二匹の望郷
【種族】ゴブリン
【レベル】36
【階級】キング・統べる者
【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《直感》《冥府の女神の祝福》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv20)オークキング《ブイ》(Lv82)
【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》
ゴブリン達の活動は日中から夜間にと、それこそ時を選ぶことはない。確かに夜目は利くし、夜間にドルイド達の魔素が充実を迎えるのは事実だが、決して夜だけがゴブリンの時間というわけではないのだ。
王の仕事とは何であろうか?
言わずもがな食の確保である。昼夜問わず活動できるが故にその為の食料の確保は非常に大切だった。暗黒の森の西域、氏族達の集落。ここを戦略上の拠点として勢力の拡大を図る俺にとって、そこを落とされることは全てが無に帰すということだ。
故に、ここから四方に手を伸ばす形で侵略をせねばならない。
東側は集落と、人間の領域。西には未踏破区域。北側にはゴルドバの集落と続く未踏破区域。南にはパラドゥアの集落と森の中にぽっかりと開いた平原が広がる。頭の中に地図を思い描けばここら周辺は氏族が支配する土地以外、殆どが未踏破区域だと考えて間違いはない。
ゴブリン達には地図を作る能力がない。念の為人間のシュメアにも確認したが、そんな技術はないとのことだった。まぁ、期待をするだけ無駄というわけか。どうしてこう、俺の周りには脳筋ばかりが……。
地理の解明の為にはまず、現地を知らねばならない。絵でも記号でも構わない。石にでも刻み付けて地図とする為に、俺は砦周辺の探索を開始する。
もちろん狩りを行いながらになる為、残ったゴブリン達に同行を命じ、砦の守りはナイト級ゴブリンのギ・ガーに任せた。
ノーマル級を始めとして、念のためギ・ヂーら統率能力の高いゴブリンを連れての探索行だ。万が一にも間違いはないと思う。
集落の周りでは、やはり一回り巨大な獲物が目立った。
巨大な角と呼ばれる鹿、巨大な芋虫、脚長蜘蛛などなど。数え上げればきりがない。一通り俺が倒し終えた後はノーマルを始めとするゴブリン達に任せてみる。図体が大きな分、倒すのに時間はかかるようだったが、決して不可能ではない。
モンスターどもの習性を覚えてしまえば罠を使った狩りも可能となるだろう。
食料の目処をつけると、周囲の散策に移る。地形を見るため大木の枝に腕をかけ、よじ登り、周囲の地形を確認する。土地の凹凸はどうなっているのか、水場は近くにあるのか、草原は、人間を迎え撃つならどこがいい? 狩り用の罠を仕掛けても仲間が罠に引っかかる危険が少ないのはどの辺りだ。
目を細めて周囲を見渡す。殆どを木々に覆われた森の中でも一段高くなっている場所で現地を確認する。
地道な作業だった。ここまでして周囲の地理を確認するのにどれほどの意味があるのかと、後ろに続くゴブリン達も首を傾げるものが多い。
今回連れてきている中で最高位のレア級であるギ・ヂーでさえ、俺の真意を測りかねているようだった。西日が差してきたところで今日の探索は終わりにする。深遠の砦へ戻ると取ってきた食糧を全員で分け合い、食べる。
食事をしながら群れの非戦闘員を任せている老ゴブリンから生まれたゴブリンの報告を受ける。
「ここにきて雌が生まれることが多くなっているようです」
なるほど、それは喜ばしいことだ。雌の数が増えればその分だけ子供を産む数が増える。話を聞けば今までは10匹に1匹程度だったものが、5匹に1匹程度の割合まで増えているらしい。
これも深遠の砦の効果か? 双頭の蛇の恩恵なのかどうかは分からないが、中々良い傾向だ。人間どもと再戦を定めた日まで後340日程。
それまでにどれだけ数を増やせるか……それは取りも直さず、安定した食料の供給問題と同義だった。
◇◆◆
「ただいま戻りましてございます」
ガンラの氏族の集落ねじくれた巨人の森に、ギルミが帰還したのは、王が深淵の砦に到着してから、二日後だった。
