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ゴブリンの王国  作者: 春野隠者
楽園は遠く
124/371

とある別離

【種族】ゴブリン

【レベル】36

【階級】キング・統べる者

【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《直感》《冥府の女神の祝福》

【加護】冥府の女神(アルテーシア)

【属性】闇、死

【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼ガストラ(Lv20)灰色狼シンシア(Lv20)オークキング《ブイ》(Lv82)

【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》



「帰りたいか?」

 静かに問う俺に、シュメアとギ・ザーから非難の視線が向けられる。ギ・ザーからはそれでは困るといった風な困惑を含んだものが。シュメアからは出来ないことを軽々と口にするべきではないという、戸惑いを含んだものが。

「帰して、くれるんですか?」

 怯えた様子で問い掛けるセレナに、俺は頷く。

「何れ時がくれば、俺は妖精族とも交渉の窓口を持とうと思っているからな」

 嘘ではない。人間を打倒し、この世界に俺の覇権を打ち立てるにはゴブリンだけでは足りない。ブイ率いるオークやハス率いるコボルトも手駒として考えているが、それでも尚足りない。

 人間に勝つには諸部族の王として立たねばならない。そのことを考えれば、態々敵対する必要などないのだ。弓に優れた風の妖精族(シルフ)。是非とも戦力として欲しい。

 だが、もし俺に敵対し、俺の覇道を妨げるものとなるならその限りではない。剣による制裁を加え、俺の支配下に組み込むことも辞さない。全てはシルフの出方次第だ。

「ゴブリンの旦那、随分寛大なんだねぇ」

「そうか? お前達人間が寛容を忘れているだけだろう?」

 俺の言葉にシュメアは絶句し、苦笑と共に頭を掻いた。

「まぁ、そう言われると返す言葉もないんだけどさ」

「……その、ありがとうございます」

「何、礼には及ばぬ」

 シルフの出方次第なのだ。余計な感謝をされる筋合いはない。それからセレナの語る話は、シルフの生活の細部にまで及んだ。小人(コロ)と呼ばれる同居人達との遊び。シルフの集落付近で食べられる薬草の採取の話。同年輩のエルフ達の話。

 中でも俺が一番気になったのは鍛工の小人(コロ・ドワルフ)の話だった。暗い穴倉に住み、鍛冶と工芸に優れた技を発揮するコロ・ドワルフ。エルフ特製の酒と交換で鏃やナイフを作ってもらう等、話に聞く限り中々興味をそそられる。

「その、コロ・ドワルフとはどれくらいの数がいるのだ?」

「私達のところには…そうですね、一杯いました」

 花の咲くような笑顔に思わず眉を顰める。いまいち要領を得ない答えだ。こちらに気を許すのは構わないが、それで話が通じ難くなっては元も子もない。

 だが今の時点で、俺の意図を彼女を通じてシルフに気取られるのは足元を見られる可能性もある。ここで追求するべきではないだろうな。

 更に話を聞いていく。

 シルフ達はそれぞれ森に独立した集落を形成し、外の世界とはほぼ関係を持たないらしい。全ての幸せが森の中にあると信じているような連中だ。引き籠っていても不思議ではない。

 だが何事にも例外というものは存在する。

 中には冒険者として人間の世界で活躍する者もいるらしい。その話になったとき、一緒に話を聞いていたシュメアが声を上げる。

「あたしも聞いたことがあるね。血盟(クラン)花月(フェアリ)の弓王フィーニーとか、東方のシュシュヌ教国の五弓シュエンとか。弓使いじゃないけど、火蜥蜴バルーイなんてのもいるね」

 その話を補足するように、嬉しげにセレナは語る。

「フィーニーさん、シュエンさんもシルフですね。バルーイさんは多分サラマンドル。どの人も30年以上前に外の世界に跳び出て行った人達です。凄いですよね~」

 五弓というのは、シュシュヌ教国の弓達者で五指に入る者のことを指すらしい。

「ふむ、だがお前は何故奴隷などになっていたのだ? 聞けばシルフ達は森の中で暮らすことをこそ幸せの在り処と心得ているようだが」

 俺の振った話題が悪かったのか、しゅん、とセレナが肩を落とす。眉を顰めるシュメアの視線が痛いが、無視して話を促す。

「……私は、ずっと外の世界に憧れていたんです。そりゃ森の中の暮らしは満ち足りているし、生活に必要な何もかもがある。でも……」

 そこで押し黙るセレナの肩を、優しくシュメアが抱く。

「……昔ある人が言ったんです。“ここは何もかもがある。けれど自由だけは無い”って。その人とは森を出て行ったきり、一度も会えていませんけれど。自由というものが何なのか私には分かりませんでした。けれど、その人が夢見たソレを少しでも理解してみたくて……」

「そこで悪質な奴隷商に捕まったか」

 ギ・ザーの言葉に涙を流しながら頷くセレナ。

「自由、ね。まぁ……自分の意志で何かを決められるってのは良いもんさ」

 元奴隷だったシュメアは自身の首筋を撫でながら苦笑する。嘗てそこには隷属の首輪があり、彼女の命は他人に左右されていたのだ。自分の命すら自分のものではないという現実は如何ほどの精神的苦痛を与えるのだろう。

