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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
楽園は遠く
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リィリィの迷い

【種族】ゴブリン

【レベル】37

【階級】キング・統べる者

【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《直感》《冥府の女神の祝福》

【加護】冥府の女神(アルテーシア)

【属性】闇、死

【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼ガストラ(Lv20)灰色狼シンシア(Lv20)オークキング《ブイ》(Lv82)

【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》




 深淵の砦に移住をしてから10日。周辺の地理は概ね頭に入っている。だがそれだけでなく、深淵の砦の中で王の部屋にと割り当てられた部屋の壁一面に、砦を中心とした地図を描いていた。短剣を使って壁を削りつつ、荒っぽい出来具合な地図を眺めれば歩いて2日の距離まではほぼ踏破したと考えて良いだろう。

 ゴブリンにとって危険と言える魔獣の類も俺が対応できないようなものはおらず、比較的安全だと言っていい。ゴブリン強化計画の内、量の部分においては順調にその数を増やしている。ゴブリン全体に対する食料の供給はもとより最近は雌が生まれやすいとの好条件が重なり、このまま行けば直ぐにでも数の利を獲得できるだろう。

 では、質の部分はどうか。

 現在俺の群れにいるのは外征中のものも含めてナイト級1匹、デューク1匹、ノーブル級6匹、レア級8匹、ドルイド級2匹、シャーマン級1匹。ノーマル級のゴブリンが50匹程になっている。怪我を負っている者も含めての数だが、戦力として考えられるのはこの程度だ。

 スキルやら魔法やらがない世界であれば個の力量の違いというのは、物量の前に屈服することが殆どだ。だが、この世界には文字通り一騎当千と呼ばれる強者が存在する。

 それらを抑えるためには、必ずこちらの質も問われてしまう。

 脳裏に去来するのはあの大剣使いの男だ。獰猛に笑い、大剣から巻き起こる雷撃で全てを薙ぎ払って森を破壊していった。あのような猛者を人間側が何人抱えているのかというのは大きな問題だろう。シュメアに聞いてみたが、いまいち要領を得なかった。どうもシュメアの情報は弟頼みのところがあるらしく、ヨーシュを外に出してしまったのは些か早計だったかもしれない。

 あの大剣使いを抑える程度の実力とまではいかなくても、2対1、いや、3対1でいいから奴等と対等に戦えるだけの戦力を揃えたい。人間の数は膨大で、その蓄えられた物資、戦力は更に巨大であろう。だが、決してそれらが崩せないわけではない。

 地図を描き終え、俺は足を外に向ける。

 深淵の砦の中で広い空間を利用して、ナイト級であるギ・ガーがノーマル級のゴブリン達に槍を教えているところだった。一糸乱れぬ、とは中々いかない様子だったが、連携を学び自らが生き残る確率を上げる為には、ギ・ガーの下で槍の訓練をすることは無駄ではない。

 幼生から成人したばかりのゴブリンに短い槍を持たせて、何も無い空間に向かって突きを繰り出させる。何度も何度も同じ動作を繰り返し、ギ・ガーが許可を出すまで決してその動作をやめることは許されない。木の槍を持った手の皮が破れ、血が滲んでも決して妥協を許さないギ・ガーの訓練が続いていく。

 身体能力が上がるに従い、持っている槍を長くする

 中には自身の身長の2倍程の槍を持っているゴブリンすらいるのだから、その熱の入れようは半端ではないのだろう。

「王、いらしていたのですか!?」

 慌てて駆け寄ってくるギ・ガーに、俺は訓練を続けるように言ってその様子を眺める。訓練で伸ばせるところは伸ばしておきたい。罠を使いレベルを上げることはできても、戦い方そのものを教えるのは非常に難しい。特に人間相手となれば、その蓄積されたノウハウは奴等に一日の長がある。

 俺たちのこれからの戦は平原や草原といった森の外が中心になるだろう。そのときになって、整然と平原を駆け抜ける騎馬隊の餌食とならないためには、今から集団戦……しかも戦術とかそういったものが実現できる下地を作っておく必要がある。

 地形は人間たちに有利だ。なら、他の要素で人間達を上回る必要がある。それが戦術や知略、言い方は何でもいいが、集団での戦闘で相手を上回る方法だ。そしてそれらを考えられる人材。

 人間の世界を侵略する。

 避けて通れない戦いの局面を考えれば、今から階級の上のゴブリン達だけでなく階級の下のゴブリン達にさえ今のような訓練を施さねばならなかった。


◆◇◇


 リィリィは久しぶりに実家を訪ねていた。

 両親は既に亡く、家の管理は叔父の親子に任せていた。一つ小高い丘の上に家を構え、周囲には土塁を巡らせている。リィリィ自身は聞いたことがなかったが、確かに意識してみれば近所の家々とは一線を画している。

 幼いころは感じなかったが、明確に戦うことを意識して作られたその配置。庭の植物を見ても非常時には食べられるようなものばかりだ。周囲の農家は金になりやすいものを育てるのに対して、その比較は容易だった。

 ふと思い立って記憶の赴くまま足を動かせば、幼い日に石垣の裏に刻んだ落書きが未だ残っていた。

「我が手に剣を。騎士の名をもって、人を守り魔を討たん……」

 幼い日に祖父に聞いた誓いの言葉を、そのまま書いた落書き。意味も分からず繰り返し唱えていた記憶がある。その心があれば立派な騎士になれるのだと、そう教えてくれた優しい祖父の大きな掌が記憶の彼方から蘇る。

