侵略の指先
【種族】ゴブリン
【レベル】36
【階級】キング・統べる者
【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《直感》《冥府の女神の祝福》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv20)オークキング《ブイ》(Lv82)
【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》
ギ・ゴー・アマツキが集落から離れて2日後、追っ手を出すべきだとの《暗殺》のギ・ジー・アルシルらの強硬な意見を取り消させ、俺は西への移動を開始する。
人間たちから奪い取った荷車を解体し、神輿のようなものを作る。4匹のノーマル級ゴブリンにそれを担がせ、身重の雌ゴブリンや幼生のゴブリンを乗せると西へと移動を開始する。目指すは深淵の砦だ。荷車を見た古獣士ギ・ギー・オルドや呪術師ギ・ザー・ザークエンドの間で、激烈な意見が交わされたのはその出発前だった。
曰く、これは何であるか?
そもそも森の中を生活の基盤とするゴブリン達にとって、平坦な道で使う荷車というのは想像もつかないものだった。二つの大きな車輪は月と同じように丸く、ギ・ギーはこれを人間達の月への信仰の対象──つまり偶像と見た。
一方ギ・ザーはもっと実用的なもの、つまり移動可能な防御施設だと言う。
ギ・ザーの意見を補足するかのように、実際にこれを使っての防衛を体験したギ・グー・ベルベナはギ・ザーの意見に賛同を示す。
「そもそもこれが人間たちの偶像だとして、どうやって拝むのだ」
ギ・ザーから最もな言葉を言われ、だが何を思ったかギ・ギーは荷車の片方に自身の使役する野犬を乗せると──反対側に飛び乗った。
結果として野犬は空を飛び。
「ウウォォォオン!?」
哀れ、訳も分からぬまま空中へと飛び上がり、悲鳴とともに樹上に突っ込む。枝を折りながら地面に墜落する頃には犬は気絶していた。
まぁそりゃ怖いだろうな。
「こうやって月に捧げるのだ!」
大分間違った使い方だったが、目の前で実証して見せるというその説得力にギ・ジー・アルシル、ギ・ズー・ルオらが賛意を示す。あわや掴み合いの喧嘩になろうかというところに、人間であるシュメアが通りかかった。
「シュメア殿に聞けばいいではないか!」
風術師ギ・ドーの声に、今まで喧々囂々の言い争いをしていたゴブリン達は互いに顔を見合わせ、一斉に彼女を取り囲む。その圧力たるや、肝が据わっている筈のシュメアが思わずたじろぐ程だった。
「シュメア殿、あれは何だ!? 偶像か、それとも移動盾なのか!?」
代表して言葉をかけたのはギ・ザー。
「ええっと、荷車っていう荷物を運ぶものだけど……それがどうかしたのかい?」
暑苦しくなるほど詰め寄られ、何事かと訝しがった彼女の返答を聞いて、ゴブリン達は水を打ったように黙り込む。
気まずげに視線を逸らすギ・ザーとギ・ギーの様子に、俺は思わず吹き出した。
「お、王……。まさか知っておられたので?」
「そんなことより集落の移動の手伝いをしろ」
恨めしげな声に咳払いをして、強引に話題を変える。
まぁなんにせよ、新しいものに興味を覚えるのは良いことだ。
◇◇◆
道々俺は、この先の方向性について考えていた。
やることは大きく三つだ。群れの拡大と強化。人間と戦えるだけのゴブリンの戦力を整え、レシアをこの手に取り戻す。人間の世界への足がかりとして、国を一つ取る。
ではその手段だ。
ゴブリンという種族は多種多様。人間の次に数が多いと考えられている。それはシュメアから聞いた人間の常識と照らし合わせても間違いない。冒険者や彼女のような奴隷戦士が戦う相手としても一般的な、それも弱い部類の敵としてゴブリンは認識されている。
人間のいる地域にはほぼ確実にゴブリンも住み着ける。
ならばだ。この森の中にも未だ見ぬゴブリンの小集落が犇いていても不思議ではない。そして人間の世界に隣接する平原にもだ。深淵の砦の更に西側、或いは集落から南側。北側は──まぁオークに任せてあるが──そこには未だ踏破していない地域が残っている筈だ。
だが、俺が単独で奴等を征服し従属させていたのでは時間がいくらあっても足りない。ここは階級の上がったゴブリン達を使って、侵略を行わせてみてもいいだろう。失敗しても母体の雌は今俺の手元にあるのだから最悪の事態は避けられる。
集落から二日の地点で、俺はギ・グー・ベルベナを呼び寄せた。
「ギ・グー・ベルベナよ、ギ・ゴーが群れを離れたのは知っているな?」
「……御意。ですが決して王に叛意を抱いたわけではなく」
「分かっている。ギ・ゴーはそのようなものではない」
競い合ってきた者同士、通じ合うものがあるのだろう。ギ・ゴーを庇うギ・グーの言葉に、俺は鷹揚に頷いておく。
「お前には俺の代理を命じたい」
「と、言いますと?」
「ココから南へ出向き、近隣のゴブリンの群れを掌握し俺の元へと率いて来い」
一家を構える権利をノーブル級以上のゴブリンには与えている。その権利を行使しろと俺は言ったのだ。その意図を理解したのか、ギ・グー・ベルベナは腰に差した剣の柄を握り締めたまま深く頭を下げた。
「必ずや、王のご期待に応えて見せます」
「武運を祈るぞ」
「はっ!」