 胸の奥に疼くのは《叛逆の魂》のうねりだ。神々や人間などの強者に己を捻じ曲げられるあの苦痛。許し難いことだった。

「成程。お前が奴隷になった理由は良く分かった」

「そうそう、元気出しな。もしあたしがその人ってのに出会ったら、無事を伝えてあげるからさ。で、その人の名前は?」

「ありがとうございます……その人の名前は、プエル。プエル・静かな森(シンフォルア)という人です」


◇◆◇


 王都の商店街が並ぶ表通りは今日も活況を呈している。そこから少し距離を隔てて存在する裏通り。奴隷商が立ち並ぶ一角があった。

 衛の兵士の一人であるユザは、今日も街の治安維持に平民出身の兵士を引き連れて出張っていた。

「くそっ!」

 最近彼の不機嫌具合は天井知らずである。それというのも、冒険者の割合が増えるのに比例して増加する揉め事。上司である近衛兵長は王城の官吏に阿ることしか能がなく、ちっとも頼りにならない。最近増えてきた冒険者という輩は、確かに森を削り取る分には良い戦力なのだろう。

 人間全体としてみれば、確かにそうだ。

 ──腕っ節の強いゴロツキどもを、有り余るっ! 無駄なっ! 精力を森に向かって吐き出してくれるのだ。人間全体で見たら、なっ!

 心の中で盛大に罵声を浴びせ足を速める。表通りの喧騒を蹴散らす勢いで走り、裏路地へと先頭を切って走る。

「何故冒険者という奴等は、こうも問題ばかり起こすんだ!? ええ!? しかも俺のシマでばかりだっ!」

 裏路地に入って聞くものが少なくなった途端、盛大に罵声を吐き出す。彼の部下達は慣れているのか互いに顔を見合わせて苦笑するだけだ。

「お陰で俺は休日を返上! 最愛のシファは膨れっ面でまた仕事ぉ? とか言い出す始末! ええ、おい!?」

 生真面目な副長は、はぁ、と返事をしたきり、怒鳴る上司の気の済むように任せている。

 ちなみにシファというのは彼の一人娘で、今年4歳になるらしい。上司であるユザの愚痴を酒の席や職場で、それこそ耳にたこができるぐらい聞いた副長は、愛らしい彼の娘の顔を思い出して頭を掻いた。可愛い盛りではあるのだろう。

「なればこそ、早めに片付けましょう。可愛いシファさんの為にも」

「てめえ、俺の娘に気があるのか! やらんぞ、絶対に! ……全く同僚のアホどもは、冒険者相手はやり辛いなんてほざきやがるっ!」

 流石に4歳の女児に好きも嫌いもあるまいにと、冷静な副長は頭を掻く。

 この愚痴と親馬鹿さえなければ、上司としては申し分ないのだがと密かに思うと、ユザの同僚連中……つまりは他の上司達を思い浮かべる。

 まぁ、マシな方だ。公正だし、賄賂を要求したりはしないし、平民兵士の先に立って現場を仕切ってくれる。

 人間誰しも欠点はあるものだと諦めに似た苦笑を浮かべ、走る上司に注意を促す。

「もうすぐ騒ぎの現場です」

「よぉし、さっさと片付けるぞ! 場合によっちゃ剣の使用も許可する。留め金は外しておけ!」

 兵士達が互いに顔を見合わせる。剣の使用は厳重に戒められている。使用者や、まかり間違えば近衛兵士自身にも重い罰則が下る程だ。

 それほど危険性があると判断しているのは決して間違いではないが、一応の注意を促しておく。

「宜しいので?」

「向かう先を考えろ! 野次馬どもだって武装してても不思議じゃねえんだ! だがいいか、俺が合図するまで抜くんじゃねえぞ!」

 汚い言葉とは裏腹に、彼の背には信用に値する頼もしさがある。通常武装の棍棒を握り締める手に思わず力が入る。

「復唱はっ!?」

「はっ! 全員抜剣用意!」

 副長の声に従って兵士達は留め金を外し、裏通りを抜けた。

「近衛兵士だ! 道を空けやがれ!」

 ユザの叫びに野次馬がたじろぐ。裏通り、奴隷を扱うような場所に集まる者達だ。脛に傷のある者も一人や二人ではない。

 その隙間を通り抜け、ユザ達は奴隷商の店の中へと踏み込んだ。


◆◇◇


 時は少し遡り、奴隷商の店の中。

 奴隷商はにんまりと来店者の品定めをしていた。長年の商い生活の中で磨かれた彼の目は、今度の客を上玉だと判断する。

 聞くところによれば、名のある血盟の御一行様だ。

自由への飛翔(エルクス)の皆様方。良き商品はございましたか?」

 奴隷商は内心で笑いが止まらなかった。先日の聖騎士ジェネといい、金払いの良い客ばかりだ。運が向いてきたらしい、と。

「人間の奴隷はこんなものか」

 普段遥か東方で活動しているこの血盟には、相場というものが分かっていない筈だ。多少吹っかけても問題あるまいと心の中で計算を立て、頷く。

 ──さては亜人をお望みか。

「何分、昨今はお城からの締め付けも中々厳しいものがございまして」

 奴隷の供給先というのは、もっぱら戦で獲得するか、或いは借金のかたに自ら身を落とすかだ。罪を犯した者も奴隷になるのだが、上質な奴隷は当然値が張る。

 この程度は交渉の内と、高を括った奴隷商の舌は滑らかだった。

「……妖精族の娘を探している。名前はセレナ」

 進み出たのは美貌のエルフだった。金色に輝く豊かな髪を後ろで一つに纏めている。背に追った弓には使い込まれた歴戦の風格。濡れた宝玉の様な緑色の瞳は、憂いを帯びて沈む。

