纏わせたまま、動かない人馬から長剣を徐々に引き抜いて行く。
全ての刀身を抜き終えても倒れない人馬を不審に思って、再び剣を構える。
「下がれッ!」
ギ・ザーの声に、反射的に後ろに飛ぶ。先程まで俺が居た空間を人馬の傷口から溢れ出した炎が焼き尽くしていた。呪術師ギ・ザーの放った風がその炎に衝突するが、まるで焼け石に水だった。
炎が暴れ、鉄をも切り裂く風は容赦なく蹴散らされる。
「オノレ……ッ、ニンゲンめ……」
聞こえた声は溢れんばかりの憎悪に塗れていた。
喋れたということに僅かに驚きつつも、俺は相手を倒す意思を変えはしない。
ギ・ザーの風との衝突により僅かに軌道が逸れた炎の隙間を狙って、俺は前に出た。炎の熱は文字通りの灼熱。直接触れることはなくとも、その周りに居るだけで肌を焼き眼を開けていられないような熱量を誇る。剣に纏わせたままの黒い炎の嵩を再び引き上げる。
一塊りになって俺に向かっていた炎の横をすり抜ければ、後は本体である筈の人馬の肉体があるのみ。胸を貫いて死なないのなら、首を刎ねてやる。
握った長剣に力を込め、首を刎ねようと剣を振り上げるが、敵は自分の体から溢れ出る炎を握りしめ、鈍器の如く俺へと振り回す。
──どんな理屈だッ!?
少し前のギ・ザーと同じセリフを内心で叫びながら、咄嗟に迫ってくる赤い炎に黒の炎を合わせる。合わせるように動いた後すぐさま後悔する。炎を剣で切り裂こうとすることの無謀さを悟って、次にどう動くかだけを考える。
だが、俺の内心とは裏腹に、合わせた剣は確かな重量を持って炎を弾き返した。
──それなら好都合!
瞬時に思考を切り替えると、炎とぶつかり合って弾かれた剣を引き戻す。直ぐ様脇構えに持ち直すと未だ態勢の整わない人馬の首に向けて、最短距離を走る一閃を繰り出す。
当たれば肉だけでなく骨まで砕ける筈の一撃を。
瞬時に巻き付く、白い何か。敵と俺を蜘蛛の糸が絡め取っていた。
「くっ!?」
「……ッ、ギャァルルアアァァ!」
「何のつもりだ、ニケーア殿!?」
シュメアらを護衛していたギ・ジーの言葉に僅かに視線を向ければ、彼女の足から伸びた蜘蛛の糸が俺と人馬を絡め取っていた。
「生け捕りにすることが出来れば、討ち取るよりも結果は良いはず。お静かに」
俺と目の前の強敵との戦いに水を差したあげく、言う台詞がそれか!
怒りに燃える視線をニケーアに向けるが、意に介した様子もなく束ねた糸を引き寄せる。
「私の糸は一族で最も強靭なもの。例えどのような力であろうと引き千切ることは叶いません。ゴブリンの王よ、無駄なことは──」
強引に抜け出そうとする俺への牽制の言葉は、彼女の首筋に当てられた一振りの剣によって止めさせられた。
「王に危害を加えるつもりか? 今すぐ解放せよ」
暗殺のギ・ジー・アルシルの冷たい声が彼女の鼓膜を打つ。
「……言い忘れていましたが」
突如苦しみ出す人馬。見れば奴を拘束する糸の一部が変色し、紫色になっている。
「私の糸は毒も伝えます。私に少しでも怪我があれば、貴方がたの王に猛毒が流れますよ?」
交渉ごとに慣れているのは、向こうだ。
俺の身を引き合いに出されては、ギ・ジーも引き下がるしかなかったようだ。
「それでいいのです。別に貴方がたの王に危害を加えるつもりはありません。私はただ──」
ぼぅ、と目の前が朱に染まる。
赤き炎が人馬を拘束する糸に絡み付き、燃え広がっているのだ。
「そんな、水蜘蛛の油を何重にも染み込ませたのにッ!?」
ニケーアの言葉に、事態は悪い方へと進んだことを思い知らされる。
俺の体に巻き付く糸に眼を凝らす。剣に絡み付いたものはエンチャントで払えるだろうか。俺の体に絡み付いたもののどこを切れば効率良く引き剥がせるのかを考える。
「我は刃に為り往く!」
黒き炎の嵩を引き上げ、巻き付いた糸を弾き飛ばす。
「ッ!? 嘘、そんな」
悲鳴じみたニケーアの声を後ろで聞きながら、多少身を斬ることを覚悟して糸を切り裂き、引き剥がす。
それとほぼ同時、炎で糸から抜け出した人馬の槍が目の前に迫る。黒い炎を纏わせたままの長剣でそれを弾き、再び間合いを詰める。
やはりこいつは俺が仕留めねばならんらしい。
「ニンゲン……メ……!」
憎悪の言葉を至近で聞く。それに言葉で応じる前に、降ってくる槍に長剣を合わせた。