亜人の里
【種族】ゴブリン
【レベル】36
【階級】キング・統べる者
【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《直感》《冥府の女神の祝福》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv20)オークキング《ブイ》(Lv82)
【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》
「王、ご報告にあがりました」
レア級ゴブリンを始めとする者たちは実力をつけるために深淵の砦の周囲で狩りをさせ、ノーブル級の者達には西への道を探らせていた。
深淵の砦でその報告を受けている俺は、暗殺のギ・ジー・アルシルの言葉に頷いて先を促す。
「砦より西へ4日、南へ1日の距離に亜人の集落と思われる場所を発見しました。私が近づいたところ言葉にて威嚇をされましたゆえ、用件のみを伝え引き返してきました」
──亜人。シュメアの話から砦の西側に集落が存在しているであろうことは予想していたが、実際に見つけることが出来たのは僥倖だった。
「言葉による威嚇、か。悪くはないな」
いきなり襲い掛かってくるのでなければ、知性があるということだ。無駄な衝突を回避できるならそれに越したことはない。ゴブリンの話を聞かないようなら妖精族のセレナか、或いは人間のシュメアの出番というわけだ。
「で、亜人というのはどのような容姿をしていた?」
「蜘蛛の足に人間の上半身を乗せたようなものばかりでした。或いは他の集落に行けば別の姿の者がいるやもしれません」
人ならざるものにして、人と似通った者達。シュメアの話によれば一部の亜人は人間と友好的な関係を築いているらしいが、大多数は人間との接触自体を恐れて辺境と呼ばれる場所に暮らしていると聞く。
風の神と大地の神々は鉱石を削って亜人達を作ったのだったな。
元は平原で暮らしていたらしいが……。
「ギ・ジー。その集落は平原に面していたか?」
「いえ、森の中に何やら巣のようなものを作っておりました。最初は脚長蜘蛛か巨大蜘蛛の巣かと思いましたが、近づいてみると誰何の声がかかりましたゆえ」
「ふむ」
何事も伝承通りというわけにはいかないか。
まぁ、追いやられたのか元々そこに住んでいたのかは分からないが、森の中に住居を構えているということか。
「よし、ご苦労だった。明日にはその集落へ赴こうと思う。案内を頼むぞ」
「御意」
翌日、ギ・ジーを始めとしてシュメア、セレナ、呪術師級ギ・ザー・ザークエンド、風術師ギ・ドー、獰猛なる腕のギ・バーを長とした3匹1組を組み込んで編成をし、亜人の村まで出かけることにした。
少数にしたのは向こうを刺激しないためだ。だが、必要とあれば武力を用いることも出来るように同行させるのはドルイド系のゴブリンを中心とした。
セレナの知識を借りるなら、亜人は魔法を操るよりは直接的な打撃に重点を置くらしい。深淵の砦で亜人発見の報告を受けたときからセレナにそれとなく亜人の話を聞くようにして、彼らの情報を集める。
妖精族と亜人の間には古い盟約があるのだとか。
お互いの領域には踏み入らないという約定の元に、彼らはお互いの生活域を守っている。妖精族が魔法を得意とするのと比較すれば、亜人たちはその強靭な身体能力を生かして狩りをするとのこと。その他、彼らの縄張りの示し方や無礼にならない挨拶の仕方など、得られる情報は貴重で膨大だった。
その中に亜人の好物というものがある。蜘蛛足の亜人と聞いてセレナが思い付いたのが、蜘蛛足人の一族。彼らは魚を好むという。
どうせ交渉に行くのだ、手土産ぐらいは用意したほうが良いだろう。
クザンに砦の地下に流れる川や湖から魚が取れるかどうか確認すると、意外と獲れるらしい。だが、ゴブリンは肉食を愛する故に大して食べないそうだ。
湖から揚がってきた生きたままの魚を目の前に置かれ、どうしたものかと首を捻る。聞けば蜘蛛足人の一族の住居までかなりの距離がある。このまま持っていっては流石に保たないだろう。器か何かに水を溜めて持って行ってみるか。
困ったことに壷のような容器がゴブリンの集落にはない。
今まで保存といえば人間の技術に頼った薫製が精々で、それを小屋の中に吊るしておくのが一般的だった。必要な分をその中から取り出し、食っていたのだ。