 幾人かの妖精族の奴隷を扱ったことのある商人をして、はっと息を飲ませるだけの美しさを備えたエルフだった。

「おう、どうなんだ。姫さんが聞いてるだろう?」

 横合いから出てきた無頼漢のような男に胸倉を掴まれるまで、奴隷商は彼女に見蕩れていた。

「……いえ、存じませんな」

 言った瞬間、奴隷商は無頼漢に思い切り殴られる。

「リュターニュ、あんまり無茶は……」

「分かってます。大丈夫」

 やんわりと笑う無頼漢は一転、奴隷商に目を転じる。その鋭い視線に、思わず気圧される。

「リーダー、俺ァ少しこの商人さんと秘密の話があるから、先に外に出ててくんな」

 リーダーと呼ばれた若い男は、軽く溜息をつくとプエルを促して裏口から外へ出た。

「あの、リーダー……リュターニュさんが」

「あいつの気持ちを汲んでやれ……クランから離れるつもりなんだろう?」

 プエルは俯くと、それ以上の言葉を封じられた。

「あいつは、お前に恩義を感じてたからな……」

 王都はもうすぐ季節の変わり目、驟雨を齎す雨雲が陽光を遮り始めていた。

「でも」

「リーダー」

 声を掛けたプエルを遮るように、店の中からリュターニュという男が出てくる。

「情報を得られましたぜ。何でもつい10日程前に、聖騎士ジェネって男に売り払ったらしい」

 その報告に、リーダーと呼ばれた男は眉間に皺を寄せた。

「確か、ジェネは暗黒の森で討ち死にしたな?」

「へぇ。奴隷は行方不明……」

 表の方が段々と騒がしくなってきたようだ。

「お姫さん、こりゃ……」

「プエル……」

 リーダーとリュターニュは顔を見合わせる。

「一度、森へ……故郷へ戻って見たいと思います」

「……それが良いだろうな」

 リーダーの判断にリュターニュも頷く。プエルと共に森へ入るという選択肢もないわけではない。だが、その為には折角東部で築いた地盤を捨て、大陸の西部でやり直さないといけなくなる。地盤を固め、森への侵入の準備をして、それから初めて森への挑戦となる。

 ただ一人のエルフに付き合ってやれるほど、自由への飛翔(エルクス)は小さなクランではなくなってしまっていた。

「お姫さん、今までお世話になりやした」

 頭を下げると、リュターニュは足早に店の中に戻っていく。

「餞別だ」

 ぽんと渡された皮の袋。中身はぎっしりと詰まった金貨だった。

「要らないなんて言うなよ。お前のお陰でウチは弱小クランから東部に名を知られるクランにまで成長した。ただのゴロツキの集まりだった俺達が、名前の通り自由を手に入れて未知の土地を行く“先駆者”にまでなれたのはお前のお陰だ」

 ああ、きっとこれは別れの言葉なのだとプエルは俯いた。

「本当ならお前の為に西部に足場を用意して、森への開拓を手伝わなきゃならんのは俺達の方だ。だが……」

赤の王(レッド・キング)との抗争は、避けては通れない……分かっています」

 冒険者のクラン同士の先駆け争い。プエルの力がなければ大きな痛手になるだろう。だが、それでも尚彼女を遺恨なく送り出してくれるリーダーに彼女は感謝した。

「金があって困る程、初心でもあるまい?」

 そのリーダーの言葉に、くすりと彼女は笑った。森から出てきたばかりの頃、道に迷い、人の多さに戸惑い、裏路地に入った所でゴロツキどもに絡まれた。それを助けてくれたのが自由への飛翔(エルクス)の人達だった。

 小さなクランから仲間を集めて、大きなクランへ。去来するのは過去の記憶。苦しかったこともあったし悲しかったこともあった。だが、それを含めて全て楽しい思い出だ。

「じゃあな。“静寂の月”のプエル・シンフォルア」

「お元気で。我らが“先駆けの翼”トゥーリ・ノキア」

 互いに拳を打ち合わせ、二人はそうして別れた。

 思いを断ち切るようにリーダーであるトゥーリは雑踏に消える彼女の姿を視界から追い出すと、店の中に戻る。そこではリュターニュと押し問答をしている近衛の兵士の姿。

「やれやれ……暫く臭い飯でも食うか」

 手は打ってある。この胸に蟠る悲しみを少しでも癒せるのなら、少し暴れてみるのも良いかもしれない。


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