刃の誓い
【種族】ゴブリン
【レベル】36
【階級】キング・統べる者
【保有スキル】《混沌の子鬼の支配者》《叛逆の魂》《天地を喰らう咆哮》《剣技A−》《覇道の主》《王者の魂》《王者の心得Ⅲ》《神々の眷属》《王は死線で踊る》《一つ目蛇の魔眼》《魔力操作》《猛る覇者の魂》《三度の詠唱》《直感》《冥府の女神の祝福》
【加護】冥府の女神
【属性】闇、死
【従属魔】ハイ・コボルト《ハス》(Lv77)灰色狼(Lv20)灰色狼(Lv20)オークキング《ブイ》(Lv82)
【状態】《一つ目蛇の祝福》《双頭の蛇の守護》
オークの集落に到着した俺は、肩に担いだ槍鹿を対応に出てきたブイに投げ渡す。
「あ、えっとありがとうございます」
気弱に揺れる瞳が、土産の鹿と俺とを交互に見つめる。
「それでその、何のご用件でしょう」
ブイ以外のオークは集落の中の家屋に閉じ籠って息を潜めている。なんだか村に来た厄介者を見るような目つきだが、まぁ仕方ない。
俺の足元でシンシアが唸り声を上げているが、気にせずにおこう。
「この前の戦の褒美について、話し合おうかと思ってな」
明らかに驚いた様子のブイを見つめる。
「え、いいですよ。ほら、僕たちも人間達と戦ったのは偶然ですし」
「遠慮するな。別に無理難題を押し付けようと言うのではない」
「いや、でも……」
困った様子のオークの長に向かって、俺は苦笑する。
「欲が無いのは悪いことではないが……まぁ、俺の考えを聞け」
「はい」
「ここより南の地をオークに開放しようと思っている」
「……というと、どこまでの範囲でしょう?」
乗ってきたな。以前は湖よりも北側だけをオークの住処として定着させていたが、今回の騒乱で著しくゴブリンの数が減少してしまった。そこでオークへの褒賞も兼ねて南の集落一帯をオークに明け渡してしまおうというわけだ。
思考に沈むオークの長ブイ。
「いくつか確認したいことがありますが……よろしいでしょうか?」
「ああ、何でも聞け」
「あなた方はどこで狩りをするつもりなのでしょう?」
確かに以前なら湖から南の広大な土地を狩場として巨大蜘蛛、槍鹿、双頭駝鳥などを食らって生きてきたが、今回の騒乱で俺は集落の移動を考えていた。
「西の深淵の砦まで一時的に引き上げるつもりだ」
「それでは人間に負けたことになりませんか?」
思いの外熱の籠った言葉に、俺は僅かに目を見開いた。やはり気弱に見えても魔物なのか。その意識のどこかで人間に屈服するのを拒んでいるらしい。
「だとしたらどうする? 俺の代わりに人間と張り合ってみるか」
少し意地悪な質問だったが、悔しそうにブイは肩を震わせる。
「1年だ」
「は?」
「双子の月神が350回顔を出すとき、我らは再び人間と相対する」
「僕達にそれまでの防波堤になれ、と……?」
思考するオークに苦笑が漏れる。
「人間側の長とは不可侵の和約を交わしている。どこまで効力があるのかは分からんがな」
念には念を入れる。あれ程の手酷い被害を受けた人間が簡単に立ち直ってくるとは思えないが、今は一匹でも多くのゴブリンを育て上げる必要がある。
そのためには、未だ俺たちが足を踏み入れたことが無い場所にまで手を伸ばし、各地に散らばるゴブリンどもを俺の支配下に組み込むのと、群れを強化するのとを同時並行で成さねばならない。
人間の乱入で中断してしまったが、深淵の砦にゴブリンの力を結集するのだ。
「俺たちがいない間、南の領域をどうするかはお前に任せる。狩場として使うもよし。また手が回らないと放置しても構わない」
再び思考に浸るブイに、答えを促す。
「俺が与える褒美はこれだ。これを褒美と受け取るか、投げ出すかはお前次第だ」
「……ゴブリンの王、その話受けましょう」
しっかりとした強い視線に、俺は頷いた。