「うぅむ、手詰まりか?」
誰にも聞かれない俺の呟きに、視界の隅を通ったシュメアの姿。
いるじゃないか。少なくとも一人は。
「シュメア。少し良いか」
「はいよ、旦那?」
疑問に首を傾げながらも俺の相談を聞いたシュメアは頷いて、魚を加工する手伝いをしてくれる。やはりゴブリンだけでは何かと不便だな。2日かけて魚の薫製を用意し、木の皮を利用した箱を作り上げる。
無骨なものだが、無いよりはマシだ。
ノーマル級の一匹に箱を担がせると、俺達は出発した。道々でもセレナから亜人に関する話を聞きながら西へ4日、南へ1日進んだ所へ向かう。
「近いですね」
半分しかない耳をピクピクと動かしてセレナがどこか嬉しそうな声でシュメアと話す。
「分かるのかい?」
俺も聞き耳を立てながら視線を周囲に走らせる。
このまますんなりいってくれれば良いが。
「この近くに8本足を動かす音の塊が沢山います。あと、歩いて1刻もないですよ」
1刻というのは、確か1時間と考えて間違いない。こちらにきてから時間に秒刻みで追われるということがなくなってしまったから曖昧だが。
セレナはお手製の弓を抱え、嬉しくて飛び跳ねてしまいそうな様子だった。俺たちの元に来た当初に比べれば大分感情を出すようになっている。それだけ心を許しているということなのだろう。
現れた巨大な蛾をギ・ザー達の援護の元に葬り、尚進む。
「ほぅ……」
漏れた呟きはギ・ザーのもの。
だが思わず感嘆の息が漏れてしまうほど、目の前の光景は想像の埒外だった。密集している木々の間を更に蜘蛛の糸で繋ぎ合わせ、完全な防壁として周囲を覆っている。その白い防壁は俺の背丈の2倍程度にまで張り巡らされ、神経質なまでに隙間なく作り込まれている。
思わず手を伸ばし、軽くその糸に触れてみる。
粘り気があり、弾力もある。軽く指で押してみるが、その厚みは易々と貫けぬ程になっているのだろう。しかも大量にあるということは、亜人はこれを量産できるということだ。
がさり、という梢の擦れる音に視線を上げれば、糸の防壁の上に立つ亜人の姿。
蜘蛛の下半身に人間の男の上半身。逞しく無駄のない筋肉に覆われた上半身が投げ槍を構えて、こちらを威嚇している。
「ゴブリンども……何の用だ?」
低く押し殺した声は恐怖か、それとも怒りの為か。
「先日お伺いした者だ。我らの王からお話がある!」
ギ・ジーの言葉に、俺は一歩前に出る。
「我らは、東に住まう者。貴公ら鉱石の眷属蜘蛛足人と交渉をする為に来た。これはほんの手土産だ。受け取ってほしい」
ノーマルゴブリンから箱を受け取り、糸の城壁の上まで放り投げる。
丁度足元に投げられた箱を一瞥すると、中身を確かめるその亜人。
「貴様らゴブリンが我らの好物を知っているなど、そこの妖精族の入れ知恵か?」
セレナを見つめる視線は厳しいものがあるが、決して殺気が篭っているという程のものではない。だがセレナにはそれでも十分威圧的に映ったのだろう。シュメアの影に隠れる。
その様子に、シュメアは苦笑しながら呼びかけた。
「確かにあんたらが魚好きって教えたのはセレナだけどね。土産を用意しようと思い付いたのは、そこの旦那だよ」
「人間ごときが易々と口を開くなッ!!」
途端、怒髪天を衝くが如き怒りを露にするアラーネア。
「はいはい。失礼しましたよ」
肩をすくめるシュメアの頭を軽く撫でておく。不満げな視線を受け流し、俺は視線をアラーネアに向ける。
「返答は如何に!?」
声を張り上げる俺に、僅かに威圧されたような様子を見せたアラーネアは、箱を抱えて壁の向こうへ消える。去り際に一言。
「しばし、待て!」
「どう思う?」
横にいたセレナに話しかけるが、首を傾げた彼女にも明確な答えはないようだった。
そうこうしている内に、糸で作った白い壁の上に3人の亜人が姿を表す。壁を垂直に歩いて俺達の前まで降りて来る。
「先ずは古の盟約に従い、ご挨拶を」
出てきた3人の内、女の姿をした者が俺に視線を送るとセレナに向き直る。他意はないということか。俺がこの中で最も格上と判断しながらも、それでも古の盟約に従い妖精族から挨拶をする辺り、亜人にとってその盟約というのは大事なものなのだろう。
亜人達にとって盟約──すなわち約束がどの程度の拘束力を持つのか。そんなことを考えながら、セレナと亜人が礼を交わすのを見守る。
