人食い虎Ⅱ
【種族】ゴブリン
【レベル】37
【階級】キング・統べる者
【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《直感》《冥府の女神の祝福》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv20)オークキング《ブイ》(Lv82)
【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》
結局、俺達を尾けてきていた蜘蛛足人の二人は護衛として二ケーアについてきた屈強な蜘蛛足人に引き立てられて、その場を立ち去ることになった。
「二ケーア殿は帰らないのか?」
一応、同盟者という立場を慮って敬語を使う俺に、二ケーアが頭を下げる。
「いえ、このような不祥事を引き起こしてしまったからには、私自身が責任を取らねばなりません。せめて案内をさせてください」
族長自身がそう軽々しく動いて良いのかという疑問が頭を過ったが、俺自身かなり身軽に出歩いている手前、藪を突いて蛇を出すような真似はしなかった。
「今後このようなことがあるなら、こちらで処分させて頂きますのでご了承くださいますよう」
ギ・ザーめ。本気で俺の言ったことを試すつもりらしい。正気を失ったらどうするつもりだ。
「悪い癖だぞ」
釘を指すが、ギ・ザーは口元を嫌らしく歪めると低く笑った。
「王よ、失敗を恐れていては進歩はないのだ……ククク」
呆れるしかない反応だが、妖精族も少量ならば興奮剤としての効能があると認めていたらしいのだから、量を絞ればそれほど危険ではないのか?
だが、これから向かうのはその血を飲み過ぎて狂った亜人の討伐だ。
「分かりました。我が身を賭しても、これ以上の無礼は働かせませぬ」
二ケーアの言葉と決意に、亜人とはこういうものなのかと考えを巡らせる。
「まぁそれはいい。それより先程の話の内容からすると、奴の縄張りまでまだ距離があるのだろう?」
問いかける俺に、二ケーアは頷く。
「もう少し北へ。後1日は歩いたところに、集落の跡地があります。彼はそこを根城としています」
恐らくそれが殺戮のあった集落なのだろう。
「ならば、道々鉱石の末のことを聞かせてもらいたい」
「我らのことを、ですか?」
きょとんと、眼を瞬かせる二ケーアに俺は頷く。
「そうだ。俺は世間に疎く鉱石の末のことを余り知らぬ。今回交易にて互いに友好を結ぼうとしたのも、それが根底にあると言ってもいい」
そう、俺は知らねばならない。
知った後にどうするかは、別の問題だが。
「知ってどうするのです?」
「俺は国を作る。その時に、取り入れるべきことは取り入れていきたいと思っているのだ」
「ゴブリンの王国ですか……」
その後の沈黙は短くも、深いものだった。亜人全てで纏まろうとして失敗した彼らからしてみれば、俺の成すところは彼らの先を行くことだ。国を作る前段階として、共同生活を送っていた亜人達に振りかかった災厄。
それを思えば自然二ケーアの口は重くもなるだろう。
「……分かりました。先程のこともあります。我らのことを知っていてもらった方がいいのかもしれない」
沈黙の後に出した答えは、凡そ俺の望むものだった。
◆◆◇
亜人のことを聴きながら、森の中を歩く。火神の体が木々の向こうに沈む頃、野営の準備を整えた俺達は周囲を窺いながら食事をしていた。
亜人の歴史はゴブリンに比べれば古い。
妖精族と共に大地の神、森の神が原初に生み出した生き物であると言われるように、人間よりも前にこの地上に根を下ろしていたらしい。亜人達は長い歴史の中で枝分かれを繰り返し、そして“大戦”を迎える。
全ての生き物が相争った“大戦”からその数は減少の一途を辿る。その頃から人間に追われることが多くなったらしい。激減した亜人達は元の住処である平原を追われ、深い森の中、未だ人間の手が届かない未開の地に移り住むようになった。