「待ちわびたぞ、よく帰ったな」
ナーサ姫の第一声に、ギルミの表情は安堵の色を見せ。
「うむ」
「まったく、最近の若いもんは老人を待たせていかんねえ」
続くラーシュカとアルハリハの声に、皺を寄せた。
「族長、ただいま戻りました。ご壮健で何より。お二方とも、ご無事で至極残念……いえ、何より」
ナーサの前に膝を着き、畏まったギルミの口から出た報告に一瞬だけナーサは顔を強張らせる。
「ふん、言うわい」
「なかなか肝が太くなったようだな」
苦笑を浮かべるアルハリハとラーシュカにほっと胸を撫で下ろす。彼らなりの挨拶なのだろう。決して仲良くは出来ない。長年の因縁とでもいうのか、積もり重なったしがらみが素直に無事を喜び合えない間柄にしてしまったが、これから解いていけば良いとナーサは思い直した。
「それで、お二方が集まった理由というのは」
ナーサの隣に立つと、アルハリハとラーシュカを見るギルミ。
「おう、単刀直入に言おう。お前、王の真意をどう見る?」
ラーシュカの切り出し方があまりにも露骨だったので僅かにアルハリハは舌打ちし、ギルミは片眉を跳ね上げた。
「どう、とは?」
「昨今の戦は、まぁいい。あれ以上戦いを続けるのは厳しかろう。だがそれに続くギ・ゴー殿の離反。更には他の幹部どもを遠方に送ったことだ」
ラーシュカに代わって口を開いたのは老練なるアルハリハ。今のパラドゥア族長であるハールーからその報告を受け、首を捻っていたところだ。
つまり彼らが今日集まったのは王の真意を知る為。最も近くにいたギルミに話を聞こうと思ったからなのだ。
「何か不安でも?」
「あるといえば、ある。王は時々我らでも考えつかない事をやってのける。だが、それだけか?」
「王の為さろうとしていることを知り、協力することこそ真の臣下だろう」
ラーシュカの言葉に、思わずギルミは目を見開く。この誇り高いゴブリンが王のために働くという。
「王には再戦の日まで壮健であってもらわねばならん。万全でなければ挑戦する意味もないからな」
太い笑みを浮かべ続けられた言葉に、妙に納得のいったギルミ。
ナーサを見ると、ギルミを見上げて視線が合う。
「……王は新たな配下をお望みのようです。ギ・グー殿ら配下の者を周囲に派遣し、今までになく兵を集められているご様子」
その言葉に首を捻るラーシュカ。
「そりゃ、儂等を信用しきれんってことか?」
アルハリハの指摘に、ギルミは首を振る。
「というよりも、来るべき日の為に必要な処置を考えているようでした。次は恐らく人間達との戦になりましょう」
「確かに、あの人間達は強敵だったな」
ラーシュカの言葉にアルハリハが考え込む。
「ハールーも負傷して戻ってきやがった。まぁ一つ男振りを上げたから良しとしたが、なるほど。苦戦しやがったのか」
苦々しげに吐き捨てるアルハリハの声にギルミが口を挟む。
「勇猛果敢なパラドゥアの名誉を更に高められた、と思いますが?」
「王の役に立たなきゃ意味がねえだろう」
「王も大変お喜びでしたよ」
「ふむ。なら、まぁいいが」
それで、とナーサが話を戻す。
「王が望まれているのは新たな戦力、ということで間違いないのだな? 我らが不要とされたのではなく」
「勿論、我らの戦力拡充こそ国の礎と」
「なるほどな」
ナーサ、ラーシュカ、アルハリハ。三者三様に考えを巡らすと、ラーシュカが立ち上がる。
「ガイドガは、子供を沢山作るとしよう」
直接的で分かり易いガイドガの族長ラーシュカの言葉。
「オーガどもが消え失せて深淵の砦から漏れる瘴気が少なくなった。おかげで獲物は戻り、騎獣諸共飢えずに済んだ。この恩義、返さないわけにはいかねえ。パラドゥアは一匹一匹が一騎当千の兵となるよう、鍛え上げよう」
扱き甲斐がある、と悪鬼のような顔でアルハリハが笑う。
「ガンラは……技を磨こう」
ナーサの言葉にアルハリハとラーシュカは興味を惹かれ、注目する。
「我らはガイドガのような強靭な肉体も、パラドゥア程の精強さも無い。だがその代わりに石を加工し、木を削り、物に細工を施す術を持つ。新たに生まれてくる者達の為に武器や防具を作り、彼らが強くあるように努めよう」
「小娘だと思っていたが、中々どうして」