「お初にお目にかかります。森と風の末シルフの娘」
「こちらこそ、お初にお目にかかります。鉱石の末アラーネアの娘」
そこで改めて俺を振り返り、その亜人の娘は俺に頭を下げる。
「お初にお目にかかる……黒き闇の子鬼よ」
「お会いできて光栄だ。アラーネアの娘」
亜人の礼儀では、先ず相手が何者かを確認し合うのだそうだ。妖精族のセレナに対する声には滲み出る親しみがあったが、俺に対するのは若干硬い。緊張故か、それとも何か含むものがあるのか。
「私はこの集落の代表を務めるニケーア」
「俺は東に住まう混沌の子鬼達の王」
彼女、ニケーアの後ろに控えるのは護衛であろう男の亜人二人だ。盛り上がる腕の筋肉と鋭い目つきから、中々の猛者だと感じさせる。
「して、本日はどのようなご用件で我らが集落フィゾナを訪れたのでしょう?」
「我らは交易を望む」
亜人達との接触は想定の範囲内だ。彼らの優れた身体能力は是非兵士として俺の下に欲しい。だが、亜人や妖精族というのは総じて誇り高い生き物らしい。
他の者の下に付くのが不得意な種族。それ故に巨大な国家を作ることもなく、小さな集落で細々と暮らすのを最善としてきた彼らが簡単に俺の下に付くとは思えない。
まずは亜人の実情を知らねばならない。人間のシュメアも、妖精族のセレナも亜人の詳しい内情については殆ど知らないようだった。
「交易、ですか。交易と言うからには物と物を交換せねばなりません」
一瞬ニケーアの瞳が光ったような気がする。
つまり彼女は、俺達に彼女達が望む品を用意出来るのかと問うているのだ。
「我らからは魚を。貴公らは糸をもって交易としたい」
今、俺達ゴブリンには貨幣というものが存在しない。交易といっても、ゴブリン達にはぴんと来ないはずだ。だが、足りないものを手に入れる手段を略奪だけに頼っていてはこの先必ず行き詰る。
奪えば、一旦物は手に入る。だが奪った後に残るのは廃墟のみだ。それでは継続的な収入にはなりはしない。かといってゴブリン達に富を生み出す素地があるのかといえば、俺の見た限りそれにも疑問が残る。
確かに獲物を狩る力は大分ついてきた。罠を使い獲物を仕留める術は馴染んできている。高位のゴブリンなどは俺の教えた落とし穴に平行して、罠線なども使い始めている。
だが、食料は最優先で集落の者達に回している。今は未だ森の豊かさがゴブリンの繁殖速度を上回っているが、この先も爆発的な繁殖を続けていけば、ゴブリン達が森を丸ごと一つ食い潰す可能性も有り得るのだ。
だからゴブリン達の好む肉関係については、正直に言えば手を出したくない。
取るものは必要最低限に抑え、毛皮などの肉以外の品物を交易品に加えたくはなかったのだ。そうすると俺の取れる選択肢は自ずと絞られてくる。
或いは武力を売りとしてもいいが、未だ亜人の力は未知数だ。事を構えるにせよ、俺たちの武力を売りつけるにせよ、もっと情報を得たい。
苦肉の策として、俺は蜘蛛足人が好むという魚を交易品に上げざるを得なかった。
「……我らは決して、魚に困っているわけではありません」
「ほぅ」
これが交渉のためのブラフなのか、本音なのか。交渉ごとに慣れているとは言い難い俺には、判断が付かない。
だがな──。
「ならば、何になら興味があるのかな? 我らは鉱石の眷属たる蜘蛛足人と友好的な関係を結びたいと考えている。その為の交易だ」
直接的な利益が目的ではないと威圧を込めて言い含める。ついでに結ばないとゴブリンの脅威はこの先お前達の集落の近くにチラつくことになるぞ、と脅しも忘れない。
俺は強気で通すことに決めている。
失敗したら失敗したで、武力で制圧する選択肢もある。
交渉人には背負っている立場というものが必ずある。俺がゴブリン達の武力とその将来を背負っているように、目の前のアラーネアの代表も守るべき集落を背負っている。
力があるのはどちらなのか。根本的なところを忘れてもらっては困る。
胃の辺りがむず痒くなるような交渉が続く。
「では、一つお願いをお聞き届けくださいますか?」
「願いならば聞かないわけにはいくまい」
言葉の綾だが、アラーネアとゴブリンの力関係を口に出してしまったことに、ニケーアの顔が僅かに歪む。
気持ちを持ち直したのか、いっそ無表情とも言えるポーカーフェイスを装ったニケーアの願いに、俺は僅かに目を見開いた。
感想については、なるべく早めにお返しします。