「ああ、それから南にいるコボルトには手を出さずにいてやってくれ。ついでに餌を与えてやれば何かと役に立つだろう」
「コボルト、ですか? 確かに先の戦では戦っていましたが……」
「あれらも俺の配下には違いないからな」
必要なことだけを言って俺は背を向ける。じゃれつくシンシアを踏んでしまわぬよう気をつけながら、集落へ移動を開始した。
◇◆◇
集落に戻ると、思い詰めた表情をした剣神ギ・ゴー・アマツキが俺の前に平伏していた。時刻は既に夕闇が迫っている。夜の神の腕が徐々に世界を彼の色に染め上げていく時だ。森の木々の切れ間に、赤く濁った太陽がその身を地平の彼方にまで徐々に落としていく。
「我らが王……是非に願いが」
先日の戦で頬から額にかけて太刀傷を負い、凄みを増した顔で言う。
「言ってみろ」
「立会いを所望」
平伏している姿に殺気は無い。だが尋常ならざる覚悟を持って放たれた言葉には、それ相応の重みがあった。
「……良かろう」
「お待ちを! ギ・ゴー、貴様何を考えている!?」
俺とギ・ゴーの会話を聞いていたナイト級ゴブリンのギ・ガーが俺とギ・ゴーの間に割って入る。槍をギ・ゴーの目の前に突きつけ、いざとなれば突き殺すのも厭わないとばかりに殺気に満ちた構えを取る。
無言で睨み返すギ・ゴー。後に引けない覚悟を決めた者だけが持つ壮烈な気迫が全身を満たしていた。
「ギ・ガー、良い。王たるものは如何なる挑戦をも受けねばなるまい」
だが、大剣は無い。
状態の良い長剣を手にし、一振り。ギ・ガーの制止を振り切る。
「ギ・ゴー・アマツキよ! 全力で来い。さもなくば悔いを残すぞ」
「言われずとも!」
ギ・ゴーが腰に佩いた曲刀を抜き放ち、俺と対峙する。その姿に隙はなく、磨き上げられた集中力と武力が構えを通じて俺の肌を刺す。
ギ・ゴーの脇に構えた曲刀が唸りを上げて俺に迫る。長剣を盾にしてそれに合わせると、瞬時に剣を引き戻して体重を前に。下から掬いあげるように一撃を放つ。大剣が手元にあるなら、その威力だけで相手を竦ませることもできるだろうが、長剣ではそこまでの芸当はできない。
空気を切り裂く一撃が、下から上へ駆け抜ける。夕日を浴びて銀光にしか見えない筈のそれを、僅かに一歩だけ身を引いてギ・ゴーは避ける。
見事な読みだった。必要最小限の動きで俺の剣筋を読み、そして──。
俺の剣筋をまた一歩分だけ下がって躱し、体を捻ることで遠心力を伴った一撃が、俺の首筋を狙う。
──ガツンッ!
鋭い衝撃とともに、剣が交差する。俺は体を一歩引く。集中力を持続するために息を吐き出し、踏み出そうとした一歩目をギ・ゴーに合わせられた。
足が地面を離れるかどうかの瞬間、踏み込んだギ・ゴーの曲刀が下から上へ。脇腹を狙った一撃に俺の体が反応するよりも剣速の方が速い!
「我が身は不可侵にて」
体に張り巡らせた魔素が噴出して炎の鎧を纏う。その上をギ・ゴーの曲刀が滑り、衝撃のみを俺の内部に伝えてくる。俺は長剣をギ・ゴーに振り下ろし、振り切ったギ・ゴーの剣を叩き落した。
「理由を言え」
剣を突きつけたまま俺は問う。
「王よ、俺を放逐していただきたいっ……」
それは血を吐くような懇願だった。
◇◇◆
囁く剣神の声は貪欲に強敵を求めていく。最早それが内なる神の加護によるものなのか、はたまた自身が求めているのかさえ、分からぬ程に。
打ち付ける剣戟の音を聞かぬ日はない。曲刀に己の命が宿っていると錯覚する程の愛おしさを覚える。流れる血潮の音が、轟々と胸を熱く燃やす高鳴りの音と重なり合って、己の耳に囁く。
──強い者を斬れ。
この腕で、この指で、この手で──剣を振るうのだ。両の腕を捥がれようと、目から光を奪われようと、足が砕けようと、胸を貫かれようと!!