安住の地である平原を失った亜人達は更に数を減らすことになる。400年前に終結した冥府の女神の地上侵攻。当初、冥府の女神の軍勢がどこから攻めてくるのかわからなかった人間達は、自分達の目の届かない場所を徹底して焼き払った。
深い渓谷や木々の生い茂る年を経た森。そこは亜人達の住処として暮らしていた場所だった。多くの亜人が住処を追われ、また殺された。二ケーアの所属する蜘蛛足人の一族も追いやられた一族だったらしい。
そうして彼女の一族は森の中に居を構えることになった。300年ほど前の出来事らしい。
その時に森の所有者であった妖精族からこの地を使うことの許しを得たのだそうだ。故に、亜人達は妖精族とは決して争わない。それどころか妖精族に危急のことがあるなら、その身を持って救われた恩義に報いねばならないと力説する。
本当にそんなことをしたのかと小さな声でシュメアに聞いてみたが。
「知ってるわけないじゃないかっ!」
怒りも露わに反論された。まぁ当然といえば、当然か。当時から生きている人間はいる筈もないからな。
事実は歪曲されて伝えられていても何ら不思議ではない。縄張り争いで負けた亜人が、森へ逃げ込んだ程度に捉えておくべきだろう。だが、その鬱積した人間に対する憎悪は本物なのだろう。感情を殺すことを心掛けながらも、二ケーアはなるべくシュメアを視界に入れないように努めている。
だが、彼女の話から幾つか分かったこともある。二ケーア本人の性格にもよるのだろうが、彼らは義理というものを非常に大切にするようだ。
ならば、それで縛ってしまえないだろうか。
だが、どうやって……未だ具体的な方法は思い付かないが、亜人の攻略に一歩近づいたと考えて良いだろう。
ゴブリンは夜の闇を苦とする者ではないが、人間のシュメアは夜を歩くのに慣れていない。そして意外なことだが、亜人の二ケーアも夜の闇を苦手とするらしい。
蜘蛛というイメージから、寧ろ得意分野なのではないかと思ったがそうでもないらしい。
火の方が闇よりも寄り添い易いというのだから、不思議なものだ。
「一つ疑問に思っていたのだが、我らをつけて来た者達は何故我らの居場所が分かったのだ?」
「恐らく、私達の特殊技能のおかげかと」
そう言うと二ケーアは脚の先から糸を出して見せる。驚く周囲に頓着せず、二ケーアがその糸を器用に紡ぎ合わせて、俺の眼の前に持ってくる。
「我らの糸は太さも強靭さも思いのまま。極々細くした糸を貴方方の誰かに飛ばしたのでしょう」
そう言うと、先ほど糸を出した脚とは違う足を一振りする。俺達にも見えるようにするためだろう、太い糸が彼女の足から飛び出し周囲の木々にトリモチのように貼り付いた。
これが彼女らの特殊な技能というやつだろうか。亜人は魔法を使えない代わりに特殊な技能と強靭な肉体を武器に戦うと聞いたが、セレナからの情報は正しかったわけだ。
「成程。だが……そのような技能があってもその人食い虎を倒せないのか?」
見たところ彼らの集落を覆っている糸の防壁は、生半可なことでは絶ち切れなさそうだったが……。
「何にでも、得手不得手はあります」
言葉少なく語った彼女の言葉に俺も頷いておく。情報をここで晒すつもりはないということだろう。自らの弱点を語る程、親密な仲ではないというわけか。
◇◆◆
「王、四足が近づいてきます」
ギ・ジーの言葉に、周囲に視線を走らせる。
「遠いか?」
「いえ、もう直ぐッ」
ギ・ジーが言い終えない内に周囲の木々が揺れる。
「ギャウアアアァガガアァアア!」
明りに吸い寄せられて来たのか? 手にした鉄の槍を思い切り太い木の幹に叩き付け、それは立っていた。ひび割れた皮膚から覗くのは炎の赤。皮膚の下に炎が這い回っているのか?