身を翻すと、森の中を獣の速さで駆け抜けていく。
「俺は行かないからな」
後ろからギ・ザーの声がする。
「お前とギ・ガーは梃子でも動きそうにないな」
苦笑をにじませると、ギ・ザーもそれに合わせて苦笑したようだった。
翌日には、ギ・ギー・オルドを北へ向かわせ、ギ・ズー・ルオは南西へと走らせた。そうして3匹のノーブル級ゴブリンを群れの外で征服活動に従事させながら深淵の砦に入る。
「王様、お帰りなさいませ!」
小さな白い体でちょこんと頭を下げたのはゴルドバのクザンだった。
「ああ、今戻った。変わりないか?」
「はい! お掃除もバッチリです」
そういう意味ではないのだが、まぁ変わりないのならいい。
「東の集落の者達だ。案内と砦の中の棲み分けを頼むぞ」
「はい! お任せください」
数を数えるために集落の者たちの間を駆け回るクザンに目を留めたのは、妖精族のセレナだった。
「こんなところに、洞窟の小人がいるの?」
目を見開くセレナに、不思議そうに首をかしげるクザン。
「ころとくぅ? 私はゴルドバのクザンですが……貴方は、風の妖精族ですよね」
「クザン殿。悪いがこの娘の先約は俺が入れてある。まだ妖精族の魔法に関して分からぬところがあるのだ。要件なら後にしてもらうぞ」
ギ・ザーが割って入ると、セレナはシュメアの影に隠れるように寄り添い、クザンは他の者を数えるために走っていった。
◆◇◇
4氏族の各代表達から無事の到着を祝う使者が届き、それに対する祝宴を催す。クザンの割り振りによる深淵の砦の棲み分けも終わり、初めはその砦の威容に戸惑っていたゴブリン達も、その頃になると段々と落ち着きを取り戻していった。
その頃を見計らって、俺はセレナとシュメアを呼んだ。用件があるのはセレナなのだが、独りでは心細いだろうとの配慮からだった。
「旦那、何の御用で?」
いつものようにシュメアの影に隠れるようにしてセレナが入ってくる。まぁこの容姿だから恐れるのは分かるが、いい加減慣れてほしいものだ。
直ぐに慣れて、進化にも動じなかった独りの少女の面影が脳裏を掠め、思わず胸に痛みが走る。
今は考えるな。
「ああ、態々すまんな……今日呼んだのは他でもない。妖精族について知りたいと思ってな」
ぽんぽん、とシュメアがセレナの頭を優しく叩く。
「そういうことなら……」
「うむ、そういうことなら」
いつの間にそこにいたのか、セレナの後ろからギ・ザーが俺の部屋に入ってくる。
「是非、俺も同席させてくれ」
いつも思うが神出鬼没過ぎないか? いつの間に、という驚愕の視線を向ける女二人を他所に、ギ・ザーは俺の隣に座る。
「さあ、いつでも良いぞ!」
子供のようにワクワクとしながら聞きの体勢に入るギ・ザーに苦笑しつつも、俺はシュメアとセレナに話を促した。
妖精族──伝承では、森と水の神は仰ぎ見たディートナに似せて、妖精族を。
風と大地の神々は鉱石を風で削って亜人達を。
幻想と夢の神は、己が見た夢に幻想を重ねて竜達を。
星渡りの神々は星々を巡って集めた材料で巨人を。
それぞれ作り出したのだったな。
俺の言葉に、驚いた様子でシュメアとセレナが目を見張る。ゴブリンがこんな知識を語るのを予想だにしていなかったようだ。
「どうした。口が開きっぱなしだぞ」
慌てて口を閉じるセレナ。
「いやー、まさかゴブリンの旦那が神話を口にするとは……」
どこか呆然としたままシュメアが頭を掻く。
まぁ普通は知らんだろうな。
「それよりも話を聞かせてもらおうか」
どうしよう、と困ったような視線をシュメアに向けるセレナ。大丈夫大丈夫と肩を叩くシュメアの大雑把さにはいつもながら感心させられる。
身分など関係なくお前は大物だ。
そうしておずおずと話し始めたセレナの話は、俺とギ・ザーの興味を引くのに十分な話だった。
妖精族と呼ばれる者たちには、大きく分けて4つの区分がある。それぞれ信仰をする精霊の名前にちなんで、火の妖精族、水の妖精族、土の妖精族、そしてセレナ自身の所属する風の妖精族だ。特に勢力の強いのは伝承にもあるとおり、水の神の信仰を持つウィンディ達。次いで森を棲家と定めるノームとシルフ。サラマンドル達は個々が強力である代わりに、数が少ないらしい。
自身の所属する風の妖精族以外のことは彼女にも殆ど分からないそうだ。シルフ達は森と共に生き、森と共に死ぬ。それが古来より続くシルフの生き方であり、風と遊び、木々の恵みの中で生涯を終えることが最上の幸福だと今も信じられているらしい。
彼らの信仰するのは、風の神、或いは森の神である。彼らは人より長い時間を生きるが、それでも精々人の2倍程度らしい。中には3倍を超えたという長寿の者も居たそうだが、セレナは知らないらしかった。
シルフは狩猟を中心として生活している。弓を手に、森の害獣を狩りその肉を食らうのだそうだ。ただ俺たちゴブリンと違うところは、必ず祈りを捧げて肉の穢れを払うことだ。
食事の前、手を組んでいたのは祈りだったのか。
シルフは基本的にシルフの中でしか婚姻をせず、余程のことがない限り、他の3つの妖精族とは干渉を持ちたがろうとはしないらしい。
俺は黙してその話を聞き、ギ・ザーは時折疑問を差し挟む。
夜が更けてもセレナの語る話は尽きなかった。
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