腕を捥がれたのなら、口にて剣を咥えよ。
光が奪われたのなら、音を感じればよい。
足が砕けたなら、砕けた足を切り捨てれば良い。
胸を貫かれたのなら、命尽きる前に相手を切り殺せ!
そしてギ・ゴーの内なる剣神は時に彼の意識すらも奪って、剣を手に取らせる。
斬れ、斬れ、斬れ切れ斬れ切れきれキレ斬れェェぇ!!
吐き出す息にすら、その声が宿っているようだった。半ば意識朦朧としながら、ギ・ゴーの目の前に君臨する王の姿を見る。
「立会いを所望」
気がつけばギ・ゴーの口から出ていたのは、絶対の君主に対する挑戦だった。
対峙して初めて解る王の武威。
正に圧倒的だった。目の前に突如山が出現したかのような錯覚すら覚えるその威圧感。本来の大剣ではないにもかかわらず、振るわれる剣の一閃一閃に、想像を超える圧がかかっている。
伸びてくる王の剣筋を読んで最小限の動きで躱す。頬に感じる剣風に、口元が歓喜に歪む。
打ち付ける剣戟の音が、胸の奥底から恐怖と歓喜を呼び起こす。
我らが王。道を示し、導いてくれるただ唯一の存在。
それに剣を向ける背徳。
だが、ただ単純に強者と打ち合う喜びも確かにギ・ゴーの中にはある。鬩ぎ合う二つの感情が混ざり合った絵の具のように、内心を掻き回していく。
狂っている。自身で思うたびにギ・ゴーの口元は笑みに歪む。
剣に狂っている。
王の胴が僅かに開く。飛燕のごとき太刀筋で、その僅かな隙間を這うようにして駆け抜ける。
──届く!
振り切った剣が叩いたのは、黒き炎の壁。王の身を守る冥府の黒き炎。力を入れ過ぎ、横滑りする剣先に剛直な一閃が落ちてくる。
ばきり、と音を立てて、曲刀が叩き折られる。
至福の剣戟の時間から我に返ったギ・ゴーの目の前には剣を突きつける王の姿。
自身の犯した許しがたい過ちに、ギ・ゴーは頭を垂れるしかなかった。今すぐ処断されても文句はない。
「理由を言え」
王の声に、ただ頭を一層低くした。
「王よ、俺を放逐していただきたいっ……」
偉大なる王は挑戦者から逃げない。寛大なるその御心で、己に挑んだ者を許すだろう。理由を述べる機会を与えられたのが、その証左。
だがそれでは己の罪を雪げない。自身が再び罪を犯すことなど、決して許しておける筈がない。もしそんなことが起こったなら、王が許しても己自身が許せない。
そのときは、この首を自身の手で切り落とす!
「俺は理由を言えと言ったぞ」
裁定者の声にギ・ゴーは身を硬くした。嘘を突き通すことなど、所詮無理である。問われれば答えねばならない。
「……我が内なる力に酔うた故の失態。どうぞ、処罰を」
首を差し出すように、頭を垂れる。
「……お前が、内なる加護と戦っているのは知っていた。それに敢えて知らぬ振りをしてきたのは、それがお前自身の戦いであるからだ。ギ・ゴーよ。我ら混沌の子鬼一の剣の使い手よ。王として、お前の罪を雪ぐ法を定めよう」
辺りは静寂に満ち、誰しもが固唾を呑んで王の裁定を見守る。
「約定の日まで殺生を禁ず。これをもって不殺の誓いと為し、ギ・ゴー・アマツキへの罰とする」
不殺の誓い。
「我が身命に誓って」
地面に頭を擦り付ける。
王との誓約は、為された。
◆◇◇
「あの、僕に何か御用でしょうか?」
俺の前におずおずと出てきた人間の盾使いヨーシュに、俺は頷く。周囲から他のゴブリンを下がらせ、今この場にいるのはヨーシュと俺の二人だけだ。
「お前に頼みがある」
こちらを伺う視線に何も答えず、俺は本題に入る。
「一年、ギ・ゴーに付いて回ってくれ」
「え、でもギ・ゴーさんは……」