見れば木に叩き付けた鉄の槍は赤熱し、木の表面を黒く焦がしてさえいる。
「出たな。ギ・ザー、ギ・ドー、援護だ!」
目の前の存在から感じる圧力。これは油断をしていい敵ではない。
「我は刃に為り往く!」
長剣に黒の炎を灯し俺が前に出る。対峙したのは一瞬、振り上げられた鉄の槍が豪風を伴って振り下ろされる。
振り下ろされた槍から火の粉が舞う。
奴の手を通じて伝わる熱が、鉄の槍を発火させている。亜人は魔法を使えないということだったがこれも亜人の特殊技能ということか。
蜘蛛足人の糸と同様に、人馬族独特のスキル。だが、熱くないのか? 俺の黒の炎などとは本質的に違う。
黒の炎は、魔素の発現が偶々炎の形を取っているに過ぎない。だが目の前の敵は、文字通り体の中で炎を燃やしているのだ。
赤熱する鉄槍の一撃に、黒の炎を纏った長剣をぶつける。
赤と黒の炎がぶつかり合い、それに乗じて俺は近接戦を挑む。間合いのある鉄槍が相手なのだから、近づけばそれだけ俺の有利。一気に鍔迫り合いに持っていこうとした俺の剣を弾こうと、再び振り上げられる鉄槍。
その一瞬に間合いを詰める。《一つ目蛇の祝福》によりスムーズになった魔素の流れを利用して、脚の筋肉へ魔素を流し込む。
一気に勝負を決めるべく放った俺の一撃は、脇に抱えるようにした刺突。
踏み出す足は最速の一歩。
繰り出す一撃もその名に恥じぬ最速の刺突。
その筈がっ!
「ギャウアアアァガガアァアア!」
人馬が吼える。繰り出した一撃が奴の体に突き刺さったと思った瞬間、炎の壁が俺の視界を遮り思わず刺突の勢いが緩む。
「ぬ!?」
その壁を横から切り裂くようにして、槍の一撃。横薙ぎに振るわれた鉄の槍が俺の腕を打つ。体がボールか何かのように吹き飛ばされる。
どんな力をしてやがる!?
「ぐっ!?」
思わず漏れる苦悶の声を押し殺し、再び長剣を構えようとして長剣が根元から圧し折れていることに気が付いた。折れた剣を投げ捨てると腰に吊った予備の長剣を抜く。
「ギャウアアアァガガアァアア!」
襲ってくるかと思われた人馬は、その場で手近な木に鉄槍を叩き付けているだけだ。
どういうことだ。折角のチャンスをみすみす見逃した?
見れば突然俺の視界を遮った炎の壁は跡形もなく消え去っている。遅れてやってくる火傷の痛みに僅かに意識を取られるが、それに構っている暇はない。
吹き飛ばされた俺を標的から外したのか、奴は目標をシュメア達に変えたらしい。
一声吼えると、馬の脚で地面を蹴りつける。
「くっ、セレナ来るよ!」
迫る圧倒的な圧力を正面から受け止め、シュメアはセレナに注意を促すが足の震えは隠しようもない。槍を構えるとセレナの前に出る。
「ギ・ザー、援護だ!」
「応!」
魔法を発動させるギ・ザーとギ・ドー。直接的な打撃ではない分、効果は高いだろうと思われた風による一撃は、突撃してきた人馬の槍の一振りでかき消される。
「どういう理屈だッ!?」
怒りの声に被せて、再びギ・ザーが風を放つ。前よりも威力を上げた竜巻を操るが、咆哮と共に振り上げられた人馬の鉄槍が振るわれる。横薙ぎに振るわれた鉄槍が炎を纏って、風の竜巻をかき消す。
だが、突撃を仕掛けようとしていた人馬の足は止まった。
ならばそれで充分!
「我が命は砂塵の如く!」
背中で魔素の爆発を感じると同時、体ごと空気の壁の圧迫を受ける。
肩から体ごと体当たりして人馬を吹き飛ばす。
「旦那っ!?」
少し触れただけで肩と腕が焦げ臭い。鉄槍に燃え移る程の高温なのだから当然か。奴本体はそれ以上の熱を持っていても不思議ではない。
「問題ないッ!」
手にした長剣を一振りして、シュメアの不安を払ってやる。同時に長剣に黒の炎を纏わせ、再び人馬と対峙する。
「ギャウアアアァガガアァアア!」
「グルゥゥアアァアアァアア!」
敵の上げる咆哮に、《天地を喰らう咆哮》を被せた。
マッドサイエンティスト、ギ・ザー。無言ですがその助手ギ・ドー。