苦笑するアルハリハに、ラーシュカも目を見張る。
「確かにガンラになら可能だ。いや、ガンラにしかできぬだろう」
王の覇業成就の為に氏族は独自に動き出した。
2匹の族長が帰った後、ギルミとナーサは幼い頃に遊んだ大木の根元に来ていた。
「先程のガンラの成すべき道……見事でした。族長」
「私にも考える時間は沢山あった。ガンラを見、ガイドガを見、パラドゥアやギの集落を見て見聞が広まった、とでも言えばいいのかな」
「最早立派な族長です。間違ってもお嬢様などと呼べませんな」
「こそばゆいな。ところで……王から家名を賜ったそうだな」
「はっ……これでギの集落とガンラの結び付きは強固となりましょう」
「ひいては、ガンラ氏族の安泰はより確実となる……か。なぁギルミ。無理をしていないか?」
「いいえ、決してそのようなことは……」
片膝をついたギルミの視線は下を向いたままだ。ナーサは暗い闇の中を見つめていた。
「ラ・ギルミ・フィシガ……か。すごいなお前は。どんどん先へ行く。今では4氏族の中でさえ、お前を侮るものはいないだろう。初めに射る者にして、父上の後継者。氏族を纏める者だと皆がお前を褒め称える」
「まだ私はギラン様には遠く及びません」
「私はもう追い抜いてしまったようにすら思うのだけれどな。ギルミ……無理はするなよ。お前がいなければ私は……」
その先の言葉をナーサは言わなかったし、ギルミも問おうとはしなかった。二匹のゴブリンは幼き日の思い出の中で、いつまでも大木の根元に佇んでいた。
◇◆◇
巨大な王都の外れも外れ。その日レシアは許可を得てリィリィを伴に町へ出ていた。フードで顔を隠してしまえば、彼女が聖女であることを知るものは殆どいない。冒険者であるリィリィがいることも商家のお嬢様の護衛程度の印象しか周囲に与えず、彼女は雑踏を踏み分けていく。
途中で甘いものを大量に購入し、リィリィとレシアで半分ずつ持つ。最初は全てリィリィが持つと主張したのだが、それではいざというときの対応に困るだろうとレシアにやり込められてしまう。二人が向かう先はスラムと呼ばれる貧民街だ。その立地条件と治安の悪さを考えれば、リィリィよりもレシアの言い分に理があった。
二人が向かった先は捨てられた子供達を引き取る孤児院。崩れかけたその建物の扉を開けると同時に木の棒が降ってくる。それを避けると、勢い余ってたたらを踏む子供。
「随分、お行儀が悪くなったのですね。フィシモ」
「ありゃ、レシア姉ちゃん」
驚いたようなフィシモの声に、奥からぞろぞろと子供達が出てくる。
「お姉ちゃんだ! お姉ちゃん!」
駆け出してくる幼い子を抱き止めて、レシアは持っていた甘いお菓子を入れた袋をフィシモに渡す。
「お姉ちゃん、あのガランドって人と結婚するの?」
「しないわよ」
「聖女様っていうのになっちゃうんだよね」
「そうね。そう呼ばれているけど」
椅子に腰掛けると、一人一人の子供達の頭を撫でる。しばらくそうして子供たちをあやすと、物語を聞かせる。普段の張り詰めた表情とは違う、優しい顔で語り聞かせるのは幸せになった神様と人間の恋の話。
普段の辛い出来事を忘れられる優しい話に、子供たちは目を輝かせ夢中になって聞き入る。語り終えたレシアが出て行くころには、辺りは既に夕闇に包まれていた。
「いつもこのようなことをしておいでだったのですか?」
「私は為政者ではないから本当の意味であの子達を救ってあげることは出来ない。けれど目の前にいる人を無視出来る程、残酷にもなれないの」
未だ成人を迎えてすらいない少女の言葉に、リィリィは唇を噛む。先日王から質問があった。本物の騎士になるつもりはあるか、と。
その甘美なる問いかけは自身の心を揺さぶる。騎士になるのは幼いころからの夢だ。祖父から聞いた英雄譚。物語に知った武勇伝。この身が男ならと悔やんだことが何度あったか。
その夢が実現するかもしれない。
レシアの行いに比べて、自身の悩みの何と小さいことか。
決着をつけねばならない。
リィリィの腰に備え付けた剣が僅かに鳴った。
◇◇◇◆◇◇◇◆
レベルが上がります
36→37
◇◇◇◆◇◇◇◆
次回は金曜日。仕事一段落につきペースアップします。