「確かに俺は不殺の誓いを為して、赦した。だが、それでアレが納得してココにいるかどうかというのは、全く別の問題だ」
恐らくギ・ゴーは集落を離れることになる。内なる剣神の囁きが、俺に刃を向ける程に強くなっているのは予想外だった。
「……つまり僕に首輪になれと?」
にやり、と口元が歪む。やはりこの男は察しが良い。普段は姉に合わせているのだろうが、本来この人間の性格は酷薄で冷酷な部類に入るのではないだろうか。
「そうだ」
「もし断れば……」
「聞きたいか?」
刃のような視線で一瞬だけ俺を見ると、ヨーシュは溜息をついた。
「……いいえ。姉のことをくれぐれも頼みます。一年後、確かに僕は帰ってきます。その時にもし姉の身に何かあるようなら、地の果てまでも追っていって貴方達を根絶やしにします」
ちらりと覗く炎のような激情。流石に、火の神の眷属炎の神の加護を受けているだけはあるな。
向けられる激情を受け止めると、長剣を大地に突き立てる。
「王の誇りにかけて誓おう」
深い溜息が目の前の人間から聞こえた。
「……では、直ぐ発ちます。姉さんと、セレナさんによろしく」
「アレに言伝を頼む」
言伝を伝えると、俺は目の前の人間に問いかける。
「承りました」
「お前は姉に何かないのか?」
「必ず生きて戻って来るつもりですので」
「そうか」
俺の前を駆け去るヨーシュの背中を見送り、遠くこの夜神の腕の中を歩むギ・ゴーのことを思った。
◆◇◇
ギ・ゴーは独り、曲刀だけを手に集落を後にしていた。王は確かに自身を赦した。だが、己自身が己を赦すことができない。
この内なる剣神を抑え込むまでは集落にいるつもりはなかった。
この矜持に懸けて、その術を見つけ出す。
腰に佩いた曲刀に触れる。剣神の囁きは未だに聞こえるが王との誓約があるためだろう、その声は遠く耳鳴りのようなものだった。
静かな夜だった。思えば、灰色狼に食い殺されるか、飢えて死ぬかの二択を迫られた時、王に拾われて以来初めての独りだ。
王に絶対の忠誠を誓うギ・ガー。部下を上手く使うことに関しては恐らく集落一であろうギ・グー。そして少し癇に障るが、豊富な知識を持って王を助けるギ・ザー。彼らがいるなら集落は安泰といっていい。
だが、王が望むのは遥かな大望。大いなる野望だ。
その為に使うと決めた己が命。決して無為に使い潰すことはできない。
この剣を鍛え上げ、再び王と見えるのだ。
「ギ・ゴーさん!」
森に響く足音と、掛けられる人間の声。
「貴様……確か」
「ヨーシュです。王の客人だったヨーシュ」
「何の用だ」
「貴方に王様から言伝を預かってきました」
「っ……王から?」
頷くヨーシュに、ギ・ゴーは片膝を突いて頭を垂れる。その手に曲刀の柄をしっかりと握り締め、一言も聞き漏らすまいとするかのようだった。
「ちょ、ちょっと!」
「王の言葉だ。威儀を正して聞くべきだろう」
「なんか気恥ずかしいですが……では」
咳払いをして、ヨーシュは王の言葉を反芻する。
「再会の日まで刃剣と共に壮健なれ! 武運を!」
折れるほどに剣の柄を握りこみ、ギ・ゴーの両肩が震えた。
「以上です……ちなみに僕も、王様の頼みで同行しますのでよろしくお願いしますね」
しばらく言葉の余韻に浸っていたギ・ゴーは、星の瞬く夜の空を見上げると、集落の方向に無言で一礼して、歩みを進めた。
◆◆◇◇◆◆◇◇
ギ・ゴー・アマツキ
【状態異常】《不殺の誓い》が追加されます。
【状態異常】《剣神》の精神侵略が進行します。
《サブ・リーダー》の称号が《流浪の剣士》へと変化します。
◆◆◇◇◆◆◇◇
次の更新は水曜日あたりになります。