「お祖父様……」

 今、守るべきは聖女と呼ばれる一人の少女だ。

 それはいい。

 アシュタール王は、確かにこの身を国の最高位“聖騎士”として取り立ててくださると言った。レシアが去ったあと、この国を、自身の生まれ育った故郷を守る為にその力を貸してほしいと。

 一陣の風が、リィリィの頬を撫でる。

 麦の稲穂が揺れ、木々の梢は風の神(カストゥール)の歌を奏でる。祖父達が切り開いた、豊穣の大地。

 騎士の剣は誰に捧げられるべきものなのだ。

 レシアを守る。勿論それは変わらない。過酷な運命を背負った彼女を放り出すなんてことは出来る筈もない。だが、聖騎士となればその力の及ぶ範囲は否が応でも広がる。彼女だけを守ることが果たして赦されるのだろうか。

「私は、どうする?」

 大儀はどちらにもあるのだろう。

 騎士として、唯一人の身を守るのか。それとも圧倒的大多数の人々の平穏を守るのか。

「迷うことなど、ない筈だ」

 この身は既に覚悟を決めた。大多数の人々の平穏こそが、レシア様の望み。

「ならば私は、この手に剣を」

 落書きをなぞる。

 翌日、リィリィは聖騎士の称号を受けることを了承した。


◆◇◆


 人間たちと再戦を誓った日まであと330日。

 ゴブリン達の繁殖速度はかなりのものがある。雌が生まれる確率が上がったこともあるが、生まれた幼生を直ぐに鍛えられるというのもゴブリンの特徴だろう。

 ギ・ガーの鬼のような教練と豊富な食料のおかげで、一週間あれば幼生のゴブリンは成人する。兵力として考えられる個体は既に100を超え、非戦闘員であるゴブリンの数も70を超えようとしている。

 概ね安定期に入ったと考えていいだろう。この調子で数を増やしていけば頭数的には問題はない筈だ。後は質の充実。

 上位のゴブリンには下位のゴブリンを率いることを覚えさせるため、積極的に狩りに出させる。巨大な獲物を、味方の損傷を少なくしながら如何に効率良く仕留めるか。

 レア級、ドルイド級になったばかりのギ・バー、ギ・ビー、ギ・ブー、ギ・ベーらに教えながら、巨大芋虫(グリーンキャタピラー)を狩る。

 《人食い蛇》のスキルを持つものや冥府の眷属神(ヴェリド)の加護を賜ったゴブリン達は、人間さえ絡まなければ極めて優秀なゴブリンだった。

 獰猛なる腕のギ・バーは槍と剣を器用に扱い、獲物の動きを封じる術に長けている。水術師ギ・ビーは敵の弱点を突く一撃をよく放つ。格闘のギ・ブーは獣士としての能力に加え、斧と素手による幅広い戦い方を駆使し、片腕のギ・ベーは斧、槍、剣を使い熟しながら、接近されたならその強靭な牙で敵を引き裂く。

 常に敵の血に濡れている様子は味方を奮い立たせ、敵に恐怖を与えることだろう。人間達の侵攻を契機に武器や防具の事情は大分改善した。今まで木の槍や石の斧を主流に使っていた下位のゴブリン達にまで鉄製武具が行き渡ることになったのだ。

 だが、何れ武具は破損する。ゴブリンの力で振るえば切れ味など落ちていようとも打撃の力はあるだろうが、やはり何らかの方法で補修を考えねばならない。

「王、敵すグ来る」

 片腕のギ・ベーの言葉に、考え事を中断する。

「あれは、脚長蜘蛛(アニースパイダー)だな」

「確か、口から漏れる液体には毒があったのでしたな? 王よ」

 水術師ギ・ビーの学者然とした物言いに苦笑する。

「殴る、蹴ルぅ!」

 ギ・ブーは興奮気味に叫び。

「脚ヲ切れバ、良いノダな?」

 獰猛なる腕のギ・バーが先手を取るべく一歩前に出る。

「よし、行け!」

 俺の号令とともにギ・バーが駆け出す。脚長蜘蛛の長い足元をすり抜けざま、剣を振るい蜘蛛の脚に切りつける。間髪入れずに水術師ギ・ビーの水球が降り注ぎ、脚長蜘蛛の表皮を凹ませる。

「グルゥゥ!」

 ギ・ブーの唸り声と同時に、彼の使役する野犬が地を蹴る。頭上から蜘蛛の注意を犬が引き付け、足元を狙うようにギ・ブーの斧が脚長蜘蛛の脚を叩き折る。至近になったところで斧を地面に投げ、蜘蛛の腹の下から蹴りを連続して放つ。

 随分器用だ。

 体勢の崩れた脚長蜘蛛に止めの一撃とばかり、片腕のギ・ベーが槍で蜘蛛の頭を刺し貫く。

 蜘蛛の複眼からゆっくりと光が失われ、完全に沈黙するまでゴブリン達はそれぞれの攻撃をやめなかった。

 器用にその場にあった武器を使い熟すことに加え、単独で突出しない連携の大切さも分かっている。恐らく次の戦では主力の片方を担うであろう彼らに言葉をかける。

「良くやった。今の感覚を忘れるな。ノーマル級ゴブリン達を率いたときも、決して無茶はするな」

「「「「御意」」」」

 4匹の返答を聞き終えて、俺は集落へ戻った。



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― 新着の感想 ―
[一言] 楽しく読ませていただいてます。 誤字報告2箇所です。 リィリィ自身は聞いたことがなかったが、確かに意識してみれば近所の家々とは一戦を画している。 →一戦を画している→一線を画している …
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